第33話 ヒラリーの提案
ヨネシゲは、カルム学院長に採用の挨拶をするため、カルム学院を目指していた。
ヨネシゲはこの街でカルムのヒーローと呼ばれる有名人。一度街を出歩くと、すれ違う人皆がヨネシゲに声を掛けてくるのだ。そして、ヨネシゲの珍しいタキシード姿に人々が食い付いてくる。
「おう、ヨネさん、タキシードなんて珍しいな!」
「よっ! 色男! 中々似合っているよ!」
「タキシード姿のヨネさんも、捨てがたいわね!」
「へへへ。ど、どうも……」
ヨネシゲは笑顔を振る舞っていたが、次々に話し掛けてくる人々の対応に疲れた様子だ。
(すれ違う度にこれじゃ、学院に着くまでに日が暮れちまうよ……)
ヨネシゲはやっとの思いでカルム市場に到着していた。
カルム学院に向うにはこの市場を通るのが最短経路となる。またヨネシゲは、挨拶の手土産となる焼き菓子をこの市場で購入する予定であった。市場内には新鮮な材料を使った食べ物屋が多く軒を連ねており、菓子屋も多く存在する。
ヨネシゲが店を探していると、あちらこちらから同じ話題の会話が聞こえてくる。その話題とは、今朝新聞に書かれていた、トロイメライ王都へのゲネシス帝国軍進軍の件だ。
王都に危害を加えられれば、国の根底を揺るがしかねない。王都から遠く離れたカルムの人々も決して他人事ではないのだ。市場の人々は新聞片手に不安や持論を口にしていた。
(あれだけの大事件だからな。やはりみんな、ゲネシスの話題で持ち切りだな)
ヨネシゲは不穏な雰囲気漂う市場を歩いていると、ある男に呼び止められる。
「やあ! ヨネさん! そのタキシード、良く似合っているよ!」
「むむっ!? その声は……」
ヨネシゲが眉を顰めながら、声がする方向へ顔を向けると、そこにはサングラスを掛け口髭を生やした中年男の姿があった。
「ゲッ……ヒラリーか」
「もうヨネさん、ゲッはないでしょう……」
ヨネシゲを呼び止めた男とは、酒屋店主のヒラリーだった。
ヨネシゲがヒラリーを見て顔を顰める理由。それはヨネシゲがこの空想世界に来てからはトラブルの連続であり、そのトラブルの場には必ずこの男の姿があった。よってヨネシゲはヒラリーを疫病神扱いしていたのだ。
(不吉な予感がするぜ……)
ヨネシゲはため息をしながら、ヒラリーの周りを見渡すと、あることに気付く。
「ヒラリー。ここはお前の店か?」
「おう、そうだよ! ヒラリーニコニコ酒店さ!」
「ニコニコは余計だな……」
そう、ここはヒラリーが経営する酒屋である。店内には、カルムの地酒や王国各地の名酒まで、幅広い種類の酒瓶が棚に並べられていた。ヨネシゲが棚の酒瓶を眺めていると、ヒラリーが思わぬことを口にする。
「ヨネさん。学院長に渡す手土産を探しているんだろ?」
「お、おい! どうしてそれを知っている!?」
「ヨネさん、このカルムタウンで隠し事はできないよ。ヨネさんが鍛冶場を辞めて、学院の守衛になることは、みんな知ってるよ」
今日、カルム学院に挨拶へ向かうことは、家族とメアリーくらいしか伝えていない。少なくともヒラリーには話していないが、既に噂は街中に広がっている模様だ。
(隠したつもりはないとはいえ、カルムタウンの情報網、恐るべしだな……)
ここでヒラリーからある提案がなされる。
「手土産なら、このヒラリーニコニコ酒店にお任せあれ! トロイメライ各地の名酒が揃っているよ!」
ヒラリーの提案をヨネシゲは却下する。
「いや、大丈夫だ。ソフィアは焼き菓子が無難だと言ってるしな。この先の菓子屋で手土産を選ぶよ。それに、酒は好みがあるだろうし、学院長が酒を飲むとは限らんだろ?」
するとヒラリーはニヤッと笑みを浮かべる。
「こう見えても俺は、学院長とは長い付き合いでね、当然酒の好みも知っているよ!」
「え? そ、そうなのか?」
ヨネシゲは先程とは打って変わってヒラリーの話に興味を示す。
「ちなみに、学院長はどんな酒が好きなんだ?」
ヨネシゲが学院長の酒の好みを尋ねると、ヒラリーは棚に並べられた酒瓶の一つを指差す。
「あの飲んだくれオヤジが好きなのはこれだよ! 雪の都、フィーニスの地酒さ!」
「ほう、これか……」
ヨネシゲは酒瓶を手に取る。酒瓶には、米から作られた白い濁り酒が入っていた。
「美味そうだな、これ……」
「ああ、その酒は絶品さ。コクのある味わいに上品な甘さ、そして豊かな香り。きっと学院長も喜ぶと思うよ!」
ヨネシゲは少し考えた後、ヒラリーに答えを出す。
「わかった。じゃあ、これを貰おうかな」
「流石、ヨネさん! お目が高い! 直ぐに包むから、待っててよ」
数分後、ヨネシゲは包装を終えた酒瓶をヒラリーから手渡される。
「お待たせ、ヨネさん。はい、どうぞ!」
「ありがとう。それで、お代は幾らだ?」
「お代はいらないよ」
「え? いやいや、それは流石に悪いよ!」
「いいんだ、ヨネさん。昨日は魔物から助けてもらったし、ちょっとしたお礼だよ。それに、顔合わす度に疫病神呼ばわりされるのも癪だからね。これで汚名返上さ!」
ヒラリーはそう言い終えるとニコッと笑みを浮かべる。そんな彼にヨネシゲは申し訳無さそうに尋ねる。
「だけど、本当に良いのか? これ、凄く高い酒だろ?」
「ヨネさん。それ以上聞くのは無粋だぜ」
ヨネシゲは、ヒラリーに背中を押されながら、店の外へと送り出される。
「ありがとう、ヒラリー! この恩は必ず返すよ」
「恩なんて返さなくていいよ! ヨネさんの幸せは俺の幸せだからね! ヨネさんに喜んでもらえれば、それで十分さ!」
「またまた!」
ヨネシゲが店の外に出ると、市場の人々は相変わらずゲネシス進軍の話しを続けていた。それを聞いたヒラリーが言葉を漏らす。
「魔王か。物騒な世の中だね……」
そんなヒラリーにヨネシゲが尋ねる。
「ヒラリー。一体、この国はどうなる?」
ヒラリーは、険しい表情を見せるヨネシゲに視線を向けると、微笑みながら返答する。
「大丈夫だよ。王都守護役が食い止めてくれるさ!」
ヨネシゲは王都守護役という言葉に首を傾げる。
「王都守護役? なんだそれは?」
「トロイメライの守り神だよ! 彼が居れば、魔王なんてイチコロさ! そんなことより、ヨネさん。午前中に学院長と約束してるんだろ? 早く学院へ行かないとお昼になっちまうよ?」
「お、おう! そうだったな。じゃあ、ヒラリー。ありがたく貰っていくぞ!」
「礼はいらないよ」
時間には余裕があったが、ヨネシゲはヒラリーに急かされる形で、足早に市場を後にした。
――ヨネシゲはカルム学院前に到着した。
目の前には、中世の城のような、はたまたファンタジーに登場する魔法学院のような、立派な校舎がそびえ立っていた。ヨネシゲは目を輝かせながら、校舎を見上げる。
「いつ見ても、立派な校舎だ。ここが俺の職場になるのか……」
ヨネシゲはそう言葉を漏らすと、カルム学院の正門まで歩みを進める。
正門には、黒服を着た守衛の男が立っていた。
(俺もあの黒服を着て、あの場に立つのか)
ヨネシゲは胸を踊らせながら、守衛の男に近付く。そしてヨネシゲは守衛の男に学院長と約束している旨を伝える。
「こんにちは! あの私、ヨネシゲ・クラフトと言いますが、本日、学院長と……?」
ヨネシゲは守衛の顔に視線を向ける。すると守衛の表情は、何故か歯をむき出しにして、こちらを鬼の形相で睨みつけていた。不思議に思ったヨネシゲは、守衛に表情の理由を尋ねる。
「あ、あの〜俺、何か悪いことをしましたかね?」
すると守衛の男は突然声を荒げる。
「やいっ、ヨネシゲ! どういうつもりだ!? ここは俺の縄張りだぞ! そんなに若い嬢ちゃんたちにチヤホヤされたいか!?」
「は、はぁ……?」
守衛の男は突然、意味不明なことを口にする。ヨネシゲは理解できずにいた。
(なんだコイツ? 何を言っているんだ?)
ヨネシゲは守衛の姿をじっくり見つめる。
このヨネシゲと同年代と思われる守衛の男。小太り体型で、身長はヨネシゲより拳三つ分ほど高い。
ほうれい線がはっきりした、弛んだブルドッグの様な顔には、金縁の眼鏡が掛けられていた。
そして髪型が独特であり、癖のある短髪の両サイドは、団子のように髪が纏まっており、長くて太いモミアゲが伸ばされている。
黒服の影響も相まってか、遠目から見ると、毛深い熊の様に見える。
(見た目からして変な奴だ。熊男だな)
ヨネシゲが眉間に皺を寄せていると、熊男が過度な反応を見せる。
「おう? 何だ、ヨネシゲ! 喧嘩売ってるのか!?」
熊男はそう言うと、ヨネシゲに詰め寄ってくる。
(なんだよもう。面倒臭い奴だな。朝から勘弁してくれよ……)
ヨネシゲがうんざりしていると、年配男の守衛が2人の元へと駆け寄ってきた。そして年配の守衛が熊男の頭を思いっきり引っ叩く。
「イワナリ! いい加減にしやがれ! 来客になんて事しやがる!」
どうやらこの熊男は「イワナリ」という名前らしい。
イワナリは年配の守衛に説教されると、悔しそうな表情を見せながら、詰め所の奥へと姿を消した。
(なんだったんだ、あいつは?)
ヨネシゲが大きくため息を吐いていると、年配の守衛が近寄ってきた。
「すまない、ヨネさん。ウチのイワナリが失礼した。どうか気を悪くしないでくれ」
「いえ。えっと、あなたは?」
「俺はこのカルム学院で守衛の班長をやらせてもらってる、オスギだ。学院長から話は聞いている。よろしくな」
「こちらこそ、よろしくお願い致します」
年配男の守衛の名前は「オスギ」
灰色の髪に、髪と同色の立派な口髭と顎髭が印象に残る、カルム学院守衛の班長だ。
ヨネシゲはオスギと挨拶を交わした後、イワナリについて尋ねる。
「オスギさん。えっと、さっきの人なんですが……」
「ああ、イワナリのことか。あいつも困った野郎でな。ヨネさんのこと、勝手にライバル視してるんだよ」
「ラ、ライバル視ですか!?」
ヨネシゲは驚く。
なんとイワナリは、ヨネシゲをライバル視して、密かに闘志を燃やしているというのだ。
それにしても、一体何故?
つづく……
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