第265話 対立!? とんでも親子共同作業(前編)
「城内の芝生に立派な花壇を新設せよ」――これは、城内本部の長が国王ネビュラから受けたお達しである。そしてその重大任務を請け負うのが――
「この鼻垂れ小僧がっ! こっちに土を飛ばすんじゃねえ! 服が汚れるだろうが!」
「うるせえ、頑固ジジイが! 服が汚れるのが嫌で庭弄りができるかってんだい!」
――シュリーヴ親子である。
昨日、城内で壮大な親子喧嘩を繰り広げた親子。建築物の窓ガラスや外壁を破損させるなどし、ネビュラを激怒させる。自宅謹慎となっていたが、今朝ネビュラから直々に正式な処分が言い渡された。その処分内容は――『一ヶ月間城に住み込みで無償奉仕を行うこと』である。
そんな親子の初仕事――それは名誉あるものだった。
「……ノエル殿下の為に新たに花壇を造れ……か――」
ドランカドはそう呟きながら周囲を見渡す。そこには彼を中心に、面積にして約320平方メートルの芝生が広がっていた。今回のミッションはこの芝生全てを花壇に変えることだ。
真四角野郎は途方に暮れた様子で大きく息を漏らす。
「広すぎる……こんな鍬一本じゃ、一ヶ月あっても耕しきれねえよ……」
頭を抱えるドランカドだったが、突然閃いた様子で手を叩く。
「おっ、そうだぜ! 何も馬鹿真面目にこんな鍬で耕す必要なんてないッスよ。ここは空想術を使用して――」
ドランカドが芝生に向かって両手を翳す。
「いざ! 『耕し職人ドラさん』発動!」
刹那。突然、大きな振動が地面を揺らす。と同時に芝生には無数の亀裂。尚も続く振動によって芝生の下にあった土や石が掘り起こされ、代わりに表面の芝草が地中へと潜り込んでいく。
「ガッハッハッハッ! やっぱり俺は天才ッスね! これなら一瞬で耕し終わるぜ!」
その様子を眺めながら真四角野郎が高笑い。腕を組み、自慢げの表情で父親を見る。だが、直後ドランカドの頭に飛んできたのは――頑固親父の拳骨だった。
「馬鹿野郎っ!」
「痛っ! 突然何しやがるんでえ!?」
ドランカドは頭を両手で押さえながら、仁王立ちするルドラを睨む。頑固ジジイは馬鹿息子に拳骨を見せつけながら怒鳴り散らす。
「お前は城を破壊するつもりか!? 周りを見てみろっ!」
「!!」
ルドラは大袈裟に両腕を広げると、真四角野郎の視線を城内に建ち並ぶ建築物へと誘導する。そしてドランカドの視界に映り込んだのは、建築物の窓から不安げな表情でこちらの様子を伺う使用人や貴族たちの姿だった。どうやらドランカドが空想術で発生させた振動は芝生のみならず、城内の建物も揺らしていたようだ。
「皆驚いているではないかっ! これで窓一枚でも割ってみろ? 今度こそ俺たちは島流しだぞ! もう少し考えて行動せいっ!」
「ぐぬぬ……」
頑固親父のド正論。言い返すことができない真四角野郎は悔しそうにして歯を食いしばる。その様子を横目にしながらルドラは再び鍬を持つと、芝生を耕し始める。そして諭すようにして息子に言う。
「――それになぁ、ノエル殿下の為にお造りする花壇だぞ? そんな横着して造った物を殿下が喜ばれると思うか? 時間は掛かるかもしれないが、こうして真心を込めて土を耕すだよ」
「それじゃ一ヶ月以内に終わらねえだろ?」
そう。無償奉仕《雑用》の期間は一ヶ月。ドランカドとしてはその間に何としても花壇を完成させたいところ。だが、頑固親父は真四角野郎にこう言い放った。
「はあ?! 一ヶ月だぁ?! 要するにお前は、無償奉仕期間中に何としても花壇を完成させたいって訳か?」
「ああそうさ! 俺たちには時間がねえんだ。綺麗事を言ってる場合じゃねえんだよ!」
「そんなのはテメェの都合だろうがよ! この花壇を完成させるのに期限は設けられてねえ。だったら、例え一ヶ月、二ヶ月、一年掛かろうとも、引き受けた仕事は最後までやり遂げなくちゃいけねえ。自分の都合の為に手抜きして仕事を早く終わらせようってか!? そんなの俺が許さんぞっ!」
「本当に融通の利かねえ頑固ジジイだな!」
「何をっ!?」
睨み合う親子。一触即発かと思われたが――
「コホン……」
「「!!」」
側方から聞こえてきたのは咳払い。親子が振り返ると、そこに居たのは――こちらに鋭い眼差しを向ける城内本部長「モーダメ・ゲッソリオ公爵」だった。彼の姿を目にした親子は、慌てた様子で互いの肩に腕を回すと満面の笑みを見せる。
「シュリーヴ卿、何をしているのかね?」
「あはっ……あはははは……作業の手順を息子と話し合っていたら、つい熱が入り過ぎてしまいまして……なあ、息子よ!?」
「へあっ!? なっはっはっ……閣下、父の言う通りでございますよ。問題はございません」
作り笑いを見せる親子。モーダメは二人を半目で見つめた後、大きくため息を漏らす。
「なら良いのだが――これ以上、城内で騒ぎは起こすなよ?」
「「ははっ! 肝に銘じます!」」
「頼むよ」
親子の返事を聞いたモーダメは念を押したあと、持ち場へと戻っていった。
――肩を組んでいた親子。城内本部長の姿が見えなくなった途端、お互いの体を突き飛ばすようにして間合いを取る。
「何が『なあ、息子よ!?』だぁ?! 全身に虫唾が走るぜ!」
「それはこちらの台詞だ! お前に『父』など呼ばれる筋合いはない! お前はもう――勘当したのだからな!」
「だったらよ……『息子』だなんて口にするんじゃねえ! この頑固ジジイがっ!」
「黙れっ! この鼻垂れ小僧がっ!」
罵声を浴びせ合う親子。両者しばらく睨み合った後――
「「フン!」」
二人は同時に背中を向けると再び芝生を耕し始めた。
――その様子を物陰からじーっと見つめる青髪女性の姿があった。
つづく……




