第351話 イワナリの説教【挿絵あり】
カレンに見送られながら、タイロン家仮屋敷を出発したルイス。小走りで北方三キロメートル先にある孤児院『カルムかがやき園』を目指す。
(――少し出遅れたな。まさかアランさんから追加の書類を頼まれるとは思いもしなかったよ。これじゃ今日も徹夜だな。よし、イワナリさんの件はぱぱっと済まして早く屋敷に戻ろう……)
金髪少年はそんな事を考えながら、ルポの街の中心部を駆ける。すると彼の瞳には見慣れた男三人衆の姿が映し出された。
(あれは……ヒラリーさんとウオタミさん、魚屋の主人さんだ……)
その三人衆。
ハート型のサングラスと鼻の下の髭がトレードマークのお調子者オヤジは、カルム市場内で酒屋を営んでいた『ヒラリー』。
白髪交じりの伸び切った黒髪の優しそうな中年の大男は、同じくカルム市場内で肉屋を経営していた『ウオタミ』。
そして一際目を引く奇抜なお魚ヘアー。活きが良い鮮魚のように笑顔を見せる中年男は、同様に市場内で魚屋を開いていた『魚屋のオヤジ』だ。
いずれも先の襲撃で店舗を失ってしまい、今はルポタウン内の市場で再興を図ろうとしている最中だ。
そんな会話中の仲良しオヤジ三人衆もルイスの存在に気が付く。
「あっ! ルイスちゃんだ! お〜い! ルイスちゃ〜ん!」
案の定、ヒラリーがはしゃいだ子供のように満面の笑顔で大きく手を振る。
一方のルイスも微笑みを見せながら小さく手を振り応える。
「ヒラリーさん、ウオタミさん、魚屋さん、こんにちは!」
「ルイスちゃん、ちょうど良かった! 仮店舗の件で話が――」
「すみません! 今日も忙しくて! お話はまた今度聞きますね!」
「そ、そうかい……じゃあ、また今度ね……」
「申し訳ない……――」
ルイスは足を止めることなく、すれ違いざまにそう答えると、その場から走り去っていった。
その後ろ姿を見つめるヒラリーは、ため息を漏らしながら肩を竦める。
「はあ〜……ルイスちゃん、最近はあんな調子で話も聞いてくれないよ……」
「仕方ねえさ。慣れない仕事でルイスも余裕がねえんだろう」
「けどさあ……彼が市民たちの窓口になってるじゃない? 少しは俺たちに目を向けてほしいなあ……」
「まあなあ……」
そんな会話をするヒラリーと魚屋にウオタミが言う。
「ルイス君もじきに慣れるさ。今はそっと見守ってあげようよ」
「うん。そうだねえ……」
結論に至った三人は、既に小さくなったルイスの背中を見つめるのであった。
――程なくして。
ルイスはルポタウンの北側にある、小高い丘を駆け上がっていた。
この先、ルポの街を一望できる丘の頂上に『カルムかがやき園』がある。
(おっ、見えてきたぞ……)
金髪少年の視界には木造平屋建ての大きな建物――『カルムかがやき園』が映し出される。
この建物はカルム領主カーティスの依頼で、復興支援のため滞在しているリゲル軍『ブラント・マッスル部隊』の手で建築されたものだ。
完成後は、今回の襲撃で親を亡くした全ての孤児が、この施設で生活を始めている。
そして子供たちに寄り添い、世話を見ている者たちが、イワナリを筆頭としたボランティアたちだ。彼ら彼女らの大半が同じく襲撃を受けたカルム市民。中には家族を失った者も少なくはない。
ルイスが『カルムかがやき園』の入口前に到着すると、子供たちを引き連れた老年男が出迎える。
「おお、ルイス君か。ご苦労さん」
「オスギさん! お疲れ様です!」
整えられた顎と口周りの髭が特徴的な小柄な老年男は、カルム学院の守衛として働いていた父ヨネシゲの上司『オスギ』だった。今はイワナリと共に子供たちの世話を見ている。
子供たちに腕を引っ張られるオスギが苦笑を見せながらルイスに言う。
「早速だが、イワナリの相手をしてやってくれ。奴も待ちくたびれているよ」
「わかりました!」
「少々面倒かもしれないが……頑張ってくれ」
「え?」
ルイスはオスギが指差した先に視線を移す。そこには――玄関前で仁王立ちする院長『イワナリ』の姿。熊男は腕を組み、歯を剥き出しながらルイスを睨んでいた。
(こりゃ……長くなりそうだ……)
ルイスは苦笑いをみせながら玄関へと歩みを進めた――
「――二週間前に頼んだ絵本と遊具はまだ届かねえのか?! いつまで待たせやがる?!」
「もう少しだけお待ちください。どうしても食料や医薬品、日常用品が優先になってしまうので……」
院長室にはイワナリの怒号が轟いていた。先日ルイスに直接発注した品物がまだ届かないことに不満を露わにする。
一方のルイスは事情を説明。理解を求めるが――この熊男が納得する筈もなく。
「ちぇっ! 絵本と遊具は後回しかよ?!」
「人命が優先ですから、ご理解ください!」
ワガママイワナリの横柄な態度に、普段温厚なルイスも語尾を強めて言葉を返す。それが癇に障ったのか、熊男が吠える。
「そんなことは言われなくてもわかってらあっ!! 俺はなあ、もう少し努力してくれって言ってるんだ!」
「努力ならしていますよ!」
ルイスの声にも怒気が宿り始めた頃、意外にもイワナリがクールダウンするようにして深呼吸。そして訴えるようにして語り始める。
「――知ってのとおり、ここに居る子供たちは皆……先の襲撃で親を失った身寄りの無い子たちばかりだ。この子たちが負った心の傷の深さは計り知れない。
だけどこの子たちは強い。まるで俺たちに余計な心配を掛けないように笑顔を振りまいている。いや……そうやって自分の気持ちを誤魔化しているんだろう。
だから俺たちも、この子たちの気が少しでも紛れるように、全力で一緒に遊んでいるのさ。そこで遊具や絵本は必需品なんだが……数が足りてねえ。
俺はなあ、子供たちの不安を取り除いてやるのが大人の責任だと思っている。この子たちに悲しい顔をさせてしまうような事は大人の恥だ……」
「イワナリさん……」
「だけどよ……就寝の時間になって照明を落とすと、あちらこちらから啜り泣く声が聞こえるんだよ……その度に……子供たちを慰めてやれねえ自分にとても腹が立つんだ……どうして何の落ち度もねえ子供たちが、毎晩悲しみで涙を流さなきゃならねえんだあ?! おかしいだろうがよ……」
イワナリは銀縁眼鏡を外すと、瞳から溢れ出すものを腕で拭う。ルイスはその様子を静かに見つめることしかできなかった。
やがて落ち着きを取り戻したイワナリがルイスにある事を指摘する。
「ルイスよ。俺はお前に『もっと周りに目を向けろ』と言いたい」
「周りに……ですか?」
「そうだ。ここ最近のお前……アランもそうだ。慣れない仕事で余裕がないのは理解できるが、卓上の書類とにらめっこばかりしてねえで、もっと周りに――民たちに目を向けろよ。お前が本当に見るべきものは紙切れじゃねえだろうがよ?!」
「………………」
顔を俯かせて押し黙るルイスにイワナリが続ける。
「少なくとも……お前のオヤジさんは、どんなに忙しくても周りに目を向けていたぞ? いや……以前のお前ならそれができていた」
「え?」
顔を上げるルイスに熊男が訴える。
「ルイスよ、あまり型に嵌りすぎるな。周りの言いなりになったり、マニュアル通りに動いていると、お前の本来の良さが失われてしまう」
そしてイワナリは微笑みを浮かべながらルイスの肩を叩く。
「俺はなあ、カルム学院で輝いていた時のお前に戻ってほしいのさ。どんな時でも他人を気遣える、イケメンな『ルイス・クラフト』にな!」
お茶目なウィンクを見せる熊男。一方のルイスは申し訳無さそうに口を開く。
「イワナリさん……俺……!」
「言うな」
イワナリは、謝罪の言葉を口にしようとするルイスを制すると、優しい口調でこう伝える。
「俺はなあ、何もお前を責めている訳じゃねえ。ちょっと説教してやっただけだ。だが……もしお前にその気持ちがあるなら……少しでもいい、子供たちの話を聞いてやってくれ」
「はい」
ルイスの返事を聞いたイワナリが再度その肩を叩く。
「俺はお前に期待しているんだよ」
「ありがとうございます!」
二人の顔からは自然と笑みが溢れた。
つづく……




