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ヨネシゲ夢想 〜君が描いた空想の果てで〜  作者: 豊田楽太郎
第五部 トロイメライの翳り(王都編)
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第288話 カード

 メルヘンの夜空に一番星が輝き始めた頃。

 ドリム城では貴族や使用人、兵士たちが慌ただしく駆けずり回っていた。国王ネビュラの出国準備に追われているためだ。

 間もなくネビュラはイタプレス王国へと趣き、ゲネシス帝国と和平交渉を行う。それに付帯してトロイメライ、ゲネシス双方の()()を交換するための交渉も行われる予定だ。

 敵対する両国のトップ――ネビュラとオズウェルが顔を合わすのは初めてのこと。事と次第によっては交渉決裂、両国に未曾有の危機を齎す可能性も十分有り得る。

 今回、最悪の結末を危惧する声が上がっている理由――それは、あまりにも強大で危険なカードをトロイメライ側が手にしてしまったためだ。決して使い方を誤ることはできない。


 ――トロイメライとゲネシス。両国の明暗を分ける夜が間もなく訪れようとしていた。



 ――ドリム城内のバルコニー。

 神妙な面持ちで白塗り顔に頭を下げる角刈りは――ヨネシゲだ。

 国王の命令ではあったものの、ヨネシゲは一国の皇弟に手を出してしまったことを主君に謝罪していた。


「――マロウータン様、勝手な真似をしてしまい申し訳ありませんでした!」


「まったくじゃ。下手をすれば戦争ぞよ……」


 マロウータンは呆れた様子で大きく息を漏らすも、優しい微笑みを臣下に向ける。


「じゃが……仕方あるまい」


「マロウータン様……」


「あれは陛下のご命令じゃ。背くわけにはいかぬ。それに――」


 マロウータンはヨネシゲの肩を叩く。


「ソフィア殿を解放する為の貴重なカードを手に入れた。確かに陛下のご命令ではあったが、そなたの手で自ら手に入れた強大なカードじゃ。きっと陛下はそなたが手にしたカードを上手く使ってくれる筈じゃ」


「ええ。でなければ私の苦労が水の泡ですよ」


「ウホホ。言うようになったのう」


「へへっ、すんません」


 いつもの調子が戻ってきたヨネシゲを見て白塗りは嬉しそうに微笑んだ。一方の角刈りは再び険しい顔つきを見せる。


「ですが……マロウータン様……」


「なんじゃ?」


「ソフィアが助かった暁には、ケニー殿下に無礼を働いた責任――しっかりと取らせていただきます。確かに陛下のご命令でしたが、理由はともあれ、一国の皇弟に手を出してしまった責任は重大です。それなりの覚悟は――」


「馬鹿者。そなた一人で片付く問題なら貴族と王族はいらぬ。そもそも責任など取らせはしない。これから行うのはその為の駆け引き、交渉なのだからな――」


 マロウータンは夜空を見上げる。


「今は無事に事が済むことを祈ろう……」


「ええ……」


 主従は憂いの表情で一番星を見つめた。



 ――ドリム城・国王の私室。

 部屋の主、ネビュラは身支度を整えながら弟メテオと会話を交わす。


「外国訪問などいつ以来だ? 王になってから初かもしれんな」


「ええ。私の記憶が確かなら、兄上が最後にイタプレスを訪問したのは十九の時でございます」


「ククッ。そうであったな……」


 弟の言葉を聞いたネビュラは苦笑を見せる。

 実はネビュラ。国王となってから一度も外国を訪問していない。それどころかこの王都から一歩も外に出たこともなかった。各国の要人がネビュラの元を訪れることがあっても、彼自ら赴くことはない。彼が外交に無関心だったことが窺える。


「それにしても、ケニー殿下を捕らえてしまうとは――寿命が縮まりましたぞ。弟が捕らえられたと知ったら、ゲネシスの皇帝は(さぞ)お怒りになられることでしょうな……」


 頭を抱えるメテオに兄が言う。


「案ずるな。あくまで殿下の身柄を拘束しただけだ。酷い扱いをしているわけではない。それにゲネシスは我々との和平に拘っている。そう考えると例え弟を人質に取られたとしても事を荒立てたくない筈。オズウェルは俺たちに強く出れないだろう」


「相変わらず怖いお方だ……」


 身支度を終えたネビュラは扉へ向かって歩みを進める。その後を弟が続く。


「それと、ケニー殿下の護送はヨネシゲ・クラフトに任せる」


「ヨネシゲにですか?」


「ああ。殿下はソフィアと引き換えるための大切なカードだ。ここは彼女の夫であるヨネシゲに護らせるのが筋であろう」


「確かにそうですな」


「奴には人質の交換まで立ち会ってもらおうではないか。何もしないで見ているのは辛かろう……」


 それはネビュラなりの粋な計らいだった。

 ソフィア解放のカードとなるケニーの護衛、身柄の引き渡しなどをヨネシゲに一任。ソフィアの解放に一役買ってもらおうという考えだ。何もしないで愛妻の救出を他人に任すことは角刈りにとって耐え難い苦痛だろう。そんなヨネシゲの心情をネビュラは察したようだ。

 そしてネビュラは言葉を終えると、一度足を止めてメテオに向き直る。


「此度の交渉、全て成功させてみせよう。ヨネシゲの愛妻も必ず連れて帰ってきてやる。メテオよ。それまでの間、留守を頼むぞ」


「お任せください。玉座は私が守ってみせます」


「うむ。頼りにしておるぞ」


 ネビュラは弟に微笑み掛けると自室を後にした。




 ドリム城内・王妃の私邸。

 書斎の窓から鳥型の伝書想獣を飛ばすのはレナだ。その後ろ姿をロルフが険しい顔付きで見つめる。


「母上。例の件(ケニー拘束)をゲネシス側に伝えたのですか?」


 レナは窓を閉めると、息子に視線を移して質問に答える。


「ええ。遅かれ早かれ知られることです。ならば、早い段階でゲネシス皇帝陛下のお耳に入れておいた方がよろしいでしょう」


 レナはソファーに腰掛けると、冷めきった紅茶をひと啜り。


「――まさか陛下があのような暴挙に出るとは驚きましたよ」


「私もです。一体父上は何を考えておられるのだ……」


 ロルフは疲れ果てた様子でソファーに腰掛ける。そんな息子にレナが微笑みかける。


「ロルフ。このような事で頭を抱えるのも今日が最後ですよ。明日からは陛下(ネビュラ)が居ない時代が始まるのですから」


「しかし母上。今回の一件で皇帝陛下が機嫌を損ねてしまったら……!」


「安心なさい。皇帝陛下は私たちを責める立場にはありません。皇帝陛下は私が書いた台本を守ってくれませんでした。おまけに愛する民たちにまで危害を加えるとは許しがたい行為です。ですからケニー殿下が囚われてしまうアクシデントの一つくらい、大目に見てもらわねば公平とは言えません。これでお相子というものです。そう言った抗議も先程送った書状に(したた)めておきました」


「皇帝陛下が納得してくれればよいのですが……」


 額に汗を滲ませながら人差し指で眼鏡を掛け直すロルフ。一方のレナは再び紅茶をひと啜りした後、息子にある事を命じる。


「――それではロルフ。そろそろノエルの身柄を拘束してください。あの子は、皇帝陛下(オズウェル)に嫁いでもらわねばなりませんからね」


「はい。今、ネコソギアをノエルの元に向かわせております」


「そうですか。ノエルには少々酷ですが、これもトロイメライの安寧と繁栄のため。彼女には泣いてもらいましょう……」


 ネビュラ追放作戦に合わせて、両国の間で行われる政略結婚。ノエルはオズウェル、ウィンターはエスタとの婚姻が決まっている。しかし、トロイメライ側のノエルとウィンターには政略結婚の話を知らせていない。直前まで知らせないことで、二人が婚姻を断れない状況に追い込むためだ。


 ――だが、王妃の作戦にも翳りが見え始めた。

 突然、ある男の慌てふためく声と扉を叩く音が書斎に響き渡る。


「王妃殿下! ロルフ王子! 大変です!」


「ネコソギアか!? どうした!?」


 ネコソギアだ。

 ロルフが中へ入るように促すと、ネコソギアが酷く動揺した様子で姿を見せた。彼はロルフとレナの元まで駆け寄って来ると、その場に両手両膝を着き、壮大な泣き顔で主君を見上げる。


「ネコソギア、一体何があったのだ!?」


 ロルフに訊かれたネコソギアは、嗚咽をあげながら答える。


「ロルフ王子! 大変です! ノエル殿下が行方不明でございます!」


「な、なんだって!? しっかりと探したのか!?」


「はい……城内の隅々までお探ししましたが……発見に至らず……うわわわわわん!」


 ネコソギアは号泣しながら顔を床に埋めた。一方のロルフとレナは顔を青くさせる。


「母上……これは……かなりまずいことになりましたな……」


「ええ。困りますよ……これはゲネシスとの約束なのですから……」


 二人の会話を聞きながら泣き続けるネコソギア。壮大なアホ毛を一回転させた。



 ドリム城内の一室。

 ソファーに腰掛けているのは、囚われの身となってしまったゲネシス皇弟ケニーだ。首には空想錠(首輪)が嵌められ、両手首は縄で縛られている。皇弟は不貞腐れながら一人呟く。


「痛え……畜生……身体のあちこちが痛む……あの角刈り野郎……絶対に許さねえ……」


 その様子を出入口付近の壁際で見張るのはウィンターとノアだ。主従は小声で言葉を交わす。


「――まさか、ケニー殿下を捕らえてしまうとは……陛下も大胆な行動にでましたね」


「ええ……大胆過ぎて胃に穴が空きそうです……」


「旦那様……やっぱり今日は特に顔色が悪いですよ……」


「問題ありません」


 その二人の声に気付いたケニーが心底不愉快そうな表情をウィンターたちに向ける。


「何をコソコソ話してやがる? 笑いたければ笑えよ!」


「ケニー殿下……」


「無様だろ?! 大勢の前で投げ飛ばされて、縄目の恥辱を受ける俺の姿は?! 一国の皇弟に無礼な真似をしてくれる! 流石、トロイメライはやる事なす事全てが野蛮だ!」


 怒りを爆発させるケニー。そこにウィンターが歩み寄りながら尋ねる。


「――ケニー殿下、一つ教えてください」


「なんだ!?」


「我々が野蛮だとわかっていて、何故単身でトロイメライに乗り込んだのですか?」


「それをお前に話して何になる?」


「いえ、殿下は随分と命知らずなお方だと思いまして」


「何?」


空想錠(首輪)を装着した状態で敵陣に飛び込めば、ご自身が危険に晒されることくらい安易に想像できる筈です。正直、自殺行為です」


「この俺に説教をするつもりか?」


 ケニーは鋭い眼差しをウィンターに向ける。一方の守護神は皇弟の足元で膝を折り、訴え掛ける。


「ケニー殿下、もっとご自身を大切になさってください。命を落としてからでは遅いですよ?」


「そんな事……言われなくてもわかっている……」


 悔しそうに歯を食いしばりながら視線を逸らすケニーにウィンターが両手を翳す。案の定、皇弟が尋ねる。


「何をするつもりだ?」


「遅くなって申し訳ありません。今、痛みを取り除いて差し上げます――」


 守護神はそう言うと、空想術を使用してケニーの身体から痛みを取り除く。呆気に取られていた皇弟だったが、直ぐに怒りで顔を歪ます。


「こんなんで俺の怒りが収まると思ったか? 俺は今回のネビュラの蛮行を絶対に許さねえからな!」


 一方のウィンターは一礼して壁際まで戻ろうとするが、ケニーに呼び止められる。


「待て」


「何でしょうか?」

 

「お前に一つ忠告してやる」


「忠告ですか?」


 忠告とは何か?

 ウィンターはケニーに向き直ると、次なる言葉を待った。すると皇弟の口から意外なことを告げられる。


「ウィンター。お前は今、()()()()()に利用されている」


「私が? お偉いさんとは……一体何方(どなた)のことでしょうか?」


「フフッ。悪いがそれは言えねえ。ただ、自分の身を守りたいのであれば、今すぐフィーニスに戻ることだな」

 

「それは……どういう意味でしょうか?」


「そのままの意味だよ。忠告はしたからな、()()()()()


 ――意味深なケニーの忠告。ウィンターがその意味を理解するのはもう少し先だった。




 ――場面変わり、プレッシャー城。

 その一室で派手なドレスを身に纏い、椅子に腰掛ける女性は――ソフィアだ。どこか困惑の表情を浮かべる彼女は、ゲネシス皇妹エスタの手でメイクを施されていた。

 やがてメイクを施し終えると、エスタがソフィアに手鏡を手渡す。


「ソフィアさん、どうかしら?」


「……っ! こ、これは……ちょっと……」


 鏡で自分のメイクを見たソフィアは絶句する。

 唇には真紅の口紅、それに加え紫のアイシャドウ。このメイクは、普段化粧をしない彼女にとって濃すぎるものだった。


「あら? お気に召さないですか?」


「あっ、いえ、その……私には少し派手かなと思いまして……」


「そうかしら? 大人の色気が出てとてもお似合いだと思いますよ? 旦那様もお喜びになることでしょう」


 そしてソフィアにはもう一つ気になることがあった。彼女は恥ずかしそうにしながら皇妹に訊く。


「エスタ殿下。このドレスもそうですけど……私には少々派手すぎます……」

 

 ソフィアは頬を赤く染めながら両手で胸元を隠す。彼女が着せられたドレスは胸元が大きく開かれており、その深い谷間を曝け出していた。

 

「ウフフ。晩餐会には少々派手なドレスの方が受けがいいですよ? それにこんなに豊かなものをお持ちなのですから、殿方たちにもっと自慢して差し上げないと」


「わ、私のは、そんな……エスタ殿下に比べたら……大したものでは……」


「大したものですよ。旦那様は(さぞ)お幸せでしょうね!」


「……っ」


 赤面しながら俯くソフィア。そんな彼女にエスタが羽織物を手渡す。


「これをどうぞ。これ以上ソフィアさんをイジメてしまうと旦那様に怒られてしまいますからね」


「あ、ありがとうございます……」


「旦那様、早く迎えに来てくれるといいですね」


「はい」


 ソフィアは嬉しそうに微笑む。

 彼女はつい先程までエスタからヨネシゲについて色々と質問されていた。その中で彼女が夫について語った内容は――


『――夫は、優しくて思いやりがあり、頼りになる最愛のパートナーです。子供っぽい一面もありますけど、時には命懸けで私のことを守ってくれるヒーローのような人です。だから今回もきっと迎えに来てくれるはず――』


 エスタは両頬を手で押さえながら羨ましそうに言う。


「羨ましいわ〜。私もヨネシゲさんのような素敵な旦那様が欲しいです」


「エスタ殿下ならきっと素敵な旦那様が見つかると思いますよ」


「ウフフ、そう思いますか?」


 ソフィアの言葉を聞いたエスタは口角を上げると、ある話題を口にする。


「――実はこのあと、ある殿方とお見合いする予定なんです」


「お、お見合いですか!?」


 お見合いというワードにソフィアは驚いた表情を見せる。大国の皇妹がこの先婚姻となるとかなりのビックニュースだ。だが、次のエスタの言葉にソフィアの表情が曇る。


「ええ。お相手は私好みの歳下の男の子なんですけど――所謂政略結婚です」


「政略結婚……」


 政略結婚と聞いて素直に喜べない。

 自国の利益のために他国の貴族に嫁ぐことになるとエスタは語る。

 恋愛結婚だったソフィアにとって、現実とはかけ離れたとても重たい話である。一方のエスタはソフィアとは対象的であり、瞳を輝かせながらどこか嬉しそうに語る。


「ええ。この政略結婚は()()の安寧と繁栄のため、争いの歴史に終止符を打つために重要な役割を果たすことでしょう。何としてもモノにしたい縁談です。それにお相手は色々とスキルも高いお方。私にとって自慢の旦那様になること間違いなしです。ですので――」


 エスタは妖艶に微笑みながらソフィアの耳元で囁くように言う。


「――獲物は逃げられる前に食べちゃいます。余すことなく貪り尽くしてあげますよ。多少強引な手を使ってでもあの子を私のものにしてみせます」


「そ、それって……」


 顔を強張らせるソフィア。その隣ではエスタが何故か悩ましい表情を見せる。


「問題はあの子をどうやって部屋に連れ込むかなんですよね。何しろ猫のように警戒心が強いものですから――」


 ソフィアは恐る恐る尋ねる。


「ちなみに……そのお相手というのはイタプレス王国のご令息なのでしょうか?」


「いいえ。トロイメライの公爵様ですよ」


「え?」


 ソフィアは理解する、エスタの政略結婚の相手を。


「あら〜、私としたことが。つい話し過ぎてしまいましたわ」


「それではソフィアさん。間もなく旦那様がお迎えに来ることでしょうから、こちらでお待ちくださいね!」


 エスタは満面の笑みを浮かべながら部屋を出る。


(――エスタ殿下よりも歳下で、トロイメライの公爵様と言ったら、あの方しか居ないわ……!? 一体、両国の裏で何が起きているの!?)


 両国の思惑を垣間見たソフィア。今は不穏で無いことを祈るばかりだった。




 プレッシャー城、国王の私室。

 イタプレス王ケンジーとゲネシス皇帝オズウェルの姿があった。

 彼らはソファーに腰掛けながら言葉を交わす。


「ケンジー。間もなくトロイメライ国王陛下がやって来るだろう。受け入れの準備はできているか?」


「はい、オズウェル殿。調印式の準備も、そのあと行われる予定の晩餐会の準備も万全です! 念の為、トロイメライ国王陛下がお泊りになる部屋も準備してございます!」


「すまないな。ケンジーには色々と迷惑を掛ける」


「いえいえ! オズウェル殿のためならお安い御用です!」


「フフッ。さすがケンジー。頼りにしておるぞ」


「もったいないお言葉であります!」


 ケンジーは満悦の笑みを見せる。


(オズウェル殿、もっと、もっと僕を褒めてください!)


 その後、談笑を交わすオズウェルとケンジーだったが、二人の元にあるものが訪れる。

 突然聞こえてきたのは窓ガラスを叩く音。オズウェルたちが窓へ視線を移すと、外に居たのは鳥形の伝書想獣だった。


「王妃殿下からの密書か?」


「今、窓を開けましょう!」


 ケンジーが窓を開くと伝書想獣が室内に入り込む。そして足で掴んでいた丸筒をオズウェルの手の上に置いた。その刹那、ポンッという音と共に煙となって姿を消滅させた。皇帝はその様子を見届けてから、丸筒に収められた書状に目を通す。


「やはり王妃殿下からの書状だったか――何?」


 ――オズウェルの眉間にシワが寄り始める。


「――オズウェル殿、書状には何と?」


 恐る恐る尋ねるケンジーにオズウェルが読み終えた書状を手渡す。イタプレス王は早速書状に視線を落とした――


「な、なんですとっ!? ケニー殿下がトロイメライに拘束されてしまったですと!?」


 レナからの書状には「ケニー殿下がネビュラに拘束された」と記されている。更に読み進めると「ネビュラはソフィアの解放を望んでいる。ケニー殿下はその交渉材料のため囚われてしまった」と記載されていた。


「要するにトロイメライ側は人質の交換を望んでいるということですか……」


「ああ。我が弟を人質にするとは、ネビュラもなかなかやってくれる。それにしても――」


 オズウェルが不愉快そうに顔を歪める。


「――王妃殿下よ。この俺を嘘つき呼ばわりするか?」


 書状にはオズウェルに対する批判も(したた)められていた――「作戦内容は守っていただきたい。皇帝陛下は最低限の約束も守れない嘘つきなのでしょうか?」と。


「王妃殿下、恩を仇で返すつもりか? 確かに台本から少し外れたが、こちらは嫌な顔一つもせずに協力してやったではないか……!」


「オズウェル殿……落ち着いてください……」


 怒りで身を震わす皇帝をケニーが宥める。


「――ああ。これも自国の発展のためだ。今回は大目に見てやろう……」


 皇帝は怒りを鎮める。

 だが――この書状がオズウェルとレナの関係にヒビを入れてしまった。




 ドリム城内・バルコニー。

 星空を見上げるヨネシゲとマロウータンの元にネビュラが現れる。


「ヨネシゲ・クラフト!」


「へ、陛下!?」


 膝を折る角刈りと白塗り。ネビュラは二人の元まで歩みを進めると、力強い声でヨネシゲに命じる。


「これより俺はイタプレス王国に向かう。お前もついて来い。ソフィアを助けにいくぞ」


「は……はい!」


 断る理由などなかった。ヨネシゲはネビュラの命令に瞳を輝かせる。続けてネビュラはマロウータンに視線を移した。


「マロウータンよ、臣下を借りるぞ」


「ははっ! どうぞ、お好きなようにお使いください!」


 ネビュラは再びヨネシゲを見る。


「ヨネシゲよ。お前にケニー殿下の護送を任せる。愛妻を取り戻す大切なカードだ。取り引きの時まで誰にも渡してはならぬぞ?」


「承知!」


 角刈りは力強い返事で答えた。


(ソフィア。今迎えに行くからもう少し待っててくれよな……!)


 ヨネシゲは拳を力強く握りしめた。



第六部へ続く。

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