第271話 降臨! 王都のヒーロー『女神』【挿絵あり】
突如、歓楽街の夜空に現れた三人目の王都ヒーロー「女神」。彼女は優しい微笑みを浮かべながら地上を見下ろしていた。
その地上では、ヨネシゲが驚愕の表情でヒーロー女神を見上げる。
(――王都のヒーロー女神……あれは絶対にソフィアだろ……)
ヨネシゲは確信する。王都のヒーロー女神の正体が愛妻ソフィアであることを。
ヒーロー女神の容姿――それは角刈りの愛妻と瓜二つ。髪の色と長さ、顔つき、体つき……どれをとってもソフィアそのものである。唯一異なる点を上げるとすれば、彼女の背中に白い翼があることだ。
また、既存の「王都のヒーロー」はクボウの一員であり、女神が敢えて「王都のヒーロー」を名乗っているあたり、彼女もクボウ家関係者である可能性が高い。そしてソフィアもクボウと関わりの深い人物――判断材料として十分だった。
(しかし……どうやってあの姿に? いや、きっと奥様の仕業だろう。カエデちゃんやジョーソンさんも奥様が発明したアイテムで変身しているらしいからな……)
恐らくソフィアは自分が不在の間にコウメの餌食になってしまったのだろう。ヨネシゲはそう推理した。
(いや……今はそんな事を考えている余裕はない。この激辛を何とかしなければ……!)
ヨネシゲは思い出す。シチミから激辛攻撃を受けていたことを。
依然として角刈りの顔は真っ赤。汗、涙、鼻水を流しながら口内の激辛と、全身のヒリヒリとした激痛に絶えていた。同じくマロウータンやバンナイ、兵士たちも苦しそうに地面で藻掻き続けている。一同の回復が急がれるところ。すると角刈りたちの耳に届いてきたのは女神の言葉――
「――皆さん、今私が癒やして差し上げましょう」
女神はそう言うと両腕を大きく広げた。と同時に彼女の両手から次々に零れ落ちるのは白色に輝く光の粒――ヨネシゲたちに光の雨が降り注ぐ。直後、光の雨を浴びた角刈りたちに異変が起こる。先程まで全身を襲っていた激辛痛が徐々に取り除かれていくではないか。
「口から辛味が……身体から激痛が消えていく……!」
「凄いぞよ! 先程までの辛さが嘘のようじゃ!」
「おお……この光の雨が儂らについた辛味成分を洗い流してくれたのだな」
ヨネシゲたちは感心した様子で女神を見上げる。一方で不愉快そうに顔を歪める男が居た。
「俺のスペシャルなカプサイシンを虚仮にしやがって! 絶対に許さねえっ!」
シチミだ。激辛野郎は元々赤みがかった顔を真っ赤に染め上げて激怒していた。その姿はまるで怒り狂った唐辛子だ。
「女神だかなんだか知らねえが、俺のカプサイシン、一度喰らってみなっ!」
シチミが頭上の女神に向かって両手の人差し指を構える。
「喰らえっ! 激辛弾丸『カプサイシンピストル』!」
次の瞬間、シチミの人差し指から発射されたのは真紅の弾丸――辛味成分の塊だ。激辛野郎は女神に向かって激辛弾丸を連射する。
「ソフィアっ!」
女神に襲い掛かろうとする攻撃。ヨネシゲは顔を青くさせながら愛妻の名を叫んだ。きっとあの女神は最愛の人に違いないのだから。
一方のヒーロー女神は――余裕の笑み。彼女は迫りくる激辛弾丸に向かって両手を翳す。
「乱暴はいけませんね。できれば話し合いで解決したいところですが――」
女神の両手が白色に発光。その刹那、彼女に向かって発射された真紅の弾丸が動きを停止させる。
「何っ!? 俺の渾身のカプサイシンピストルを阻止しただと!? ありえねえっ!」
激辛弾丸を封じ込まれたシチミは困惑した様子。だが激辛野郎の困惑は続く。何故なら停止した弾丸の一つ一つが青やピンク、黄色など鮮やかな色合いに変色を始めたからだ。そして女神が満面の笑みをシチミに向ける。
「ごめんなさい。私、辛いもの苦手なんです。だからこの弾丸も甘々にしちゃいました!」
「は?」
女神の言葉に呆気にとられる激辛野郎。そんな様子など気にも留めず、ヒーローは次なる一手を講じる。
カラフルになった弾丸がそれぞれの色合いと同じ色の光を纏う。そして女神がゆっくりと右手を振り上げる。
「貴方が放った弾丸――全てお返ししましょう」
「!!」
「さあ、甘味の時間です。味わい豊かなキャンディ、とくとご賞味あれ!」
女神が右手を素早く振り落とす。
刹那、色鮮やかに輝く無数の粒が流れ星の如く激辛野郎に降り注ぐ。
「痛っ! いたいたいたいたっ! あまっ!!」
光の粒を浴びるシチミは両手で頭を押さえながら怯む。悲鳴を上げている最中、その大きく開かれた口に粒が入り込むと激辛野郎の口内に広がったのは「甘味」だった。そう、シチミが放った激辛弾丸は飴玉に変貌し返ってきたのだ。
激辛野郎は酷く噎せ返りながら両手両膝を地に着ける。
「ゲホゲホっ……畜生……吐き気がするぜ……俺の苦手な食い物が『甘いもの』だと知っての攻撃かっ!?」
シチミは怒りを滲ませた表情で女神を見上げる。そして立ち上がると両拳を頭上で掲げながら雄叫びを上げる。
「マジでキレたぁぁぁっ!! この俺を怒らすとどうなるか思い知らせてやるわっ!!」
突如、激辛野郎が全身に電流を纏うと、彼を中心に赤色のミストが旋回を始める。
「あの野郎……何をするつもりだ……!?」
ヨネシゲたちに緊張が走る。
シチミから漏れ出す想素を察するにかなりの大技を使おうとしている模様だ。
「ヨネシゲ! バンナイよっ! 至急周辺に居る王都民たちを避難させるぞよ!」
「了解したっ!」
白塗りの言葉を聞いたバンナイは早速兵士たちを引き連れ、市民たちの避難誘導に向かった。だがヨネシゲは夜空の女神を見上げたまま。
「ヨネシゲよ、何をしておる!? 儂らも市民たちの誘導に向かうぞよ!」
「あ、はい……いや、でも、ソフィ――いえ、女神様が心配で……」
不安げな表情を見せる角刈り。その肩をマロウータンが優しく叩く。
「マロウータン様……」
「ここは女神様に任せるとしよう」
「いや、しかし……」
この場を離れることを躊躇うヨネシゲに白塗りが力強い声で伝える。
「女神様を信じようぞ!」
「……はい」
主君の言葉に角刈りは静かに頷く。そして主従もまた市民の避難誘導を行うためその場を離れた。
そうこうしているうちに激辛野郎を旋回していた真紅のミストがあるものに変貌を遂げていた。女神は瞳を細めながら呟く。
「――赤色の大蛇……!」
そこに居たのは真紅の激辛ミストで形成された体長数十メートルの蛇型想獣――激辛大蛇だった。
「ギャッハッハッハッ! 女神さんよ。今からこの激辛大蛇で真の辛さと恐怖ってやつを教えてやるよっ!」
シチミが女神を指差す。
「ゆけっ! 激辛大蛇! 女神を丸呑みにしろっ!」
「シャーッ!!」
主の命を受けた激辛大蛇が咆哮を轟かせながら天に向かって一直線。大きく口を広げながら女神に飛び掛かる。その様子を見つめながらヒーローは大きく息を漏らす。
「仕方ありませんね。手荒な真似はしたく無かったけど――」
突然、どこからともなく壮大な鐘の音が響き渡る。と同時にヒーロー女神の身体が黄金色に発光を始めた。彼女が天に向かって右手を伸ばすと、その手元には光の弓矢が出現。女神はそれを手に取ると、迫りくる激辛大蛇に向かって弓を構える。
「王都を脅かす不届き者には裁きをくださないといけませんね……」
その言葉を聞いた激辛野郎が反論。
「うるせえっ! 激辛は正義なんだよっ!」
女神は呆れた様子でため息。
「意味がわかりませんね……」
そう呟いた直後。女神の視界には大きく開かれた激辛大蛇の口が映り込んでいた。今まさに彼女を飲み込もうとしたその時だ――光の矢が放たれた。
大蛇の口から入り込んだ矢。閃光と共にその体を引き裂きながら一瞬で射抜く。激辛大蛇は断末魔を上げながら真紅のミストとなって飛散。消滅した。だがそれで終わりではない。矢の勢いは大蛇を射抜いただけでは衰えず。気付くと光の矢は激辛野郎の胸元に刺さっていた。
「お……おのれっ……!」
悔しそうに女神を見上げるシチミ。だが、すぐその体に異変が起こる。突然「ぽんっ!」という音と共に激辛野郎の身体が煙に包まれる。やがて煙が消えるとそこにあったのは、人の背丈と同じくらいの直径はあろうチョコレートドーナツだった。なんと激辛野郎は激甘ドーナツに姿を変えられてしまったのだ。
女神は口元を押さえながら笑いを漏らす。
「あら、美味しそうで可愛らしいお姿ですね。食べちゃいたいですけど――今宵はこれにて失礼します」
女神は翼を羽ばたかせると天へ向かって上昇。と同時に光のミストを地上に降り注いだ。その光のミストは破損した建築物の屋根や壁、窓を修復。彼女は街が元の状態に戻ったことを確認すると、その場から姿を消した。
――それからしばらくして。ヨネシゲたちが現場に戻ると、チョコレートまみれのシチミが絶叫の表情で気絶していた。言うまでもなく激辛野郎は角刈りたちの手によって御用となった。
(――ソフィア……いや、王都のヒーロー女神さんよ。よくわからねえが……ありがとな!)
ヨネシゲは満天の星を見上げながら微笑みを見せた。
つづく……




