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ヨネシゲ夢想 〜君が描いた空想の果てで〜  作者: 豊田楽太郎
第六部 明暗の夜 (イタプレス王国編)
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第289話 進撃の虎

 ――ウィルダネス領・中央部の田舎町。

 夜営する黄色い甲冑に身を包んだ集団は――リゲル軍だ。

 王妃レナの要請で、自称ウィルダネス領主の具現草王「ノーラン・ファイター」の討伐に乗り出したタイガー率いるリゲル軍。王都を出陣したのは昨日であるが、既にファイター家の拠点七箇所を制圧。破竹の勢いで進軍を続けるリゲル軍だが、今宵はこの田舎町で夜を越すことになった。


 その陣中。

 大量の塩を振り掛けた焼き魚を頬張るのは――リゲル家当主「タイガー・リゲル」だ。

 東国の猛虎、最強の領主、伝説の男、お天道様の化身――その二つ名は枚挙にいとまがない。

 数々の二つ名に恥じぬ伝説も多く残しており、昨年おむすび山で行われた「ウィンター・サンディ」との一騎打ちは世界各地で語り草となっている。

 そんな生きる伝説は、焼き魚に追い塩を振り掛けながら不満を口にする。


「――遅れておるな。明日からは進軍の速度を更に上げねば……」


 父親の発言。

 隣で、南瓜(かぼちゃ)をふんだんに使用した味噌煮込みパスタを啜っていた、息子「レオ・リゲル」の箸が止まる。


「遅れて――いますでしょうか? 十分過ぎる進軍速度かと思われますが……」


 レオは顔を引き攣らせ、苦笑を浮かべながら父に尋ねる。無理もない。常識的に考えて、豪族ノーランの拠点を僅か一日で七箇所を陥落させるなど、化け物じみている。

 それにノーラン討伐は決して急ぐような仕事ではない。確かにノーランの蛮行、各地の敵対勢力の動きを考えると、仕事は早いに越したことはないだろう。だが、その事を考慮しても十分過ぎる進軍速度だ。果たして父の気持ちを急かせるものとは何なのか? 

 そんな息子の疑問にタイガーが答える。


「レオよ、時間は有限ぞ。それに儂に残された時間も残り僅か。儂の目が黒いうちにこの仕事を片付けておきたいのじゃ」


「それにしても……」


「ノーランは雑草のようにしぶとい男。一気に焼き尽くしておかねば、再びどこかで芽を生やすことじゃろう……」


「そうかもしれませんが……」


 父親の考えが未だに理解できない――レオは難しそうな表情で低い声を漏らす。

 普段はかなり慎重な行動をとるタイガーだが、時折度肝を抜く大胆な行動に出ることがある。良く言えばメリハリがあり、悪く言えば極端である。その中間を行こうとするレオにとって、父親の行動には戸惑うばかりだ。

 だが、異議を唱えたとしても――


「物事は常に一定ではない。天の時を見定めながら柔軟に行動せねばならぬ。そなたの悪い所は融通が利かないところじゃ」


 と、一蹴されるのがオチである。

 

 親子の会話が途絶えたその時だった。

 筆頭重臣バーナードが火急の知らせを伝えるため、主君の前に姿を見せる。


「タイガー様、レオ様、お食事中に失礼いたします」


「バーナード。そなたが儂の食事中にわざわざ要件を知らせにくるとは――悪い知らせじゃな?」


「ええ……」


 バーナードは相変わらずの渋面で頷くと、タイガーに要件を伝える。


「申し上げます。南の方角、2キロメートル先に漆黒の集団の姿を捉えました。その数、一万は下らないかと……」


 タイガーはニヤリと口角を上げる。


「それは恐らく、()()特殊部隊じゃろう。ノーランめ、この儂に夜襲を仕掛けるつもりか?」


 タイガーは焼き魚を口の中に詰め込むと、椅子から立ち上がる。


「よかろう。儂が直々に相手をしてやろう」


「ち、父上!? 雑魚の相手は私たちが――」


「未知なる敵を侮っている者に先陣は切らせぬ。そなたは後方で待機いたせ」


「はい……」


 父に一喝されると、レオは悔しそうに顔を俯かせた。その様子を横目にタイガーとバーナードが言葉を交わす。


「タイガー様の予想通り、あの漆黒の集団がノーランの特殊部隊ならば――彼奴らは軍事用具現草を体内に仕込んで、捨て身の攻撃をしてくることでしょうな」


「じゃのう。一気に叩き潰さねば、儂らもタダでは済まないぞ」


 指を鳴らす主君に重臣が尋ねる。


「全軍、下がらせましょうか?」


「無用じゃ。そなたの結界があれば十分じゃ」


「フフッ。私ももう歳ですよ? タイガー様の攻撃をどこまで防ぎきれるか……」


「儂より若い者が何を言っておる――」


 笑顔で言葉を交わす主従。一方、二人の会話を聞いていたレオが顔を青くさせていた。何故なら――


(――父上は……大暴れするつもりだ……おむすび山の時のように……)


 そしてタイガーは、全身からまばゆい閃光を発した刹那、その場から姿を消した。




 ――リゲル陣営の南方。そこには、虎刈りのため夜襲を仕掛けようとする漆黒の鎧兜を身に着けた集団――ファイター家特殊部隊の姿があった。その数は一万は優に超えるだろう。

 この特殊部隊の恐ろしい点は、戦闘員全員が軍事用具現草を体内に取り込んでいるところだろうか。

 具現草を体内に取り込むと、恐ろしいほど強力な空想術を使用することができる。しかしその代償は大きく、自身の身を滅ぼす結末が待っている。


 その捨て身覚悟の集団を率いるのは、具現草王ノーランの片腕として名高い最高幹部の中年男「デルタ」だ。

 デルタは勇ましい声で戦闘員たちに檄を飛ばす。


「オメェら! ノーラン様の剣となり盾となり散れることを誇りに思え! その生命と引き換えにタイガーの首を取ってみせろや!」


『かしこまりました』


 覇気のない無機質な返事をする戦闘員たち。

 無の表情を見せる彼らは虚ろ目でデルタを見つめていた。

 部下の様子を眺めながらデルタが不敵に口角を上げる。


(――コイツらは俺たちが誇る想人(にんげん)兵器だ。捨て身の攻撃が躊躇いもなくできるように、余計な感情は全て捨てさせた。コイツらに死の恐怖はない。対象を殺ることだけを考えた殺戮集団なのさ。それに――)


 デルタは右腕に漆黒の煙霧を纏わせる。


「俺には光をも吸収する空想術(ちから)がある。タイガーの()など恐れるに足りない」


 デルタが薄ら笑いを浮かべたその時だった。上空に閃光が走る。

 デルタたちが頭上を見上げると、そこには上空からこちらを見下ろす、ツルツル頭の老年男の姿があった。


「――タイガー・リゲル……!」


 そう。ツルツル頭の正体は、対象のタイガーだった。

 虎は重低音の声を響かせながらデルタに視線を向ける。


「ファイター家・最高幹部のデルタじゃな?」


「ああそうだ。わざわざここまで足を運んでくれて礼を言うぜ。本陣までアンタの首を取りに行く手間が省けたからな」


「そなたごときが、儂の首を本気で取れると思っておるのか?」


「なら試してみるか?」


 睨み合う両者。

 最初に行動を見せたのはデルタだ。

 彼が右手を振り上げたと同時に、戦闘員たちが虎に向かって両手を構える。そして――


「野郎共! やっちまえ!」


 その声を合図に戦闘員たちが一斉に光線や火炎を放射。タイガーの身体を捉える。


 しかし、戦闘員たちの攻撃は虎の身体に吸い込まれるようにして無効化されてしまう。


「ちっ! スペースバリアか! コイツらの攻撃を全て異空間に受け流しやがった! ならば――」


 デルタは漆黒の煙霧に包まれた右腕をタイガーに向ける。


「貴様を闇に飲み込んでやる!」


 その右腕と煙霧が濃紫に発光。するとタイガーを纏っていた白色の光がデルタの右手に吸い寄せられ始める。光は線状となり、彼に向かって一直線に伸びていく。


「よし! いいぞ! 次第に貴様の身体もこの闇に吸い寄せられていくことだろう――」


 やがて、吸い寄せた光が彼の右手に触れた瞬間――


「ぎゃああああああっ!!」


 響き渡るデルタの悲鳴。

 彼の右腕は一瞬で焼失してしまった。


「愚かじゃのう。自分からこの光を飲み込もうとするとは――」


 そしてタイガーは呆れ気味にデルタに告げる。


「今、楽にしてやる――」


 刹那、タイガーのツルツル頭からは強烈な閃光。

 その光はデルタ、戦闘員たちを一瞬で飲み込む。

 次第にその閃光は収まるが、そこにデルタたちの姿は無かった。


 その様子を遠くで眺めていたバーナードが言葉を漏らす。


「全てを光で焼き尽くす恒星の空想術(ちから)――お見事でございますな」


 


 ――デルタたちを焼き払ったタイガーだったが、その右手をみぞおちに添えながら、天を見上げる。


「――時は待ってくれぬか……」


 タイガーは悔しそうに顔を歪めた。



つづく……

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