第256話 未明の帰宅(後編)
帰宅後、勇敢に戦ったヒーローたちに軽食が振る舞われる。それに加えヨネシゲたち野郎共には酒を少々、未成年のカエデにはホットココアが軽食のお供として出された。
明け方間近の未明にも拘らず、リビングから漏れ出す賑やかな声。一同、ヒーローたちの活躍を称えながら会話に花を咲かせているようだ。
本当ならこのまま語り合って夜を明かしたいところだが、朝になれば仕事が控えている。いい加減睡眠を取らないと身体に堪えることだろう。マロウータンがその場を締めるため甲高い声をリビングに轟かせた。
「皆、宴もたけなわじゃがそろそろ寝るぞよ。明日の――いや、今日も朝早くから城に向かわねばならぬ。此度の襲撃事件の報告を各大臣に報告せねばならんからのう――」
マロウータンの言葉を聞き終えたヨネシゲは大きな欠伸をする。
「ふわ〜! いい感じで酒が効いてきたぜ。今からだとせいぜい二、三時間くらいしか寝れないが、いい加減布団に入らねえとな」
ヨネシゲの言葉に愛妻が相槌。
「そうね、もう寝ましょう。じゃないと今日一日うたた寝することになっちゃうからね」
「ははっ、違いねえ。まあ、ソフィアは俺たちが出掛けたあと少し休ませてもらえ」
「そうはいかないわよ。私も色々と奥様のお手伝いをしないと」
「ソフィアは真面目だな」
「ウフフ、あなたと違ってね」
「ありゃ!? こりゃ手厳しい」
「ほら、もう寝るよ」
ヨネシゲはソフィアと共に席を立ち上がる。するとマロウータンが何かを思い出したかのように、ソフィアを呼び止める。
「ほよ!? そうじゃった、忘れておったわい!――ソフィア殿!」
「あ、はい! マロウータン様、なんでしょうか?」
足を止め向き直ったソフィアに白塗り顔が要件を伝える。
「ソフィア殿。今日は儂やヨネシゲと一緒に城まで付いてきてもらうぞよ」
「私がお城に?」
「左様。実はのう、陛下がソフィア殿に会いたいと仰られておるのじゃ」
「へ、陛下が私に!?」
驚くソフィアにマロウータンがその詳細を語る。
突如、夜空に映し出されたソフィアの映像。それはその場に居合わせていた国王ネビュラも当然目撃していた。場の空気を変えた女神様のような輝かしい女性にネビュラも感銘を受けたそうだ。更にその女性がヨネシゲの愛妻だと理解した彼は、その主君に当たるマロウータンにソフィアを参上させるよう命じた次第だ。
「――そういうことでしたか……」
「すまぬが、陛下に会ってくれんかのう」
マロウータンの頼みにソフィアは笑顔で応える。
「はい、喜んで!」
「流石ソフィア殿じゃ! 頼むぞよ!」
マロウータンの話もこれで終わり――と思いきや、白塗り顔は続けてシオンとドランカド、カエデ、ジョーソンに視線を移す。
「シオン、ドランカド、カエデにジョーソン。そなたらも儂らと一緒に来てもらうぞよ」
当然ながら令嬢と真四角野郎は驚いた表情を見せる。特にドランカドは細い目をこれでもかという具合にカッ開き驚愕。己の顔を指差しながら主君に尋ねる。
「マ、マ、マロウータン様! 俺もっすか!?」
「何じゃ? 不満か?」
「い、いえ! だって、仮にも俺は自宅謹慎の身ですよ? 家の外に出るのはまずいのでは?」
「問題ない。これは陛下直々の命令じゃ。『ドランカド・シュリーヴ男爵に話がある。ドリム城に参上せよ』とのことじゃ」
「――これは……陛下直々に正式な処分が言い渡されるのか……」
表情を曇らすドランカドに白塗り主君がニヤリと口角を上げる。
「じゃろうな。覚悟しておくのじゃぞ」
「へ、へい……」
続けてマロウータンが愛娘に伝える。
「シオンよ。陛下はそなたにも会いたがっておる。明日は儂らと行動を共にしてもらうぞよ」
シオンは不安げな表情で父に訊く。
「お父様……陛下がこの私に何の用なのでしょうか?」
父親は愛娘の不安を解くようにして微笑む。
「案ずるな。例の件で挨拶じゃ」
「例の件? ま、ま、まさか!? ヒュ、ヒュ、ヒュバー――」
顔を一気に赤くする娘を見て白塗り顔が高笑い。
「ウッホッハッハッハッ! 楽しみにしておるのじゃぞ」
上機嫌の主君にカエデが尋ねる。
「あ、あ、あの……私たちは……?」
「カエデとジョーソンも陛下が会いたがっておられる。二人も強制連行じゃ!」
「「はい!」」
カエデとジョーソンは元気よく返事した。
話が終わったところでヨネシゲが一言。
「ヨッシャ。日が昇り始めるまであっという間だ。皆さん、早いとこ寝ましょう!」
その言葉を合図に各々寝室へと向かった。
――寝室に到着して早々、ヨネシゲとソフィアは寝間着に着替える。照明を消し、夫妻がダブルベッドの中に入るまで掛かった時間は僅か数分だった。
ヨネシゲは大きく息を漏らす。
「はぁ~。長い夜になっちまったぜ……」
「そうだね。昨夜と言い、今晩と言い、濃い夜だったわ」
「王都に来てから二日目……いや、三日目になるのか? いや〜、全然ゆっくりできていないな。まあ、今夜ほどではないが、恐らくこんな感じの生活がしばらく続くと思う。すまんが、ソフィアにも色々と気苦労を掛けることになるだろう……」
申し訳無さそうに言うヨネシゲ。するとソフィアが角刈りの手を握り、言葉を返す。
「――それが、私たち夫婦が選んだ道。多忙な日々を送るのは承知の上ですよ。でも、お互い無理だけは禁物だよ?」
角刈りが笑みを浮かべる。
「ああ、そうだな……」
ここでソフィアがヨネシゲに抱き付く。彼女は角刈りを抱き枕のようにして、彼の肩に顔を埋めると、甘えた声で言葉を漏らす。
「――でも、どんなに忙しくても、構ってくれる時間は作って欲しいなぁ……」
ソフィアは顔を赤く染め上げながら夫の返事を待った。だが、返ってきたのは――
「――フガァー……ガァー……ドリャー……ガー……」
地を揺らす程の爆音の鼾だった。
「もう……あなたは……」
ソフィアはヨネシゲの顔を見つめながら苦笑するも、すぐに彼女は顔を綻ばせる。そして夫の温もりに浸りながら深い眠りに誘われるのであった。
――王都西部歓楽街。
その一角にある空き店舗に二人の男が入っていく。
二人が扉を開けて目にした光景は、カウンターにもたれ掛かって酔いつぶれる改革戦士団最高幹部ダミアンと、同組織四天王のチャールズ、アンディの姿だった――そう。ここは改革戦士団のアジトだ。
そしてアジトに帰還した二人は、総帥のマスターと四天王ソードだ。マスターは部下たちの姿に眉を顰め、ソードもため息を漏らす。そこへ一人の女性が空き店舗の置くから姿を現す。
「マスター様、ソード様。お帰りなさいませ」
「おお、戻っておったか。第二戦闘長『オリビア』」
マスターからオリビアと呼ばれる女性。
ボブカットの茶髪、平均的な背丈と体型。若葉色のセーターと濃赤のロングスカートを履いた、一見するとどこにでも居そうなこちらの女性の正体は――改革戦士団第二戦闘長「オリビア」だった。隣国「イメージア」で別行動を行っていた彼女はつい先程この隠れ屋に帰還した次第だ。
早速、マスターがオリビアに尋ねる。
「して……例の作戦は上手くいったか?」
その問い掛けにオリビアは瞳を閉じながら首を横に振る。
「いえ……教団側の邪魔も入り『アルファ女神』の封印には至らず……大空想神様たちも手を焼いておられました」
「そうか。流石はアルファ女神。我が師匠と博士を以てしてもそう簡単には捕まってくれぬか……」
「申し訳ありません」
「オッホッホッ! 謝ることはない。寧ろ君には色々と動き回ってくれて感謝している。どこかの誰かたちと違ってな……」
マスターはそう言いながら横目で酔いつぶれているダミアンたちを睨む。その隣ではソードがある事に気付く。
「そういえば――サラとジュエルが居ないようだが。二人ともグレースとチェイスの奪還は上手くいったんだろうな?」
するとオリビアが表情を曇らせる。
「あの……マスター様、ソード様……」
「どうした?」
「実は、サラ様とジュエル様が――」
オリビアからの報告にマスターとソードは顔を強張らせた。
この空き店舗内を奥に進むと幾つもの個室が存在する。この個室の数々はかつて違法な性的サービスや具現草の取引などで使われていたそうだ。そしてその個室の一室。照明を消したまま、床の上で膝を抱えながら座り込む少女は――四天王のサラだ。彼女は顔を俯かせて酷く落ち込んだ様子。すると扉をノックする音が個室に響き渡る。その扉は彼女の返事を待たずに開かれた。
「サラよ。大失態だったな……」
マスターだ。彼は低音の、怒りを滲ませたような声で一言放った。一方のサラは無言。総帥が再び言葉を口にする。
「南都の一件以来決めたであろう? 強敵には深入りするなと。それに相手は怨敵『ヨネシゲ・クラフト』。悪の根元に迂闊に近寄り過ぎだ。これでは昨晩のダミアンの二の舞ではないか。この大事な時に一体お前は何を考えている!?」
「……ごめんなさい……」
マスターの叱責にサラは消えるような声で謝罪。それを聞いた総帥は大きく息を漏らす。
「――まったく。その無鉄砲な性格、一体誰に似たのやら……」
「……っ!」
直後、マスターがサラに命じる。
「サラよ。お前は暫くの間、謹慎処分とする。この部屋で大人しく過ごしているのだな」
「え?」
サラは驚いた様子でマスターの顔を見上げる。そして総帥は言う。
「いくらお前とて罰を与えないと部下たちに示しがつかん。私は――お前を特別扱いするつもりはない。以上だ……」
彼はサラにそう伝え終えると、背を向けて部屋を後にしようとする。だが直後、彼女はマスターの服に手を伸ばし、掴む。
「待って!」
「離しなさい……」
マスターが注意するも、サラが弱々しい声で話し始める。
「――私は……ママと戦わないといけないの……?」
その言葉を聞いたマスターが再びサラに体を向ける。
「話は聞いた。今夜お前が見たのはジャスミンではない。ジャスミンと瓜二つの容姿をした奴の欲を満たすための傀儡に過ぎない。そう、我々と同じ操り人形なのだ……」
「でも……でも……」
「落ち着きなさい」
マスターは膝を床に着けながら彼女に語り掛ける。
「サラ……無理にヨネシゲたちに関わろうとする必要はない。奴らのことは私とソードに任せて、他の任務に専念するといい」
「でも……それだと――!」
「良いのだ! それで良いのだ……私は……何一つお前に父親らしい事ができていない。せめて辛い仕事は私に任せなさい」
「……パパでも……辛いことはあるの……?」
「当たり前だ。私も……一人の想人なのだからな……」
そしてマスターがサラを抱き寄せる。
「……パパ?」
「すまないが、もう少しだけ父親のワガママに付き合ってくれ。必ずこの世界を創り変える――いや、あの頃を取り戻してみせる……!」
「……うん……」
サラはマスターの優しい抱擁を受けながら静かに涙を流した。
つづく……




