第270話 大蒜と生姜の抗争
ドリム城から出撃する男たちはヨネシゲ、マロウータン、バンナイとバンナイの手勢。彼らは、犯罪組織「大蒜のハブ」と「生姜のマングース」の抗争を鎮圧するため、王都西部の歓楽街へと急行する。既に一般市民を含む多くの負傷者が出ているとの情報が寄せられていた。これ以上の被害拡大はなんとしても阻止しなければならない。
角刈りたちは、自動車並の速度で歩行できる「快速靴」を装着。縦一列に並んで歓楽街に続くメインストリートを緊急歩行中だ。本来快速靴は市街地での使用を禁じられているが、保安官や防災官、兵士などが事件・事故現場に駆け付ける際に限り使用が認められているのだ。そして今回の出動も緊急歩行の対象となる。
その最中、ヨネシゲとマロウータンはバンナイから事件の経緯の説明を受ける。
「――先ほどダンカンから聞いたが、今回の事件、どうやら事の発端は双方の下っ端同士の喧嘩から始まったらしい」
「喧嘩ですか?」
この大騒動の原因が喧嘩とは愚かだ。呆れた様子のヨネシゲにバンナイが言葉を続ける。
「ああ。タイミング悪く双方の下っ端同士が、同じ飲食店で鉢合わせになってしまったそうでな。大蒜側の構成員が生姜側の構成員をボコボコにしてしまったらしい」
「なるほど。それで生姜のマングースが報復を行っているというわけですね」
生姜のマングースの報復――大蒜のハブが経営に関わっていると噂される飲食店や遊技場、風俗店を次々と襲撃。客として訪れていた一般市民も巻き添えを受けているそうだ。そして現在は街中で双方の構成員たちが空想術バトルを繰り広げている。
「既に王都保安局と王都領軍が対応に当たっているそうだが――なにしろこの二つの治安組織は、昨晩と一昨晩の改革戦士団による襲撃で大打撃を受けている。手が回っていないそうだ」
バンナイの説明を聞き終えた角刈りが主君の白塗り顔を見る。
「急がなければなりませんね」
「じゃな」
一同、力強く頷くと現場へと急いだ。
――その頃、歓楽街北部。
敵対する二大組織が熾烈な抗争を繰り広げていた。
生姜のマングース構成員が怒号を上げる。
「貴様らっ! 鯵のたたきは生姜醤油と相場が決まってるんだよっ! このボケがあっ!」
対する大蒜のハブ構成員も絶叫を轟かす。
「そんなの誰が決めたぁ?! にんにく醤油の方が美味いに決まってるだろうがっ! このタコがぁっ!」
罵声を浴びせ合う両者が右手を構える。
大蒜のハブ構成員が火炎を放射させると、生姜のマングース構成員が冷水を放水。その刹那。一直線に伸びる炎と水が衝突。拮抗するその力は大量の水蒸気を発生させながら大きな爆発を起こした。その爆風は周囲の建物の窓を粉砕し、逃げ惑う人々を吹き飛ばす。その様子を見届けた双方の構成員たちが再び右手を構えた――その時。少女と思しきソプラノボイスが周囲に響き渡る。
「――自分の好みの押し付け合いとは……くだらないわね!」
「「あ、あれはっ!?」」
双方の構成員が指差すその先――そこには屋根の上で腕を組み仁王立ちする橙色ツインテールの姿。構成員たちがその名を口にする。
「「空想少女カエデちゃん!!」」
そう。屋根の上から構成員たちを見下ろす少女は王都のヒーロー「空想少女カエデちゃん」だった。そしてカエデが構成員たちに言う。
「自分が美味しいと思う方法で食べればいい。ちなみに私は――胡麻ダレ派よ!」
「「ナニぃ?!」」
「とおっ!」
カエデは屋根から飛翔。舞い散る楓の如く優雅に地上に降り立つ。その彼女の周りを大蒜と生姜の構成員たちが取り囲む。
「まずはこの邪道な小娘を片付けようぜ」
「ああ。そうだな」
双方の利害は一致。空想少女に一斉攻撃を仕掛ける。
「丸焼きにしてやる!」
「溺れて苦しめっ!」
次の瞬間。構成員の構える右手からは――炎が、水が放出される。だが、カエデは冷静だった。彼女は唇に指を添える――
「私の敵ではないわ! 受けてみなさい! 愛の衝撃波『プリティー・キス』!!」
カエデは身体を一回転させながら投げキス。と同時に彼女を起点とした衝撃波が、薄桃色に輝くハート型の光を無数に纏いながら放たれる。衝撃波は一瞬で構成員たちを飲み込み吹き飛ばす。その身体は周囲の建物などに衝突。そのまま意識を失った。
ちなみに、周囲にいた一般市民もこの衝撃波に飲み込まれたが、不思議なことに吹き飛ばされることもなく無傷の状態だ。その様子を見つめながらカエデが微笑む。
「善良な市民にこの衝撃波は無効。愛ある衝撃波は罪なき人々を傷付けることはないわ」
そして空想少女は倒れた構成員たちに視線を移す。
「王都を脅かす悪党は私が許さない。正義の鉄鎖『ジャスティスチェーン』!」
構えたカエデの両手から放たれたのは黄金色に輝く鎖。それは倒れた構成員たちの身体を縛り上げた。
「制圧完了」
空想少女は飛翔。次なる現場へと急行した。
――そして、歓楽街西部でも。
「喰らえっ! 炎の鉄腕ラリアットっ!!」
「ぐはっ!!」
ジョーソンが大蒜と生姜の構成員を次々に制圧していた。
「はぁー。今夜も忙しいね。コイツら何箇所で騒ぎを起こしているんだ?」
鉄腕は呆れた表情を見せながら、新たに悪意を感じる方向へと疾走していくのであった。
――時同じくして、歓楽街南部にはヨネシゲたちが到着していた――が、角刈りたちは顔を真っ赤にし、大量の汗を吹き出しながら、苦悶の表情で地面を転げ回っていた。
ヨネシゲが叫ぶ。
「痛え痛えっ! 辛いよ〜! うわあぁぁぁっ!」
同じくマロウータンとバンナイも――
「目がっ! 目が〜っ! ヒリヒリ痛いぞよ〜!」
「ぬおぉぉぉぉっ! この老体にこの刺激は命取りになるぞ……」
ヨネシゲたちに同行していた兵士たちも「辛い」と口にしながら地で藻掻く。
今、角刈りたちが全身で味わっている苦痛は――「辛さ」だった。
そんな彼らを愉快そうに見下ろす一人の男。
真っ赤に染め上げた顔は縦長。緑色の髪を逆立たせ、血走った眼差しを角刈りたちに向ける。
「辛い、辛いかっ!? でもまだ足りないだろう? 追加のカプサイシンをくれてやる!」
男はそういいながら両手を構えた。
この男の正体は、凶悪犯罪組織「生姜のマングース」の幹部――「シチミ」だ。
シチミは狂気じみた笑みを浮かべると、ヨネシゲたちに再び激辛攻撃を行う。
「カプサイシン!」
激辛野郎がそう絶叫すると、その両手から赤色のミストが噴射される。辛味成分だ。
激辛の霧がヨネシゲたちを飲み込もうとする。
「畜生! あんなもんまた食らっちまったら今度こそヤバいかもしれん」
ヨネシゲが生命の危険を感じたその時――激辛の霧が消滅した。
「な、何が起きたっ!? 俺のスペシャルなカプサイシンが!?」
困惑するシチミ。すると天から一筋の光が差し込む。夜間にも拘らずその光柱は周囲を昼間のように照らす。
一同、光の起点を見上げると、夜空にはまばゆい光と白色の衣に身を包み、背中に白い翼を生やした、金髪ロングヘアの女性がこちらを見下ろしながら浮遊していた。
その女神のような女性を目にしたヨネシゲが声を震わせる。
「ソ、ソフィア……!?」
その声が聞こえたのか、愛妻と瓜二つの容姿をした女性が角刈りに微笑み掛ける。
「いいえ。私は――王都のヒーロー『女神』です」
そこへ、あのドーナツ屋がどこからともなく突然姿を現す。
「説明しよう! ついに現れた三人目の王都のヒーロー。だがしかし! その正体は神秘のベールに包まれているぞ。故に私も説明するだけの情報を持っていないのだ!」
一方のヨネシゲは、顎が外れそうなほど口を開き驚愕していた。
「王都のヒーロー『女神』!? いや、ちょっ!? それって要するに――!!」
――王都のヒーロー『女神』、降臨。
つづく……




