第360話 怪現象の果てで
「――犠牲を伴わない実験……それが私のモットーなの……」
そう呟く、ゴシック調の衣装を身に纏った黒髪女性。
「何だあれは……流れ星か?」
「いや、違う……あれは……人だ!」
粒状の白光を撒き散らしながら飛行するその姿は、ルポタウンを中心にカルム領各地で目撃された。
そして……新たな怪現象が発生する。
――ここはルポタウン西部の住宅地。
とある家族が悲しみに暮れていた。
妻とまだ幼い娘たちに囲まれながら、安らかな表情で永眠する青年は領軍に所属する兵士だ。
昨晩発生した『悪魔のカミソリ・頭領の怨霊』による襲撃で多くの者が犠牲になった。この青年もその内の一人に含まれる。
娘たちが泣きじゃくりながら、目を覚まさない父の胸に顔を埋める。
「パパ……お願いだから……起きてよ……」
「死んじゃ嫌だよ……」
妻が娘たちの肩に手を添えながら夫に語り掛ける。
「あなた……子供たちを泣かしちゃダメだよ……お願いだから……目を覚まして……」
妻の涙が夫の額に滴り落ちた――刹那、青年がむくりと身体を起こす。
「――ふわ〜……おはよう……」
「「「!!」」」
なんと、永遠の眠りに就いていた筈の彼が、起き上がり、声を発したのだ。
突然の出来事に凍り付いた母娘は――
「「「ぎゃあああああっ! 祟りだああああっ!」」」
これは何かの祟りに違いない。母娘は悲鳴を上げながら家を飛び出した。
一方の青年は呆然としながらも首を傾げる。
「ど、どうしたんだ?……って、そういえば……確か俺は……あの時……カミソリの頭領に――ここは死後の世界か?!」
――死者が息を吹き返す怪現象。
この現象はカルム領各地で発生し、結局昨晩の襲撃で犠牲となった者たちは、全員謎の復活を遂げたのだった。
――同じ頃、ルポタウン中心部。
大量出現したカミソリ頭領、キラー、ロイド。立ち向かったルイスは一時劣勢に立たされるも、駆け付けたアランたちと共にこれを掃討。ここでようやく戦闘態勢を解除する。
ルイスは安堵の息を漏らしながらアランに問い掛ける。
「――アランさん、どうやら片付いたようですね?」
「ああ、そのようだ。これも皆が迅速に駆け付けてくれたお陰だよ」
アランがやり遂げた笑みを浮かべるも、アンナは険しい表情で彼らにこう告げる。
「アラン、ルイス、まだ油断はできませんよ? まだ完全に『怨霊』の脅威が消え去った訳ではありません。再び敵が出現する可能性があります。引き続き、警戒警備を行いましょう」
「そうだな。事件の謎が解き明かされていない以上、まだ気を抜く訳にはいかないな――」
アランはアンナとの会話を終えるとルイスに向き直る。
「ルイス、相当体力を使わせてしまったが……まだ動けるか?」
「ええ、大丈夫です! まだまだ体力は有り余っていますよ!」
「フフッ、そうか」
「流石ですね、ルイス」
恐らくルイスが言っていることは本当だろう。彼から感じ取れる活力が何よりの証拠だ。後輩の返事を聞いたアランとアンナは互いに顔を見合わせながら微笑みを浮かべる。
「それじゃ見回り再開だ!」
「はい!」
巡回警備を再開させるルイスたち。
そんなカルムの若き星たちの後ろ姿をメアリーが期待の眼差しで見つめる。
「良くも悪くも……私の若い頃にそっくりだよ、アンタたちは。でもまあ、これからカルムを背負っていくのはアンタたちなんだ。その調子で頑張っとくれよ!」
そうやって、嬉しそうに独り言を漏らすメアリーであった。
通称『怨霊』たちの襲撃と、その犠牲者たちが復活――あの怪現象の夜から一週間が過ぎようとしていた。
多くの謎を残したままであるが、あれから『怨霊』たちがカルムに姿を現すことはなかった。また命を取り戻した民や兵士たちにも異常は見られず。平穏な日常が戻ろうとしていた。
――そんなある日のこと。
ルイスたちの元に朗報が舞い込む。
「――ついに城が完成ですか!? 良かったですね、アランさん!」
「ああ、とても立派な城だよ。これもマッスル隊が尽力してくれたお陰だ!」
ついにカルム領主家待望の『カルム城』が完成したのだ。今後、この城がカルム領政の拠点となる。
「早速だが『カルム城』への引っ越しを開始する。夕刻までにはこの仮屋敷にある物を全て運び出したい」
「了解です! 今日は忙しい一日になりそうですね!」
「ああ、そうだな! でもメアリーさんやマッスル隊も引っ越しを手伝ってくれるようだから助かるよ」
「ハハッ、それは心強い――」
その後、マッスルたちの大活躍によりカルム領主家の引っ越しは夕刻前に無事終了。領主カーティスはカルム城入りした。
――その夜。
城内では、築城や引っ越しに携わった者たちにご馳走が振る舞われていた。
本来なら大々的に築城を祝いたいところだが、カルム領を取り巻く情勢に配慮する形で、密やかに祝杯が交わされるのであった。
「アラン君、ルイス君、カルム屋名物『海鮮バター焼き』だよ!」
「おおっ! 待ってました! 『クレア』さん、ありがとうございます!」
「ありがとう、クレアさん」
「ウフフ、どういたしまして! まだまだ沢山あるから、いっぱい食べてね!」
赤髪の少女――海鮮居酒屋カルム屋・看板娘の『クレア』は出来立ての料理をルイスたちの元へ届けると、どこか照れくさそうな笑みを浮かべながら厨房へ戻っていった。
その後ろ姿を見つめながらアランが申し訳無さそうに言葉を漏らす。
「クレアさんも忙しいのに……なんだか申し訳ないな……」
「そうですね。急遽の慰労会にもかかわらず、料理人を買って出てくれるなんて……流石クレアさんですよ」
そこへルイスの恋人『カレン』とアランの婚約者『アンナ』がエプロン姿で現れる。
「ルイス君! 大好物のハンバーグ持ってきたよ!」
「どうぞ、アラン。貴方の好きなレタスとハムのサンドイッチです」
「「おお!」」
少年たちは恋人たちが持ってきた料理を嬉しそうに受け取る。
「このハンバーグ、カレンが作ったのか?」
「うん、そうだよ! ルイス君のために作ったんだ……」
「あ、ありがとう……」
頬を赤く染める後輩カップルを横目にしながら、アランもアンナに尋ねる。
「アンナ、このサンドイッチも、もしかして……?」
「ええ……アランのために作りましたのよ……」
「……っ」
珍しく頬を赤らめるアンナに、アランも気恥ずかしそうに頬を掻く。
そんな微笑ましいカップルたちの元に、むさ苦しい老年マッスルが接近してきた。
「ワッハッハッ! 善き哉、善き哉! 若いっていいねえ!」
「「「「カ、カルロス様!?」」」」
その老年マッスル――リゲル家重臣『カルロス・ブラント』が、愉快そうに高笑いを上げながら、右手に持つ骨付き肉を齧り付き、それを左手で持つ大ジョッキのビールで流し込む。――刹那、壮大なげっぷを漏らした。
苦笑を見せるルイスたちな筋肉親父が言う。
「羨ましいねえ! そうやって甘々で熱い恋愛ができるのは若者の特権だ! ま、こう見えても俺も若い頃は君たち以上にモテてな――」
若き日の栄光を延々と語り始めるカルロス。早くもルイスたちの表情が曇り始めた――その時。
「カルロス様っ!! 一大事でございマッスルっ!!」
「!?」
黄色いタンクトップを身に着けた、色黒の筋肉男が血相を変えて爆走してきた。到着した部下にカルロスが要件を尋ねる。
「一体何事だあ?!」
すると部下のマッスルは、声を震わせながら主君に要件を伝える。
――その耳を疑う内容に、カルロスのみならず、その場に居る全ての者の顔が青ざめる。
「申し上げます! タイガー様の体調が急変し、ご危篤状態! また、王妃殿下が謀反を起こすも失敗……現在王都は……改革戦士団の手に落ちております……!」
「な……なんだと……?」
カルロスの両手から骨付き肉とジョッキが落下。新築の城内にジョッキの割れる音が響き渡った。
「一体……王都で何が起きているんだ……? 父さんと……母さんは……!?」
突然の凶報にルイスは放心状態。今はただ、立ち尽くすことしかできなかった。
カルムの城に、初夏の風が吹き抜ける。とても不穏な、生暖かい風が――
第七部へ、つづく……




