第34話 学院長ラシャド
受付を終えたヨネシゲは、職員に案内され、応接室へと向かった。
応接室は、本校舎の正面玄関から右手に延びる長い廊下の先にあるそうだ。途中、職員室や事務室、保健室を横目に通過する。
ヨネシゲは応接室に到着すると、職員から珈琲と学院のパンフレットが差し出された。
「ヨネさん、珈琲です。どうぞ、お召し上がりください。それと、これは学院のパンフレットです。もし良かったらご覧ください」
「ありがとうございます」
「只今学院長は、臨時の職員会議に出席しております。すみませんが、もうしばらく、こちらでお待ち下さい」
「はい、わかりました」
学院長は臨時の職員会議に出席しているようで、面会までは少し時間が掛かりそうだ。
ヨネシゲは暇つぶしに、職員から手渡された学院のパンフレットに目を通す。
(栄光の学び舎、王立カルム学院か……)
そこにはカルム学院の詳細が記されていた。
カルム学院は現実世界でいうところの高等学校。3学年、約1000人の生徒が在籍しており、各学年15クラスまで存在している。
ヨネシゲが今居る5階建て本校舎には、生徒達の各教室がある。
本校舎を中心に、南側には校庭や正門があり、北側には体育館と講堂に闘技場、東側には音楽や美術等を学ぶ文化棟と食堂、西側には理科や空想術を学ぶ実習棟が存在する。
(凄い広さだ。パンフレットを見てこの学院がどれ程の規模かよく分かったよ。それと、闘技場なんて何に使うんだ?)
ヨネシゲはパンフレットを読み終えると、出された珈琲に口を付ける。そして先程、正門で起きたことを振り返る。
(それにしても、あの熊男。イワナリだっけ? いきなり失礼な野郎だぜ。おまけに俺のことをライバル視してるなんて驚いたよ)
ヨネシゲはカルム学院の正門に到着するなり、守衛のイワナリに因縁を付けられ絡まれる。その後、ヨネシゲは守衛班長のオスギから意外な事実を伝えられた。それはイワナリが、カルムのヒーローと呼ばれるヨネシゲに、一方的なライバル心を燃やしているということだ。
イワナリはカルムタウン東地区の住民であり、夜回り等の地域活動を熱心に行っている男らしい。度々、ひったくり犯やこそ泥などを捕まえており、保安署から感謝状も贈られているみたいだ。
巷では「東地区の番人」と呼ばれているそうだが、その知名度は低く、ヨネシゲのようにカルムタウン全域に名を轟かせている訳ではない。
地味な活躍ばかりで目立たないイワナリは、華々しい活躍を見せるヨネシゲにライバル心を抱くようになっていたそうだ。
そんなイワナリが「ヒーロー」として活躍できる場がこのカルム学院の守衛なのだとオスギは話していた。
イワナリは生徒や職員たちからは頼られる存在なのだとか。校内外の巡回はもちろんのこと、校舎や花壇の整備、害虫の駆除、力仕事の手伝いなど、特に女性たちからの人気は高いらしい。ところが、ヨネシゲの登場によって、カルム学院内で自分の地位が揺らぐことをイワナリは酷く恐れているようだ。
ヨネシゲはオスギからイワナリの現状を聞かされたが、冷ややかに受け止めていた。
(ただ女性たちにチヤホヤされたいだけだろ。鼻の下を伸ばしている奴の顔が想像できるぜ。それに、いい大人がムキになり過ぎなんだよ)
ヨネシゲがイワナリに対して敵意を抱いていると、応接室の扉をノックする音が聞こえた。ヨネシゲが応答すると、一人の高年男が姿を現した。
「ごきげんよう、ヨネさん。栄光の学び舎、王立カルム学院へようこそ! 待たせてすまなかったね」
「いえ、私も今来たばかりです。もしかして、あなたが……?」
「ああ、そうだった。ヨネさん、ヘクターから話は聞いている。記憶喪失の件、本当に気の毒だったね。当然、私の事も覚えていないと思うから、改めて自己紹介をさせてもらうよ。私はこのカルム学院の学院長、ラシャドだよ。よろしく頼む」
肩の辺りまで伸ばされた白髪、顎と口周りに生やされた立派な白い髭、青い瞳を持ったこの高年男の正体はカルム学院の学院長「ラシャド」だった。
早速ヨネシゲは、礼の言葉を述べると、手土産のにごり酒をラシャドに差し出す
「この度は、私を雇って頂きありがとうございます。本当に感謝しております。これはほんの気持ちですが、どうぞお納めください」
「ヨネさん、悪いじゃんか。そんな気を遣わなくてもいいのに!」
ラシャドはそう言いつつも、満面の笑みでヨネシゲからの手土産を受け取った。
「早速だが、ヨネさん。明日から来れそうかい?」
「はい、問題ありません!」
ヨネシゲはラシャドの問い掛けに即答する。
「そうと決まれば話は早い。早速制服の採寸を行おう。世話になっている仕立屋に頼めば、今日の夕方迄には仕上げてくれるからな」
ラシャドは職員を呼び出すと、ヨネシゲの制服採寸を行わせた。採寸を終えると、ヨネシゲはラシャドから労働条件や賃金などの説明をされる。気付くと時計の針は11時を回っていた。
ここでラシャドからある提案がなされる。
「ヨネさん。もし時間に余裕があるなら、午前中は私に時間をくれないか?」
「ええ。私は構いませんが……何か、お仕事ですか?」
「いやいや、そんな難しいことじゃないよ。ほら、明日から働くのだから、少し学院の中を案内してあげようと思ってね」
ラシャドの粋な計らいだった。
明日から学院で働くヨネシゲのために、ラシャド自ら学院内の施設を案内してくれるというのだ。
「学院長! 是非、よろしくお願い致します」
「では、早速行こうか!」
こうしてラシャドによる学院案内が始まるのであった。
先ず、ラシャドが案内したのは、5階建ての本校舎。
職員室や応接室がある1階から上は、全て生徒たちのクラスとなる。
ヨネシゲたちは階段を上り、3階に到着すると、ラシャドがある教室の前で足を止める。
教室と廊下の間にはガラス窓が設けてあり、廊下からでも教室内部を伺うことができる。
授業の最中だったが、生徒たちはヨネシゲたちの存在に気付くと、キョロキョロと廊下の方へ視線を向けていた。ヨネシゲはその生徒たちの中に、一人の見慣れた少年を発見する。
(あっ! ルイスだ!)
その少年とはヨネシゲの息子ルイスであった。
ルイスはヨネシゲと目が合うと、恥ずかしそうな表情を見せる。
当然、カルムのヒーローと呼ばれるヨネシゲが、ルイスの父親であることは生徒たちも知っている。突然の授業参観となったルイスに、クラスメイトたちがからかうのであった。
ここで空気の読めないヨネシゲ。
ヨネシゲは歯を剥き出して、満面の笑みでルイスにVサインを送る。その瞬間、生徒たちから笑いが沸き起こる。ルイスは顔を赤くさせながら教科書で顔を隠していた。するとラシャドが咳払いをする。
「ヨネさん。嬉しいのはわかるけど、一応、授業中だからね……」
「あ、すみません。ちょっと嬉しくなってしまって」
ラシャドに注意されたヨネシゲは、反省した様子を見せると、ルイスの教室前を後にした。
ヨネシゲは各階の廊下を歩いていて、あることに気が付く。
「学院長。やたら廊下や階段に装飾がされていますけど、何か行事でもあるんですか?」
ヨネシゲの疑問にラシャドが答える。
「おお、これかね。来週末に学院祭を行うので、それの前準備だよ」
「学院祭ですか!」
ヨネシゲは学院祭という言葉に目を輝かせる。ヨネシゲは祭りなどのイベントが大好きなのだ。
ラシャドの説明によると、カルム学院は春から夏にかけて行事が集中しており、学院生活で一番記憶に残る季節らしい。
特に3年生は夏が終わると卒業を迎えるため、学院生活最後の思い出作りに専念することとなる。
また、学院祭はカルム学院最大の行事であり、カルムタウン三大行事に数えられる一大イベント。一般にも公開されるため、カルムタウンの人々も多く訪れるそうだ。
ラシャドは学院祭についての熱弁を終えると、突然ヨネシゲの手を握りしめる。
「学院祭は年に一度の一大イベント。生徒や職員だけではなく、カルムタウンの人々もこの日を待ち望んでいる。学院祭を成功させるためには、ヨネさん、君の協力が必要なんだ。本当に良い時に来てくれた。ありがとう!」
「勿体ないお言葉です」
ラシャドは学院祭に何か思い入れがあるようで、その気合の入れようが半端ではなかった。
再びヨネシゲはラシャドに連れられ、学院内の施設を見学していた。昼休みも近かったため、足早に各施設を巡っていた。そして、ヨネシゲは最後の見学場所となる闘技場の前に到着する。
石造り円形の闘技場は古代のコロッセオを彷彿させる造りとなっていた。
何故、学院内にこのような闘技場があるのだろうか? ヨネシゲはその理由をラシャドに尋ねる。
「あの、学院長」
「何だね?」
「この立派な闘技場は、一体何に使うんですか?」
「この闘技場の正式名称は、空想術屋外練習場。略して練習場と我々は呼んでいる。主に戦闘用空想術の練習や空想術の試合を行う場所なんだ。放課後は主に空想術部が使用しているよ」
この闘技場の正式名称は「空想術屋外練習場」
屋内での使用が危険となる、戦闘用空想術の練習場所として使われている。週末には近隣校の空想術部と練習試合なども行われているらしい。
(ここでルイスも毎日練習しているのか。こんな立派な所で練習できるなんて羨ましいな……)
ヨネシゲが練習場を眺めていると、練習場内部から歓声が聞こえてきた。するとラシャドが興奮した様子で口を開く。
「おお! ちょうど空想術の授業を行っているみたいだ。どれ、ヨネさん。少し見てみるか!」
「是非とも!」
ヨネシゲはラシャドに連れられ、練習場内部へと入って行った。
薄暗い階段を登り切り、視界が開けると、そこはスタンド席の頂上付近だった。
円状の練習場の中央には、柵で囲まれたグラウンドが広がっていた。そのグラウンドを一周するようにして、スタンド席が立ち並んでいた。
ヨネシゲは辺りを見回すと、スタンド席で声援を送る、生徒たちの姿が確認できた。特に女子生徒たちは最前列に陣取っている様子だ。
ヨネシゲがグランドに視線を向けると、一人の男子生徒がグランド中央付近に立っていた。その様子を見たラシャドがヨネシゲに伝える。
「お、ヨネさん。凄いのが始まるようだぞ!」
「凄いのですか!?」
凄いのとは一体何か? ヨネシゲが再びグラウンドに目を向けると、教員がグラウンドの男子生徒に問い掛ける。
「よし、アラン! 準備はいいか?」
男子生徒の名前は「アラン」と言うそうで、彼は教員の問い掛けに、微笑みながら返答する。
「はい、大丈夫です。始めてください」
その瞬間、女子生徒たちから黄色い声が飛んでくる。
「キャー! アラン君、素敵!」
「アラン君、頑張って!」
その光景を見たヨネシゲはラシャドに話し掛ける。
「彼、女子生徒から凄い人気ですね! 羨ましいですな〜」
するとラシャドはアランについて説明を始める。
「彼は3年生のアラン・タイロン君。空想術部の部長にして、領主カーティス様の息子だよ」
「あの子が、噂の……!?」
ヨネシゲはアランに視線を向ける。
「アラン・タイロン」カルム学院3年生。
夕日のような橙色の瞳に、サラサラとした茶髪、甘いマスクの持ち主である。
アランは王国屈指の名門と呼ばれる、カルム学院空想術部の部長を任されている。その実力は折り紙付きと評されており、王国全土にその名を轟かせている。
そしてアランは、カルム領主「カーティス・タイロン」の一人息子でもあり、近い将来、このカルム領を背負って立つ男なのだ。故にアランに対する人々の期待はとても大きい。ラシャドもまた、アランに大きな期待を寄せる一人である。
「アラン君にはとても期待している。空想術はもちろん、成績も学院トップクラス。おまけに彼は人柄も良くてね、人望がある。きっと彼もカーティス様のように、立派なカルム領主になることだろう」
ラシャドは髭を撫でながら、アランを称えていた。
ヨネシゲが感心した様子でラシャドの話を聞いていると、グランドから教員の大声が聞こえてきた。
「それでは、召喚するぞ!!」
教員は両手を構えると、グラウンドの中央付近に光の球を放った。と同時に、光の球が強烈な閃光を放ったと思うと、アランの目の前には、5階建ての本校舎と同じくらいの高さはある、謎の巨大生物が姿を現した。
「なんだあれは!? 怪獣か!?」
ヨネシゲは謎の巨大生物の姿に顔を青ざめさせる。
つづく……
ご覧いただきまして、ありがとうございます。
次話投稿は、明日のお昼頃を予定しております。




