第269話 打ち合わせ後
日没を迎えたドリム城。
ヨネシゲはグレースの取り調べを終え、「王都特別警備隊」発足に向けた打ち合わせに出席。その打ち合わせも滞りなく終了し、今は一同別れの挨拶を交わしていた。
最初に会議室を退出したのはゲッソリオ公爵親子――
「朝までに仕上げなければならない書類がまだ残っている。今夜は長い夜になりそうだ……」
「ハッハッハッ! 父上、『今夜は』ではなく『今夜も』でしょ? 朝までお付き合いしますぜ!」
「うむ! 息子よ、地の果てまで付いてまいれ!」
「オッケー! さあ、体力が続く限り労働だぜ!」
「「24時間頑張れますかっ?!」」
絶叫の親子はレーシングカーの如く急発進。部屋を飛び出すと廊下を爆走しながら消えていった。
続いて、シャチクマン子爵主従――
「さて、我々も大臣たちから押し付けられた書類を片付けるぞ!」
「サビザン様、頑張ってください」
「頑張ってくださいとは随分な他人事ではないか?」
「勿論です。私は時間になりましたので定時で上がらせてもらいますよ。では――」
「こ、これっ! テイジ! 待ちたまえ! お前には情というものがないのか!?」
早足で立ち去る重臣を子爵が追い掛けていく。
そして、サンディ公爵主従がヨネシゲたちの元まで歩み寄る。軽い挨拶を交わした後、ウィンターはグレースの取り調べを行ったヨネシゲに謝意を伝える。
「ヨネシゲ殿。お忙しい中、スタージェス容疑者の聴取にご協力いただきありがとうございます。お陰様で彼女から様々な情報を聞き出すことができました」
「いえいえ、お安い御用です。俺も彼女と腹を割って話すことができましたから。あとは彼女に償いの場が与えられれば……」
「まだお約束はできませんが――彼女に償いの心があるのであれば、私からも減刑を求めていきましょう」
「何卒、よろしくお願いします」
ここでヨネシゲが一昨晩から気になっているある事をウィンターに尋ねる。
「ウィンター様。昨晩からお顔色があまり宜しくないようですが……大丈夫でしょうか?」
その顔は青白。元々彼の肌は色白であるが、初日会った時に比べると明らかに血の気がない。
角刈りの問い掛けにウィンターは軽く微笑みながら答える。
「――どうやら……少し疲れているみたいですね。今日は早めに休むとしましょう。お気遣いありがとうございます」
「いえいえ。無理はなさらずに」
「はい。では、失礼します」
銀髪少年は角刈り頭にお辞儀をすると部屋から退出。続いてノアがヨネシゲに一礼。
「ヨネシゲ殿、遅くまでお疲れ様でした」
「ええ、ノアさんもお疲れ様です。ところで――ウィンター様は大丈夫なんでしょうか? かなり調子悪そうですね……」
角刈りの質問にノアが表情を曇らせながら答える。
「旦那様は――元々病弱で決してお体が強い訳ではありません。なのに……昨晩は俺の力不足のせいで無理をさせてしまいました。俺にもっと力があれば……」
「ノアさん……」
ノアは自分の不甲斐なさに一瞬悔しそうな表情を見せるも、すぐに微笑んで見せる。
「すみません、こんな泣き言を言ってしまって。とにかく今日は旦那様には早く休んでもらいます」
「その方が良さそうですね」
「それではヨネシゲ殿もあまり無茶はなさらず、早めにお休みください」
「ええ、ノアさんも。我々はゲッソリオ閣下のようにはなれませんからな」
「ハッハッハッ! 違いない。それじゃグレースの件で何か進展があればご連絡します」
「すんません、お手数をお掛けします」
ノアは角刈り頭と別れの挨拶を交わすと、主君の後を小走りで追った。ヨネシゲは心配そうに主従の背中を見つめるのであった。
一方、マロウータンとバンナイは言葉を交わしていた。
「――すまんのう、バンナイ。早急に王都特別警備隊を発足したいところじゃが、いかんせん儂らクボウの将兵がまだ王都に到着していなくてのう。遅くても明日の夜までには王都入りできると思うが……」
「案ずるな。クボウ小隊が不在でも不測の事態が発生した際は儂らの部隊で対応に当たる。お前は司令官をお支えし、補佐官の職務を全うすればよい」
「気苦労掛けるのう」
申し訳無さそうにいう白塗り顔にバンナイが言う。
「なあに。これしきのこと、苦にはならんわ。寧ろ苦労なら買ってでもしたいところだ」
「バンナイ……」
バンナイはしみじみと語る。
「メテオ様やお前には返し切れない程の恩がある。メテオ様がやり直しの機会を与えてくれなかったら今ここに儂は居らんだろう。儂はメテオ様に生かされた。本当にありがたいことだ。だから今こうして生きている喜びを噛み締めたい。苦労も――生きている間しか味わえんからな……」
「あっぱれじゃ。じゃが、無理は禁物ぞよ?」
「わかっておるわい。この老体の限界は理解しているつもりだ。だから残りの余生は自分の身体を労っていく。儂も長生きしたいからのう!」
ここでマロウータンが冗談交じりに言う。
「ほよ? これは老いぼれの死亡フラグか?」
バンナイはニヤリと口角を上げる。
「童よ。儂はお前のそういう生意気なところが好かんのだ」
「ウホホ。まあ、せいぜい長生きするぞよ」
「フン! お前も死に急ぐなよ」
直後、二人の高笑いが会議室に響き渡る。その様子をヨネシゲが微笑ましく見つめていた。
その時である。
南都五大臣の一人、つるつる頭の中年「ダンカン」が慌てた様子で会議室に現れる。
「バンナイ殿、マロウータン殿、大変だ!」
「ダンカンよ、如何した!?」
息を切らしながら前屈みになるダンカンにバンナイが要件を尋ねる。その様子を固唾を飲みながら見守る角刈りと白塗り。やがて呼吸を整えたダンカンが口を開く。
「歓楽街の複数箇所で大蒜と生姜が抗争を繰り広げているそうだ!」
「「「なんだって!?」」」
ヨネシゲたちに緊張が走った。
大蒜と生姜――それは王都に蔓延る二大凶悪犯罪組織「大蒜のハブ」と「生姜のマングース」のことである。この対立する二大組織が、今この王都内で激突しているというのだ。
――同じ頃、王都クボウ邸。
黄色の珍獣が絶叫する。
「西の方角から脅威を感じるぞ! カエデちゃん! ジョーソン! 変身だ!」
「「おーっ!!」」
「説明しよう――」
「「――王都のヒーロー、出撃っ!」」
やがて変身を終えた橙色ツインテールの少女と極太腕の中年男が夜空に向かって飛び立っていった。
――その屋敷の一室。
黒髪の夫人が香水が入った容器片手に不気味な笑みを見せていた。
「おーほほっ! できた……できたわよ……! 今宵、新たな王都のヒーローが誕生するわ!」
そこへ金髪ロングヘアの男爵夫人が姿を現す。
「奥様、大変です! 歓楽街で犯罪組織同士の抗争が――!」
その声を聞いた黒髪夫人が不敵に口角を上げながら男爵夫人との間合いを詰める。
「あ、あの? 奥様……?」
「出撃よ。王都のヒーロー『女神』!」
「え?」
刹那。黒髪婦人は男爵夫人に香水を吹き付ける。すると男爵夫人の全身がまばゆい光に包まれた。
――女神様、出撃。
つづく……




