第29話 空想の生物
ヨネシゲたち見回り隊は、夜のカルムの街を巡回していた。メンバーたちは不審者や不審物がないか目を光らせる。
行き交う人々へ犯罪に巻き込まれないよう注意を促したり、周辺の民家に火の元の確認を行うよう呼び掛けていた。
途中、道端で寝ている酔っぱらいや、徘徊している老人を家まで送り届けたりと、見回り隊の活躍ぶりにヨネシゲは感心させられていた。息子ルイスも真剣な表情で積極的に動き回っており、ヨネシゲは親として鼻が高かった。
見回り隊は一通り巡回を終え、集合場所だった空き地に戻っている最中だった。その道中、ヨネシゲはペイトンにある疑問を投げ掛ける。
「それにしても、ペイトンさん。領主の対応が遅い気がするんですが。もっと早くに悪魔のカミソリを討伐できたんじゃないですか?」
「まあ、仕方ないよ。あくまでも、カルム街の治安維持は保安署の仕事。彼らにも面子があるからな」
「面子なんて言っている場合じゃないですよね……」
カルムタウンでは領内全域の治安維持を、王都保安局の派出となる、カルム保安署に委ねている。彼らにも面子があるため、王都から討伐保安隊と呼ばれる治安部隊の派遣を要請して、身内だけで対応しようとしている。しかし、その治安部隊の派遣の時期も決まっていない。このまま保安署に任せていては被害が拡大することだろう。
とはいえ、保安署で対処できない事案は領主が有する、領主軍で対応することとなっている。
現在市中で噂されているのが、領主カーティスによる悪魔のカミソリ殲滅作戦である。悪魔のカミソリは長年カルムに居座っていた訳であるが、何故今になってそんな作戦が浮上しているのか? それには理由があった。
「カーティス様は、オジャウータン様がカルムタウンを訪れる前に、悪魔のカミソリを排除するお考えなのだろう」
「オジャウータン様? 確か、討伐軍の?」
「そうだ。エドガー討伐軍の一部がこのカルムタウンに駐留する。そして、総大将であるオジャウータン様は、本格的なエドガー攻めを始める前に、このカルムタウンに視察へ訪れるそうだ。それまでに目障りな連中を片付けておきたいのだろう」
ペイトンの説明によると、討伐軍総大将であるオジャウータンは、討伐軍西側の拠点となるこのカルムタウンを視察に訪れるそうだ。
カーティスとしては、上級貴族であるオジャウータンの御前で、見苦しい事件を起こさせるわけにはいかない。近日中に領主軍を出動させ、悪魔のカミソリのアジトを急襲するというのが、ペイトンの見解だ。
ヨネシゲは納得した様子で口を開く。
「なるほど。まあ、理由はともあれ、一刻も早く悪魔のカミソリを退治してもらいたいですね」
「ああ、まったくだな……」
ここで突然悲鳴が聞こえる。
「助けてくれっ!!」
「ん!? 何だ!?」
見回り隊に助けを求める1人の男。ヨネシゲたちは急いで男の元へと駆け寄る。
「どうしたんだ!? 一体何があったんだ!?」
男は口を震わせながらヨネシゲの質問に答える。
「バケモノだっ! 魔物が出たんだ!」
「な、何!? 魔物だって!?」
ヨネシゲは耳を疑う。魔物とは一体何を言っているのだろうか? ヨネシゲは状況を整理できずにいた。しかし、この男の言っていることを直ぐに理解する事となる。
「な、なんだ!? あれは!?」
ペイトンは顔を青くさせながら後退りする。そして、ペイトンの視線の先に一同が目を向けると、謎の生物が吠えながら、こちらに向かって走ってきた。
「ギャアオォォォッ!!」
「冗談だろっ!?」
ヨネシゲは絶句する。
目の前に現れたのは、成人男性とほぼ同じ背丈である二足歩行の生物。2本の角と鋭い牙に、全身赤い毛に覆われており、まるで鬼のような姿をしていた。正しく魔物といった容姿である。
魔物は涎を流しながら、鋭い目付きで見回り隊メンバーを睨みつける。まるで飢えた肉食動物のようである。すると魔物は不気味な声で、背筋が凍り付くような言葉を発する。
「肉っ! 肉が喰いたいっ! だから、お前ら、喰らうっ!」
その言葉を聞いたメンバーたちから一斉に悲鳴が上がる。中には恐怖で体を硬直させていたり、腰を抜かしている者も居た。次第に距離を詰めてくる魔物。ヨネシゲは動揺しているメンバーたちを一喝する。
「何やってんだ! みんなしっかりしろ! 本当に食われちまうぞ!」
ヨネシゲの声にハッとしたメンバーたちは急いで魔物から逃げ始める。しかし、一人の老人が石に躓いて転倒してしまう。魔物は老人との間合いを詰めると、今にも飛び掛かりそうな様子だ。その光景を見ていたメンバーたちは老人に向かって叫び声を上げる。
「お爺さんっ! 危ない!」
「うぎゃあぁぁぁっ!!」
老人は迫りくる魔物を目にすると、悲鳴を上げた。
(何とかしないとっ! あの爺さん、本当に食われちまうよ!)
瞬く間に老人との間合いを詰める魔物。
万事休すと思われたその時、一人の少年が老人と魔物の間に割って入る。
「ル、ルイス!!」
ヨネシゲは息子の名を叫ぶ。
勇敢にも魔物の前に立ちはだかったのは、ヨネシゲの息子、ルイスだった。ルイスは、心配そうな表情を浮かべるヨネシゲに視線を向けると、微笑みかける。
「大丈夫だよ、父さん! ここは俺に任せて!」
ルイスはそう言うと魔物に向けて両手を構える。
(そうか! ルイスは空想術で魔物を倒すつもりなのか!)
そう。ルイスは空想術を用いて、魔物を退治しようとしていた。それを知ったヨネシゲはこの場をルイスに委ねることにした。
(ルイスの空想術は一級品だ! あの魔物だって、ルイスの空想術を食らったら一溜りもないはずだ!)
ヨネシゲはルイスの実力を知っていた。彼ならきっとあの魔物を倒してくれることだろう。ヨネシゲはそう願っていた。
戦闘態勢に入ったルイス。
彼の両手から青白い雷撃が放たれる。雷撃が魔物にヒットすると激しい火花が発生する。周囲は白い光に包まれた。
やがてルイスが攻撃を止めると、魔物は苦しそうにうめき声を上げながら、その場に倒れた。魔物は痙攣しており、直ぐに動けなさそうである。
その光景を目の当たりにしたメンバーたちから、感嘆の声が漏れ出す。
「流石ルイスちゃん! ヨネさんの息子だ!」
ヒラリーがルイスを褒めちぎる。そしてヨネシゲはルイスの実力を再認識すると同時に、何もできない自分に不甲斐なさを感じていた。
(俺は、ルイスを守るどころか、ルイスに守られてるじゃんか。何もできない自分が情けない……)
ヨネシゲは悔しさを押し殺しながら、ルイスの活躍を見守る。
ルイスが魔物にとどめを刺そうとする。ルイスは再び両手を構えると、青い火の玉を魔物に向かって放った。火の玉を食らった魔物は、青い火柱に包まれ、悲痛な断末魔を上げる。
「不穏なるものよ、浄化するがいい……!」
ルイスがそう言うと、火柱は更に火力を増し、魔物は完全に消滅してしまった。
ルイスは攻撃を止めると、急いで老人の元へと駆け寄る。
「お爺さん、お怪我はありませんか?」
「大丈夫だ、助かったよ。ルイス君が居なかったら、俺は今頃あの魔物に食われていたよ……」
ルイスは安堵の表情を浮かべる。そこへヨネシゲたちも駆け寄ってくる。そしてヨネシゲはルイスの活躍を称える。
「ルイス、流石だな。お前のお陰でみんな助かったよ」
「いや、大したことないよ」
ヨネシゲは落ち込んだ表情を見せる。
「大したことあるさ。何もできない自分が情けない……」
「父さん……」
ルイスはヨネシゲの心情を察したのか、俯きながら気まずそうな表情を見せる。
「それにしても、あの魔物。一体何だったの!?」
果物屋のリサが魔物の正体について疑問を抱いていると、ドランカドがその疑問について答える。
「恐らく奴は、不穏想素が、何かの拍子で具現化してしまい、誕生したんだと思います」
聞き慣れない言葉にヨネシゲが反応する。
「ドランカド、不穏想素ってなんだ?」
「はい。不穏想素っていうのは、不完全燃焼で終わった想素の内、想人の欲望や嫉み、恨みなどによって生まれたものを言うんですよ」
ドランカドは更に説明を続ける。
そもそも不穏想素とは空気中を漂う彷徨想素の一部。彷徨想素とは想人が空想術を使用する際、具現体と結合出来ずに、不完全燃焼で空気中に放たれた想素を指す。謂わば着火に失敗した不発弾のようなものだ。
彷徨想素の内、人々の欲望や負の感情から生まれたものを不穏想素と呼ぶ。
不穏想素は何かの拍子で、突然空気中の具現体と結合してしまい、具現化する事がある。不穏想素は想人の欲望や負の感情の塊。それが具現化してしまうと、周囲に大きな悪影響を与えてしまう。
例えば、天変地異や疫病を引き起こしたり、先程のように魔物を発生させ、人々に危害を加えたりするのだ。
ヨネシゲは険しい顔でドランカドの説明を聞いていた。
「そんなことが起きてしまうのか……」
「ええ。なので、空想術で自分の欲を満たしたり、相手を呪ったりすることは、この国では禁じられています。大概こういう奴らは、失敗して大量の不穏想素を放出しちゃうんですよ」
不穏想素は社会問題にもなっていて、国や各地の領主は頭を抱えているらしい。
空想術で不穏想素を発生させるような禁じ手を使ってしまうと、厳しい罰則の対象となってしまうのだ。
ここでヨネシゲがある不安を覚える。
「ちなみに、俺が空想術の練習をしていて、不完全燃焼で終わってしまった想素はどうなるんだ? あれも罰則の対象なのか?」
ドランカドが笑い声を上げる。
「ガッハッハッ! ヨネさん、安心してください。普通に空想術を使う分には、不穏想素は発生しません。不完全燃焼に終わった想素も、すぐに自然消滅してしまいます。不思議なことに、不穏想素だけがいつまでも残り続けて、悪さするんですよ」
「そうか。なら良かった。これで安心して空想術の練習ができるよ」
常識の範囲内で空想術を使い、不完全燃焼で終わった想素については、特に悪影響をもたらさないらしい。そのまま彷徨想素として空気中を漂い、数日で自然消滅してしまう。
ドランカドから説明を受けたヨネシゲは、ほっと胸を撫で下ろした。
ヨネシゲが安心したのも束の間。
突然見回り隊メンバーたちから悲鳴が上がる。
ヨネシゲが振り向いたその先には、先程と同じような魔物が、群れとなってこちらに迫っていたのだ。
つづく……
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次話投稿は、本日19時過ぎを予定しております。




