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ヨネシゲ夢想 〜君が描いた空想の果てで〜  作者: 豊田楽太郎
第五部 トロイメライの翳り(王都編)
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第266話 対立!? とんでも親子共同作業(後編)

 無言で黙々と芝生を耕すシュリーヴ親子。

 ドランカドは父に対する怒りを(くわ)に込めて振り下ろす。


(畜生! こんな頑固親父と共同作業なんてやってられるか!)


 ドランカドは腕で汗を拭い、後ろを振り返ると、彼の視界には鍬を振り上げる父ルドラの後ろ姿と、広い芝生が映る。そして大きくため息。


(空想術を使えば一瞬で耕すことができるっていうのに、あの頑固ジジイは融通が効かねえな。俺たちには本職ってもんがあるんだ。何としてもこの一ヶ月の反省期間中に花壇を完成させねば……)


 勿論、城で騒ぎ(親子喧嘩)を起こし、周囲に多大な迷惑を掛けたことは反省しているし、このように親子共同作業を強いられていることは自業自得だと思っている。しかし自分たちには「本職」というものがある。故に一ヶ月の無償奉仕(雑用)期間以上の時間をこの花壇新設に費やす訳にはいかないのだ。


(確かにジジイが言っていたことは理解できる。だけど、まともに姿も拝んだことがない姫の為に、真心込めて花壇なんか作れるかよ……)


 実はドランカド。この花壇を贈る相手――ノエル姫の姿は、彼女が幼少期の頃に行われた生誕祭で一度目にしただけだ。

 ノエルの父ネビュラは過保護であり、娘を人目に晒すような行為は避けてきた。故に彼女の姿を拝んだことがある王都民はごく僅か。王都民の間でノエルは「幻の姫」などと呼ばれている。

 ノエルが城外へ外出することは年数回程度。その際はまるで装甲車のような馬車に彼女を乗せ、大勢の護衛を配置、更には周辺の道路は完全封鎖し王都民に外出を控えさせるなどの徹底ぶりだ。今でこそノエルを城外の大学院に通わせており、彼女の姿を目にしたことがある王都民も多くなってきたが、それまでは教育も城内で行っていた。

 そのような事情もあり、数年程前から王都を離れていたドランカドにとってノエルは未だに「幻の姫」なのだ。


(――そういやノエル殿下は俺の二つ歳下だったな。噂によると随分な別嬪さんらしいが……どんなお姿に成長されたか気になるぜ)


 ドランカドは鼻の下を伸ばしながらノエルの姿を想像していた――が、突然真四角野郎の腹の虫が響き渡る。


「あぁ……そういや朝から何も食ってなかったッスね。昼飯を食べるタイミングを完全に逃してしまったぜ……」


 既に昼時は過ぎていたが、シュリーヴ親子は昼食をまだ取っていなかった。

 朝の国王謁見から始まり、城内本部長(ゲッソリオ公爵)の説法、ゲッソリオ体操の指南を受け、そして間髪入れずに花壇造りを行うことになる。昼食を食べている暇などなかった。


「まあ、今日は初日だし晩飯まで我慢するか……」


 肩を落とすドランカド。作業を再開させようとしたその時、背後から可愛らしい女性の声が聞こえてきた。


「お仕事、お疲れ様です」


「!!」


 ドランカドが振り返るとそこに居たのは、こちらに向かって上品に微笑む青髪の小柄な女性。その見目麗しい容姿に真四角野郎の瞳は奪われる。


(か、可憐だ……)


 だが彼は直ぐにハッとする。彼女の身なりや所作を見れば、位の高い貴族令嬢であると安易に想像できる。ドランカドは早速デレデレとした様子で名乗り始める。


「こりゃどうも、初めまして! 俺、ドランカド・シュリーヴ男爵と言います。昨日男爵の爵位を授かったばかりだったんですが、早々にやらかしてしまいまして……」


「フフフ、貴方がシュリーヴ男爵ですね。噂は耳にしておりますよ。何でもお父様(シュリーヴ伯爵)と大喧嘩したとか……?」


「ご名答! 噂はだいぶ広がってるみたいッスね」


「ええ。あの騒ぎ……お城で知らない人は居ないんじゃないかしら?」


「へへっ。こりゃお恥ずかしい限りです。――失礼ですが、貴女様は?」


「ごめんなさい、申し遅れました。私は――」


 ドランカドに尋ねられた青髪女性が自己紹介を始めようとしたその時。真四角野郎の背後から物凄い勢いで迫るのは――頑固親父。


「この馬鹿()()がっ! ()が高いッ!!」


「!!」


 頑固ジジイの拳骨が稲妻の如く勢いで馬鹿息子の脳天に振り落とされた。


「痛っ!! ナニすんだっ!? このクソジジ――!?」


 ルドラはそのままドランカドの頭を鷲掴み。その手に全体重を掛けると、息子を跪かせ、自身も膝を折った。そして頑固親父は耕したばかりのふわふわな土に顔を埋めながら大謝罪。


「ノエル殿下っ! 我が息子が無礼を働いてしまい申し訳ありませんっ!!」


 その言葉を聞いたドランカドは驚愕の表情。目の前の青髪女性を見上げる。


(――このお方が……ノエル殿下……!?)


 真四角野郎も慌てた様子で額を地に付ける。

 土下座の親子。周囲にいた使用人や貴族の視線を集める。そして青髪の女性――ノエルは困惑した様子で親子に頭を上げるよう促す。


「いえ、その、私は別に……お二人とも頭をお上げください」


 ノエルに促されると親子は目の前の姫を見上げる。その土まみれの顔を見た彼女は思わず笑いを漏らした。


「フフッ。お顔が酷いことになってますよ?」


 ノエルはそう言いながらしゃがみ込むと、ハンカチを取り出して頑固親父の顔に付いた土を払い始める。案の定、ルドラが慌てた様子で姫に言う。


「で、殿下! そ、そんな、いけません! 殿下の大切なハンカチが汚れてしまいますぞ!」


「シュリーヴ伯爵、お気になさらずに。汚れたら洗えば良いだけですから――」


 続けて彼女はドランカドの顔の土もハンカチで取り除く。


「ノ、ノエル殿下! わ、私の土まみれ脂ギッシュな顔なんか雑巾で十分ですから……!」


「大丈夫ですよ、シュリーヴ男爵――いえ、この呼び方だとお父様(シュリーヴ伯爵)と被ってしまいますね……ドランカド殿とお呼びしても宜しいですか?」


「あ、はいっ! よ、喜んで!」




 ――落ち着いたところで、ノエルが改めて自己紹介を始める。


「――私がノエル・ジェフ・ロバーツです。ドランカド殿、よろしくお願いしますね」


「こ、こちらこそ! よろしくお願いします!」


 そして彼女はルドラに視線を移す。


「シュリーヴ伯爵。保安局の皆様には護衛の面でいつもお世話になっております。この場をお借りしてお礼を言わせてください」


 ノエルが謝意を伝えると、ルドラは感激した様子を見せる。


「勿体ないお言葉、恐悦至極にございます! 我ら保安局、これからも全身全霊を注いでノエル殿下をお守りいたします!」


「はい。頼りにしております」


 ここでドランカドがノエルに尋ねる。


「――失礼ですが、殿下。我々に何か御用でもございましたか?」


「突然お邪魔してすみません。驚かすつもりは無かったのですが――『スペシャルな使用人』を雇って花壇を造っていると聞いたものですから……つい気になってしまって……」


 彼女は恥ずかしそうに顔を赤く染める。どうやらネビュラから聞かされていた『スペシャルな使用人』の正体を探りに来たようだ。


「まさか『スペシャルな使用人』がお二人とは予想外でしたよ」


「へへっ、お恥ずかしい限りです……」


 まったくだ。『スペシャルな使用人』と呼ばれている親子は、自業自得で一ヶ月間の無償雑用係の刑を受けているに過ぎないのだから。

 そんなとんでも親子にノエルは瞳を輝かせて言う。


「親子共同作業で造った花壇――完成が楽しみですね!」


 その神々しい姿に親子は瞳を奪われた。

 ここでノエルは背後に待機させていた使用人を呼び寄せる。


「お二人とも、昼食はまだ……でしたよね?」


「「こ、これは!?」」


 親子は涎を流しながら使用人が持つトレーを凝視する。そこにはハムやレタス、トマトなどを使用したサンドイッチが載っていた。


「私が有り合わせで作ったサンドイッチです。お口に合うかどうかわかりませんが、宜しければお召し上がりください」


「「ノエル殿下……手作りのサンドイッチ!?」」


 親子は震えた手でサンドイッチに手を伸ばす。


「で、殿下……こんな……こんな私たちの為に……」


「か、感激ッス……」


 シュリーヴ親子は大袈裟に涙と鼻水を流しながらサンドイッチに齧り付く。その様子をノエルは微笑ましく見つめるのであった。


 ――親子が腹ごしらえを終えたのを見計らって、ノエルが服の袖を捲り上げる。


「さて、私もお手伝いさせていただきます!」


「「!!」」


 手伝いを申し出るノエル。言うまでもなく親子が制止する。


「で、殿下! お気持ちは嬉しいのですが、殿下にもしもの事があったら……」


「そ、そうですよ! それに大切なお洋服が土で汚れてしまいます」 


 だが彼女はニコッと口角を上げる。


「ご安心ください。父からは許可を貰っていますので――」


 彼女はそう言うと芝生に両手を翳し始める。その刹那。芝生表面の芝草と地中の土や石が良い具合に混ざり始める――そう。彼女は空想術を使用して芝生を耕し始めたのだ。だが、先程のドランカドのような手荒で豪快な様子はなく、鍬で耕すように、少しずつ、少しずつ、丁寧に掘り起こしていく。真心を込めて。


「――この方法だと少し時間は掛かりますが、鍬で耕すより早いと思いますよ?」


「「おおっ! その手があったか!」」


 シュリーヴ親子は感激した様子で手を叩いた。

 空想術と手作業の好いとこ取り。少し考えれば思い付くことだが、両者一歩も譲らない親子の間ではこの考えに至らなかった。早速ドランカドとルドラは姫に(なら)い、地に両手を翳し始める。


 ――そんなこんなでノエルも加わり親子共同作業が再開。彼女の存在は場の空気を和ましてくれる。その雰囲気に乗じてルドラが息子に声をかけた。


「――徴兵令とカルムの一件、災難だったな……」


 突然の父の言葉。ドランカドは一瞬驚いた表情でルドラを見るも、直ぐに視線を戻し、作業を続けながら言葉を返す。


「ああ、地獄のようだったよ。多くの仲間を失っちまった……」


「そうか……」


 会話が途切れる。沈黙が流れ始めようとした時、ルドラが再び口を開く。


「――母さんが心配してたぞ」


「母さんが……?」


「ああ、お前が無事だと知って泣いて喜んでいた……」


「………………」


 どこか険しい表情で顔を俯かせるドランカド。そんな息子にルドラが一言。


「暇な時に……一度顔でも見せてやれ……」


 ここでノエルの声が二人の耳に届く。


「あの〜! すみません! これはどうしたら宜しいでしょうか?」


「あ、はい! 殿下、只今そちらに――」


 ルドラは鼻の下を伸ばしながら姫の元へと駆け寄っていく。ドランカドはその後姿を静かに見つめるのであった。


 ――気付けば日は傾き始め、夕刻を迎えようとしていた。


「――シュリーヴ伯爵、ドランカド殿。お邪魔してしまい、すみませんでした」


「と、とんでもございません! 殿下のお陰で作業も捗りました」


「そうッスよ! おまけにこんな素晴らしい方法まで教えていただき、感謝感激です!」


「フフフ。そう言っていただけてとても嬉しいです。今日は本当に楽しかった! また時間がある時に手伝いに来てもいいですか?」


「「はい! 喜んで!」」


「ありがとうございます。完成の時が楽しみですね!」


「「はい!」」


「では、ごきげんよう――」


 ノエルは眩しい笑顔をシュリーヴ親子に見せると、その場を後にする。ドランカドとルドラも満面の笑顔を返しながら姫を見送るのであった。


「なんと眩しいお方だ……」


「可憐っすね〜」


 直後、親子はハッとした様子で互いの顔を見合わせた後――


「「フ〜ンだっ!」」


 両者そっぽを向くと、顔を赤く染め上げながら作業を再開させるのであった。



 ――その様子を物陰から見つめる、壮大なアホ毛を持つ緑髪頭の大臣がいた。彼は一人呟き始める。


「――ノエル殿下。申し訳ありませんが、()()()()()()()()()()()()()。残念ながらその花壇の完成はお目に掛かれないことでしょう……」


 そして緑髪頭は不敵に口角を上げる。


「恨むなら、王妃殿下とロルフ王子を恨んでくださいね? クックックッ……」


 ネコソギア・ルッコラは薄ら笑いを漏らしながら、壮大なアホ毛を一回転させた。




 ――同じ頃。

 城内の図書室には――仲睦まじそうに会話する、凛とした印象の黒髪女性と金髪の美少年の姿。二人以外には人は居らず、貸し切り状態――と思われたが、本棚の影から二人の様子を窺う赤髪少女が居た。


「――どうして……どうしてですの? ずっと、貴方の事を想い続けていたのに……」


 赤髪巻き毛の少女は悔しそうに唇を噛んだ。



つづく……

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