第367話 束の間の休息⑤(ウィンターとエスタ)
――場面変わり。
ここはゲネシス皇妹が控えている客間。ヨネシゲたちが通された畳の部屋とは違い、こちらの床はフローリングとなっており、空色の絨毯が一面に敷かれていた。
そして絨毯の上に置かれた同色のソファーには銀髪三つ編みお下げの長身美女――皇妹『エスタ・グレート・ゲネシス』が腰掛けていた。
丈が短いドレスから露出する肉付きが良い美脚を組みながら、専属侍女『テレサ』が入れた緑茶を口にする。
「――エスタ様。グリーンティーのお味はいかがでしょうか? もしお口に合わなければ紅茶もございますが……?」
「はい、とても美味しいですよ。まろやかで上品なお味です。グリーンティーは初めて飲みましたが、こんなに美味しい飲み物があったとは……正直驚いております」
エスタがご満悦の表情で緑茶を味わっていると、部屋の外から少年の透き通るような声が聞こえてきた。
「エスタさま。ウィンターです」
「あら、ウィンター? どうぞ、中へお入りなさい」
「失礼します――」
エスタが応答すると銀髪の少年――サンディ家当主『ウィンター・サンディ』が扉を開いて入室。皇妹に一礼すると早速要件を伝える。
「エスタさま。間もなく会議の準備が整います。そろそろお支度を――」
どうやら銀髪少年はエスタを迎えに来たようだ。彼女は既に準備が整っているようで、その旨をウィンターに伝える。
「はい。私も準備が整っております。いつでも大丈夫ですよ」
「承知しました。それでは早速会議室までご案内しましょう――」
ところが――
「お待ちになって」
「どうかされましたか?」
たった今『準備が整っている』と口にしたばかりなのに『お待ちになって』とは、一体どういうことだろうか?
首を傾げるウィンターにエスタが手招き。
「ウィンター。ちょっとこちらにいらして」
「……え? あ、はい……」
銀髪少年は返事をすると、皇妹の元へ歩みを進める。一方の皇妹は侍女に視線を移す。その眼差しに気付いた侍女は主君に一礼すると、足早に部屋を退出した。
やがてソファーの前までやって来たウィンターに、エスタは自分の隣に着座するよう促す。
「ほら、私の隣りに座りなさい」
「は、はい……」
銀髪少年は困惑しながらもソファーに腰を下ろした。――その刹那。エスタが彼の身体を思いっきり抱きしめる。
「ムギュー♡」
「?!」
全身を包み込むような抱擁。ウィンターの顔面は皇妹の豊かな膨らみに埋もれてしまい、呼吸を封じられてしまった。
銀髪少年が苦しそうに藻掻くと、エスタが腕の力を緩める。
「あら? ごめんなさい……このままじゃ窒息しちゃうわね――」
谷間から抜け出したウィンターが大きく息をする。
「――ぷはっ! ハァ……ハァ……ハァ……エスタさま……困ります……こんなところ……誰かに見られたら……」
頬を赤く染めながら恥ずかしそうに言う銀髪少年に、皇妹が妖艶に微笑みかける。
「ご安心ください。外はテレサに見張らせておりますので。それに……そもそも私たちは婚約を交わした者同士ですよ? 愛あるスキンシップを恥じらう必要なんてないでしょう?」
「いえ……その……まだ公式に……婚約を認められていませんので……」
返答に困るウィンターにエスタが言い付ける。
「ですので……このあと国王陛下たちを説き伏せてくださいな。私と貴方の婚姻をなんとしても認めさせなさい」
その言葉を聞いたウィンターが恐る恐る尋ねる。
「勿論そのつもりですが……もし、陛下が婚姻をお認めにならなかったら……?」
すると皇妹は銀髪少年の首に装着された――鈴付きの特殊な首輪に手を掛ける。
「ウフフ……その際は貴方を連れ去って雲隠れしちゃいます。逃げられないように縛り付けて……エスタの愛にどっぷりと浸ってもらいますからね?」
エスタが妖艶に微笑みながらそう告げると、ウィンターがぼそっと呟く。
「そっちの方が……いいかも……」
「え?」
「い、いえ! そうならないように尽力します!」
ウィンターは慌てた様子で言葉を返すと、エスタに部屋の移動を促す。
「エスタさま……そろそろ会議室へ向かいましょう」
「ダメです」
「え?」
だが皇妹は応じず。
「まだ貴方は本調子ではありませんのよ? 少しこちらで休んでいきなさい。これは命令ですからね」
「し、しかし……時間が……」
エスタが休息をとるように命じるも、ウィンターは渋る。しかし――
「あらそう? 言うことが聞けないなら……強制的に――」
「……え?――うわっ?!」
エスタが指を鳴らした――直後、ウィンターに装着された首輪が効果を発動。途端に脱力してしまった彼の華奢な身体をソファーに押し倒した。動揺する銀髪少年に皇妹が告げる。
「ち、力が……入らない……! エスタさま……一体何を……!?」
「ウィンター。五分でいいですから私に身を委ねてくださいな。私の『搾取の空想術』で貴方の疲労を取り除いてあげますから」
「にゃっ?! い、いけません! そのような如何わしいことは――!」
慌てるウィンターにエスタが悪戯っぽく微笑む。
「如何わしいですって? 私は『搾取の空想術』を使用するとしか言っていませんよ? 一体何を想像していたのでしょうかねえ? あの純粋だった頃のウィンターはどこに行っちゃったのかしら?」
「うっ……」
「それとも……エッチなことを期待していましたか?」
「い、いえ! そ、そのようなことは、一つも……!」
そして皇妹は、赤面させる銀髪少年の耳元で甘く囁く。
「――大丈夫よ……今夜たっぷりと……いじめてあげるから……楽しみにしてなさい……」
「……っ」
「ウフフ……身体は正直ね……」
その囁きにゾクッと身を震わせるウィンター。エスタはそんな彼に覆いかぶさると、長い四肢を絡めた。
「エスタさま……」
「ほら……力まないの……リラックスして……全部搾り取ってあげるから……」
「……は……はい……」
直後、エスタは全身を濃紫色に発光させながら女夢魔化。と同時に『搾取の空想術』を発動した。次第に銀髪少年の表情が蕩けていく――
「ひうっ……あっ……ああ……」
「ウッフッフッ。さあて……何秒耐えられるかな?」
「エ、エスタ……さま……も、もう……だめ……――」
「いいよ、いいよ♡ ほら、我慢しないで……――」
そして……ウィンターはものの数秒で――
「ウフフ……瞬殺♡ あっという間でしたね……」
「スー……スー……スー……――」
「もう少し施術を楽しんでほしかったけど……まあ、無理もありませんわ。この五日間、寝る間も惜しんで国王陛下たちを護衛していましたからね。一瞬で落ちてしまうのは必定……圧倒的寝不足というやつです。――うっふ〜ん♡ それにしても相変わらずカワイイ寝顔だわ♡」
――ウィンターはものの数秒で眠りに落とされてしまった。
エスタは、気持ち良さそうに寝息を立てるウィンターの頬に唇を当てる。
「とりあえず搾取完了です♡ 『搾取の空想術』は――と〜っても心地よい治癒術の一種ですからね。ウィンターみたいなお子様は意識を保っていられないでしょう。
まあ、お陰で疲労を全て搾取することができました。この子は疲労が溜まりやすい体質ですから、こまめにケアしてあげないといけませんね。
そして、搾取した疲労は栄養素に変換されて、私の身体に蓄えられていくのです。要するにウィンターは――私の食べ物みたいなものです。
今回も美味しかったですよ……ごちそうさまでした……ウッフッフッ――」
エスタは怪しげな笑いを漏らしながら、自慢の大きな膨らみをブルンと揺らした。
続けて皇妹は銀髪少年と添い寝するようにして横になると、その頭を優しく撫でながら微笑みを浮かべる。
「束の間の休息ですが、時間が許す限り休んでくださいな……」
直後、エスタは大きな欠伸をする。
「ふわ〜。ウィンターの寝顔を見ていたら……私まで眠くなってきちゃったわ……私も少し……休ませてもらおうかしら……――」
彼女もまた……一瞬で眠りに落ちるのであった。
――二人揃って寝坊という未来が待ち受けているとも知らずに。
つづく……




