第284話 女たちの行方
夕陽が差し込む殺風景な部屋にはベッドが一つだけ置かれている。その上に横たわるのは金髪ロングヘアの見目麗しい女性――ソフィアだ。
彼女はトロイメライ王都に出現した魔物の群れを引き付けるため自ら囮となった。その後魔物を王都から遠ざけることに成功。だが魔物からの攻撃を受け続けてしまい力尽きる。イタプレスの地上に墜落した筈だったが――
「――っ! ここはどこ!?」
たった今まで意識を失っていたソフィア。ハッとした様子で飛び起きる。視界に飛び込んできたのは見慣れない景色。どうして自分はこんな所で眠っていたのだろう? 彼女は自分の記憶を辿る。
(私は確か……囮になってコウモリの群れを――そ、そうだったわ! 途中でコウモリに襲われて……!)
ソフィアの記憶が鮮明になる。自分はコウモリに襲われて気を失っていたのだと。当然ながらその先の記憶はないが、ただ一つ推測できることは――
(きっと誰かが助けてくれて、ここまで運んでくれたんだわ。でも……どうして全裸なのかしら……?)
恐らく自分は誰かの手によって保護されたのだろう。その証拠に全身の至る所にあった噛み傷も消えており、痛みも無くなっている。治癒術を使用して治してくれたに違いない。ただ、治癒が終わったのであれば、服くらい着せてほしいところだ。
ソフィアは思考を巡らしながら窓の外に視線を向ける。すると彼女の瞳に見覚えのある景色が映り込む。
(――あれ? あの遠くにあるのって、ドリム城?)
ソフィアが見たものとは、遠くの方で夕陽に照らされながら浮かび上がるドリム城だった。その周りにはトロイメライ王都の街並みが広がっていた。
彼女は窓の外の景色を見つめながらある結論に至る――自分は王都の外に居るのだと。
ちょうどその時、部屋の扉が開かれる。
ソフィアは咄嗟にシーツで身体を覆う。彼女は驚いた表情で扉の方へ視線を移すと、姿を現したのは、銀髪三つ編みお下げの長身美女だった。高価そうな濃紫のドレスは胸元が大きく開かれており、豊かな膨らみは自分のものよりも遥かに大きい。そして身長も長身のソフィアと比べても頭一つ分ほど高く、どれをとっても規格外。それでいてスタイルも良く、女性のソフィアも見惚れてしまう程だ。
呆気にとられているソフィアに三つ編みが問い掛ける。
「あら? お目覚めのようですね。気分はどうでしょうか?」
「……え? あ、はい! 身体の痛みも消えていて、今はとても楽な気分です」
「ウフフ。なら安心しましたよ……」
三つ編みは微笑んで見せると、ソフィアの元まで歩みを進める。
「とは言っても、まだ貴女の身体は本調子ではありません。もう少し横になっていないと駄目ですよ」
「あ、はい……」
ソフィアは三つ編みに促されながら、再びベッドに横たわる。そして彼女は自身の身分を明かす。
「あの、私はソフィア・クラフトと申します。夫はマロウータン様に仕える男爵です」
「あら? クボウに仕える男爵夫人でしたか。意外でしたね」
少々驚いた様子の三つ編みにソフィアが尋ねる。
「その……失礼ですが、貴女様は?」
「申し遅れました。私はゲネシス皇帝オズウェルの妹『エスタ・グレート・ゲネシス』です。以後お見知りおきを」
「え?」
ソフィアは思考を停止させる。何故なら目の前にいる三つ編みの美女が、ゲネシス帝国の皇妹だと言うのだから。
(一体どうなってるの!? ゲネシスの皇妹殿下が私のことを助けてくれたということ!?)
動揺を隠しきれないソフィアにエスタが事情を説明。自分は今、イタプレス王国のプレッシャー城の一室に居て、ゲネシス軍に保護されたことを知らされる。
「――そういう訳でして、貴女を私たちの手で保護しました」
「そ、そうでしたか……」
説明を聞き終えたソフィアは顔を青くさせる。どうやら穏やかな状況ではない。
皇妹は「保護」などと聞こえの良い言葉を口にするが、実際のところはゲネシス側に「人質」として捕らえられてしまっている状況だ。
ゲネシスがトロイメライ王都に攻め入ろうとしている最中、自分は何らかの交渉材料に使用されてしまうことだろう。事と次第によっては自分はトロイメライに帰還を果たすどころか、生きて帰ることも叶わないかもしれない。
ソフィアは急に怖くなり身体を震わせる。そんな彼女にエスタが優しく微笑み掛ける。
「そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ。確かにソフィアさんを交渉のカードとして使用するつもりですが、貴女に危害を加えるつもりは一切ございません。必ずトロイメライに帰してあげますから」
「本当……ですか……?」
「ウフフ、信用してください。最初から貴女を助けるつもりが無ければ治癒なんてしませんよ?」
「はい……」
ソフィアは依然として表情を曇らせながら小さく頷いて応えた。
すると突然、エスタは着ていたドレスを脱ぎ捨てると、ソフィアが横になるベッドの中に入り込む。案の定夫人が慌てた様子を見せる。
「こ、皇妹殿下?! 一体何をっ!?」
「随分と怯えているようですから、私が添い寝して落ち着かせてあげましょう」
エスタはそう言うと、ソフィアの身体に長い四肢を絡める。まるで獲物を捉えた大蛇のように――
そして皇妹は何かを思い出したかのようにソフィアに伝える。
「ウフフ。言い忘れましたけど、治療費は耳を揃えて払って貰いますよ? 一国の皇妹に治癒してもらったのですもの。その金額は想像つきますよね?」
「あの……その……今、持ち合わせが無いもので……」
顔を青くさせるソフィアにエスタが妖艶に微笑んでみせる。
「あら? それは困りましたね……ならば――身体で払ってもらいましょうか――」
「ひうっ!?」
エスタはそう囁きながらソフィアの耳を甘噛み。身体を硬直させる夫人の姿にエスタが笑いを漏らす。
「ウフフ、冗談ですよ。貴女を食べたりもしませんし、治療費を請求するようなこともございませんので、安心してください」
「は、はい……」
どっと疲れた様子のソフィアの頭を皇妹が撫でながら言う。
「こうしてソフィアさんと出会ったのも何かの縁です。折角ですから貴女や旦那様のことを色々と聞かせてください。私のことも教えてあげますから――」
夕色に染まるベッドの上。ソフィアはエスタに抱かれながら自分と夫について語り始めた。
――同じ頃、ドリム城。
城内本部長「モーダメ・ゲッソリオ」の元に不穏な知らせが舞い込む。
「何だと!? ノエル殿下がまだお部屋に戻られていないだと!?」
「はい。先程従者から報告を受けまして……」
「間もなくゲネシスからの使者が来城する。事が大きくなれば、ゲネシスとの交渉に影響が出かねない。今は……陛下に余計な心配を掛けてはならぬ。あまり騒ぎ立てずにノエル殿下をお探しするのだ」
「了解しました!」
モーダメから指示を受けた部下が急ぎ足で部屋から出ていく。その様子を横目にしながら、ゲッソリオは窓の外に見える夕焼けの王都を見つめる。
「今日は長い夜になりそうだ……」
モーダメはそう呟きながら、瓶に入ったスペシャルな薬草ドリンクを一気飲みした。
――そして、ドリム城の地下にある一室。
その部屋の地面に倒れているのは――ネビュラの愛娘「ノエル」だ。彼女は眠り薬の効果で意識を失っていた。
そしてノエルを見下ろすように取り囲むのは、城内警備隊の衣装を身に纏う男たちだった。
程なくすると部屋の扉が開かれ、一人の男が姿を見せる。緑髪頭と壮大なアホ毛を持つこの中年男の正体は――トロイメライ王国大臣「ネコソギア・ルッコラ」だ。
ネコソギアは右手で合図して男たちを退けると、不敵に口角を上げながら、倒れるノエルの元まで歩み寄る。
「クックックッ。ノエル殿下、申し訳ありませんね。殿下に恨みはないのですが……私の野望の為、しばらくの間、囚われの身になってもらいますよ?」
ネコソギアはそう言葉を口にすると、懐から林檎サイズの水晶玉を取り出す。それを見た男の一人が大臣に尋ねる。
「大臣様、それは?」
「ククッ。マスターから預かった、特殊な空想術が仕込まれた水晶玉だ。コイツを使えば――」
ルッコラは右手で掴んだ水晶玉をノエルに翳す。その刹那、水晶玉が白色に発光。と同時に水晶玉から白色の光線が姫に向かってゆっくりと伸びていく。やがて光線がノエルの元まで届くと、その身体が眩い光に包まれた。やがて光が収まると、そこにノエルの姿は無かった。
一連の様子を目撃した男たちは驚きの表情。そんな彼らにネコソギアが水晶玉を見せつける。
「これを見ろ」
「こ、これは……!?」
男たちが見たもの。それは水晶玉の中で意識を失いがら浮遊する、手のひらに乗ることができる小人――ノエル・ジェフ・ロバーツの姿だった。彼女は水晶玉の中に閉じ込められてしまったのだ。
「ウヒヒヒヒッ! ネビュラとレナとロルフの青ざめた顔を見るのが楽しみだ!」
ネコソギアは不敵に顔を歪ませると、壮大なアホ毛を豪快に一回転させた。
つづく……




