第25話 乱闘
飲み始めてから約一時間。完全に出来上がった4人は、上機嫌で酒を酌み交わしていた。好物の海鮮料理も相まってか、ヨネシゲの酒を飲む量とペースが次第に増してゆく。
今はヨネシゲとメアリーの伝説の数々をヒラリーが饒舌に語っていた。
例えば、ヨネシゲがカルムの港に迫りくる海賊艦隊を、拳一つで撃沈させたり、カルムに攻め入ろうとするエドガーの軍勢をメアリーがたった一人で追い返したりと、耳を疑うようなものばかりだった。
確かにここは空想の世界。非現実的な出来事が起きても可笑しくはない。恐らくヒラリーが話している内容は、この世界で実際に起こったことなのだろう。
だとしたら、自分やメアリーはどれだけの超人なのだろうか? ヨネシゲは苦笑いしながらヒラリーの話に耳を傾けていた。
そんなこんなで酒を楽しんでいたヨネシゲ一同であったが、突然聞こえてきた怒号で空気が一変する。
ヨネシゲが怒号の聞こえた方向に目を向けると、3人の大男が、ヨネシゲを出迎えた若い女の店員を取り囲んでいた。
店内は静まり返り、客たちは怯えた様子で、大男と目を合わせないように俯いていた。店長が駆け付けるも、何もできずにあたふたしていた。ヨネシゲたちはそのまま様子を伺う。
大男の一人が再び怒号を上げる。
「おう、姉ちゃん!! 何で俺たちの酒が付き合えないって言うんだよ!!」
そして、この気の強そうな女の店員も、大男たちに負けんじと大声で反論する。
「見ればわかるでしょ!? 私は忙しいのよ! あなた達に付き合ってる暇はないの!」
店員の女はそう言うと、厨房に戻ろうとする。すると大男の一人が彼女の腕を掴む。
「ちょっと待てよ!」
「触らないで!!」
店内に平手打ちの音が響き渡る。
店員の女は、大男の手を思いっ切り引っ叩き、振り払ったのだ。これに大男たちは激昂し、3人がかりで店員の女を店の外へ連れ出そうとする。
「やめて!! 離しなさい!!」
「黙れ小娘!! 俺らを怒らせたこと、後悔させてやるよ!」
店員の女は必死に大男たちの腕を振り解こうとするも、流石に力では敵わない様子だ。店員の女は悔しそうに歯を食いしばる。
すると店長が大男たちに許しを請う。
「すみません! お代は要りませんので、どうかその子を許してあげてください!」
「邪魔だ! 退け!」
「うわっ!!」
店長は大男に突き飛ばされると、店内の柱に激突し、その場に倒れ込む。
「て、店長!!」
苦しそうに蹲る店長の姿を目にして、先程まで強がっていた店員の女も、青ざめた表情で、目に涙を浮かべる。
「お願い! わかったから、もうやめて!」
「ふんっ! 最初からそうしてりゃ良かったものを!」
大男たちは、抵抗を止めた店員の女を連れて、店の外へ出ようとする。居合わせた客たちは何もできずに悔しそうな表情を見せていた。その光景を目にした大男たちは勝ち誇った表情で言葉を吐き捨てる。
「ヘヘっ、根性ねぇ野郎どもだぜ」
万事休すかと思われたその時だった。3人の男女が席を立ち上がる。
「おうおう、待な。兄ちゃんたち!」
「ああ?」
大男たちが振り返ると、声の主が腕を組みながら仁王立ちしていた。
あっ! ヨネシゲだっ!
大男たちは、ヨネシゲの姿を目にすると、動揺した様子を見せる。
「お、お前は! ヨネシゲ! 何故ここに!?」
大男を呼び止めたヨネシゲの背後には、メアリーとドランカドの姿もあった。
「ゲッ!! メアリーまで居るぞ!!」
大男の一人がメアリーの姿を見て後退りする。しかし他の2人の大男は酒の力も相まってか、カルムのヒーローと呼ばれるヨネシゲと勝負を挑もうとしていた。
「カルムのヒーローだか知らねぇが、これ以上お前らにデカい顔はさせねぇよ!」
大男が物凄い気迫でそう言うと、ヨネシゲとの間合いを少しずつ詰めていく。一方のヨネシゲはというと、額から冷や汗を流し、顔を引き攣らせていた。
(こりゃマズイ。勢いで呼び止めたものの、奴らマジで強そうだぞ!!)
ヨネシゲは勢いよく大男たちに立ちはだかったものの、大男たちの気迫に圧倒されていた。しかしメアリーとドランカドはヨネシゲと違い余裕を見せていた。
「姉御とヨネさんに喧嘩を売るとは。奴ら相当酔ってますね」
「そうね。シラフの状態だったら、私たちを前にして、今頃チビッてるはずなのに」
すると突然メアリーがヨネシゲとドランカドに号令を掛ける。
「シゲちゃん! ドラちゃん! 懲らしめてあげなさい! さあ、行きなさい!!」
(ちょっと、姉さん! 待ってくれ!!)
メアリーの号令を合図に、戦いの火蓋が切って落とされた。
大男たちが一斉にヨネシゲたちに飛びかかってきた。瞬く間に間合いを詰める大男たちをヨネシゲは直前で躱す。
(信じられん! あの巨体でなんて速さだ!)
屈強な体つきの大男たちは2メートル近い長身。にも関わらずその動きはとても軽やかであった。ヨネシゲは大男たちの動きに困惑していた。
身の危険を感じた客たちは、店の外に避難したり、店内の端に移動するなどして、乱闘の様子を見守っていた。しかし、一人だけやたらハイテンションな男の姿があった。
「フレ〜! フレ〜! ヨ〜ネ〜さん! さあ、皆さん、ご一緒に!」
その男はヒラリーだった。ヒラリーはこの乱闘騒ぎを楽しんでいる様子だった。ヒラリーの掛け声に、他の酔っ払いも同調し始める。その光景を見たヨネシゲは苛立ちを見せる。
(まったく、あのオヤジ! 他人事だと思いやがって!)
ヨネシゲが横目でヒラリーたちを睨みつけていると、大男の一人がヨネシゲ目掛け、拳を振りかざす。
「よそ見してる場合じゃねぇよ!!」
「!!」
大男の巨大な拳が振り落とされる。ヨネシゲは間一髪の所で避けることができた。ところが、大男の拳が振り落とされたテーブルは木っ端微塵に砕け散り、その光景を見てヨネシゲは絶句する。
(なんだコイツは!? 化け物か!? 人間離れしてやがる)
人間離れした大男の攻撃。ヨネシゲは悟るのであった。自分の勝てる相手ではないと。
(姉さんとドランカドは大丈夫か!?)
ヨネシゲは咄嗟にメアリーとドランカドの姿を探す。あの大男たちの攻撃をまともに食らったら、あの2人もただでは済まない。
初めにヨネシゲの視界に映り込んだのは、大男の一人と対峙するドランカドの姿だった。ドランカドは余裕の笑みを浮かべながら、軽やかに大男の拳を躱していく。
「どうした、おっさん? それが本気なのか?」
「うるせぇ!! ぶっ殺してやる!!」
ドランカドの煽りに大男は冷静さを欠いていく。大男は自棄になったのか、大声を上げながらドランカド目掛けて拳を乱打する。
嫌気がさしたドランカドが攻勢に出る。
ドランカドは大男の一瞬の隙をついて、腹部目掛けて強烈な膝蹴りを食らわした。大男は根絶した表情を見せると、そのまま床に倒れて藻掻いていた。
一方のメアリーは、保護した店員の女を、優しく抱きしめながら頭を撫でていた。そしてメアリーの足元には、白目を剥き、口から泡を吐いて、大の字で倒れる大男の姿があった。
(流石、姉さん! 凄すぎるよ……)
ヨネシゲが感心していると、残った大男が今日一番の怒号を上げる。
「良くもやってくれたな! お前ら全員地獄へ送ってやる!!」
大男はそう叫ぶと、両腕を大きく開き、雄叫びを上げる。
「な、なんだ?」
ヨネシゲが不思議そうに大男の行動を見ていると、メアリーが警告する。
「シゲちゃん! 気を付けなさい! その男、空想術を使うつもりよ!」
「何だって!?」
なんとこの大男は、空想術を使おうとしていたのだ。
大男はまるで体から放電されているかの如く、全身に電気を纏っていた。
「殺してやる! 感電して死にやがれ!」
大男の電気を纏った拳が、ヨネシゲに襲い掛かる。ヨネシゲはギリギリで大男の攻撃を躱す。しかし、その瞬間、ヨネシゲの右腕に激痛が走る。ヨネシゲは大男により感電させられていたのだ。
すると大男はニヤリと笑みを浮かべる。
「電気っていうのは、直接触れなくても感電するもんなんだよ。流れやすい場所へと流れていく」
全身に電気を纏った大男がヨネシゲとの距離をじわりじわりと詰めていく。その様子を見ていたヒラリーと酔っぱらい達から野次が飛ぶ。
「何やってんだヨネさん! いつものようにやっちまえ!」
「それでもカルムの男か!!」
ヨネシゲはヒラリーたちの野次に怒りを覚えながら、大男を撃退する方法を探っていた。
(無闇にコイツに触れれば、感電しちゃうな。間接的に攻撃しなきゃいけない……)
ヨネシゲは後退りしてると、自分の肘でテーブルに置かれたコップを倒してしまう。テーブルに溢れた酒は、床へと滴り落ちていく。
それを見ていたヨネシゲは何かを閃く。
(試してみるか!)
すると突然ヨネシゲは大声を上げながら、大男の背後を指差した。
「あぁぁぁっ!!」
「!?」
大男は咄嗟にヨネシゲの指差す方向に視線を向ける。その一瞬の隙をヨネシゲは見逃さなかった。
ヨネシゲはテーブルに置かれた、酒がなみなみと注がれたコップを、大男目掛けて投げつける。ヨネシゲの攻撃に気付いた大男はコップを腕で弾き返す。その途端、大男は悲痛な悲鳴を上げながらその場に倒れ込む。
大男が体に纏っていた電気は消えた。代わりに大男の体には、ヨネシゲが投げつけた、コップの酒が纏わりついていた。
大男は苦しそうな表情でヨネシゲを見上げる。
「お前、一体……何をした……!?」
大男の問にヨネシゲが答える。
「お前さっき、電気は流れやすい場所に流れるといっただろ? それで思い出したんだ。昔濡れた手で電気を扱った際に、感電してしまったことを」
ヨネシゲは子供の頃、濡れた手でコンセントを差し込んだことがある。その際、手に付いた水分を伝って電気が流れ、感電してしまった過去がある。
電気は流れやすい場所へ流れていく。そして水分は電気を通しやすい。ヨネシゲはそこからヒントを得た。そしてヨネシゲは更に続ける。
「お前の体についた酒に電気が伝って感電してしまった。つまりお前は、自分の発生させた電気で感電しちまったんだよ!」
ヨネシゲは大男に、指差しながら事実を伝えると、大男はとても悔しそうな表情を浮かべた。その瞬間、ヒラリーや居合わせた客から割れんばかりの歓声が沸き起こる。
するとメアリーが感電した大男の側までやって来る。そして呆れた表情で、大男に実力の無さを指摘する。
「自分が発生させた電気で感電するとは情けないね。訓練が足りないわ。身の程を知りなさい」
大男は悔しそうな表情でメアリーを睨みつけたあと、顔を床に埋めた。
その後、客の通報により駆け付けた保安官たちに大男たちは連行されていった。
ヨネシゲは近くの椅子に腰掛けると、先程感電した右腕を左手で押さえる。
「クソっ。まだ右腕が痺れてるぜ」
そのヨネシゲの周りにメアリーたちが集まってくると、最初にドランカドが口を開く。
「ヨネさん、らしくないじゃないですか……」
そして、ヒラリーが続く
「そうだよ、ヨネさん。いつもだったらあんな連中、一撃で倒してるじゃないか。手加減し過ぎだよ」
2人の言葉に、ヨネシゲは俯きながら口を閉ざす。するとメアリーがヨネシゲを庇う。
「あなたたち。シゲちゃんはまだ本調子じゃないの。医者から無理するなって言われてるし。それに、一週間もベッドの上で眠っていたんだから、身体が鈍ってて当然でしょ?」
するとヒラリーは、納得しない様子で、メアリーに反論しようとする。
「それにしたって、散々だよ! ヨネさんはカルムのヒーローだよ? こんなんじゃ……」
「黙らっしゃいっ!! 文句あるのっ!?」
「い、いえ。ありません!」
メアリーが鬼の形相で一喝すると、ヒラリーは漸く大人しくなった。
「姉さん……」
ヨネシゲは自分のことを庇ってくれた姉を見上げる。メアリーはヨネシゲと目が合うと、ゆっくりと頷いた。
そこへ、あの気の強そうな若い女の店員がヨネシゲの側までやって来る。
「ヨネさん、腕、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫さ。気にしなくて……」
ヨネシゲが店員の女に目を向ける。すると彼女は目に涙を含ませながら、心配そうな表情でヨネシゲを見つめていた。
ヨネシゲは思わず言葉を漏らす。
「か、可愛い……」
この店員の女の名前は「クレア」
茶髪のミドルヘアに、赤い瞳。19歳になるこの少女は、海鮮居酒屋カルム屋の看板娘であった。
つづく……
最後までご覧いただき、ありがとうございます。
次話の投稿は、明日の13時頃を予定しております。




