第31話 具現草 【挿絵あり】
この空想世界には、具現草という植物が存在する。
具現草には「グゲンモドキ」という物質が大量に含まれている。グゲンモドキは空想術を使う上で欠かせない「具現体」と酷似した物質であり、想素と結合させて現象を発生させることも可能だ。
普通想人は、空想術を使用する際、脳内で生み出した想素を体外に放出し、空気中の具現体と結合させることで現象を発生させる。これを「外部具現化」という。
しかし、想素は体外に放出した時点で大きく劣化してしまうため、具現化に成功してもその効果は半減しているとまで言われている。
仮に体内で具現化したらどうなるか?
実際、体内に具現体を取り込んで、新鮮な想素と結合させる「内部具現化」という方法が存在する。この方法を用いれば、外部具現化よりも強力な現象を発生させることができるのだ。但し、これができるのは「バーチャル種」や「ハーフ種」と呼ばれる一部の種族のみ。「リアル種」と呼ばれる大半の想人は体内に具現体を取り込むことすらできない。
ところが、具現体に酷似したグゲンモドキであれば、リアル種の想人でも体内に取り込むことができる。これにより、内部具現化が可能となり、強力な空想術を使用することができる。しかし、その代償は大きい。
リアル種の想人は内部具現化の耐久性を持ち合わせていない。
内部具現化の耐久が無い状態で、体内で現象を発生させることは、命を落としかねない危険極まりない行為。例えるなら、体内で爆弾に火を付けるようなもの。故に体への負担は相当なものであり、最悪の場合、具現化に体が耐えきれず、破裂してしまう。
ちなみに、バーチャル種やハーフ種にとって、グゲンモドキは劇物であり、体内に取り込もうとすると、嘔吐やアレルギーなどの拒絶反応を起こしてしまう。こちらも最悪、命を落とす可能性があり、全想人が具現草の使用を禁止されている。これは各国共通の決まりとなっている。
禁断薬、具現草。所持しているだけで厳しい罰則の対象となる。それでも尚、人々は爆発的な力を求めて具現草に手を出してしまう。大きな代償を払って……
――その頃、ヨネシゲは、キラーの襲撃を受けた現場で、駆け付けた保安官たちから事情聴取を受けていた。
ヨネシゲたちは、自称魔物使いのキラーとその魔物たちの襲撃に遭う。
ヨネシゲはルイスとドランカドと協力して魔物を退治。キラーの制圧にも成功した。ところが魔物使いキラーは、突然自爆して絶命する。
何はともあれ、一先ず危機を脱したヨネシゲは胸を撫で下ろしていた。
現場では、保安官や領主軍の兵士が慌ただしく駆けずり回っており、ドランカドも保安官から事情聴取を受けているようだ。
騒ぎを聞きつけた周辺の住民たちも野次馬となって続々と集まっており、現場周辺は騒然となっていた。
メアリーもペイトンに連れられ現場に駆け付けており、今はルイスの腕の怪我を空想術で手当てしている最中だ。
ヨネシゲが保安官から事情聴取を終えて、解放されると、彼の元にヒラリーが駆け寄って来る。
「お疲れ、ヨネさん! 流石、カルムのヒーローだね。あれだけの魔物を倒しちゃうんだからさ!」
ヨネシゲは冗談を交えながら返事を返す。
「まったく、また俺をトラブルに巻き込んでくれたな? お陰で全身が筋肉痛だぜ」
「もう、また俺のせいにする」
ヨネシゲはヒラリーと会話しながら、ルイスとメアリーの元へ向かう。2人の前までやって来たヨネシゲは、ルイスの怪我の具合いを確認する。
「ルイス、腕は大丈夫そうか?」
「うん。おばさんに治してもらったからね。だけど、ちょっと、気分悪いかな……」
キラーの自爆を目の当たりにしたルイス。その衝撃的な光景は彼に相当なショックを与えたそうであり、今はメアリーに介抱されながら、吐き気と戦っていた。
ここで空気の読めないヨネシゲ。キラーの話題を話し始める。
「それにしても、キラーの奴。まさか自爆すると思わなんだ! 木っ端微塵だったな!」
案の定、メアリーから怒号が飛んでくる。
「シゲちゃん! その話は止めなさい! ルイスが気分悪くしてるのわからないの!?」
「あ……すまん、すまん。ついな。気を付けるよ」
ヨネシゲはメアリーに怒鳴られると、気不味そうな表情でその場を離れる。
ヨネシゲは、キラーの残骸が残る現場を見渡しながら、先程までの事を振り返る。
(禁断薬……具現草か)
具現草を体内に取り込み空想術を使用すると、空想術上級者のルイスをも圧倒する、強力な力を手に入れることができる。しかし、命という代償を払うことになり、キラーは絶命してしまった。
ドランカド曰く、キラーは具現草中毒者。あの狂気じみた言動は中毒者の特徴らしい。更にあの獣のような顔付きも、具現草の影響によるものなのだ。
具現草に含まれるグゲンモドキが、体内に入り込んだ不穏想素と結合してしまうと、人の容姿を変えてしまうらしい。恐らく、あのままキラーが生存していたら、最終的に魔物の姿に成り代わっていたとドランカドは話していた。
(恐ろしい薬物だ……)
そこへ事情聴取を終えたドランカドがヨネシゲの前にやって来る。
「ヨネさん、災難でしたね」
「ああ。ドランカドもな」
「保安官の話ですと、具現草の出どころは悪魔のカミソリが濃厚らしいです」
「そうか。悪魔のカミソリ、とんでもない連中だな……」
2人は捜査中の現場を眺める。
最近は悪魔のカミソリが活動を活発させており、具現草の取り引きも盛んに行われている。故にこのカルムタウンでも、具現草の使用や所持で摘発されるものが急増しているのだ。
ここでヨネシゲはドランカドにある事を尋ねる。それはドランカドが、キラーに対して物凄い剣幕で尋問を行っていたことについてだ。
「まさか、ドランカドがあそこまで怒りを見せるとはな。驚いたよ」
ドランカドは一度間を置くと、ヨネシゲに返事を返す。
「俺は、具現草の存在が許せんのです」
ドランカドは強く拳を握りしめる。
「あの草は、人の人生を狂わし、命を蝕む悪魔の植物。先程のキラーが具現草中毒者の形の果てです。俺は、あのような最後を迎える者を、これ以上増やしたくありません……」
ドランカドは星空を見上げる。
人々は一時の力を求めて、具現草に手を出してしまう。しかし、具現草は命を蝕む悪魔の植物。その代償は大きい。元保安官のドランカドは、悲惨な末路を辿った想人を何人も見てきている。
具現草を一掃し、これ以上、不幸な運命を辿る者を増やしたくない。それが夢だったと、ドランカドは語る。
するとドランカドは突然声を荒げる。
「こんな物があるから……こんな物があるから! 流さなくてもいい血と涙が流れるんだっ!!」
「ドランカド……」
ドランカドはすぐに我に返った様子で、ヨネシゲに頭を下げる。
「すみません、取り乱してしまいました……」
ドランカドは悲痛な表情を見せる。
「俺はそんな一心で保安局に入ったんですけど……覚悟が足りなかった。具現草を一掃しようとすることは、人から大切なものを奪う覚悟も必要なんです。そんな覚悟もない俺が、具現草根絶を語るのはおかしな話ですけどね……」
ドランカドはそう言い終えると、顔を俯かせて口を閉ざした。
ヨネシゲも掛ける言葉が見付からず、2人の間に沈黙が流れる。
そこへルイスがやって来た。
「父さん、そろそろ帰ろう」
「もう、大丈夫なのか?」
「うん、なんとかね。ここに居る方が気分悪くなっちゃうよ」
ヨネシゲとルイスが話していると、ドランカドが突然走り出す。
「お、おい。ドランカド!?」
ドランカドは走りながら、呼び止めるヨネシゲに顔を向ける。
「ヨネさん、俺も帰りますね! ルイス君もお大事に! それじゃまた!」
「お、おう! またな!」
ドランカドは小走りでその場を後にした。
「俺たちも早く帰ろう。母さんも心配してるよ」
「おう、そうだな」
ルイスはそう言うとメアリーが居る場所まで歩き始める。ヨネシゲもルイスの後を追うが、途中で立ち止まり、後ろを振り返る。
(ドランカド。お前にも辛い過去があるというのか……)
ヨネシゲが、小さくなったドランカドの後ろ姿を見つめていると、ルイスから声を掛けられる。
「もう! 父さん! 置いてっちゃうよ!」
「ドンマイ! 今行くよ!」
「ドンマイじゃねぇ〜」
明るく振る舞うヨネシゲであったが、その心は晴れぬまま、家路につくのであった。
その頃、ドランカドも1人家路を目指していた。
暗い表情で俯きながら、黙々と歩き続ける。そして、ドランカドはある少女の存在を思い出していた。
『ドラさん!』
少女の無邪気な笑顔と声が、ドランカドの頭の中で蘇る。
「すまん、許してくれ……」
俯いて歩くドランカドの瞳からは、一筋の涙が零れ落ちていた。
つづく……
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次回から2章に突入します。
次話の投稿投稿は、明日の13時過ぎを予定しております。
是非、ご覧ください。




