第287話 ゲネシスからの使者(後編)
『陛下とゲネシス皇弟の交渉、その目で見届けてみるかの?』――それはマロウータンの提案。ヨネシゲは力強く頷いて応えた。
――謁見の間に到着した角刈りと白塗り顔。彼らの視界に映り込んだ光景とは、ちょうど退出しようとしていたゲネシス皇弟ケニーと、それを呼び止める国王ネビュラの姿だった。
「――今、我々は人を探している。金色の長い髪を持つ女に心当たりはないか?」
ケニーは薄ら笑いを浮かべながら首を傾げる。
「金色の長い髪を持つ女か?」
「その表情はどうやら心当たりがあるようだな」
「金色の長い髪を持つ女」――そのワードを聞いただけでここまでニヤける者が他に居るだろうか? ネビュラは確信する。皇弟は「金色の長い髪を持つ女」に関しての情報を知っていると。
一方のケニーは特に隠すこともなく「金色の長い髪を持つ女」について言及する。
「ああ、知っているよ。俺がここに来る少し前のことだ。その金色の長い髪を持つ女が天から舞い降りてきてな、今は我々の手で手厚く保護しているところだ――それで? その金髪女がどうかしたのか? 国王陛下の愛人か?」
恍けた様子のケニー。その後ろ姿を見つめていたヨネシゲが怒りを滲ませた表情で拳を握りしめる。
(畜生! 恍けるつもりか? さっき金色の長い髪を持つ女性がソフィアであることは説明しただろ?!)
先程ヨネシゲはケニーと接触した際、「金色の長い髪を持つ女」がソフィアである可能性が高いことを説明した。当然皇弟はそのことを把握している筈だ。にも拘らず、彼はその事を知らない素振りで言葉を返していた。
そんなケニーを見つめながらネビュラは一瞬眉を顰めるが、「金色の長い髪を持つ女」について嫌味を交えながら説明する。
「実はその女、我が臣下の妻である可能性が高いのだ。彼女も金色の長い髪を持つ見目麗しい女でな。恐らく、殿下が保護した女も美しい容姿だったと思うが……?」
「ああ。見た目以上に年齢は高そうだが、誰もが認める美女だったのは間違いない」
「彼女は先程王都を襲撃した何処ぞのコウモリを引き付けるため、自ら囮役を買って出たそうなんだが……その後、行方がわからなくなっていてな。どうやらイタプレスの方角へ向かったらしいのだが……」
「へぇ。そうだったのか」
「時同じくして殿下たちの元に金色の長い髪を持つ女が舞い降りてきたということは――その女が『ソフィア』であると考えるのが自然な流れだ。殿下もそう思わぬか?」
「ソフィア?」
首を傾げるケニー。するとネビュラは皇弟の背後へ視線を向ける。
「そうであろう? ヨネシゲ・クラフト」
「!!」
一同の視線は出入り口前に居る角刈りオヤジへと向けられる。
突然ネビュラから話を振られたヨネシゲは驚いた表情を見せるが、数歩前に進みながら返答する。
「はい、陛下の仰るとおりです。その『金色の長い髪を持つ女性』は我が妻ソフィアで間違いありません」
ヨネシゲは言葉を終えると正面に立つケニーへ視線を移す。対する皇弟は不敵に口角を上げながら言葉を口にする。
「遅かったな、ヨネシゲ・クラフト。既に両国の間で和平が結ばれることになった。お前の出番はもうない」
「なら、妻を返してくださいよ」
角刈りはソフィアの解放を求めるが皇弟は嘲笑。直後厳しい言葉を突き付ける。
「フッ、それは調子が良すぎるな。俺は言っただろ? 妻を返してほしければ、国王陛下を説き伏せて和平を認めさせろと。だがお前は和平の同意不合意関係なしに俺との約束を守れなかった。今になってのこのこと現れて『妻を返してくれ』だぁ? あの時の熱意は本物かと思っていたが――失望したよ。結局、お前にとってあの女はその程度の存在だったということさ」
「ち、違う! 俺にとってソフィアは一番大切な――」
「では何故? ここに姿を見せなかった? 時間はあった筈だぞ?」
「そ、それは――」
ケニーからの尋問に答えられずにいるヨネシゲ。そんな彼に助け舟を出したのはネビュラだ。
「ケニー殿下。あまり俺の臣下をいじめないでくれるか? 恐らくここに来るまでの間、色々な葛藤があったのであろう。だが、奴が妻を思う気持ちは本物だ。それは俺が証明しよう」
「陛下……」
ヨネシゲは感激した様子で国王を見上げる。この時ばかりはネビュラが輝いて見えた。
「ケニー殿下、ソフィアは我が国の英雄の一人だ。彼女を返してはくれぬか?」
ネビュラもまたソフィアの解放を求めるが、ケニーは応じる様子を見せない。
「国王陛下よ。英雄だろうが何だろうが、敵陣に足を踏み入れて捕らえられてしまった者を、そう簡単に返してもらえると思ったか? 解放にはそれなりの条件というものが必要だ」
対するネビュラも引き下がらず。
「条件? 先程約束した筈だぞ? 和平を結ぶにあたってこれ以上の条件は求めないと。殿下は早々に約束を破るおつもりか?」
「それはそれ、これはこれだ。国王陛下こそ、いち男爵夫人のために大国間の和平合意を左右するつもりか? 和平を軽く見られては困るぞ」
緊迫した国王と皇弟のやり取り。ヨネシゲたちは固唾を呑みながら見守る。特にレナとロルフは額から大量の汗を流しながら焦燥感に駆られていた。
(こんな下らない事で和平の話が破棄されては困りますよ? 陛下も陛下ですが、ケニー殿下は一体何を考えておられるのですか? 余計なことばかりしてくれますね……!)
そんな王妃の心情など知らず。ネビュラとケニーの会話は続く。
「一体、彼女を何の交渉のカードとして利用するつもりだ?」
「それはまだ決まっていない。だが、使えそうなカードは温存しておかねばな――」
ケニーのセリフを聞いたヨネシゲが声を荒げる。
「ふざけるんじゃねえ! ソフィアは物じゃねえんだぞ!? 彼女がお前たちに一体何をしたって言うんだよ!?」
ケニーが鋭い眼差しでヨネシゲを見る。
「言葉を慎め。俺はゲネシスの皇弟なんだぞ? それにお前の大切な妻が俺たちの手中にある事を忘れるな。お前の言葉一つで妻の首が飛ぶことになるぞ?」
「ぐぬぅ……卑怯な……!」
悔しそうな表情を見せる角刈りに皇弟は嘲笑を浮かべた。そこにネビュラが口を挟む。
「ケニー殿下よ。どうしてもソフィアを返すつもりはないのか? 望むなら金品を用意することも可能だが?」
ケニーは鼻で笑う。
「フッ。俺はゲネシスの皇弟だぞ? カネに飢えていると思うか? あの女の解放にはそれ相応の条件が必要だ」
「そうか。ならば――」
ケニーの返答に大きく息を漏らしたネビュラは――ヨネシゲを見る。
「ヨネシゲ・クラフト!」
「あ、はい!」
突然名前を呼ばれたヨネシゲは、姿勢を正してネビュラの次なる言葉を待つ。
――そして、国王の口がゆっくりと開かれた。
「これは命令だ――ケニー殿下を捕らえろ」
「――御意!」
「!!」
ネビュラから発せられた予想外の言葉。その場に居た者たち全員が驚愕の表情を見せた。ただ一人だけ、ヨネシゲだけは鬼の形相でケニーに向かって猛進していく。
「おおおおおおおっ!!」
「こ、これ! 待たぬか、ヨネシゲ!」
マロウータンが制止するも角刈りの耳には届いていない。一方のケニーは不愉快そうに顔を歪める。
「雑魚が……!」
「覚悟っ!」
両腕を大きく広げたヨネシゲがケニーに飛び掛かる。だが皇弟は直前でこれを回避。角刈りの背中に強烈な蹴りをお見舞いする。首輪を嵌められているとはいえ、その蹴りの威力は人並み以上。ヨネシゲの身体は吹き飛ばされる。
床に倒れた角刈りだったが、直ぐに立ち上がり再びケニーに向かって突進。皇弟の腕に掴みかかった。両者揉み合いとなる。
「くっ! 離せっ! この角刈り野郎が!」
「暴れるんじゃねえ!!」
刹那、ヨネシゲはケニーの腕を掴んだまま背を向ける。そして見上げるほど高い長身の彼を背中で持ち上げて一本背負投。
「どりゃああああっ!」
「うわっ!」
ヨネシゲの一本背負投を受けたケニーの身体はそのまま床に叩きつけられる。透かさず角刈りは皇弟を袈裟固め。動きを制圧した。
「正気か……? この俺にこんな事をして、ただで済むと思うなよ……!」
ケニーは悔しそうに声を漏らす。その彼にネビュラが冷たい眼差しを向ける。
「皇弟だろうと何だろうと、敵地に足を踏み入れて無事に帰れる保証があると思ったか?」
「くっ!」
ここでレナとロルフの怒号が謁見の間に轟く。
「陛下っ! なんて酷いことをなさるのですか!? 即刻ケニー殿下を解放なさい!」
「父上! 無礼にも程がありますぞっ!」
「黙れっ!!」
「「!!」」
その怒号は親子のものを凌駕。ネビュラの気迫に王妃と王子は萎縮。
「お前たちは一体どちらの味方なのだ!? 自国の男爵夫人が捕らえられているのだぞ!? 相手が解放に応じないのであれば、それ相応の条件を作り出す他ないだろう!?」
そう言い終えたネビュラは一回深呼吸。再びケニーに視線を戻す。
「ケニー殿下、手荒な真似をしたことは詫びよう。だが我々も人質を取られている以上、このまま殿下を帰す訳にはいかない。ソフィア解放の為のカードになってもらおう――」
ネビュラはニヤリと口角を上げた。
つづく……




