第32話 迫りくる魔王
ここはトロイメライ王国の国境付近。
国境を沿うようにしてそびえ立つ、まだ雪が残る岩山。その麓には、巨大な岩が点在しており、果てしない荒野が広がっていた。
その荒野から聞こえてくるのは兵士たちの悲鳴。
兵士たちが身に纏っているのは、トロイメライ王国の紋章が刻まれた鎧や兜。
彼らの正体は、トロイメライ王国の正規兵たちだった。
トロイメライ軍は、隣国「ゲネシス帝国」に侵攻していた。しかし、岩山を越えた所でゲネシス軍の返り討ちに遭い、大敗を喫してしまった。
生き延びた兵士たちは、自国領へ逃げ帰るため、険しい岩山を無我夢中で登っていた。そして各々に弱音を吐いていた。
「逃げろ! 魔王だ! 殺される!」
「まだ死にたくない! 誰か助けてくれ!」
顔面蒼白の兵士たち。まるで地獄を見てきたかのような表情である。
尻尾を巻いて逃げるトロイメライの兵士たちを、3人の男女が嘲笑いながら眺めていた。
「兄様、見てください。まったく情けない連中です」
緑髪のおかっぱ頭の少年がそう言うと、続けて銀髪の三つ編みおさげの女が口を開く。
「お兄様。あのような野蛮な者たちを、このまま逃がして宜しいのでしょうか?」
銀髪三つ編みおさげの女の問に、彼女と同色の髪を持つ青年が返答する。
「雑魚は捨て置け。我々はこれより、トロイメライの王都、メルヘンを目指す。これ以上、奴らの蛮行を見過ごす訳にはいかない。あの野蛮なる暴君を討ち果たし、メルヘンを我が手中に収める! 全ては、我らバーチャル種に安寧と繁栄を齎すために!」
青年の言葉に少年と女は静かに頷いた。
青年は輝くような銀髪に、薄紫色の瞳、そして透き通るような色白の肌の持ち主。女性顔負けの美貌を持つ青年の正体は、近隣国から魔王と呼ばれ恐れられている、ゲネシス帝国の皇帝「オズウェル・グレート・ゲネシス」だった。
そしてオズウェルと同色の瞳を持つこの少年と女。
緑髪のおかっぱ頭の少年は、オズウェルの弟「ケニー・グレート・ゲネシス」
銀髪の三つ編みおさげの女は、オズウェルの妹にしてケニーの姉である「エスタ・グレート・ゲネシス」
3人の兄弟は100万の大軍を引き連れ、トロイメライの王都を目指すのであった。
――早朝の薄暗い河川敷は霧に覆われていた。その河川敷には、ランニングするヨネシゲの姿があった。
普段からあまり運動を行わないヨネシゲがどういう風の吹き回しだろうか? それにはちゃんと理由があった。
ヨネシゲは、この空想世界を訪れてからは、トラブルの連続に見舞われている。
市場でのチンピラ退治に始まり、カルム屋での乱闘、そして昨晩の魔物の襲撃。いずれも運良く難は逃れていたが、その対応に課題が残る。
昨晩については、ヨネシゲの目の前で、息子ルイスが魔物に怪我を負わされてしまった。
幸いにも軽傷で済んだが、ヨネシゲは家族を守ると意気込んでいただけに、出鼻を挫かれた思いだった。
そして、ルイスを守るどころか、彼に守られる場面の方が目立っており、ヨネシゲは不甲斐なさを感じていた。
(この先、とんでもない化け物が襲ってきたら、俺は大切なものを守るどころか、自分の身も守れない!)
今の自分では大切なものを守りきれない。不安と焦りを感じたヨネシゲが、先ず始めたこととは、朝のランニングだった。空想術を使い熟す上で重要となる、基礎体力と精神力を向上が期待できる。
普段であれば、ものの数分でリタイアしているヨネシゲであるが、かれこれ30分は走り続けている。その表情は苦痛に満ちており、何度か心が折れそうになるも、歯を食いしばりながら、必死になって走り続けていた。ヨネシゲの本気度が伺える。
(これくらいのことで弱音は吐いていられない。もっと強くならないと……!)
朝日が昇り切り、周囲が明るくなると、ヨネシゲは足を止める。
「今日はこれくらいでいいか。初日から無理はいかんな。夜はルイスに付き合ってもらって、空想術の練習だな」
ヨネシゲは、トレーニングは程々にすると、自宅へ戻るのであった。
自宅に戻り、朝食を済ましたヨネシゲは、リビングのソファーで新聞を読んでいた。そしてヨネシゲはある記事に釘付けになっていた。
「何!? 王国軍大敗!? 王都に向けて魔王の大軍が進軍中だって!?」
ヨネシゲの声を聞いたソフィアとルイスが、一斉に彼の方へと体を向ける。
「父さん、冗談だろ!?」
ルイスはそう言葉を漏らすと、ヨネシゲの元まで駆け寄ってきた。ソフィアはキッチンの方から顔を覗かせ、不安そうな表情を浮かべる。
「ルイス、これを見ろよ。ゲネシス帝国100万の大軍勢が王都に向かっているらしい」
ヨネシゲから手渡された新聞を読み、ルイスの顔が青ざめる。やがて新聞を読み終えたルイスは怒りを露わにする。しかし、その怒りの矛先は、自国の王に向けられていた。
「いつかこんな日が来ると思っていたよ。そもそも、トロイメライの王は、ゲネシスにちょっかい出し過ぎなんだよ! あんな王、魔王に討たれてしまえばいいんだっ!」
「ルイス、そんなことは言ってはいけません!」
ソフィアは不謹慎な発言をしたルイスを叱りつける。「自国の王が討たれてしまえ」など役人などに聞かれれば、最悪の場合、反逆罪で捕らえられてしまう。ソフィアはルイスに、発言には気を付けるよう諭すが、彼は不満そうな表情のまま口を噤んでいた。
その様子を見ていたヨネシゲの額からは、汗が滲み出ていた。
(俺が新聞を読んで騒いだが為に、こんな気まずい雰囲気になってしまうとは……)
事の発端は、新聞を読んで騒ぎ始めたヨネシゲにあった。大人しく新聞を読んでいれば、このような事にはならなかっただろう。とはいえ、あの記事を読んだら、誰だって大騒ぎするに違いない。何しろ、自国の王都が他国の大軍勢に攻め入られようとしているのだから。
「俺、学校行ってくる」
ルイスはムッとした表情でそう言うと、足早に家を後にした。
ソフィアは大きくため息をする。
「あの子、外で変な発言しなければいいけど」
ソフィアが漏らした言葉にヨネシゲが反応する。
「大丈夫さ。ルイスは賢い子だ。外で下手な発言はしないよ。まあ、信頼している家族の前だから、本音が出てしまったのだろう」
静かに頷くソフィアをヨネシゲは励ます。
「らしくないぞ、元気を出しな!」
ソフィアは心配そうな表情を見せる。
「ちょっと言い過ぎちゃったかしら?」
「大丈夫だって。ルイスもソフィアが言ったことを十分理解していると思うよ。今頃、反省してるんじゃないか?」
「そうかしら……」
ヨネシゲはソフィアを元気付けると、今日の予定に付いて説明する。
「そんなに気にすることないさ。それはそうと、今日の予定なんだが。午前中はカルム学院へ挨拶に行ってくるよ」
「そうだったわ。いよいよだね!」
鍛冶場での仕事の継続が困難となっていたヨネシゲは、ヘクターの紹介により、カルム学院の守衛として働くことが決まった。
学院への挨拶がまだだったため、週始めの今日、学院長を訪ねることになっていた。
それから一息入れたヨネシゲは、学院へ挨拶に向かうため、身支度を行っていた。ソフィアが用意してくれた衣装に着替えると、彼女が待つリビングへと向かう。
「ソフィア。ど、どうかな?」
ヨネシゲは照れ臭そうにしながら、身に着けた衣装が似合ってるかどうか、ソフィアに尋ねる。
「うん! 良いよ! 凄く似合ってる!」
「そ、そうかな?」
ヨネシゲは人差し指で頬を掻く。
ヨネシゲが身に付けた衣装とは、黒のタキシードと同色の蝶ネクタイだった。その姿はまるでファンタジーなどに登場する、ちょっとした紳士のようだ。これがこの国の正装のようだ。
ヨネシゲは姿鏡で自分の姿を確認するが、普段からTシャツとジーンズで過ごすことが多かったので、とても違和感のある服装であった。
「本当にこの服で行かなくちゃ駄目か?」
「当たり前でしょ! いつもの格好で行ったら失礼だよ! 最初が肝心なんだから、ちゃんとした格好で行かないと!」
ヨネシゲはタキシードを着ていくことを渋ると、ソフィアに説教されるのであった
(まあ、仕方ない。スーツにネクタイと考えれば、そこまで違和感はないか……)
身支度を終えたヨネシゲは玄関に向かうと、用意された革靴に足を通す。ソフィアはヨネシゲを見送るため、玄関に姿を現す。
「それじゃ、行ってくるぜ!」
「うん。気を付けてね! それとあなた……」
「ん? これは?」
ヨネシゲはソフィアから、数枚の硬貨を手渡される。この国では紙幣は存在せず、硬貨が通常貨幣となる。
ソフィアはヨネシゲに硬貨を手渡した理由を説明する。
「学院長に挨拶するんだから、手土産を持っていかないとね」
「手土産か……」
この国では、何か事あるごとに手土産を持参するのがマナーとなっているらしい。
ヨネシゲは、行き道に手土産を購入するようにソフィアから伝えられると、最適な手土産は何がよいか彼女に尋ねる。
「何を買っていけばいいかな?」
「そうね。焼き菓子が無難かしら」
「わかった。それじゃ、途中の菓子屋で見てみるよ」
ヨネシゲはそう言うと、ソフィアから受け取った硬貨を巾着袋に仕舞う。
「あなた、くれぐれも失礼のないようにね」
「大丈夫だよ。任せとけって!」
「フフッ……気を付けてね!」
「おう! 終わったら真っ直ぐ帰るよ」
ソフィアと挨拶を交わし、家を出発したヨネシゲは、カルム学院を目指すのであった。
つづく……
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