第374話 伝承と仮説
――再び沈黙に包まれる会議室。
直後、白塗り顔の甲高い声が響き渡る。
「――あいわかった。そなたの話を信じよう」
「マロウータン様……」
主君の予想外の返事。
正直、受け入れてもらえないと覚悟していただけに、角刈りは驚いた様子で白塗り顔を見つめる。
一方のマロウータンはそんな臣下を真っ直ぐと見つめながら静かに口を開く。
「そなたは決して嘘をつくような想人ではない。そなたが語った内容に嘘偽りはないじゃろう――儂はヨネシゲを信じるぞよ!」
「マロウータン……様……ありがとう……ございます……」
涙声で謝意を伝える角刈りに白塗り顔が続ける。
「そなたの話を聞けば、マスターたちが何故この世界を恨んでいるのかが理解できる。じゃが――」
マロウータンは一度間をおいた後、ヨネシゲに問い掛ける。
「そなたの所為でこの世界が歪んでしまったという考え方は、些か短絡過ぎではないかのう?」
「い、いえ……それは……」
またしても予想だにしない問い掛け。角刈りは返答に困る。
「私が……物語を……この世界を改変してしまったが為に……全てが狂い始めたのです……今回の王都乗っ取りも……全て俺の所為です……」
暗い表情で俯くヨネシゲ。一方の呆れた様子で肩を竦める。
「ウホッ……そなたは神にでもなったつもりか?」
「……っ!?」
「悪意ある者がそなたの立ち位置を利用して、マスターを誑かしているだけかもしれんぞよ?
それとも……そなたがこの世界を狂わした確たる証拠があるとでも言うのかえ?」
「い、いえ……証拠は……ありません……ですが――!」
マロウータンがヨネシゲの言葉を遮る。
「ならば……これ以上自ら世界の元凶に成り下がるような発言は控えよ。そなたが認めれば……奴らの思う壺ぞよ」
「マロウータン様……」
「ここが物語の世界じゃとして、そなたがその物語を改変した事実があったとしても、果たしてそれが世界の歪みに直結するじゃろうか?
そもそもそなたは何一つ悪いことなどしておらんではないか?
物語の主人公に自分を投影し、空想を膨らませることなんて、誰でもし得ることじゃろう?」
「そ、そうでしょうか……」
予想外の言葉の数々に困惑気味のヨネシゲ。
ここで思わぬ人物が会話に割り込む。
「もし、物語の改変が原因で、別世界に悪影響を与えてしまうなら……僕は大罪人だよ」
「ヒュバート王子……?」
苦笑を浮かべながら話す金髪少年は第三王子ヒュバートだった。
瞳を見開く角刈りに王子が続ける。
「僕は冒険小説が大好きでね。お気に入りの物語になると何回も繰り返し読んでいるよ。そして物語の主人公に自己を投影して、空想に耽ったりすることは日常茶飯事さ。最近ではヒロインをシオン嬢に置き換えて――いや、なんでもない……」
口を滑らして余計なことまで話してしまったヒュバートは、頬を赤く染めながら俯く。
一方、名前を出されたシオンも恥ずかしそうに赤面させるが、角刈りを庇うようにこう伝える。
「私もヒュバート王子と一緒で、物語の主人公に自分を重ね合わせたり、想い人を登場させたりして、物語を楽しんでいますわ。物語は夢や希望……生きる活力を与えてくれる存在だと思います。
ヨネシゲさんだって奥様の……ソフィアさんの描いた物語を読んで……たくさんの元気を貰った筈です……
ソフィアさんの物語がなかったら……今のヨネシゲさんは存在していなかったことでしょう……
もし……物語を楽しむ行為が罪だと言うのであれば……物語なんて読めませんよ……」
「シオン様……」
言葉を終えたシオンは感極まった様子で瞳を伏せる。そして娘に代わり白塗り顔がヨネシゲに告げる。
「ヒュバート王子とシオンの言う通りじゃ。そなたは純粋に物語を楽しんでいただけに過ぎない。
そんなそなたを悪の根源と決めつけるマスターも短絡的じゃのう。
そもそも……こう言ったら失礼じゃが、そなたが世界を歪ます程の実力を持っているようには到底思えん。まあ確かに、時折そなたからは底知れぬ何かを感じ取ることもあるが……まだまだ儂の足元にも及ばんぞよ」
「………………」
何故か勝ち誇った様子で扇を広げるマロウータン。片や角刈りは神妙な面持ちで俯く。
主従の会話が途切れたところでネビュラが疑問を口にする。
「俺もお前が嘘を言うような男だとは思っていない……お前を信じよう」
「陛下……ありがとうございます……」
「しかし……マスターはお前を別世界から呼び寄せたと言っていたが……実際にそのような事が起こりうるだろうか?」
当然の疑問だ。
この世界に歪みを生じさせるだけならまだしも、『別世界から転移してきた』など現実的に考えてあり得ない現象だ。もし証明する術があるというなら是非聞いてみたいものである。
ここでウィンターが口を開く。
「私もヨネシゲ殿を信じます」
「ウィンター様……」
「恐らくヨネシゲ殿は、別世界からやって来た……所謂『転移者』なのでしょう」
「何故そうだと言い切れる?」
国王が尋ねると銀髪少年がある仮説を立てる。
「今からお話しする内容は、あくまでも私の仮説です。ご留意いただけますと幸いです」
一同が頷くとウィンターが言葉を続ける。
「私たちが住む世界を一つの空間だとしましょう。更に同じような空間が別に存在するとします。――この空間が私たちから見た別世界です。
そして、空間と空間を自由に行き来できる『術』があるとしたら――ヨネシゲ殿のような転移者が存在しても不思議ではありません」
透かさずネビュラが問い掛ける。
「その『術』とは一体なんだ? 空想術か?」
「はい。断言はできませんが……恐らく高度な『空間系統の空想術』……いえ、空想術を上回るもっと強大な力かもしれません……」
そして銀髪少年が興味深い話を始める。
「こんな言い伝えがあります。
神様と呼ばれる存在は、幾つかの世界を自由に行き来することができて、更には別世界のものを呼び寄せることもできるそうです――」
するとカエデがガチガチに緊張しながら補足する。
「は、遥か昔……か、かの有名な……創造神『アルファ女神』様は……せ、世界の危機を救う為に……べ、別世界から……きゅ、救世主を呼び寄せたという……で、伝説があります……」
「ええ。その話は私も聞いたことがあります。神様の力を以てすれば、別世界との往来が可能なのかもしれませんね……」
納得した様子のウィンターにネビュラが指摘。
「待て待て。神が存在することが前提の話になっているぞ!? それともお前は神が実在するとでも言うのか!?」
ウィンターが静かに頷く。
「はい、この世界には神様が存在します。いえ……正しくは『神様と呼ばれるもの』が存在する……と言った方がよろしいでしょうか……」
「神と呼ばれるものだと?」
「ええ。例えばそれは天変地異や超常現象、神話の登場人物などが挙げられます。人々はそれらを『神様』と呼び、崇め奉っております。
私も、神話に登場する武神『八切猫神』様を崇拝する者の一人であり、この世界のどこかに八切猫神様が存在すると信じています。
それは決して信仰心からくるものではありません。実際に私は幾度もなく八切猫神様の力をお借りしました――」
「神の力を借りただと?」
首を傾げる国王の隣で王弟メテオが言葉を漏らす。
「神格想素か……」
「神格想素……!」
そのワードを聞いた角刈りは大きく瞳を見開いた。
「――はい。神格想素は神様が生み出しているとされる想素であり、この世界に様々な影響を与えています。
そして神格想素は、訓練を重ねれば自身の体内に取り込むことができ、その恩恵を得ることができます。適性が必要となりますが……
ちなみに、先日ヨネシゲ殿が怒神化に至った理由は、知らず知らずのうちに神格想素を体内に取り込んでいた為です。ただ……扱いが慣れていないと神格想素に精神を飲み込まれてしまいます……」
「だから俺は理性を失ったのか……」
「ええ。ですがヨネシゲ殿には神格想素の適性があるようです。訓練を重ねれば自在に『怒神オーガ』の力を扱えることでしょう」
「あの力を……自在に……」
ヨネシゲは己の拳に視線を下ろす。
あの強大な力を自在に操ることができれば――マスターに勝てる。
期待と自信を抱き始めた角刈りを横目に、ウィンターが『ヨネシゲの転移』についての仮説をまとめる。
「この世界に神様が存在して、神様が世界と世界を繋ぐ力を持っているとするならば――マスターは神格想素の力を借りて、ヨネシゲ殿をこの世界に呼び寄せた……という考え方ができます。実際にあの者は『神の力を授かった』と発言していたそうですからね」
銀髪少年の言葉を聞き終えた一同が納得した様子で頷く。そしてヨネシゲは微笑みを浮かべながら感嘆の声を漏らす。
「さすがウィンター様だ……俺もその仮説を支持しますよ」
「ありがとうございます」
続けて角刈りは一同の顔を見渡しながら言う。
「――いずれにせよ俺……いえ、私は別世界からこの世界に迷い込んだ異物です。そんな存在を受け入れろと言うのは無理な話です。
ですが……この世界に降り立った以上、責任は果たします。この世界を元ある姿に戻すことが……私の義務です――」
ヨネシゲが力強く訴える。
「必ずや、改革戦士団を壊滅させて、この世界に再び平和を齎してみせます!
その為には皆様の力が必要不可欠です! どうか……役目を終えるまで……皆様のおそばに居させてください!
この通りです、お願いします!」
深々と頭を下げる角刈り。
――すると白塗り主君の声が耳に届いてきた。
「そなたは本当に……馬鹿者じゃ……」
「……え?」
頭を上げる臣下にマロウータンが微笑み掛ける。
「そんなにそなたは悪役になりたいのか? 誰もそなたを異物などとは思うておらんぞよ」
「マロウータン様……」
続けて同輩の真四角野郎が言う。
「ヨネさんが異世界人だろうと関係ありません。ヨネさんは俺の永遠の飲み仲間ッスから!」
「ドランカド……」
続けて二人のヒーローが――
「ヨ、ヨネシゲ様は……い、異物なんかじゃありません! しょ、正真正銘の……ヒーローですから!」
「ヘヘッ……ヨネシゲ様、本当の異物は俺みたいな奴のことを言うんですよ?」
「カエデちゃん……ジョーソンさん……」
白塗り主君の妻子が――
「おーほほっ! ヨネシゲさんはダーリンに認められた男なんですから、卑下なさらずに自信を持ってくださいな」
「お母様の言う通りです! 引き続き世のため、人のため、そして……クボウのために励んでください!」
「コウメ様……シオン様……」
妖艶美女が――
「ウフフ……弱気な姿なんて似合いませんよ? 私が惚れた男なんですから、もっと堂々としてください」
「グレース先生……」
王族の面々が――
「ヨネシゲよ、お前は間違いなくトロイメライの……世界の希望だ!」
「クラフト卿がこの世界にやって来なかったら……僕たちは今頃改革戦士団に殺されて、トロイメライは終焉を迎えていたことだろう……」
「クラフト卿は間違いなく世界の救世主となられるお方です。これからも私たちにご助力いただけますと幸いです」
「メテオ様……ヒュバート王子……ノエル殿下……」
サンディ家の主従が――
「ヨネシゲ殿のお気持ち……しかと受け取りました。私も全身全霊をかけて責務を果たします。共に秩序を取り戻しましょう」
「他人の為に全力で行動できるヨネシゲ殿は男の中の男です! 異物なんかじゃありませんよ!」
「ウィンター様……ノアさん……」
トラブルメーカーたちが――
「うむ! お前には期待している。引き続き精進してくれ給えよ!」
「よくわからないザマスけど……旦那様が認めた男であれば応援するザマスニャ」
「同じく……貴方には人を惹きつける、不思議な力があるみたいです。ここは私も貴方に魅了されてあげますよ」
「閣下……ニャッピー……皇妹殿下……」
そして、愛妻も――
「皆さんの言う通りだよ? あなたは私の自慢の夫なんですから、自分のことを異物なんて言わないでください……」
「ソフィア……」
愛妻が微笑む。
「一緒に世界を救いましょう! ソフィアと『ヒーロー女神』は、どこまでもあなたの味方です!」
気付けば会議室に居る者全員が角刈りに声援を送っていた。
――真実を語り、皆から拒絶される覚悟をしていたヨネシゲ。その瞳からは止めどない涙が流れ落ちる。
「ソフィア……みんな……ありがとう……ありがとう……――」
そして国王が締めくくる。
「――ということだ。引き続きトロイメライの為、俺の為に励んでくれよ?」
「はい……陛下……」
ニヤリと歯を剥き出すネビュラに角刈りは微笑みで応えた。
――その後、国王からヒュバートとシオンの婚姻が発表されると、一同から割れんばかりの歓声。
ネビュラは満足げな笑みで会議終了を告げる。
「――さて、大団円を迎えた所で此度の会議はこれにて終了としよう。
これ以上話し合っても事態が進展する訳ではない。先ずは打ち出した対策を早急に実行し、各地の貴族たちとの結束を深めようぞ!」
「「「「「はっ!」」」」」
続けて国王が一同にサプライズを告げる。
「――とはいえ、英気を養うことは重要である……
そ・こ・で・だ!
只今をもってお前たちを終日解放とする。今日一日、残りの時間を自由に過ごしてくれ。
ただ……夕食までにはこの屋敷に戻ってきてくれよ。サンディの者たちがご馳走で持て成してくれるらしいからな!」
「ヨッシャー!」
歓喜の雄叫び。
ヨネシゲたちの顔から笑みが零れ落ちるのであった。
つづく……




