第259話 呼び出し謁見(前編)
『ゲッソリオ体操・第一っ!』
それは突然始まった。
庭園に流れ始めるメロディ。お立ち台のゲッソリオ親子は右手を高らかに上げながら決めポーズを見せると、メロディのリズムに合わせ身体を小刻みに揺らし始める。やがてメロディが次第に騒がしくなると、オペラ歌手のような歌声がどこからともなく聞こえてきた。
『頑張り屋〜、頑張り屋〜、もうダメもうダメ、ゲッソリオ♪』
「「はい☆」」
親子の軽やかなステップ――
『も〜ダメ、も〜ダメ、頑張れ頑張れ、ゲッソリオ♪』
「「はい☆」」
機敏に回る腕と脚、しなやかに動く背筋と腰――
リズムに合わせて、お立ち台の上で一糸乱れぬ謎体操を披露するゲッソリ親子。その下では兵士や使用人たちがバラバラの動きで手足を動かしている――異様な光景だ。
ヨネシゲたちが呆気に取られて立ち尽くしていると、事情を知るマロウータンが説明を始める。
「ウホホ。驚いたじゃろ? これがドリム城名物『ゲッソリオ体操』じゃよ」
「ゲッソリオ体操?」
「左様。多忙で不規則な生活を送るゲッソリオ閣下が、数年前から健康を維持するために行っている朝の日課じゃよ。儂も初めて見たときは驚いたぞよ」
角刈りが主君に疑問を投げ掛ける。
「あれじゃ却って疲労が蓄積されませんか?」
「儂もそう思うぞよ」
白塗り顔も肯定。するとドランカドが苦笑しながら訊く。
「それにしても、兵士や使用人たちの様子を見ていると、嫌々やらされてる感が満載っすね」
「無理もない。公爵にして城内で王族に次いで権限を持つ城内本部長の命令ともなれば――嫌でも断れんじゃろ?」
「確かにそうッスね……」
再び角刈りが尋ねる。
「ですけど、あんな嫌々動いてたらゲッソリオ閣下からお叱りを受けるのでは?」
「大丈夫じゃ。閣下はそこまで咎めたりはしない。この体操は――参加することに意味があるのじゃ」
何故かキメ顔でそう返答するマロウータン。ヨネシゲは半目で主君を見つめた後、再度お立ち台の親子に視線を移す。
「「24時間、頑張れますかっ?!」」
『頑張るぞー』
親子が絶叫しながら問い掛けると、臣下たちは覇気の無い返事で答えた。
「そろそろ行くぞよ、陛下が待っておられるからのう」
「あ、はい」
ヨネシゲたちは、お立ち台のゲッソリオ親子を横目にしながら謁見の間へと向かった。
――謁見の間。
赤い絨毯の上で膝を折るヨネシゲ一行の先には、玉座に腰掛けるトロイメライ王ネビュラの姿が。その隣には王弟メテオ、第三王子ヒュバート、宰相スタンが控えていた。
一行の先頭で膝を折るマロウータンが、国王に挨拶の言葉を述べる。
「――陛下。お目通り叶い、恐悦至極にございまする……」
ネビュラはニヤリと口角を上げる。
「なあに。呼び寄せたのは俺の方だ。そう固くなる必要はない」
「お気遣い痛み入りまする」
そしてネビュラは改まった様子で、一人一人の名を口にしながら謝意を伝える。
「『マロウータン・クボウ』、『空想少女カエデちゃん』、『鉄腕ジョーソン』、そして『ヨネシゲ・クラフト』よ。昨晩のお前たちの活躍、この目でしっかりと見届けさせてもらった。大儀であったぞ! これからも王都の治安維持に励んでくれ!」
「勿体ないお言葉でございます!」
マロウータンは恐縮した様子で言葉を返しながら深々と頭を下げると、ヨネシゲたちも主君に倣い最敬礼。その様子を見たネビュラは満足そうに口角を上げた。
暴君と呼ばれていた男の変わり様にヨネシゲは動揺しつつも、平常心を保った眼差しでネビュラを見上げる。
(初日のあれは何だったんだ? まるで別人じゃねえか……)
王都到着初日、ヨネシゲはネビュラから酷い仕打ちを受けた。それは誰が見ても王としてあるまじき行為だ。しかし一変。昨晩の勇敢なる行動とこの振る舞いである。
(どんな心境の変化があったか知らねぇが、まだ油断はできん。だけど、貴方が変わろうとしてるなら――応援してやってもいいぜ)
仮にもこの国のトップに対して上から目線だが、改心が垣間見える王の振る舞いに、角刈りは期待を寄せるのであった。
挨拶はそこそこにネビュラは早速、一人の女性の元へ歩みを進める。
「おお! 勝利の女神よ! ソフィアと言ったな? お前の活躍で被害を最小限に抑えることができた。礼を言うぞ」
「も、勿体ないお言葉でございます!」
ソフィアは緊張した様子で深々とお辞儀。間髪入れず国王が訊く。
「女神の如く夜空に映し出されたあの姿――あれはお前の空想術か?」
その問いにソフィアは首を横に振る。
「いえ。あの現象は、マロウータン様の奥方様――コウメ様の技術をお借りして――」
「何? コウメだと?」
「あ、あの……何か……?」
「コウメ」と聞いた途端、ネビュラは眉を顰める。そんな王をソフィアは不安げな表情で見上げた。一方のヨネシゲは顔を強張らせながら、いつでも愛妻を守れるように身構える。そしてマロウータンは気不味そうに顔を俯かせた。
ネビュラが不愉快そうに顔を歪める理由。実は過去に彼自身が直営していた大繁盛のカジノを彼女の不手際によって爆破されてしまった過去がある。詳細は割愛するが、結果として凶悪犯を一網打尽にすることができた為、この件に関してコウメは不問となった。
ネビュラは忌まわしい記憶を押し殺しながらソフィアに説明を続けさせる。
「何でもない、気にするな。説明を続けてくれ」
「は、はい! それでそのコウメ様の最先端の技術が――」
ソフィアは夜空に映し出された自身の映像のカラクリについて説明を続ける。愛妻の説明にヨネシゲも興味深そうに耳を傾けた。
そもそも生配信の技術は、謎の珍獣イエローラビット閣下が見た映像を「想素」に変換してもらい、それを放出――視聴者の手元にある特殊な水晶玉に届けることにより具現化される仕組みだ。空想術の応用編である。
そして昨晩、ソフィアの映像が現場の夜空に映し出された仕組み――それは単純だ。
コウメが所持する「イエローラビット閣下専用コントローラー」を使用してインとアウトを切り替えたに過ぎない。つまり、特殊な水晶玉に映り込んだソフィアの映像を想素に変換し放出。その想素を受け取ったイエローラビット閣下が再び映像に変換して夜空に映し出したと言うわけだ。尚、この「逆噴射行為」はイエローラビット閣下にとって大きな負担となる為、あまり推奨できない行為だ。
「――なるほど。確かにあの場には、黄色い不気味な珍獣が居たな……」
ソフィアの説明を聞き終えたネビュラは、顎に手を添えながら昨晩の記憶を辿っていた。
――その時である。
黄色い謎の物体が砲弾の如くネビュラに迫ってきた。
つづく……




