第261話 呼び出し謁見(後編)
「――その変身はどういう仕組みになっているんだ!? 空想術の延長線上か!?――」
「――どんな技が使えるんだ!?――」
「――お前たちの正体を知る者は他に居るのか!?――」
「――俺でも変身できるか!?――」
カエデとジョーソンが変身を終えるとネビュラは王都のヒーローについて根掘り葉掘り聞き出していた。どうやら前々から気になっていた模様だ。その様子をヨネシゲが苦笑を浮かべながら見つめる。
(陛下の野郎、カエデちゃんたちに興味津々じゃねえか……)
やがて国王は質問タイムを終えると、シオンに視線を移す。
「さて、そろそろ話題を変えよう――シオンよ」
「はっ、ははっ!」
シオンはネビュラから名前を呼ばれると咄嗟に頭を下げて次の言葉を待つ。一方の国王はニヤリと笑みを見せると顔を上げるよう彼女に促す。
「クックックッ、顔をあげてくれ。そう畏まる必要もないだろう。これから我がファミリーに加わるのだからな」
「ファッ!? ファミリーですかっ!?」
「こ、これ! シオン、落ち着くのじゃ!」
ネビュラの言葉を聞いたシオンは絶叫。顔を赤く染め上げながら興奮気味に鼻息を荒げる。その隣に居た父マロウータンが娘に落ち着くよう注意。クボウ令嬢の反応を見た国王は高笑い。
「フッハッハッハッ! 面白い娘だな。結構、結構。そのくらいの元気がないと、この根暗な我が息子を引っ張ってはいけぬぞ」
「父上……」
父の言葉を聞いたヒュバートが恥ずかしそうに顔を俯かせる。そんな息子を横目にしながらネビュラが口を開く。
「シオン。既に父から聞いていると思うが――お前を我が息子ヒュバートの妻にしたい!」
その言葉を耳にした令嬢と第三王子は身体をビクッと跳ね上がらせた後、赤面。そして国王が語る。
「一昨晩、王都襲撃事件が起きた際、お前とヒュバートが寄り添っている姿を目にしてな。あの内気なヒュバートが人前で女を抱き寄せていたので心底驚いたぞ。その姿を見て思ったよ。息子に嫁がせるのはこの娘にしようと――」
ネビュラがシオンに問う。
「ヒュバートとの婚姻、受け入れてくれるか?」
「はい、喜んで!」
即答。
シオンの力強い声が謁見の間に轟いた。続いて国王が彼女にあることを訊く。
「クックックッ。まあ、正式な返事は後日聞くとしよう。その前に――まだお互いの事をよく知れていないだろう?」
「え、ええ……」
そう。何を隠そうシオンとヒュバートが出会ったのは一昨日のこと。そして共に過ごした時間は僅か数時間だ。故にお互いの内面の隅々まで理解できている訳ではない。そこでネビュラが彼女に粋な提案をする。
「そこでだ。お前にはしばらくの間、この城に通い詰めてもらい、我が息子と交流を深めてほしいのだ」
「「え?」」
思い掛けない提案にシオンは瞳を見開き、ヒュバートも父の顔を見る。
「間もなくヒュバートは、近日中に発足される王都特別警備隊の司令官を務めることになっている。父親として、息子にはこの仕事を成功させてもらいたい。その為には周りの助けが必要不可欠――シオンよ。まずはヒュバートの秘書として息子を支えてやってくれないか?」
「わ、私がヒュバート王子の秘書!?」
「ああ。仕事を通してお互いをよく知ることだ。そして信頼を築き上げろ。上辺だけの関係で婚姻すると俺のように後悔することになるぞ?」
ネビュラは自嘲しながらシオンに伝え終えると、続いてその父であるマロウータンに理解を求める。
「マロウータンよ。そういうことだが――宜しいか?」
白塗り顔は力強く頷く。
「はい、異論はございません。我が娘とヒュバート王子の幸せに繋がるのであれば、このマロウータン・クボウ、全力で後押しさせていただきます!」
「クックックッ。頼りにしておるぞ」
そしてマロウータンは娘の肩に手を添えるとエールを送る。
「そなたは儂自慢の娘じゃ。きっと王子のお役に立てることじゃろう。しっかりやるのじゃぞ」
「はい!」
シオンは力強く応えた。
一方のネビュラも息子に声を掛ける。
「良い娘ではないか――ヒュバートよ。シオン嬢を手放すではないぞ?」
「はい」
「ククッ。では早速、シオン嬢に城内を案内して差し上げろ。若い者同士、積もる話もあるだろう」
父に促されたヒュバートがシオンの元に歩み寄る。
「シオン嬢、城の中を案内するよ」
「お願いします」
シオンはうっとりとした表情を見せると、ヒュバートと共に謁見の間を後にした。
(初々しいな。お二人ともお似合いだぜ)
ヨネシゲたちは微笑ましい表情で二人の後ろ姿を見つめる。ネビュラもその内の一人だったが――息子たちの姿が見えなくなった途端、不機嫌そうに顔を歪める。その眼差しは真四角野郎に向けられていた。
国王がドスの効いた声で――
「ドランカド・シュリーヴ……」
「へ、へい……」
ネビュラに名を呼ばれたドランカドは改まった様子で頭を下げる。その彼に国王が言葉を続ける。
「昨日は、親子揃ってとんでもない事をしてくれたな?」
「申し訳ありません……深く反省しております……」
「本来であれば王都から追放――いや、島流しにしてたところだ。だが、お前の主君のたっての願いでな。その意を汲んでやることにした。このまま王都に留めてやる。ありがたいと思え」
「え?」
ドランカドは驚いた様子で顔を上げる。正直、王都追放は避けられないと思っていたが、その結末は回避できたようだ。そして真四角野郎は白塗り顔を横目で見る。
(マロウータン様……俺の知らないところで陛下に掛け合ってくれていたとは……面目ねえ……)
申し訳無さそうに顔を俯かせるドランカドに、ネビュラが処分内容を伝える。
「ドランカド・シュリーヴ。今回は一ヶ月間の無償奉仕で勘弁してやる」
「無償奉仕ですか?」
「そうだ。今日から一ヶ月間、この城に住み込みで城内の雑務を父ルドラと共に行ってもらう」
「お、親父とですかっ?!」
縁を切った父親と一緒に無償奉仕。ドランカドが絶叫すると、ネビュラが眉を顰める。
「文句でもあるのか?」
「い、いえ、ございません……」
「お前たち親子のスケジュールは城内本部長に委ねてある。詳細は奴から直接確認しろ」
「承知しました」
「以上だ。親子でしっかりと反省するんだな」
「寛大なご処置痛み入ります」
ドランカドが深々と頭を下げると、ネビュラはゆっくりと頷いた。
「では、陛下。我々はこれにて――」
これにて一件落着。ヨネシゲたちは国王への謁見を無事に終える。その去り際、ネビュラが角刈り頭を呼び止める。
「ヨネシゲ・クラフト」
「あ、はい。何でしょうか?」
ヨネシゲが振り返ると、玉座から立ち上がりこちらに歩みを進めてくるネビュラの姿が目に入った。ヨネシゲは向き直り国王の到着を待つ。やがて国王は角刈りの前に到着すると、どこか照れくさそうな表情で言葉を口にする。
「改めてになるが、昨晩の活躍は素晴らしかったぞ。特にお前の動きは目を見張るものがあった」
「勿体ないお言葉です」
「俺は――お前を誤解していたようだ……」
ネビュラの言葉を聞いたヨネシゲが苦笑を見せる。
「ナッハッハッ。私のことをわかっていただけたようで安心しました」
ここで角刈りがある事を尋ねる。
「失礼ですが陛下」
「なんだ?」
「その……初日お会いした時と比べて随分とお変わりになったようですが……何か心境の変化でもあったのですか?」
その質問を隣で聞いていたマロウータンが冷や汗を流す。
(これ! ヨネシゲ! 失礼なことを聞くではない!)
だが、ネビュラは機嫌を損ねることなく、ヨネシゲの質問に答える。
「きっかけは――色々とあった。昨晩、弟のメテオに説教をされてな。忘れかけていた事を思い出した。それに改革戦士団の襲撃を目の当たりにして思ったよ――このままではいけないとな」
「陛下……」
「幸いにも俺にはメテオやスタン、ウィンターなど味方してくれる者が多くいる。弟や臣下たちの思いに応えるためにも、俺は変わらなくてはならん」
そしてネビュラはヨネシゲの瞳を真っ直ぐと見つめる。
「お前には酷い仕打ちをしてしまった。だから俺を慕えとは言わない。だがお前には、俺を支える臣下たちの手助けをしてほしいと思っている。都合が良いことを言っているかもしれんが――力を貸してほしい」
ネビュラの思いを聞き終えた角刈りは微笑を浮かべながら言葉を返す。
「勿論です。私はこのトロイメライの男爵。陛下が正しい道を歩むと言うならば、全力でお支えします!」
「クックックッ。その言葉を聞いて安心した」
ネビュラはニヤッと笑みを見せると、角刈り頭に右手を差し出す。
「頼りにしておるぞ」
「ありがとうございます」
ヨネシゲは差し出された国王の右手を力強く握った。
――謁見の間を後にしたヨネシゲ一行はドリム城の廊下を移動。マロウータンは扇を広げると満足げな表情で一同を褒め称える。
「皆、よくやってくれたぞよ。お陰で陛下もご満悦の様子じゃった」
「へへっ。胡麻を擂ったつもりはなかったんですがね」
「ウッホッハッハッハッ! 結果オーライじゃ」
決して媚を売った訳ではない。だが自分を偽ることなく真摯に向き合うヨネシゲたちの姿勢は、只今絶賛改心中のネビュラの心に響いたようだ。
やがてヨネシゲたちは北側の城門前に到着。ジョーソンが白塗り顔に伝える。
「――それじゃ旦那様。俺はソフィア様とカエデを連れて一足先に帰りますよ」
「ご苦労じゃった。気を付けて帰るのじゃぞ」
ヨネシゲは愛妻に労いの言葉を送る。
「ソフィア、ありがとな。君のお陰で謁見は大成功だった」
「ウフフ。大袈裟だよ」
「まあでも本当に良かったよ。お疲れだったな。帰ったらゆっくり休んでくれ」
「うん、ありがとう。美味しいお夕食作って待ってるわね!」
「そいつは楽しみだ――」
ソフィア、カエデ、ジョーソンの見送りを終えると、ドランカドも移動を始めようとする。
「そんじゃマロウータン様。俺は早速ゲッソリオ閣下に顔を出してきます」
「うむ。閣下にも色々と迷惑を掛けておる。しっかりと頭を下げるのじゃぞ?」
「へ、へい……ご迷惑をお掛けします。それとマロウータン様」
「なんじゃ?」
突然改まった様子のドランカド。マロウータンが首を傾げる。
「その……俺なんかの為に陛下と掛け合ってくれて――」
「礼は無用。そんなことを言っている暇があったら、早く閣下に挨拶してくるのじゃ」
「はい!」
突き返すように言う白塗り顔だったが、その優しい眼差しは真四角野郎への期待が込められていた。その気持ちに応えるようにしてドランカドは力強く返事した。
――その後、ヨネシゲとマロウータンは城内に居る各大臣や官僚たちに昨晩の事件を報告。時刻は正午を迎えた為、主従は城内の食堂で昼食を取る。そして再び大臣たちへの報告を再開させようと城内の廊下を移動していた時のことである。前方から金色短髪の青年が歩いてくるのが見えた。その姿を見たヨネシゲが口角を上げる。
「あっ! ノアさん!」
「おお! これはヨネシゲ殿!」
二人は速歩きで間合いを詰めるとお互いの無事を喜ぶ。
「ノアさん、無事で良かった! もう大丈夫なんですね?」
「はい、ご心配をお掛けしました! ヨネシゲ殿も無事のようで安心しましたよ!」
「危うい場面もありましたが、この通り生き延びることができました! これもノアさんが桃色髪の姉ちゃんを食い止めてくれたお陰ですよ!」
「とんでもない! あんな結果で終わってしまって恥ずかしい限りです。寧ろ、あの時ヨネシゲ殿たちが駆け付けてくれなかったら、俺は今ここにいませんよ」
互いの活躍を称える二人。その様子をマロウータンが微笑ましく見つめていた。
程なくするとノアがヨネシゲに予定を尋ねる。
「ヨネシゲ殿。このあとのご予定は?」
「はい。午前に続いてこれからマロウータン様と一緒に、大臣様たちに昨晩の事件の報告を行います」
「そうですか……実は俺、これから旦那様と一緒に改革戦士団戦闘長『グレース』の取り調べに向かうところだったんですよ」
「グレース先生の!?」
「ええ。それで、もし良かったらヨネシゲ殿にも同席してもらおうかと思ったのですが……」
ヨネシゲは瞳を見開く。
その後グレースがどうなったか気になるところ。そして何より彼女と腹を割って話したい。角刈りが主君に視線を向ける。
「行って参れ」
「いいんですか?」
「構わん。報告は儂一人で十分じゃ。それに午前と同じ内容を繰り返し説明するだけじゃからのう。正直見てて退屈じゃろ?」
「ええ、まあ……」
「なら、その女戦闘長の取り調べに同席させてもらえ。そなたはあの女子に思い入れがあるようじゃからのう」
「ありがとうございます!」
マロウータンから許可を得たヨネシゲは、ノアと共に取調室へと向かった。
つづく……




