第30話 魔物使い 【挿絵あり】
迫りくる魔物の群れ。
「ひゃあぁぁっ!! 百鬼夜行だっ!!」
ヒラリーはそう言いながら腰を抜かす。
余りにも恐ろしい光景に、他のメンバーたちも青ざめた表情で体を震わせていた。
ヨネシゲも顔を引き攣らせながら、迫りくる魔物を凝視していた。
「ヨネさん! あれを見てください!」
ヨネシゲはドランカドが指差す方向に目を向けると、魔物の群れに人影が混ざっているのが見えた。
「何だあれは? 人か?」
ヨネシゲが目を凝らしながら人影を見つめていると、次第にその不気味な姿が明らかになっていく。
魔物の群れから姿を現した一人の男。
肩の辺りまで伸ばされた赤い髪、白塗りされたような獣のような顔面と、肉食動物の様な鋭い歯を覗かせていた。
「何だ奴は!? まるで獣人ではないか!」
ヨネシゲは獣男の余りにも不気味な容姿に、思わず後退りしてしまう。
獣男は、不気味な笑い声を出しながら、魔物と一緒にじわりじわりとヨネシゲたちに迫ってきていた。
獣男は見回り隊のメンバーを舐めるように見つめると、不気味なことを口にする。
「ウヒョヒョヒョ! 良い具合に肥えてやがる。君たち全員、我が下僕の餌になるがよい!」
ヨネシゲが獣男に問う。
「やいっ! お前は一体何者だ!?」
ヨネシゲの声を聞いた獣男は、不気味な瞳をヨネシゲに向けた後、口を開く。
「僕は魔物使いのキラーだよ。この子たちのパパなんだ。可愛い子供たちに、腹一杯、想人のお肉を食べさせるのが、僕の仕事なんだ!」
「イカれてやがる。気味が悪い野郎だぜ……」
獣男は「キラー」と名乗った。
自称魔物使い。数十体の魔物を引き連れており、彼が言うには、魔物の餌を探しているらしい。そして、魔物の餌となるのが「想人」つまり、人間を魔物を食べさせようとしているのだ。
キラーは相変わらず不気味な笑みを浮かべながら、狂気に満ちた言葉を口にする。
「君たち大人しく、この子たちに食べられてよ。凄くお腹減らしてるんだからさ! ね?」
「そんな事応じられる訳ねぇだろっ!」
ヨネシゲが怒鳴り声を上げるも、キラーの耳には届いていない様子だ。彼は魔物と共にヨネシゲたちの距離を詰めていく。
その時であった。
突然、一体の魔物が青白い火柱に包まれると、一瞬で消滅した。その光景を見たキラーが発狂する。
「いやあぁぁぁっ!! 我が下僕がっ!! 誰だっ!! こんな酷いことしたのは!?」
「俺だよ!」
キラーが声をした方へ視線を向けると、ルイスが腕を組みながら仁王立ちしていた。
「ルイスっ!!」
ヨネシゲは、キラーたちに立ち向かう息子の名を叫ぶ。ヨネシゲの声を聞いたルイスは、皆に避難するよう伝える。
「父さん! ここは俺に任せてみんなで逃げるんだ!」
「だ、だけどっ! そんな事言ったってよっ!」
実力者のルイスといえども、これだけの数の魔物を相手にするのは荷が重すぎる。それ以前に、息子を置いて逃げるなど、ヨネシゲにはできなかった。
そうこうしているうちに、魔物の群れがルイスを包囲する。絶体絶命の状況であるが、ルイスは余裕の笑みを浮かべていた。
「お前ら全員まとめて片付けてやる!」
「生意気なクソガキだっ!」
ルイスはそう宣言した後、気合いの入った雄叫びを上げる。
ルイスの周りを巨大な青い炎渦が旋回し始める。魔物たちは、凄まじい火力の炎渦に圧倒され後退りする。ルイスが身に纏った炎渦は大きさを増していき、魔物たちを次々と飲み込んでいく。
その光景を見ていたヨネシゲは思わず言葉を漏らす。
「す、凄い……これが、ルイスの力か!」
ルイスの想像以上の力。
流石、王国屈指と名高い名門校の空想術部員である。
ヨネシゲは感心した様子で、ルイスの戦いぶりを目に焼き付けていた。
しかし、ここで予期せぬ事態が発生する。
突然、ルイスは衝撃波を受けて弾き飛ばされる。
倒れたルイスを見つめながら、キラーが薄気味悪い笑い声を上げる。
「ウヒョヒョヒョ……坊や、調子に乗り過ぎだよ……」
衝撃波を放ったのはキラーだった。
キラーは右手を構えながら、倒れたルイスを睨みつけていた。
その一部始終を目にした見回り隊メンバーからどよめきが起こる。
「信じられん! あのルイス君が、あんな簡単に吹き飛ばされるなんて!?」
「なんて力なんだ!?」
ヨネシゲは急いでルイスの元へ駆け寄ろうとする。しかし、ルイスはヨネシゲを制止する。
「ルイスっ! 大丈夫かっ!?」
「父さん、来ちゃだめだ! 危ないから離れてて!」
ルイスはヨネシゲにそう伝えると、ゆっくりと立ち上がる。そして、覚束ない足取りでキラーの元へと歩みを進める。
(ルイス! 無茶するな!)
ヨネシゲは歯を食いしばりながら、ルイスの背中を見つめる。
キラーのすぐそばまで間合いを詰めたルイスがある事実に気が付く。
(何だ、コイツ!? 傷一つ負ってないじゃないか! 俺の渾身の炎渦を防ぐなんて……! それに、あんな強力な衝撃波を使い熟すとは、コイツ、只者じゃないぞ!)
ルイスは悔しそうな表情でキラーに問い掛ける。
「あの攻撃を耐えるとは、お前は一体何者だ!? それにあんな衝撃波を使い熟すなんて……!」
ルイスの問い掛けに、キラーは不敵な笑みを浮かべる。
「答える必要はないね」
「な、何!?」
「だって君はここで死ぬんだからさ」
キラーが真顔でそう言い終えた途端、ルイスの背後から突然魔物の雄叫びが聞こえてきた。
「うおぉぉぉっ!! 若者の肉っ!!」
「!!」
突然、ルイスを背後から襲う一匹の魔物。
ルイスは空想術で撃退しようと右手を構えるも、その腕に激痛が走る。先程受けた衝撃波で負傷してしまったそうだ。
ルイスと魔物の距離は瞬くまに縮まっていく。
(ルイスを助けないとっ!!)
ヨネシゲの体が咄嗟に動く。
ヨネシゲはルイスの元へ駆け寄ろうとする。
そして息子を襲おうとする魔物に向かって拳を構えた。
この時、ヨネシゲの脳裏には、あの日の忌まわしい記憶が蘇っていた。
(これ以上息子を傷付けさせない! 今度こそ俺が守って見せる! もう大切なものは、奪わせないぞっ!!)
ヨネシゲは、魔物が木っ端微塵に消え去るところを思い描く。そして、妻子の命を奪った凶悪犯ダミアンの姿を魔物と重ね合わせる。
その瞬間、ヨネシゲの右拳には底知れぬ力が宿り始める。
「息子に手を出すんじゃねぇっ!!」
ヨネシゲの右拳は魔物の顔面を捉える。すると魔物は悲痛な断末魔を上げながら消滅した。
ヨネシゲはルイスに手を差し伸べる。
「ルイス、大丈夫か!?」
「うん、ありがとう。助かったよ!」
ここでルイスはヨネシゲが思い掛けない事を口にする。
「父さん、今、空想術使ってたみたいだね!」
「え? そうなのか?」
ヨネシゲは無意識の内に、空想術を使っていたそうだが、ヨネシゲにその実感はなかった。
ルイス曰く、ヨネシゲは空想術でパンチの威力を増幅させていたらしい。結果、魔物を一撃で仕留めることができたのだ。
(確かに、あの時俺の右腕には底知れぬパワーが宿ってた感じがしたよ。あれが、空想術によるものだったのか)
己の右拳を眺めるヨネシゲに、ルイスが声を掛ける。
「父さん。今の感覚を忘れないでね! それよりも、今は奴らを片付けないと!」
ヨネシゲとルイスはキラーに視線を向ける。対するキラーは魔物を殺され怒り狂っていた。魔物たちも飼い主の怒りに同調して興奮した様子だ。
再びキラーたちがこちらに向かって襲い掛かってくる。そんな中、ヨネシゲはルイスに視線を送る。
「ルイス。奴らを片付けるか!」
「ああ! 一匹残らず退治してやる!」
2人は顔を見合わすと笑みを浮かべる。そこへドランカドも加勢する。
「ヨネさん、援護しますよ!」
「おう、頼むぞ! ドランカド!」
ヨネシゲの言葉を聞いたドランカドは静かに頷いた。
続いてヨネシゲは見回り隊一同に、この場から避難するよう伝える。
「ペイトンさん! ここは危ない。みんなを連れて逃げてください!」
「ああ、わかった! ここは頼んだよ! すぐメアリーちゃんを呼んでくるから!」
ペイトンはヨネシゲに促されると、仲間を引き連れ安全な場所に避難していった。
「お前ら全員、食らってやるっ!!」
「かかってこいやっ!」
怒り狂ったキラーが魔物たちと一緒になって3人に襲い掛かるのであった。
――決着はすぐについた。
ヨネシゲとドランカドの猛烈な拳の嵐、そしてルイスの炎渦と雷撃。彼らの猛攻を魔物たちは受け止めきれず、次々と消滅していった。
魔物の主、キラーも空想術を駆使して応戦するも、最後はヨネシゲ渾身の拳を食らいノックダウン。大の字になってその場に倒れた。
ヨネシゲは息を切らしながらも、腕を組み、勝ち誇った表情で、倒れたキラーを見下ろす。
「勝負あったようだな……獣男!」
ヨネシゲがそう言い放った直後、ドランカドが倒れているキラーの胸ぐらを掴む。
「おい、お前! 具現草をやってるな!?」
ヨネシゲは初めて聞くワードに目を丸くさせながら、2人のやり取りを見守っていた。
「あれは良いよね……もっと欲しいよ……」
「ふざけるなっ!!」
ドランカドの予想は的中していたようで、キラーは不気味な笑みを浮かべながら、具現草の使用を認めた。
普段は温厚なドランカドであるが、この時ばかりは物凄い剣幕でキラーを怒鳴り付けていた。その姿にヨネシゲとルイスは萎縮した様子だ。
「あれがどれだけ危険な物か分かっているだろっ!! なんで具現草なんかに手を出した!?」
「だって……強くなりたかったからさ……俺を虐めた奴らに……復讐したいからさ!」
「畜生……!」
キラーの言葉を聞いたドランカドは悔しそうな表情を滲ませる。ドランカドは更にキラーを問い詰めようとするが、ここで事態が急展開を迎える。
「ウヒョヒョ……もう俺はお終いさ。そして、君たちもお終いだよ。みんな、道連れにしてやる……!」
「ま、まずいっ! 2人共! この男から今直ぐ離れるんだっ!!」
キラーが意味深な事を口にした直後、ドランカドは血相を変えながら、至急キラーから離れるよう、ヨネシゲたちに伝える。ヨネシゲとルイスは咄嗟にキラーとの距離をとる。
次の瞬間、ヨネシゲたちは信じられない光景を目の当たりにする。
キラーの体は、突然発光したと思うと、大きな音と共に爆発してしまった。その衝撃は凄まじく、ヨネシゲたちは十数メートル吹き飛ばされてしまった。
爆発が収まり、ヨネシゲたちは体を起こす。
周囲にはキラーのものと思われる肉片が飛び散っており、異臭が立ち込めていた。ヨネシゲは思わず手で鼻を覆う。流石のルイスも衝撃的な光景に放心状態だった。
一体何が起こったのか? ヨネシゲはドランカドに尋ねる。
「ドランカド! 一体何が起こった!?」
ドランカドは静かに口を開く。
「これが、禁断薬、具現草の代償ですよ……」
ドランカドはそう言い終えると、怒りで身を震わせていた。
つづく……
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次話投稿は、明日の13時過ぎを予定しております。




