第268話 決行は三日後
辺りが夕色に染まる中、ドリム城内の庭園をとある主従が移動していた。
眼鏡を掛けた知的な印象の金髪ポニーテール青年と、壮大なアホ毛を持つ緑髪頭の中年男性――第二王子ロルフと大臣ネコソギアだ。
ロルフはネコソギアを連れ、つい先程まで母である王妃レナと極秘会議を行っていた。親子は途中から大臣を退出させていたが、今この庭園で再び主従が落ち合う。
緑髪大臣が王子の耳元で囁く。
「――三日後に決行でございますな……」
「ああ。根回しを頼む」
「お任せください」
小声で伝えるロルフにネコソギアは口角を上げて応えた。
王子は王妃との会話を思い返す――
『――陛下の追放作戦を前倒しして行うことにしました』
『母上、もう少し慎重になられては……?』
『いえ、そう悠長なことは言ってられません。――ここへ来て陛下は民や臣下から信頼を得ようと躍起になられているご様子です。どういう風の吹き回しかわかりませんが、このまま陛下が民や臣下の心を掴まれてしまうと、私たちは不利な立場に立たされてしまいます……』
『確かにそうかもしれませんが……ここは少し様子を見たほうが――』
息子の言葉に王妃は眉を顰める。
『ロルフ。貴方まで父と同じことを言いますか? 今回の追放作戦はゲネシスとイタプレス協力の下行われます。両国もこの作戦の為に多大な労力を使っております。故にもう後戻りはできません』
レナの意志は固いようだ。ロルフは人差し指で眼鏡を掛け直しながら母に尋ねる。
『――して、作戦の前倒しは両国に知らせたのですか?』
『ええ。今朝方、イタプレス国王陛下と、イタプレスに滞在中のゲネシス皇帝陛下に文を送っております。あとはお二人の返事を――』
その時。
窓を叩く音が部屋に響き渡る。レナたちが窓に視線を向けると――窓ガラスを突付く鳥型の伝書想獣の姿があった。
『――どうやら、ゲネシスからの返事が来たようですね……』
レナはそう言いながら椅子から立ち上がると、その伝書想獣を躊躇いもなく部屋の中へと入れる。彼女が両手を差し出すと、伝書想獣は足で掴んでいた丸筒をその手に置いた。と同時に役目を終えた伝書想獣は「ぽんっ」という音と共に煙に姿を変えて消滅する。
レナは早速丸筒の中に収められた文を手にとりその文面を確認する。その様子をロルフとネコソギアが静観。やがて王妃の口がゆっくりと開かれる。
『――三日後です』
『三日後?』
『ええ。三日後にゲネシスの大軍がこのトロイメライ王都の目前まで迫ってきます』
ロルフが息を呑みながら母に訊く。
『要するに……三日後に作戦決行ということでしょうか?』
レナはゆっくりと頷く。
『はいそうです。ゲネシスが陛下に圧力を掛け、和平調停に応じさせようとします。その調印を交わさせるため、陛下にはイタプレスに赴いてもらい――』
王妃が言い終える前にネコソギアが口を開く。
『そのまま国外追放ということですな』
『その通りです。そして陛下がイタプレスに足を踏み入れたと同時に、私たちは神速をもって王都を制圧します。既に王都の各機関は私たちの手中にあり、尚且つ作戦の障壁となり得る王都守護役も陛下の護衛として同行させますので不在となります。王都制圧は容易いでしょう』
王妃は息子に力強い眼差しを向ける。
『――今こそ陛下に引導を渡す時。そして、貴方が玉座に座る時です』
『……はい』
母の言葉にロルフは静かに頷く。
息子の返事を聞いたレナは窓の外に視線を移すと、ネビュラに語り掛けるようにして呟いた。
『陛下。これ以上無駄な足掻きはおやめくださいね。今更改心などされても困りますよ? そうでないと私たちが悪者になってしまいますからね。貴方は――暴君のままで宜しいのです。ウッフッフッ……』
回想を終えたロルフが険しい表情を見せていると、ネコソギアが声を掛ける。
「――ロルフ王子。間もなく国王となられるお方がそんな難しい顔をしていたら民が離れてしまいますよ?」
ネコソギアの言葉にハッとしたロルフはすぐに表情を緩めるも、臣下の発言を注意する。
「ネコソギア、誰が聞いているかわからない。そのことは外では口にするな」
「クックックッ。王子、申し訳ありません。嬉しくてつい口が滑ってしまいました」
ネコソギアは薄ら笑いを浮かべながら壮大なアホ毛を一回転させる。ロルフは臣下の様子を横目にしながら大きく息を漏らした。すると王子の耳にある声が届く。それは微かに聞こえる女性が啜り泣く声だった。彼は足を止める。
「ロルフ王子? どうかされましたか?」
「いや……どこかで誰かが泣いている」
「泣いている?」
二人は周囲を見渡す。
するとロルフは庭園の一角にある木の下に人影を発見。
「あれは……ボニー……?」
木陰で膝を抱えながら座り込む赤髪巻き毛――王都領主ウィリアム・サイラスの妹「ボニー・サイラス」だった。
「ネコソギア、君は先に戻ってくれ。私は彼女の様子を見てくる」
「承知しました。では、私は協力者たちに根回しをしてまいります。また夜の会合でお会いしましょう」
「頼むぞ」
ロルフはネコソギアと別れるとボニーの元まで歩み寄っていく。そして啜り泣く彼女に声を掛ける
「ボニーよ、大丈夫か?」
「……ロ……ロルフ王子……?」
彼の声を聞いたボニーが顔を上げる。彼女の顔はしわくちゃ。涙と鼻水を止めどなく流していた。その表情を見兼ねたロルフが赤髪巻き毛にハンカチを差し出す。
「これで涙を拭え」
「……え? いえ、でも、しかし……」
「気にするな」
「ありがとうございます……」
ボニーはロルフからハンカチを受け取るとそれで顔を拭う。彼女が少し落ち着きを取り戻したところで王子が尋ねるが――
「ボニー。もし差し支えなければ、何があったか私に聞かせてほしい」
「うう……実は……ヒュ……ヒュバ……うわああああん!!」
「これは困ったな……」
ボニーは大号泣。ロルフは困った表情を見せながらも――彼女の身体をそっと抱き寄せた。その後、ボニーは失恋の事実をロルフに語った。
つづく……




