第364話 束の間の休息②(ソフィアとドロシー)
ヨネシゲとグレースが談笑を交わしている間、ソフィアはある女性と再会を喜び合っていた。
女性の名は『ドロシー・タイロン』――カルム領主『カーティス・タイロン』の妻である。
それは十数年前。
当時、暴君と呼ばれていた国王『ネビュラ・ジェフ・ロバーツ』は、王国全土に権力を行き渡らせる為、各地の貴族に妻や子を人質として差し出すよう命じた。
当然、多くの貴族が猛反発するが、クボウ家やタイロン家など国王派と呼ばれる者たちは、渋々親族を人質として差し出した。その中にコウメやドロシーが含まれている。
一方で『ネビュラ』は差し出された人質たちを破格の待遇で迎え入れる。人質たちには豪華な屋敷が与えられ、王都内であれば外出は自由、何一つ不便することない生活を送ることができたのだ。故に人質生活を満喫する者も決して少なくはなかった。
いずれにせよ、人質の件に関してはネビュラが残した負の遺産の一つと言えよう。
話しを戻そう。
何故、王都から出ることが許されていなかったドロシーが、サンディ家屋敷に居るのだろうか? そもそも王都の者はほぼ全員が改革戦士団の手に落ちている筈だが……その経緯を説明しよう。
ドロシーも例外なく王都の朝空に映し出されていたマスターらの演説を見上げていた。
そして、改革戦士団アンディの催眠術が発動されようとした刹那。大男のけたたましい大声が周囲に響き渡ったのだ。
「――あの時、リキヤ殿が周囲に危険を伝えてくれなかったら、私も改革戦士団側に洗脳されていたことでしょう」
「そうでしたか……危ないところでしたね……」
当時を振り返るドロシーの言葉にソフィアが相槌を打っていた。
ドロシーが難を逃れることができた理由は、近くに居たクボウ家臣『リキヤ』の機転のお陰だ。彼が『奴から目を離せ!』と怒号を上げなければ、ドロシーや周囲に居た者たちは全員洗脳されていたことだろう。
その後、ドロシーと数十名の王都民たちは、リキヤとマロウータンの甥『アッパレ・クボウ』に護衛されながら王都を脱出。フィーニス領に入ったところでソフィアたちと合流を果たした次第だ。
説明を終えたドロシーが苦笑を浮かべる。
「まさか……こんな形で再会するとはね……」
「ええ。王都での生活が落ち着きましたら、ご挨拶に伺うつもりでしたが……まさかこんなことになるなんて……」
ソフィアは表情を曇らせながら、湯呑みに入った緑茶に映る自分の顔を眺める。するとドロシーが彼女を励ますように言う。
「人生何があるかわからないものね。でも……今は命あっただけありがたいわ。こうしてソフィアさんと再会を果たすことができて本当に良かった……」
「ドロシー様……」
「ソフィアさん、『様』なんて付ける必要なんてないわよ。今やソフィアさんは私と同じ『男爵夫人』ですからね。それに……私とソフィアさんの仲でしょ?」
「はい。では……ドロシーさんで失礼させていただきます」
ドロシーの言葉を聞いたソフィアは微笑みを浮かべながら応えた。
実はソフィアとドロシーの付き合いは長く、『カルム女学院』時代の後輩と先輩の関係にある。
『カルム女学院』は現実世界でいうところの中高大一貫校。カルム学院と肩を並べる領内三大校の一つだ。
当時、入学したばかりのソフィアの面倒を見ていた上級生がドロシーである。
月日が流れ親友と呼べる仲になったソフィアとドロシー。そんな二人の交流は女学院卒業後も続いていた。しかし、ドロシーが人質として王都へ向かう事が決まると、十数年もの間、交流が途絶えることになる。
――そして、思わぬ形で再会を果たすことになった二人。
突然、ドロシーがソフィアを抱き寄せる。
「ドロシーさん?」
「良かった……本当に良かったわ……カルムの事件を知ったあの日から……ずっとソフィアさんの無事を祈っていたのよ……だからソフィアさんが王都入りしたと聞いた時は……嬉しくて……ずっと涙が止まらなかった……」
「ドロシーさん……色々とご心配をお掛けしました……」
「謝らないで……それよりも……ありがとう……無事でいてくれて……」
「ドロシー……さん……」
ドロシーから溢れ出る優しさ――ソフィアの瞳からも自然と涙が零れ落ちる。
二人は抱き合いながらお互いの温もりを感じ合った。
――そして、ドロシーの存在が思わぬ再会を齎すとは……この時のソフィアは考えもしなかっただろう。
つづく……




