第276話 混乱の王都(前編)
時刻は正午を迎えた頃――その凶報は突然やってきた。
『――ゲネシスの大軍、王都に向かって進軍中。王都民は至急屋内に退避せよ!』
警鐘が響き渡る中、王都民たちは恐怖、困惑、疑心の表情を浮かべる。パニックとなって悲鳴を上げながら逃げ惑う者、放心状態でその場に立ち尽くす者も決して少なくはない。王都は大混乱に陥っていた。
混乱の王都を駆けるのは、王都特別警備隊の青色の軍服に身を包んだ角刈り――ヨネシゲ・クラフトだ。
ヨネシゲは、パニック状態の王都民を落ち着かせながら、隊員たちと共に王都特別警備隊の基地を目指していた。情報の入手とヒュバートとマロウータンに指示を仰ぐためだ。
(ゲネシスの魔王が攻めてくるって本当かよ!? 何かの間違いであってほしいが、保安官や王国軍の兵士からの話を聞く限りマジらしいな……)
ヨネシゲの顔に苛立ちと焦りが滲み出る。
途中すれ違った保安官や兵士たちからの話によると、既にこのトロイメライ王都とイタプレスを繋ぐ国境関所の先で、ゲネシスの大軍勢が布陣している様子が確認されている。更にその隣国イタプレスはゲネシスに占拠されている模様だ。長年緩衝国の役割を果たしてきたイタプレスに攻め入ったとなると、ゲネシスの本気度が窺える。一方で不可解な点もある。
(だけどよ……ゲネシスとイタプレスって昨日まで両方の国王同士が会談してた筈だろ? 友好的な関係だと思ってたのにどうして? 何か交渉決裂でもしてしまったのか? それとも……最初からイタプレスとトロイメライに攻め入るつもりで……!?)
元々、国王ケンジーとの会談のためイタプレスを訪れていたゲネシス皇帝オズウェル。両国王の会談は定期的に行われており、双方の関係は非常に良好――の筈だったが、本日その認識が大きく覆った。
何故ゲネシス帝国は突然強硬手段に出たのか?
ケンジーとの会談で折り合いが付かない話でもあったのか? 或いは会談とは見せかけであり、最初からイタプレスを占拠し、その先のトロイメライを攻めるつもりだったのか?
色々と憶測が飛び交うが、どうしてこのタイミングなのか?
(確かにタイガーはノーラン討伐のため王都を離れたけどよ。だが……まだここにはウィンター様が居るんだぞ? 先日あの子に敗れた彼らなら、その強さは痛いほど理解している筈だ。なのにリスクを冒してまでこの王都に攻め入る理由とは……一体何なんだ?)
残念ながらヨネシゲの頭脳では、その答えを導き出すことはできない。ただ確実に理解できることは――
(――魔王に攻め入られたら、王都は火の海だ……!)
それだけは何としても阻止しなければならない。とはいえ自分にそれを食い止めるだけの力はない。
(今の俺にできる最善の策は、皆と協力してこの脅威に立ち向かうことだ――マロウータン様たちの元へ急ごう!)
角刈りは基地へと急いだ。
――同じ頃、ドリム城。
城内の長い廊下を急ぎ足で歩くのは国王ネビュラと王弟メテオ、宰相スタンだ。彼らはゲネシス軍侵攻の知らせを受け、大臣や将軍を召集。緊急の作戦会議を行うため会議室へと向かっていた。ネビュラは苛立ちを露わにする。
「スタン! 直ちに国境を封鎖し、奴らを迎え撃つ準備をしろ!」
「はい。既にウィンターと王国軍を国境関所付近に差し向けております」
「そうか。それにしても……何故? 何故今なのだ!? 何故このタイミングでゲネシスは攻勢に出た!?」
主君の言葉に宰相が答える。
「ええ。私も不思議でなりません。今この王都には絶対的な王都の守護者ウィンターが居ります。そして昨日まではタイガー殿も滞在しておりました。もし我々がタイガー殿を呼び戻せば、ゲネシスは圧倒的な不利に追い込まれることでしょう」
「お前の言う通りだ。強敵が居るのに攻め入るなど、ゲネシス側に何のメリットもない。良くても痛み分けで終わることであろう。もしや――奴らは俺の首さえ取れれば良いと思っているのか?」
「いえ、それはないかと。陛下の首を取ること自体が、彼らにとって最難関のミッションでしょう……」
「確かに……それができるのであれば、俺の首はとっくに無いだろう……」
首を傾げる主従。するとメテオがある憶測を口にする。
「兄上。これはあくまでも私の憶測ですが――そもそも、ゲネシスが本気でトロイメライを攻めてくるとは思えないのですが……」
「何?」
ネビュラは足を止め、弟の言葉に耳を傾ける。
「恐らく、此度の進軍とイタプレスの占拠は、我々に対する牽制、警告、若しくは何か要求があると私は考えております」
「要求だと?」
「ええ。彼らが何を望んでいるかまではわかりませんが、兄上を何らかの交渉のテーブルへ着かせようとしているのでしょう……」
ネビュラが険しい顔つきで訊く。
「もし断れば?」
「一矢報いるため王都を攻撃――さすれば、甚大な被害が及ぶことでしょう……」
国王は顔を青くさせる。
「どうすればいい?」
「今は相手の出方を見極める時。そして相手の話をよく聞いてやる事です。その上で最善の策を模索していきましょう。間違っても衝突は避けるべきです」
弟の助言を聞き終えたネビュラが大きく息を漏らす。
「これは――俺が幾度もゲネシスへの侵攻を繰り返してきた代償なのだろう……」
国王が漏らした後悔とも取れる言葉。王弟と宰相は憂いの表情で顔を俯かせた。
――その頃。イタプレス王国・国境関所付近。
大軍の戦闘に立つオズウェル、エスタ、ケニーの三人の正面にはトロイメライ王都の街並み。オズウェルは王都を見つめながら妹と弟に尋ねる。
「エスタよ、ケニーよ。あのトロイメライ王都を覆うように強力な結界が張られているのは知っているな?」
兄の質問にエスタが答える。
「ええ、存じておりますよ。悪意ある攻撃は全て防いでしまうとか……確かウィンター殿が張った結界でしたよね?」
続いてケニーが挑戦的な笑みを浮かべながら言葉を漏らす。
「へえ〜。悪意ある攻撃は全て防いでしまうのか……そいつは面白いですねぇ……」
弟の様子に兄と姉も不敵に口角を上げる。
「果たしてあの結界が、我ら兄弟の攻撃にどこまで耐えられるか……気になると思わないか?」
「ええ。とても興味深いですね」
三人は互いに顔を見合わせるとゆっくりと頷く。
「さあ、妹よ、弟よ。即興の時間だ。我々の真の力を見せつけてやろうではないか」
「「はい」」
刹那、三人の体が赤紫の光に包まれる。程なくすると三体の魔人が姿を現した。
つづく……




