第274話 激震 【挿絵あり】
――この夜、マロウータンの甥アッパレとリキヤを始めとするクボウ家臣団、そしてクボウの将兵たちが王都に到着。主君と合流を果たした。
翌朝には、王都特別警備隊・クボウ小隊の要員が確保されたことにより、王都特別警備隊が正式に発足。本格始動となる。
王都特別警備隊の総司令官を務めるのは第三王子ヒュバート。そしてその補佐官に抜擢されたのはマロウータンだ。
「至らない点が多いかもしれないけど……クボウ閣下、宜しく頼むよ」
「ははっ! マロウータン・クボウ! 全身全霊をかけてヒュバート王子をお支えいたします!」
更にヒュバートの秘書にはシオンが選ばれた。
「ヒュバート王子。私は戦えませんが、デスクワークなら何なりとお申し付けください!」
「ありがとう。頼りにしているよ」
クボウ小隊の小隊長は家臣リキヤが任命された。
「このクボウ小隊の指揮を任されたリキヤだ! 責任は全て私が背負う! 諸君、思う存分働いてくれ!」
『おおっ!!』
そして五つある分隊の一つは、ヨネシゲが分隊長を務めることになった。
「できるな? ヨネシゲよ?」
「はい、お任せください!」
「ウホホ。頼むぞよ、クラフト分隊長!」
(へへっ……クラフト分隊長か……ヨッシャ! 気合い入れていくぜ!)
角刈りは早速兵士を引き連れて、王都の街を巡回するのであった。
その一方、別の形で王都の治安維持に当たる者たちも――
犯罪組織の取引現場。月光を背に倉庫街を疾走するのは空想少女カエデちゃん。
「具現草の商談なんて私がブチ壊してあげるわ! 怒りの雷撃『アングリー・サンダー』!」
『ぐわああああっ!!』
相棒・鉄腕ジョーソンも――
「喰らえっ! 熱血の一撃『鉄腕ラリアット』!」
『ぬあああああっ!!』
そこへ犯罪組織の援軍が出現、王都のヒーローを包囲。幹部と思しき三段腹の中年オヤジが高笑いを上げる。
「ギャハッハッハッ! 王都のヒーローだか何だか知らねえが、袋叩きにしてやるヨ!」
額に汗を滲ませながら、背中を合わせる空想少女と鉄腕。
「カエデ、ヤベェのが出てきたぜ。アイツ『闘牛のチーズ』の幹部『溶解のヨーグル』じゃねえか……」
「マズイですね。噂が本当ならあの男、溶解液を噴射して――」
「ドロドロに溶かしてやるヨー!」
「「!!」」
その矢先、ヨーグルの両手から白色の溶解液が噴射された。咄嗟に飛翔するカエデとジョーソンだったが、広範囲に飛散された溶解液から逃れるにはジャンプ力が足りなかった。
「よ、避けきれない!」
「ちっ! マジかよっ!?」
二人の表情が強張ったその時。天からまばゆい光が差し込む。光を受けた溶解液は瞬く間に消滅。カエデとジョーソンは難を逃れる。二人が夜空を見上げると、そこには微笑みながら地上を見下ろす女神の姿が。
「カエデちゃん、ジョーソンさん。後方支援は私にお任せください!」
女神の言葉に力強く頷いた二人のヒーローは、次々と黒服の男たちを制圧していく。その光景を見つめながらヨーグルが怒号を上げる。
「調子に乗ってるんじゃねーヨー!」
ヒーローたちに両手を構えるヨーグル。再び溶解液を噴射させようとした刹那――溶解男の頬に鉄拳がめり込んだ。
「貴様の相手はこの俺だっ!」
「っ!!――ブハッ!!」
白目を剥き、大の字になって倒れるヨーグル。それを見下ろしながら仁王立ちするのは――ヨネシゲだ。
「闘牛のチーズ野郎共っ! 具現草の違法取引の現行犯で逮捕するっ!」
角刈りの声を合図に、王都特別警備隊の隊員たちがヨーグルと黒服たちの身柄を拘束、連行する。
ヨネシゲとヒーローたちは互いに顔を見合わせながら勝利の笑みを見せた。
――その情報は、直ぐにドリム城に届く。
「ヒュバート王子、ヨネシゲたちが見事『闘牛のチーズ』の幹部たちを制圧したそうです!」
「あの闘牛のチーズたちの取引現場を容易く制圧するとは……流石、クボウ閣下の臣下たちだね!」
「ははっ! 勿体ないお言葉でございます!」
「良かったですね、父上!」
「ああ! 流石、儂自慢の進化たちじゃ!」
情報は他の小隊にも――
ノアが満面の笑みを浮かべながらウィンターの元まで駆け寄ってくる。
「旦那様っ! 早速ヨネシゲ殿が大手柄をあげたそうですよっ!」
「そうですか。さすが、ヨネシゲ殿――コホコホッ……」
「だ、旦那様……大丈夫ですか? もうお休みになられたほうが……」
「そうですね。今日はもう、休ませていただきましょう……」
休息のためその場を離れるウィンター。ノアはそんな主君の弱々しい背中を心配そうに見つめていた。
――その翌朝。
タイガー・リゲル率いるリゲル軍本隊がウィルダネスへ向けて出陣。王妃レナの要請で、自称ウィルダネス領主「ノーラン・ファイター」の討伐に乗り出した。
「――目指すはウィルダネス領。ノーラン・ファイターとその一族を根絶やしにする。新時代に悪しき時代の産物はいらぬ。全軍、虎の如く狩りを始めろ――」
タイガーが右手に握る采配を振り上げる。
「いざ、ウィルダネス領へ――出陣じゃっ!!」
『おおおおおおおおおっ!!』
王都郊外の街にリゲル軍の雄叫びが轟く。
――その日の夕刻。リゲル軍出陣の情報はウィルダネス領主「ノーラン・ファイター」の耳にも入る。
「ノーラン様っ! リゲル軍、今朝王都を出陣したそうです!」
「何っ!? やはり、タイガーが俺の首を狙っているという噂は本当だったのか……!」
ノーランと呼ばれる赤紫髪ツーブロックの中年男は、お気に入りのサングラスを掛け直しながら口角を上げる。
「いいだろ……このノーラン・ファイター様が直々にタイガーを出迎えてやろう! よしっ、野郎共っ! 虎狩りの時間だっ!」
「あ、あの……ノーラン様……」
「なんだぁ?!」
「足が震えているようですが?」
「う、うるせえ! これは武者震いだっ!」
かくしてノーランはリゲル軍を迎え撃つべく、領都近郊に布陣するのであった。
――そして、また朝がやってくる。
ドリム城内王妃の私邸。
そのバルコニーには、王妃レナと第二王子ロルフの姿。親子は朝日を見つめながら言葉を交わす。
「母上。いよいよ始まりますな……」
「ええ。今日は私たちにとって――このトロイメライにとっても、歴史的な日になることでしょう」
どこか希望に満ち溢れた笑みを浮かべるレナ。一方のロルフは母とは対照的で不安げな表情を見せる。
「果たして……本当に上手くいくでしょうか? 父上が重い腰を上げねば、この作戦の全てが頓挫してしまいます……」
「案ずる事はありません。幸いにも今の陛下は人が好いようで。『国益のため、民のため』と皆で説得すれば、自ら和平調停のためイタプレスに赴くことでしょう。さすれば私たちの勝利は決まったも同然。新たな時代の幕開けです!」
レナはそう言い終えると両腕を広げながら朝日を浴びるのであった。
――王都内・フィーニス領軍施設。
現在、この施設ではある女の裁判が行われていた。
証言台に立つ金髪お団子ヘアの美女――グレースは、法壇に並ぶフィーニス領の法官たちを見つめる。そして中央に座る法官が彼女に判決を言い渡す。
「――グレース・スタージェス。無期限の社会奉仕活動を命じる。以後、フィーニス地方領主の指示に従うこと。以上」
フィーニス領の法官が判決を言い渡すと、グレースは口角を上げながら頭を下げた。
やがて領兵たちに連行されながら施設を出るグレース。彼女は青々とした大空を見上げながら呟く。
「――ヨネさん、ありがと。貴方のお陰で償いの場を与えてもらったわ。これからは――人に誇れる人生を送ってみせます。私なりに精一杯罪を償っていきますわ。天にいるメリルのためにも……!」
――と、彼女は角刈りと亡き弟に誓った。
――日が完全に昇りきった頃。
王都内の競獣場では観客の熱い声援の中、白熱した想獣バトルが繰り広げられていた。
「ゆけっ! テカポン!」
赤いキャップを被り、青いベストと白いシャツ、ジーンズを身に纏った小太りの中年男が、一体の想獣を繰り出した。
テカポンの愛称で呼ばれる想獣は狸型。全身が黄色い体毛に覆われた愛らしい姿をしている。
小太り想獣使いがテカポンに命令を出す。
「テカポン! お前の痺れる稲妻見せてやれ!」
「テカポン!」
狸型想獣は可愛らしい鳴き声で応えると、電光石火の勢いで対戦相手となる巨大なドラゴン型想獣に突撃。ドラゴンとの間合いを詰めたテカポンの尻尾に電流が纏い始める。
「いっけーっ! テカポン!」
「テカーッ!!」
飛翔するテカポン。稲妻の尻尾がドラゴンを襲う――こともなく、そのままドラゴンの大きな足で踏み付けられてしまった。
「ああっ!? テカポン!」
立ち込める砂煙、静まり返る観客。小太り想獣使いの情けない声だけが響き渡る。やがて砂煙が収まると、見えてきたのは――目を回しながら大の字で倒れるテカポンの姿だった。
倒れる狸を確認した審判が勝ち名乗りをあげる。
「テカポン、戦闘不能! ドラゴンの勝ち! よって勝者、ドラゴン使いのリューマ!」
その瞬間、会場には罵声とブーイングが飛び交い、大量のハズレ勝想獣投票券が紙吹雪の如く舞い降る。その様子を眺めながらヨネシゲとジョーソンが苦笑を浮かべる。
「へえ〜。これが競獣ですか」
「どうでしたか、ヨネシゲ様? 楽しいでしょ?」
「ええ、まあ……」
王都特別警備隊の一員として王都内の警備を行っているヨネシゲ。人が多く集まる娯楽施設も警備対象であり、今回は競獣場の巡回を行っていた。そこにちょうど客として訪れていたジョーソンと出会した次第だ。
「いや〜期待の新人マサルも、達人リューマの前には手も足も出なかったか……もう少し頑張ってくれると思ったんだけどなあ……」
ジョーソンはそう言いながらハズレ想獣券を握りしめる。そんな彼にヨネシゲが尋ねる。
「あの……ジョーソンさん?」
「はい、なんでしょう?」
「そろそろ屋敷に戻った方が……奥様に怒られますよ?」
「そうですね。今日は負けちまったし、そろそろ帰るとしますか」
「その方がいいですね」
ヨネシゲに促されたジョーソンは席から立ち上がると移動を始める。角刈りも彼と共に会場を後にした。
「そんじゃ、ヨネシゲ様! お仕事頑張ってくださいね!」
「ありがとうございます。ジョーソンさんも真面目に仕事してくださいよ」
「へへっ。こいつは手厳しい――」
笑いを漏らす二人。
そこへ、特別警備隊の隊員が駆け寄ってくる。
「ヨネシゲ様! 一大事です」
「どうしたんだ!? そんなに血相を変えて!?」
一大事とは何事だ?
息を切らしながら顔を青くさせる隊員。その表情から察するに、ただ事ではない何かが起こったことは安易に理解できる。やがて隊員の口から衝撃的な事実が伝えられた。
「――イタプレス王国が……ゲネシス帝国の大軍勢に制圧されました!」
「な、なんだって!?」
突然の知らせに顔を強張らせるヨネシゲとジョーソン。更に隊員が言葉を続ける。
「そのゲネシス軍――このトロイメライ王都の手前に布陣しているとのことです!」
「おい……まさか……王都に攻め入るつもりか……!?」
王都に激震が走る。
つづく……




