第255話 未明の帰宅(前編)
――王都クボウ邸。
ヨネシゲたちが帰宅したのは、間もなく明け方を迎える頃だった。
玄関から扉が開く音が聞こえると、ソフィアたちは勇敢なる戦士たちを出迎えるためリビングを飛び出した。
「ただいま!」
そう元気な声を出しながら、満面の笑みで集団の先頭に立つのはヨネシゲだ。そのすぐ後ろには、微笑みを浮かべながら妻子と臣下たちの顔を見つめるマロウータン。更にその背後には疲れ気味ではあるが、ニッコリと笑顔を見せる元の姿のカエデとジョーソン。そしてエネルギー切れのイエローラビット閣下を抱えながらヘラヘラと笑いを漏らすボブの姿があった。
ヒーローたちの姿を見たソフィアたちは安堵の笑みを零す。そして角刈りに愛妻が抱き付く。
「あなた!」
「ソフィア……!」
ヨネシゲの肩に顔を埋めるソフィア。角刈りも彼女の身体に腕を回す。そして愛妻が夫の耳元で囁く。
「あなた、おかえり」
「ソフィア、ただいま」
ヨネシゲはソフィアの頭を撫でながら詫びる。
「すまなかったな。今回も危なっかしい戦いぶりで。ソフィアにはまた心配を掛けてしまったようだ」
角刈りの言葉を聞いたソフィアは顔を上げると、険しい表情で夫の瞳を見つめながら口を開く。
「本当よ。とても心配したんですよ? 毎回言っているけど、もっと自分を労ってほしいわ」
だがヨネシゲはヘラヘラとした様子で頭を掻く。
「へへっ。すまんすまん、ドンマイだな」
「まったく、あなたは……」
ソフィアは呆れた様子で苦笑。一方の角刈りは優しく微笑みながら愛妻に訊く。
「だけどソフィア。ずっと俺たちのこと見守っててくれたんだな」
「うん。本当はもっと力になってあげたかったけど……役に立たなくてごめんね……」
ヨネシゲたちの戦闘の映像を終始見守っていたソフィア。真面目な彼女のことだ。きっと映像を見つめるだけの自分に不甲斐なさを覚えていた筈だ。だがそんなことはない。彼女だって素晴らしい活躍を見せた。角刈りはソフィアを称える。
「そんなことないさ! あの時、ソフィアの声と映像が夜空に映し出されなかったら、最悪の結果を迎えていたかもしれない――」
改革戦士団四天王サラと対峙し、絶体絶命の危機を迎えたヨネシゲ。だが、突如現れた愛妻の映像と声が間一髪の所で赤髪少女の動きを止めた。これが無かったらヨネシゲは命を落としていたことだろう。
角刈り頭は再び彼女を抱きしめる。先程よりも力強く。
「あなた……」
「ソフィア、君も勇敢なヒーローだ。俺の命の恩人だ。ありがとな……」
「ええ……本当に無事で良かったわ……」
角刈りは、最愛の人であり、命の恩人でもある彼女をますます愛おしく思いながら抱きしめる。
「ソフィア……愛しているよ……」
と、彼女にしか聞こえない大きさの声で囁いた。
そして。
こちらでも再会を喜び合う者たちの姿。
マロウータンも最愛の人に向かって両腕を広げる。それは羽を大きく広げる鶴の如く――
「ただいま〜! ハニ〜! 帰ったぞよ〜!」
「おかえりなさ〜い!」
おしどり夫婦の再会。
コウメも両腕を広げて小走り。マロウータンも愛妻の元へ駆け寄っていく。そしてコウメが――白塗り顔の側方を通過。
「ほよ?」
マロウータンが間抜けた表情で背後に視線を向けると、そこにはカエデを抱きしめながら頬ずりするコウメの姿があった。
「カエデちゃ〜ん! 本当に無事で良かったわ! 一時はどうなるかと!」
「お、お、お、奥様……く、く、苦しいです……」
「あらやだ! ごめんなさい!」
コウメは慌てた様子でカエデを渾身の抱擁から解放する。
「おーほほっ! 嬉しすぎてつい力が入ってしまったわ!」
「フフフッ。奥様らしいです……」
そしてコウメはジョーソンに視線を移す。
「ジョーソン、あなたもお疲れ様。無事で安心したわ」
労うコウメ。一方のジョーソンは苦笑いを浮かべながら言葉を返す。
「無事じゃないッスよ。奥様の調合した傷薬入りのドーナツ食って気絶しちゃったんですから」
「おーほほっ! でもお陰で傷も塞がったでしょ?」
「いやいや。確かに止血の効果はありましたけど、傷薬を謳ってた割には傷は全然塞がりませんでした。結局、守護神様の空想術で治してもらいましたよ」
「あらそうだったの? カエデちゃんもドーナツの効果は無かったかしら?」
「い、いえ。わ、私は、ドーナツを食べてません。私の怪我は……へ、陛下が治してくれました……」
「えぇ!? あの陛下が!?」
カエデから伝えられた事実に驚いた様子のコウメ。そこへボブが歩み寄り、エネルギー切れしたイエローラビット閣下を手渡す。
「奥様。閣下が力尽きたので想素の充填をお願いします」
「了解。あなたもご苦労様。報酬は弾んでおくわよ」
「へへっ。こりゃどうも」
楽しそうに会話するコウメと使用人たち。その様子をマロウータンが指を咥えながら見ていると、その腕にシオンが抱き付く。
「お父様。おかえりなさいませ」
「シ、シオン……」
「本当に無事で良かったですわ……」
彼女はそう言いながら瞳から込み上げてくるものを指で拭う。その娘の身体を白塗り顔がそっと抱き寄せる。
「すまんのう。南都の一件で不安な思いをさせたばかりじゃというのに、今夜もそなたには多大な心配を掛けてしもうた……」
申し訳無さそうに言葉を述べるマロウータン。だがシオンは首を横に振る。
「いえ、私は大丈夫です。お父様のこと信用しておりますから」
「シオン……」
「それに私は誇りに思うのです。民のため、仲間のため、勇敢に戦うお父様のことを」
「ありがとうな、シオン。儂も良き娘を持ったものじゃ……」
マロウータンは幸せそうに、優しい笑みを浮かべながら愛娘を抱きしめた。その様子を少し離れた場所から見守るクラーク。
「……なんと……微笑ましい光景でしょうか……」
感極まって老年執事は瞳から込み上げてくる涙をハンカチで拭った。
そして今も尚、抱きしめ合うクラフト夫妻。そこへ真四角野郎が寄ってきた。
「お二人共、相変わらず熱々ですなぁ。今夜はハッスル確定ですね!」
「「ド、ドランカド」くん!?」
抱き合っていた夫妻は慌てた様子で身体を離すと、恥ずかしそうに頬を赤く染める。一方のドランカドは申し訳無さそうに苦笑。
「ああ……すんません。邪魔するつもりは無かったんですけどね……ヨネさんに挨拶がしたくて――ヨネさん、お疲れ様でした!」
真四角野郎は瞳を輝かせながら言葉を続ける。
「相変わらず超カッコ良かったッスよ! 昨日に続いて痺れちゃいました!」
ヨネシゲは高笑い。
「ガッハッハッハッ! 褒めても何も出ねえぞ!?」
するとドランカドが神妙な面持ちを見せる。
「いや、流石でしたよ。ヨネさんやマロウータン様たちのお陰で被害は最小限に抑えられました。本当、頭が上がりません。それに引き換え俺は――」
彼もまた不甲斐なさを覚えている人物の一人。
今回、自宅謹慎の処分を受けていなかったらヨネシゲたちと共に現場に向かい、事態収束に一役買っていたことだろう。
悔しさを滲ませながら拳を握りしめるドランカド。その肩をヨネシゲが叩く。
「……ヨネさん?」
「その気持ちを忘れるな。今は自分が犯した失態をしっかりと反省して、自分をもう一度見つめ直すんだ。この自宅謹慎をどう過ごすかで、今後のお前の成長が左右される。悔しさをバネにするんだ、ドランカド!」
「はい、ヨネさん……!」
ヨネシゲの説教を聞き終えたドランカドは凛々しい表情で応えた。
つづく……




