第26話 突然の特訓
ヨネシゲが目を覚ますと、そこは自宅のベッドの上だった。ヨネシゲは寝ぼけた様子で体を起こした途端、突然の頭痛に見舞われる。
「痛たたた。頭がガンガンする。昨日は飲みすぎたみたいだ」
頭痛は二日酔いによるものだった。
昨晩ヨネシゲは、ドランカドに誘われ海鮮居酒屋カルム屋で飲んでいた。ちょうど居合わせたメアリーとヒラリーも同席して酒を楽しんでいたのだが、カルム屋看板娘のクレアが大男に絡まれてしまい、それを助けようとしたヨネシゲたちと、大男たちとの間で乱闘騒ぎとなってしまう。
無事、大男を撃退したヨネシゲは、クレアのお酌で飲み直すこととなるが、調子に乗って飲みすぎてしまい、その後の事は覚えていなかった。気付いたら自宅のベッドの上という訳だ。
(途中から全く覚えてないよ。それにしても、よく帰ってこれたな。まあ、恐らく姉さん辺りが送り届けてくれたんだろう)
ヨネシゲはベッドから出ると、カーテンを開いて日の光を浴びる。既に日が高い位置にあることに気付いたヨネシゲは、時計を確認すると、時刻は間もなく正午になるところだった。
「しまった、寝過ごした……」
ヨネシゲは重い瞼を擦ると、着替えを済ませ、リビングへと向かった。
ヨネシゲがリビングに近付くと、賑やかな話し声が聞こえてきた。ヨネシゲが扉を開けると、見慣れた顔ぶれが揃っていた。
「おはよう! 姉さんたち来てたのか」
リビングにはソフィア、ルイスの他に、姉のメアリーと甥のトム、姪のリタがダイニングテーブルを囲んでいた。
ヨネシゲは何事も無かったようにリビングに入ると、早速リタからツッコミが入る。
「やっと起きたの、おじさん。もう昼だし、おはようじゃないよ」
するとヨネシゲが笑って誤魔化す。
「ハッハッハッ! ドンマイドンマイ。もうこんにちはの時間だったな」
ヨネシゲがルイスの隣の席に腰掛けると、彼は顔を顰める。
「父さん、酒臭いよ……」
ヨネシゲは頭を掻きながらルイスに謝る。
「すまんすまん。昨日はつい飲みすぎてしまったからな!」
するとメアリーがニヤつきながら、昨晩のヨネシゲの様子を話す。
「そうだよね〜。クレアちゃんに御酌してもらって、鼻の下伸ばしながら、つい飲みすぎちゃったものね〜」
ヨネシゲは慌てた様子でメアリーに弁解する。
「ね、姉さん! せっかくクレアちゃんが御酌してくれるって言うんだから、その気持ちを無下にはできないだろ。悪意ある言い方は止しとくれよ!」
「私は事実を伝えただけよ。それに酔い潰れたシゲちゃんを家まで送り届けたのは、一体誰だと思ってるのよ? 文句があるなら受け付けるわ」
悔しそうな表情のヨネシゲに、メアリーがしてやったりの表情を見せる。するとヨネシゲはトムから鋭い質問を受ける。
「おじちゃんは、どうして鼻の下伸ばしてたの?」
「え? えっと、それはな……」
まだ幼いトムには、鼻の下を伸ばすという意味が理解できていない様子だ。ヨネシゲが必死に誤魔化そうとしていると、ソフィアがトムに説明する。
「トム君、仕方ないのよ。クレアちゃんが可愛かったから、鼻の下が伸びちゃったのよ」
「可愛い人を見ると鼻の下が伸びるの?」
「フフッ、おじちゃんみたいな人はね」
ヨネシゲの顔が青ざめる。ヨネシゲは恐る恐るソフィアの顔を見ると、彼女は満面の笑みを浮かべていた。強張るヨネシゲの顔を見て、ソフィアは首を傾げる。
「あら、どうしたの?」
「え? いや……怒ってるのかなと思ってさ」
「怒ってはいないけど?」
ヨネシゲは体を丸くさせて俯く。
(ソフィアは心が広いから、これくらいの事じゃ怒ったりしないか。でも……あの笑顔が逆に怖い)
恐縮しているヨネシゲに一同笑みを浮かべた。
(それはそうと、姉さん、何しに来たんだ?)
姉家族がわざわざ訪ねて来るということは、それなりの理由があるはずだ。早速ヨネシゲはメアリーに家を訪れた理由を尋ねる。
「それにしても姉さん、今日は何のようだ?」
するとメアリーは珈琲を一口飲んだ後、ヨネシゲの質問に答える。
「今日はシゲちゃんの特訓に来たのよ」
ヨネシゲは目を丸くさせる。
「特訓? 何の特訓だ?」
メアリーはニヤッと笑みを浮かべると、特訓について説明を始める。
「空想術の特訓よ」
「空想術の!?」
「そうよ。シゲちゃん、空想術まで記憶から消えているみたいだから、思い出させてあげようと思うんだけど。特訓してみる?」
「も、もちろんだ! 特訓させてくれ!」
メアリーからの思い掛けない提案にヨネシゲは目を輝かせた。空想術を記憶から失ったヨネシゲを気遣った、姉メアリーの粋な計らいだった。
(そもそも俺は記憶を失った訳じゃないんだが、姉さんの気持ちを無駄にはできん。それどころか俺にとってこの提案は願ったり叶ったりだよ。ついに俺も空想術を操る時が来たって訳だ!)
ヨネシゲは空想術を扱う自分の姿を思い描きながら、期待に胸を膨らませるのだった。
ヨネシゲは空想術特訓のため、メアリーとルイスと共に自宅近くの河川敷を訪れていた。
ソフィアはトムとリタを連れてカルム市場へ向かっており、ヨネシゲたちとは別行動となっている。
早速ヨネシゲは、特訓の師匠となるメアリーとルイスに指導を仰ぐ。この後夕方からヨネシゲは、職場となる鍛冶場の親方、ヘクターを訪ねなければならない。そのため、あまりゆっくりもしていられないのだ。
「2人共、早速教えてくれるか?」
「まあ、落ち着きなさいって」
先急ぐヨネシゲをメアリーが落ち着かせる。するとルイスが空想術の基本について説明を始める。
「父さん、そもそも空想術ってどういう仕組みかどうかを教えるね。凄く重要な事だから覚えておいてよ」
「お、おう! 宜しく頼むよ!」
ヨネシゲはルイスの説明に耳を傾ける。
空想術を簡単に言うと、想像したことを実際に現象として発生させる術のことである。また、空想術を操る人型の生物を想人と呼ぶ。
想人は、この世界での人間を指す言葉であり、ヨネシゲも含め、全ての人類が想人に位置付けられる。
想人は空想術を使用する際、2つの方法を用いる。2つのうち最も代表的な方法は、脳内で想像した内容を、想素という部質に変換させて、体外へ放出させる。
想素とは、空想術で現象を起こすための種であり、想素を空気中を漂う具現体という部質と結合することで、現象を発生させることができるのだ。
ただし、具現体と結合できるのは良質な想素のみ。良質な想素を生み出すには、それなりの想像力と精神力、そして体力が必要となる。高度で複雑な空想術を使用するとなると、想像力、精神力、体力を極限まで高めなければならない。
ちなみに、どんなに高い想像力、精神力、体力を持ち合わせていたとしても、空想術には限界があり、実現できない内容も存在する。
まずヨネシゲに求められるのは、基礎となる想像力、精神力、体力を養い、身の丈に合った内容で練習することが求められる。
ルイスは説明を終えると、メアリーから拍手が送られる。
「よっ! 流石、次期空想術部長の候補ね!」
ルイスは照れた表情を見せると、ヨネシゲに説明を理解できたか尋ねる。
「父さん、説明長くなったけど、わかったかな?」
ルイスがそう尋ねると、ヨネシゲは自信なさそうな表情を見せる。
「ま、実際やってみないとわからないよな。父さん、早速だけど、火をイメージしてみて」
「火か?」
ヨネシゲはルイスに言われるがまま、瞳を閉じ火を頭の中で思い浮かべる。
眉間にしわを寄せ唸り声を上げるヨネシゲに、ルイスが気を抜くように伝える。
「ははは。父さん、もっとリラックスしないとダメだよ」
「そうは言ってもな……」
頭を固くするヨネシゲにルイスはアドバイスを行う。
「父さん、肩の力を抜いて、目も閉じて。さあイメージするんだ。自分の人差し指がマッチだと思ってさ」
「マッチか……」
ヨネシゲは右手の人差し指を立てながら、マッチを頭の中で思い描く。
「そのマッチを上手く着火させるんだ!」
ルイスのアドバイスを聞きながら、ヨネシゲは大きく深呼吸をする。そして頭の中でマッチに火を付ける場面を想像する。
(素早く、そして、丁寧且つスマートに!)
ヨネシゲは、自分の人差し指をマッチの箱に擦り付けるが如く、素早く、丁寧に振り下ろした。その瞬間、ヨネシゲの頭の中でイメージしていたマッチに火が灯された。すると人差し指にじんわりと熱を感じた。同時にルイスとメアリーが騒ぎ始める。
「父さん、やったぞ! 火が着いたよ!」
「シゲちゃん! 早く見て!」
ルイスとメアリーの言葉を聞いて、ヨネシゲが目を開くと、自分の人差し指に小さな火が灯されていた。
「す、凄いぞ……俺でも空想術が使えている!」
ヨネシゲが感激したのも束の間、その灯し火は直ぐに消えてしまった。
ヨネシゲが残念そうに言葉を漏らす。
「あぁ、消えちまったか」
するとルイスがヨネシゲの肩を軽く叩く。
「火を絶やさない為には、常にイメージし続けて想素を放出しなければならないんだ。それだけ想像力と精神力が求められるんだよ」
空想術の難しさと奥深さを思い知らされたヨネシゲであったが、その表情は期待に満ちていた。
ヨネシゲは興奮したようにルイスに話しかける。
「ルイス! 空想術って面白いな!」
「でしょ!」
「よしっ! もっと沢山教えてくれ!」
「もちろんだよ!」
ヨネシゲとルイスは再び空想術の特訓を始めるのであった。そして子供のようにはしゃぐ2人の姿を眺めながら、メアリーは優しく微笑んでいた。
つづく……
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