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第27話 ヘクターの提案



 ヨネシゲはこの空想世界での職場となる鍛冶場へと向かっていた。親方のヘクターと約束があるためだ。

 直前まで居合わせたメアリーとルイスは、ソフィアたちと商店街で合流する予定だったため、2人とは河川敷で別れた。

 ヨネシゲはつい先程までルイスとメアリーのコーチングの下、空想術の特訓を行っていた。

 最初は指先に火を灯すのがやっとだったが、特訓が終わりを迎える頃には、掌から火の玉を放てるまで成長していた。


(短時間でこれだけ成長できるとは驚いた。だけど……)


 ヨネシゲは短時間でそれなりの成長を実感することができた。その一方、ヨネシゲは若干自信を喪失していた。

 それは、ルイスとメアリーから空想術の手本を見せられた際のこと。2人が繰り出す大技の数々にレベルの違いを痛感させられた。次元が違うとはこのことだ。

 今のヨネシゲでは、到底ルイスとメアリーの足元に及ばない。2人の域に達するためには、相当な努力が必要だ。

 

(負けてはいられん! 早くあの二人に追い付かないと!)


 ヨネシゲは己を奮い立たせる。それには理由があった。


(まさか俺が、ルイスを超える空想術使いという設定だったとは。皆の期待を裏切るわけにはいかない)


 それはこの世界でのヨネシゲの立ち位置にあった。

 ヨネシゲはカルムのヒーローと呼ばれる存在。おまけにルイスを凌ぐ空想術使いだということも先程判明した。それが、この空想世界でのヨネシゲの設定である。

 しかし、実際のヨネシゲは、現実世界からそっくりそのままの姿でやって来た、これといった取り柄もない中年オヤジ。空想術は愚か、ヒーローと呼ばれる程の武勇も有していなかった。

 設定が設定だけに、この街の人々は何かとヨネシゲを頼ってくる。先日のカルム市場の一件が良い例だろう。そんなヨネシゲに、ある使命感が芽生えていた。


(俺はカルムのヒーローなんだ。皆からそう呼ばれている以上、みんなの期待に応えなければいけない!)


 ヨネシゲは幼い頃、正義のヒーローに憧れていただけに、カルムのヒーローとしての責務を果たそうと考えるようになっていた。皆を脅威から守る為には、強力な空想術を身に付け、如何なる敵も排除できる、強い存在にならなければならない。


(この先、とんでもなく強い敵が現れたら……)


 ヨネシゲの脳裏にダミアンの姿が思い浮かぶ。


(今のままじゃ、ソフィアとルイス、みんなを守りきれない。強くならないと……!)

 

 もっと強くならなければならない。昨晩の大男くらいで苦戦しているようでは、この世界で大切なものは守れないだろう。

 ヨネシゲは自分を鍛え、真のヒーローになることを、心に誓うのだった。


 そうこうしているうちに、ヨネシゲはヘクター鍛冶場に到着していた。ヨネシゲがこの鍛冶場に来た理由は他でもない。ヘクターと今後の進退がかかった、重要な話をするためだ。

 例により、ヨネシゲは鍛冶場で働いていた記憶など持ち合わせていない。鍛冶職人という仕事柄、一から仕事を覚え、高度な技術を身に付けるには、相当な時間を有することだろう。ましてやヘクターの鍛冶場は人手不足。素人を長い時間かけて教育している余裕はない。

 今ヘクターが欲しいのは即戦力。故に、仕事を覚えていないヨネシゲを引き続き雇用することが難しい状態なのである。

 

「ごめんください!」


 早速、ヨネシゲは鍛冶場に足を踏み入れる。職人たちは既に帰宅しているのか、作業場は閑散としていた。

 ヨネシゲの声を聞いたヘクターが鍛冶場の奥から姿を現す。


「おお、ヨネさん。待ってたぞ!」


「遅くなって、すみません」


「大丈夫だよ。まあ、そこの椅子に座れや」


 ヘクターはヨネシゲに座るよう促すと、作業場の一角に置かれたテーブルの上で、珈琲を淹れ始める。そしてヘクターは、淹れたての珈琲をヨネシゲに差し出す。

 ヘクターはマイカップの珈琲をひとすすりすると、今日の本題について口を開く。


「ヨネさん。早速だが本題だ」


「お願いします」


 ヨネシゲは緊張した様子で、ヘクターの言葉を待っていた。


「単刀直入に言わせてもらうが、やっぱりヨネさんをこの鍛冶場で雇うことはできない」


「そうですか……」


 ヨネシゲはヘクターから、事実上の解雇を突き付けられた。ヨネシゲは予想通りの言葉を聞かされるが、実際面と向かって言われると堪えるものである。しかし、本題はここからだった。ヨネシゲはヘクターからとある提案がなされる。


「そこで、ヨネさんには、別の仕事をやってもらおうと思う」


「別の仕事ですか!?」


 予期せぬ言葉にヨネシゲは目を見開くと、前のめりになってヘクターの話を聞き入る。


「知り合いたちに片っ端から聞き回ったら、是非ヨネさんに働いてほしいと言ってくれる人がいてな」


「ほ、本当ですか!?」


 ヨネシゲは喜びを隠しきれない表情だ。

 昨晩、ヘクターは仕事終わりに、ヨネシゲの次なる職場を見つけるため、知人たちの家を回っていたそうだ。するとそのうちの一人からヨネシゲにオファーがあったのだ。それを聞いたヨネシゲは喜んだ様子でヘクターに尋ねる。


「ちなみにそれは、どんなお仕事なんですか?」


 ヘクターは一度顔をニコっとさせた後、ヨネシゲの問に答える。


「ヨネさんには、王立カルム学院で働いてもらいたい」


「カルム学院ですか!?」


 なんと、ヨネシゲの次なる職場として提案されたのは、息子ルイスが通う、王立カルム学院だった。驚いた様子のヨネシゲに、ヘクターが説明を続ける。


「カルム学院の学院長とは古くからの付き合いでな。ヨネさんの話をしたら、是非、学院の守衛で雇いたいと申された。ちょうど欠員が出てて、学院長も頭を抱えている様子だったよ」


 ヨネシゲがヘクターから提案された次なる仕事は、ルイスの通うカルム学院の守衛だった。

 ちょうど欠員が出ていたらしく、猫の手も借りたい状況らしい。とはいえ守衛となると、ある程度腕っぷしが強い人材が欲しいところ。

 職員の人事を一手に担っていた学院長は、カルムのヒーローと呼ばれているヨネシゲが職に困っていることを知り、ヨネシゲ獲得に名乗りを上げたのだ。

 予想外の仕事の提案に、ヨネシゲは信じられないといった様子だ。そんな彼にヘクターが早々に返事を求める。


「もしよかったら、どうだ? 気に入らなければ他の仕事を探すが……」


「いえ! 是非やらせてください!」


 ヨネシゲの次なる職場は二つ返事で決まることとなった。



 



 話を終えたヨネシゲは自宅に帰宅する。


「ただいま!」


 ヨネシゲが元気よく玄関の扉を開けると、奥からソフィアが心配そうな表情で駆け寄ってきた。


「おかえり! あなた、どうだった!?」


 ヨネシゲは鍛冶場での話をソフィアに尋ねられると、ニヤッと笑った後、口を開く。


「安心しろ、次の職場が決まったよ!」


「本当に!? それで、次の職場はどこなの!?」 


 普段から落ち着いているソフィアであったが、この時ばかりは冷静さを欠いていた。そこへ、ルイスが自室から姿を現す。


「父さん、おかえり。2人共、こんなところで何やってんの?」


「お、ルイス。ちょうど良かった! これから重大発表があるんだ。母さんと一緒に聞いてくれ!」


 突然、父から重大発表を告知され、ルイスは困惑した様子だ。

 ヨネシゲはニコニコしながら、2人の驚く姿を想像していると、ルイスから発表を催促される。


「父さん、何一人でニヤついてるんだよ? 早く教えてくれよ!」


 ヨネシゲは急かすルイスを落ち着かせ、咳払いをした後、ソフィアとルイスに重大発表を行う。


「俺は今度から、カルム学院の守衛として働く事になった!」


「カルム学院の守衛!?」


 ヨネシゲの重大発表に、ソフィアとルイスは同時に同じ言葉を発しながら驚いていた。ところが、2人の反応は互いに異なっていた。


「おめでとう、あなた! 本当に良かったわ! これで一安心だね! 親方にはお礼を言いに行かないと!」


「おう、そうだな!」


 ヨネシゲの仕事が決まったことを、ソフィアは自分の事のように喜んでいた。一方のルイスは顔を引き攣らせ、不自然な笑顔を見せていた。


「と、父さん。冗談だろ……? 本当にカルム学院の守衛をやるつもりなの!? そもそも鍛冶場はどうしたんだ!?」


「ルイスにはまだ話していなかったな。実はな……」


 ヨネシゲは、まだルイスに鍛冶場での一連の出来事を話していなかった。ヨネシゲが順を追って説明するとルイスは一定の理解を示してくれた。


「それで、父さん。いつから働くの?」


「ああ。とりあえず明日の午前中挨拶に行って、早ければ明後日から仕事を始められると思うよ」



「そうなんだ。わかったよ……」


「お、おい。ルイス……」


 ルイスはヨネシゲから話を聞き終えると、落ち込んだ様子で、自室へと戻っていった。それを見たソフィアが不思議そうに首を傾げる。


「ルイス、どうしちゃったのかね?」


「いや、仕方ないよ」


 ヨネシゲにはルイスが落ち込む理由がよく理解できる。ルイスは思春期真っ只中。学校生活では親に見られたくない場面も多々あることであろう。その学校が、ある日突然、父親の職場となれば、大半の子供が嫌な顔をするだろう。


(ごめんな、ルイス。そこまで気が回らなかった。一回持ち帰ってみんなと話し合うべきだった。だけど生活が掛かっているし、もう後には引き下がれない)


 ヘクターがヨネシゲのために見つけてくれた仕事であり、既に返事も出してしまった。恩を仇で返すような真似はできない。何より生活の為、我が儘は言っていられない。ここはルイスに泣いてもらうしかないのだ。



つづく……

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