第35話 アラン(前編)
突然、練習場のグラウンドに召喚された謎の巨大生物。その体長は5階建ての本校舎とほぼ同じ。まるで恐竜のような姿をした紫色の巨大生物は、大きな翼と角を生やし、口からは鋭い牙を覗かせていた。
その余りにも恐ろしい容姿に、スタンド席の生徒たちは顔を強張らせ、ヨネシゲも顔を青くさせながら絶句していた。
(なんだあれは!? 怪獣か!? それとも竜なのか!?)
グラウンドの巨大生物を凝視しているヨネシゲに、ラシャドが説明を始める。
「驚いただろ? あれは想獣と呼ばれる、空想術で作り出した、謂わば幻影みたいなものだよ」
「想獣ですか?」
ラシャドの説明によると、グランドに現れた巨大生物は、教師の空想術によって召喚された「想獣」と呼ばれる幻影だ。カルム学院では戦闘用空想術の練習相手として想獣を使用しており、教員が生徒のレベルに合わせた想獣を召喚している。
そして、今グラウンドに現れた想獣は、この教師が召喚できる、最高レベルのものらしい。その想獣は今にもアランに襲い掛かろうとしていた。
説明を聞いたヨネシゲは、焦った様子でラシャドに尋ねる。
「学院長! あの子は大丈夫なんですか!? あんな化け物の攻撃を食らったら、ただじゃ済まないですよ!」
するとラシャドは自慢気な笑みを浮かべる。
「まあ、見ていなさい。アラン君の凄さが分かるからさ。それに彼の相手は、あの想獣では役不足だよ」
ヨネシゲは心配そうな表情で再びグラウンドへ視線を向ける。
(本当に大丈夫なのか!? 怪我だけはしないでくれよ!)
すると、ヨネシゲの心配とは裏腹に、生徒たちから割れんばかりの歓声が沸き起こる。相変わらず女子生徒たちからは、黄色い声が聞こえてくる。
アランは瞳を閉じながら、余裕そうな笑みを浮かべていた。
異様な雰囲気の中、アランと想獣の対戦が始まろうとしていた。
「それでは、始めっ!」
教員が合図すると同時に、想獣がアランに襲い掛かる。
想獣は鋭い爪が伸びた前足を振り上げると、アラン目掛けて物凄い勢いでその足を振り落とす。その瞬間、グランドには大量の砂煙が舞い上がる。
「お、おい!? 大丈夫なのか!?」
ヨネシゲが辺りを見回しアランの姿を探す。砂煙が消えるがアランの姿が見当たらなかった。
(ま、まさか……あの想獣に踏み潰されてしまったのか!?)
ヨネシゲの顔が青ざめる。するとラシャドは想獣の頭上付近を指差す。
「ヨネさん。あれを見てみなさい」
「あ、あれはっ!?」
ヨネシゲが見たものとは、空中を浮遊し、想獣を見下ろしているアランの姿であった。
「まるで、背中に翼でも生えて飛んでいるかのようだ。これも空想術の力なのか!?」
ヨネシゲが驚きの声を上げると、ラシャドは興奮した様子で教え子を自慢する。
「どうだね、ヨネさん。驚いたかね? これが、カルム学院空想術部長、紅蓮のアランだよ! まあ、彼の実力はこんなものじゃないけどね!」
ヨネシゲはラシャドの言葉を耳にしながら、アランの様子を見守っていた。
今度はアランが攻勢に出る。彼は空中に浮遊したまま、右手を想獣に向かって構えると、全身が紅色の光に包まれる。そしてアランは、想獣に微笑みかけると、口を開く。
「もう少し、お前の相手をしてあげたいところだが、もう昼休みが近付いているんでね。悪いが、ここでお終いだ」
アランはそう言い終えると、彼の右手から紅色の光線が放たれる。光線が想獣を捉えると、辺りは強烈な紅色の光に包まれる。あまりの眩しさに、ヨネシゲは思わず腕で目を覆う。
アランの光線を受けた想獣は、真っ赤な炎に包まれると、ものの数秒で消滅してしまった。炎の熱気だけが練習場に残っていた。その途端、スタンド席の生徒たちからは、割れんばかりの声援が沸き起こる。
「す、凄い……凄すぎる」
ヨネシゲは思わず言葉を漏らす。と同時に、午前の授業の終了を知らせるチャイムが、学院内に響き渡る。
言葉を失っているヨネシゲの肩を、ラシャドが軽く叩く。
「ヨネさん。まだまだアラン君は本気を出していないよ」
「ご冗談でしょ!?」
ラシャドの話だと、アランは三分の一程度しか力を見せていないようだ。ただでさえ迫力のある空想術を使っていたというのに、彼の本気とは一体如何ほどなのか? 街一つは吹き飛んでしまうことだろう。ヨネシゲは額に汗を滲ませながら、その様子を想像していた。そんなヨネシゲにラシャドは声を掛ける。
「ヨネさん。時間とらせてしまったね」
「いえ! とても参考になりました。それに凄いものを見せてもらって感激しております!」
「そうかね! 案内した甲斐があったよ」
ラシャドは満足気な表情を浮かべながら、ヨネシゲを練習場の外へと案内する。ヨネシゲはラシャドに誘導されながら、グラウンドの方を振り返る。そこには、女子生徒たちに囲まれ、爽やかな笑顔を見せるアランの姿があった。
(甘いマスクに爽やかな笑顔。おまけにあんなに強いんじゃ、女子にモテモテで当たり前だ。羨ましいねぇ〜)
ヨネシゲは、女子生徒との会話を楽しむアランを横目にしながら、練習場を後にした。
練習場から正門に向かう途中、ヨネシゲはラシャドから、明日の出勤時間や持ち物などを説明される。
やがてヨネシゲは正門に到着すると、再び守衛のイワナリと顔を合わす。
イワナリが歯を剥き出しながら、こちらを睨みつけてくると、ヨネシゲも負けんじと目を見開き舌を出しながら睨み返した。その光景を見ていたラシャドが不思議そうな顔でヨネシゲに尋ねる。
「ヨネさん? 何をしてるのかね?」
「あ、いえいえ! ちょっとした挨拶ですよ!」
ヨネシゲが誤魔化していると、ラシャドが手を差し出してくる。
「ヨネさん。期待しているよ。明日からよろしく頼む!」
ヨネシゲはラシャドの目を真っ直ぐ見ながら返事を返す。
「はい! ヨネシゲ・クラフト、全身全霊をかけて仕事に取り組んでまいります!」
ヨネシゲはラシャドと固い握手を交わした後、家路についた。
帰宅したヨネシゲはソフィアと昼食を取りながら、カルム学院で見てきたことを熱弁していた。特に、空想術部長アランの実力を褒め称えていた。するとソフィアから意外な事実を知らされる。
「実はアラン君、ルイスとは幼馴染みなのよ」
「え? そうだったのか!?」
「ええ。ルイスにとってアラン君は憧れの存在なのよ」
ソフィアの説明によると、まだ幼かったルイスとアランは近所の公園で出会った。意気投合した二人は毎日のように会っては遊んでいた。その姿はまるで兄弟のようだったらしい。
いつしかルイスは、お兄さん的存在のアランに憧れを抱くようになり、髪型や服装、仕草まで真似るようになっていたのだとか。
そして、アランが空想術を身に付けると、ルイスもその背中を追って空想術を猛練習した。更にアランがカルム学院に進学すると、ルイスも猛勉強の末、カルム学院への入学を決めた。
ルイスにとってアランは人生の目標なのである。
ソフィアの説明を聞き終えたヨネシゲは感心した様子であった。
「羨ましい関係だな。それに、目標になる人が居るって良いね!」
「フフッ。それとね……」
「なんだ?」
ソフィアは何やら嬉しそうな笑みを浮かべると、もう一つ驚きの事実をヨネシゲに知らせる。
「覚えていないと思うけど。実はアラン君、あなたに憧れを抱いているのよ」
「え? お、俺にか!?」
驚いたことに、領主の息子であり、空想術部長のアランは、ヨネシゲに憧れを抱いているらしい。
この世界でヨネシゲは、アランが幼い頃から、カルムのヒーローと呼ばれる存在だった。そしてアランは、多彩な空想術を使い熟すヨネシゲに憧れを抱き始め、空想術の猛練習を始めたのだ。
度々ヨネシゲの元を訪れては、指導を仰いでいるようで、つい先日もヨネシゲと実戦形式の練習を行っていたらしい。アランはヨネシゲが育てたと言っても過言ではないのだ。
ヨネシゲはソフィアから驚きの事実を知らされるも、彼女の話を疑っている様子だ。
「おいおい、冗談だろ? 俺がアラン君を育て上げたと言うのか?」
「そうだよ。あなたは、それ程の実力者ということなの」
まさか、アランの師匠が自分であるとはにわかに信じがたい。とはいえ、ソフィアが嘘を言う筈がない。
ヨネシゲは突然、凄く重たいものを背負わされている気分に陥った。
(なんという設定だ。いくらここが俺が主人公の空想世界だったとしても、流石にこの設定は荷が重すぎる。だって俺は現実世界からやって来た、ただの中年オヤジなんだぞ!)
現実世界からこの空想世界に迷い込んだヨネシゲは何の取り柄もない中年オヤジ。しかし、この世界でのヨネシゲはカルムのヒーローと呼ばれる実力者という設定であり、その強さはルイスやアランを凌ぐレベルと言われている。故に人々がヨネシゲに抱く期待は相当なものであり、それはヨネシゲにとって物凄いプレッシャーであった。
(これが、空想世界のヨネシゲとして、生きていくための定めなのか!? ならば、早くルイスたちみたいに強くならんといかん。この世界で生きていくために……!)
突然、何かを決心した表情を見せるヨネシゲに、ソフィアが首を傾げる。
「あなた、どうかしたの?」
「いや! 何でもないよ。それよりも明日の支度しないとな」
ヨネシゲはそう言い終えると、自室に向かい、翌日の初出勤に向けた準備を始めるのであった。
つづく……
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