第325話 王都奪還⑬
――ドリム城・地下監獄。
鎖で縛られながら横たわるヒュバート。ボニーはその傷付いた身体を治癒する。
「――ヒュバート王子、どうでしょう?」
「うん、だいぶ楽になったよ。ありがとう……」
「できればその鎖も解いて差し上げたいのですが――」
つい先程までマーク元帥から拷問を受けていたヒュバート。その拷問とは王妃レナの指示で行われたものであり、ボニーの権限では彼の鎖を解いてあげることができない。彼女をここまで連れてきたロルフも弟の解放は認めなかった。それでも幼馴染を助けたい気持ちはある。だが、束縛を解錠する鍵も無ければ、鎖を断ち切るような空想術も扱えない――彼女だけの力では、王子を救出することは厳しい。
「ごめんなさい。何のお役にも立てなくて……」
申し訳なさそうに頭を下げる彼女に、ヒュバートが微笑みかける。
「そんな事はないさ。こうして君が治癒してくれなかったら、僕はずっと激痛に耐えていなければならなかった。もしそうなっていたら――途中で心が折れていたと思う……」
そしてヒュバートが冗談交じりに言う。
「君がずっとここに居てくれれば、またマーク元帥から拷問を受けても、すぐに治癒してもらえるね!」
王子が笑顔を浮かべる一方、令嬢は声を荒げる。
「ヒュバート王子! それでは根本的な解決になっておりません! 私……これ以上ヒュバート王子が傷付くところは……見たくはありません……」
「ごめんよ、ボニー嬢。冗談が過ぎたね……」
ボニーが瞳を潤ませながら悔しそうに唇を噛むと、王子は気まずそうにして目を反らした。
――沈黙に支配される地下監獄。
しばらくの間、口を閉ざしていた二人だったが、ここでボニーが静かに口を開く。
「――ヒュバート王子。私がロルフ王子から許可を頂いて、この場に留まった理由は他でもありません……」
「………………」
「――ヒュバート王子。ロルフ王子と王妃殿下に従ってください。ロルフ新王の元で新たなトロイメライを作っていきましょう――」
そう。ボニーがロルフから許可をもらい、この監獄に残った理由は、ヒュバートの説得の為だった。
彼女は間もなくロルフ王子の妃となる。常識的に考えて国王派の肩を持つことはできない。だが、元・想い人が、新王政に楯突く反逆者として断罪される結末は、何としても避けたかった。しかし彼女が説得を試みるも、王子の返事は揺るぎない。
「――断るよ」
「ヒュバート王子……」
「僕を助けたいという君の気持ちは理解しているつもりだ。こうして僕の為に動いてくれていることはとても嬉しく思ってるよ」
「でしたら……!」
「だけど……僕にだって譲れないものがある。ただ単に玉座を奪いたい為だけに引き起こしたクーデターなんて、僕は認めないよ」
「ヒュバート王子、それは違います! ロルフ王子と王妃殿下は民の事を第一に考えて――」
「母上と兄上は民の気持ちなど理解していない! 『民第一』を掲げておいて、どうして民から血と涙がながれるんだ!? 所詮『民第一』なんて、クーデターを引き起こすための口実に過ぎない。上辺だけで築き上げられた新王政なんて、誰も付いていかないよ。それに――」
ヒュバートは台の上に置かれた二つの水晶玉を悲しそうに見つめる。
「僕の大切な人たちを……水晶玉の中に閉じ込めるなんて……許せない……」
「王子……」
そして王子は令嬢に向き直る。
「だからといって、兄上に付いていく君を責めたりはしないよ。それもまた一つの人生だからね。したいように生きればいい。――だけど、これ以上僕に深入りしちゃだめだよ」
「え?」
「僕に情けを掛けてはいけない。君の立場が危うくなってしまうからね。まあ、国王派に加わるなら話は別だけど……」
「私は……」
ヒュバートの言葉にボニーは思い迷った様子で顔を俯かせる。
――その時である。
横たわるヒュバートの顔の前――床石の一部が抜け落ちる。王子と令嬢が目を丸くさせていると、抜け落ちた床から、もう一人の令嬢が顔を覗かす。
「――あらよっと!」
「シ、シオン嬢?!」
「ヒュ、ヒュバート王子!」
そう。床の穴から出てきたのは、シオンだった。彼女が穴から出てくると、続いてマロウータン、バンナイ、アーロン、ダンカンの順で南都五大臣が姿を現した。
突然の出来事――言葉を失う王子にシオンがニヤリと笑ってみせる。
「ヒュバート王子! 助けに参りましたわ!」
「助けにって……一体これはどういう状況なんだい!?」
「説明は後です! 先ずはこの監獄から脱出しましょう! 今その鎖を解いて差し上げますからね――うふぉおおおおおおっ!!」
――それは『解く』ではなく『破壊』。シオンはヒュバートの全身に絡み付いた鎖を両手で掴むと、それを一気に引き千切った。
南都令嬢の剛力によって一瞬で木っ端微塵になった鎖――あまりにも現実離れした光景に王子は顔を引き攣らせる。
「シ、シオン嬢……す、凄い力だね……」
「愛のパワーですっ!!――フフッ、なんちゃって……空想術で腕力を強化しただけですよ」
シオンは恥ずかしそうに微笑みながら舌を出す。
一方のヒュバートは身体を起こすと――令嬢を思いっ切り抱きしめた。
「シオン嬢!!」
「ヒュ?! ヒュバート王子?!」
案の定シオンの顔が真っ赤に染まる。一方の王子は声と身体を震わせる。
「シオン嬢……本当に……本当に……君って子は……敵陣に乗り込んでくる令嬢が……一体どこにいるんだよ……捕まったら……殺されてしまうかもしれないのに……」
「ヒュバート王子……」
そしてヒュバートは瞳を潤ませながらシオンの顔を見つめる。
「シオン嬢……助けに来てくれて……ありがとう……」
シオンが満面の笑みで応える。
「このシオン! 例え火の中水の中! ヒュバート王子をお救いする為だったら何処へでも駆け付けますわ!」
「頼もしい限りだよ」
――抱きしめ合うシオンとヒュバート。
その様子をマロウータンら南都五大臣が感激した様子で見守る。――その後方。ボニーは険しい表情で二人を見つめていた。
ここで白塗り顔が王子に伝える。
「――ヒュバート王子。あまりゆっくりもしてられません。一刻も早くここから脱出しましょう!」
「うん、そうだね。よろしく頼むよ。――それと、その台の上の水晶玉を見てほしい……」
「こ、これは……!?」
マロウータンたちは絶句する。
何故なら水晶玉の中に主君たちが閉じ込められているのだから。
「叔父上と宰相はご覧の通りだ……」
「酷い……酷すぎるぞよ!」
怒りで身体を震わせるマロウータンたちに、ヒュバートが訊く。
「叔父上たちを水晶玉から出すことはできるかい?」
「ええ。荒業を使えば可能ですが……メテオ様たちがお怪我をされてしまう可能性があります。水晶玉は一旦私がお預かりしましょう……」
マロウータンはそう言うと、水晶玉を和服の袖に忍ばせた。
「さあ、ヒュバート王子! 脱出しましょう!」
「うん、わかった。でも少しだけ待ってほしい――」
シオンに脱出を促されるも、ヒュバートは待ったをかける。そして彼が視線を向けた先は――ボニーだった。
「――ボニー嬢……君はやっぱり残るのかい?」
「ええ。私は――ロルフ新王の妃となる女子です!」
「そうか……わかった……」
真っ直ぐな瞳で宣言するボニー。ヒュバートは静かに頷くと、マロウータンたちに視線を移す。
「――頼む」
「「「「御意!」」」」
ヒュバートの声を合図に五大臣たちがボニーを取り囲む。一方のボニーは何が起きたのか理解できていない様子だ。そしてシオンもヒュバートの隣で困惑の表情を見せていた。
ボニーが問い掛ける。
「ヒュバート王子! 一体これは?!」
「ボニー嬢。少しの間……眠っててもらうよ……」
「ヒュバート王子!」
その刹那。
白塗り顔が麻呂舞踊続物『子守唄の舞』を発動。と同時にボニーが意識を失う。そして倒れかけた彼女の体をダンカンが支え、アーロンが空想術で発生させた蔓でその身体を縛り上げる。仕上げとして、バンナイが自分の顔そっくりの鳥型想獣を繰り出して、ある言葉を教え込む。
縛られた状態で横たわるボニーに、ヒュバートが言葉をかける。
「ボニー嬢……君は僕たちの協力者であってはいけない。君は僕たちから危害を加えられた被害者を演じるんだ――手荒な真似をしてすまない……」
王子は、眠る令嬢の頭を優しく撫でた後、ゆっくりと立ち上がる。
「さあ、ここから脱出しよう!」
「「「「「はい!」」」」」
王子一行は――静かに牢獄から姿を消した。
――それから程なくして、巡回の兵士たちが地下監獄に現れる。
「――うわっ?! 何だこの気持ち悪い想獣はっ?!」
『ワシハ、バンナイダ! メテオサマト、ヒュバートオウジハ、カエシテモラッタゾ! ワシハ、バンナイダ! メテオサマト、ヒュバートオウジハ、カエシテモラッタゾ! ワシハ……――』
「た、大変だ! メテオ様たちが脱走したぞっ!」
「サイラス公爵令嬢も襲撃されたみたいだ! こんな草で縛り上げて……なんて酷いことしやがる……!」
「急ぎ王妃殿下とロルフ王子に報告をっ!!」
ヒュバートたちの脱走と、ボニー襲撃の情報は、瞬く間に城内を駆け巡った。
つづく……




