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ヨネシゲ夢想 〜君が描いた空想の果てで〜  作者: 豊田楽太郎
第五部 トロイメライの翳り(王都編)
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第257話 朝刊

「ウホッ! ホヨッ! ウホッ! アリャッ!」


「?」


 ヨネシゲはどこからともなく聞こえてくる主君の雄叫びで目を覚ます。

 角刈りが目を開くと眩しい日差しが部屋全体を照らしていた。どうやら既に日が昇っているようだ。


「……ソフィア?」


 ヨネシゲが隣に目をやるとそこに愛妻の姿は無かった。


「相変わらず早いなぁ……もう起きているのか……」


 ヨネシゲは眠い目を擦りながらベッドから起き上がる。

 角刈りが就寝したのは明け方前。二、三時間程の睡眠しか取れてない。故に――


「眠い、眠すぎる……頭が回らねえ……」


 ヨネシゲは己を奮い立たせると、重たい体を起こしベッドから下りる。


「畜生……かったるいぜ……」


 角刈り頭はそう独り言を呟きながら窓際へ歩みを進める。

 彼が今居る部屋は屋敷の二階にある。窓から下を見下ろすと、噴水付きの大きな庭が広がっていた。流石、公爵に匹敵する爵位「南都伯」の屋敷であると再認識させられる。


「あれは……」


 その広大な庭の一角、屋敷の主が上半身裸で扇を振り回していた。


「マロウータン様。朝から気合い入ってるな……」


 例えるならそれは竹刀やバッドの素振りだろうか。

 マロウータンが戦闘の際に武器として使用するのは扇。それを空想術で巨大化、鋼鉄化して敵を張り倒すのだ。その武器である扇の素振りはマロウータンが毎朝行っている日課。彼の強さの源はこの基礎練習にあるのかもしれない。


「――流石マロウータン様だ。俺も見習わなければならんな……」


 マロウータンも大して睡眠が取れていない筈。にも拘らず早朝から素振りを行う主君の姿にヨネシゲは尊敬の眼差しを向けるのであった。




 ヨネシゲがリビングに向かうと、カエデやクラークたちが慌ただしく朝食の準備に追われていた。恐らく彼ら彼女らも起床してから間もないのだろう。

 キョロキョロと辺りを見渡していると、そこへソフィアが姿を現す。


「あなた、おはよう」


「おお、ソフィア。おはよう! みんな早いなぁ。もしかして俺が最後か?」


「いえ、ドランカドくんとジョーソンさんがまだ起きてきてないよ」


「へへっ、そうか。あの二人も昨日は大活躍――いや、ドランカドは屋敷に居ただけだよな? まったくあの野郎は怠けやがって」


「ウフフ。許してあげて。あの子も昨晩はずっとあなた達の活躍を見守っててくれたんだから」


「まあ、そうだな……」


 ヨネシゲとソフィアが他愛もない会話をしていると、クラークが新聞を持って彼らの元に歩み寄ってきた。そして老年執事はにっこりと微笑みながら角刈りに挨拶する。


「ヨネシゲ殿。おはようございます」


「あ、クラークさん。おはようございます。朝早くからお疲れ様です」


「お気遣い痛み入ります……」


 そしてクラークがヨネシゲに新聞を手渡す。


「ヨネシゲ殿、今朝の新聞でございます。宜しければご覧くださいませ」


「ありがとうございます。早速読ませていただきます」


 クラークはヨネシゲに朝刊を手渡すと朝食の準備に戻っていった。


「それじゃ、あなた。ゆっくりしててね」


「ああ。すまんな」


 ソフィアもクラークの後を追うようにしてキッチンへと姿を消した。


「どれどれ……」


 ヨネシゲは早速新聞を開く。その朝刊のトップを飾っていたのは言うまでもなく昨晩の一件だった。


『陛下と空想少女、夢のタッグで改革戦士団を撃退! アルファ女神も降臨!? 陛下たちの勝利を祝福か!?』――そんな見出しの新聞記事にヨネシゲは苦笑を浮かべながら視線を落とす。が、載っていない。自分の活躍が載っていない!?


(何だよ!? 俺の活躍がどこにも書かれてねえじゃねえか……!)


 ヨネシゲは自身の活躍が載っていないか、トップ記事を隈無く見渡す。自分で言うのもなんだが、恐らくあの場で一番活躍していたのは「俺」だと自負している。なのにその活躍がトップ記事に書かれていないとはどういうことだ? 角刈りはご立腹気味に新聞を捲ると、そのページの隅っこに自分の事が書かれた記事を発見した。


「なになに……『新人の角刈り男爵、拳を振り回し陛下たちをナイスフォロー。そして南都で散った白塗り顔の貴族、亡霊となって参戦か!?』……たったこれだけか?」


 ヨネシゲは新聞を畳むと大きく息を漏らす。


「はぁ〜、もっと称えてくれたっていいじゃんか。ちょっと期待してただけにがっかりだぜ……」


 期待外れの新聞記事に落胆するヨネシゲ。だが、それ以上に気になったのは、マロウータンがまだ「死者扱い」されていることだった。無理もない。マロウータンの生存を王室側に報告したのは一昨日のこと。王都民にその情報はまだ行き渡っていないようだ。


「――にしても、『南都で散った白塗り顔の貴族、亡霊となって参戦か!?』はなかなかの無礼者だぞ。マロウータン様が見たら怒るに違いない……」

 

 ヨネシゲは苦笑を浮かべながら、朝刊を目立たない場所に隠した。



 ――同じ頃、王妃の私邸。

 そのリビングのソファーに腰掛け朝刊を読むのは、ツルツル頭と入道雲の如く立派な髭を生やした老年男――タイガー・リゲルだ。

 彼は朝刊を読み終えるとニヤリと愉快そうに口角を上げる。


「ほほう。どういう風の吹き回しじゃ? あのネビュラが改革戦士団の襲撃現場に自ら赴くとは……」


 隣に控えていた息子のレオが父の呟きに応える。


「聞くところによるとウィンターの説得に応じて重い腰を上げたそうですよ」


「ウィンターが? あの小僧、何を考えておる……」


 タイガーは新聞を向かい側のローテーブルの上に置くと、ソファーから立ち上がる。


「いずれにせよ、ネビュラに対する世間の評価が上がったのは間違い無しじゃ。じゃが、これはこれで面白くなりそうじゃのう。そう思わぬか? レナよ」


 タイガーは、向かいのソファーに腰掛けていた愛娘にして王妃であるレナに問い掛ける。彼女は表情を一つも変えないまま父親に返答する。


「いえ。正直、面白くない話です」


 娘の答えに虎は高笑い。


「アッハッハッ! じゃろうな。ネビュラが臣下や民から信頼を得るようになれば、そなたが行おうとしている作戦に影響が出るからのう」


「父上、笑い事ではありません。陛下の評判が良くなってしまっては、今回の作戦が水の泡。この状況を何とかしなければ――」


「レナよ」


「何でしょう?」


 タイガーは娘の言葉を遮る。透かさずレナが父に尋ねる。するとタイガーから返ってきたのは意外な答えだった。


「少し様子を見てみたらどうじゃ?」


「え?」


「ネビュラがどういう考えで今回の行動を取ったかまでは知らぬが、もし仮にあの男が心を改めようとしているならば――見守ってやってはどうじゃろうか?」


「父上……何を仰るのですか……」


 ネビュラを見守る――そのような選択肢は彼女に無い。

 散々暴政を敷いてきた夫にこれ以上期待することなど何一つもない。それにこの男を玉座から引きずり下ろすために巧妙な策を練ってきた。今更引き返すことなどできない。

 黙り込むレナにタイガーが言う。


「これ以上、そなたらのする事に口出しするつもりはない。じゃが一つだけ言わせてもらうと、無理に動乱を引き起こすようなことは避けるべきじゃ。下手をすればトロイメライを破滅へと導く結果になるじゃろう」


「……そのような失敗は、絶対にいたしません……」


「そうか。じゃがな……ネビュラを真っ当な道に戻すのも一つの選択肢じゃぞ? ロルフ王子ともう一度よく話し合ってみるがよい……」


 タイガーはそう言い残すとレオと共にリビングを後にした。

 一人リビングに残ったレナ。彼女は一人呟く。


「――これは、ゆっくりとしてられませんね。早いところ陛下を玉座から引きずり下ろさねば、悪者は私たちになってしまいます」


 レナはソファーから立ち上がる。


「作戦を前倒ししましょう。早速、ゲネシスとイタプレスに文を送らなければなりませんね……」


 王妃は独り言を終えると書斎へと向かった。



つづく……

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