第254話 王兄スター(後編)
ネコソギアから説明された王妃の野望。聞き終えたスターが顎に手を添えながら眉間にシワを寄せる。
「――その話が事実だとすれば、近日中に交わされるゲネシスとの和平調停は、国を売り渡す為の前準備ということか……」
透かさずネコソギアが壮大なアホ毛を一回転させながら補足。
「はい、お察しの通りです。和平調停は両国間の壁を取り払う為のもの。その後は親密外交を演じてゲネシスにトロイメライを蝕ませるつもりです」
「しかし、国を売ったとして王妃とロルフにどのような見返りがあるというのだ?」
「そこは――詳しくは存じ上げておりませんが、それなりに名誉ある地位を確約してくれるとの噂です」
「地位のために国を売ると言うのか……!? 愚かな……!」
緑髪大臣は同調。嘆くように言葉を続ける。
「まったくでございますな。国を売るなど、何人たりとも許されない行為。その王妃殿下とロルフ王子の売国行為は着々と進んでおります。陛下の愛娘『ノエル殿下』は陛下を追放した後、人質としてゲネシス側に差し出し、更にはトロイメライ王都の守護者ウィンターもゲネシスの皇妹殿下に婿入りさせようとしております。そのような事になればゲネシスの思う壺。トロイメライの歴史に終止符が打たれるのもそう遠くはない未来でしょう……」
スターは両手で頭を抑えながら落胆。
「なんてことだ……我が父や先代の王たちが守り抜いてきたこのトロイメライを……そんなくだらない欲求を満たす為に敵国に売り渡そうというのか? 冗談ではないぞ……」
するとマスターが王兄に語り掛ける。
「スター殿下、時は待ってくれません。今こそ立ち上がる時です。今、このトロイメライを救うことができるのは貴方様しかおりません」
「俺しか……?」
「はい。そして、トロイメライの窮地を救った暁には……スター殿下、貴方様がトロイメライを治めるのです!」
「俺が……トロイメライを……!?」
「ええ。それは殿下の父君で有らせられた先王『ギャラクシー様』が望まれた姿――在るべきトロイメライの姿です!」
興奮気味に訴えるマスターに王兄が疑問を投げ掛ける。
「しかし、どうやって王妃たちの野望を阻止するのだ?」
ここで再びネコソギアが説明を始める。
「殿下、その点はご安心を。仮にも私はロルフ王子の側近。私の意見であればロルフ王子と王妃殿下は耳を貸してくれます。ですので私がロルフ王子たちに提案するのです……」
「提案だと?」
スターが訪ねると緑髪大臣が不敵に口角を上げる。
「はい。私の提案、それは――スター殿下の政への復帰です!」
「俺が……政に……!?」
瞳を見開き唇を震わせるスターにソードが語る。
「――殿下はかつて『一等星』と呼ばれるほど輝かしいご活躍をされていた。殿下が軟禁されてから20年近くの時が過ぎましたが、今でもスター殿下を敬拝する貴族や民は多くおります。その者たちを味方に付ければ――」
総帥が笑いを漏らしながらスターに言う。
「オッホッホッ! 玉座は瞬く間にスター殿下の者。彼ら彼女らはスター殿下が玉座に座ることを望んでおりますから」
「しかし……ネビュラがそれを許さんだろう?」
スターの懸念に総帥が返答。
「ええ。ですから、王妃殿下とロルフ王子に陛下を追放してもらいましょう。我々の勝負はそれからです」
「――俺に……できるだろうか……?」
弱々しく言葉を漏らす王兄。その耳元でマスターが囁く。
「スター殿下。我々はスター殿下の味方です。真のトロイメライを取り戻しましょうぞ!」
そしてマスターが右手を差し出す。
「我々の『改革』に協力してくださいますか?」
「俺は――」
スターが返した答えとは――?
――それから間もなくして。
スターの屋敷近くの路地裏にはマスター、ソード、ネコソギアの姿があった。彼らは薄ら笑いを浮かべながら言葉を交わす。
「――それではルッコラ閣下。スター殿下と王妃の橋渡し役、お任せしましたぞ」
「ああ、任せてくれ。君から預かった伝書想獣を使えば軟禁中の殿下にも逐一情報を伝えることができる」
「お手数をお掛けする」
「なあに。宰相の座を確約してもらえれば協力は惜しまない」
ここでソードがネコソギアに訊く。
「閣下。わざわざ我々と手を組まずしても、ロルフ新国王の下で宰相の地位を手にすることができたのでは? 寧ろそっちの方が近道だっただろう?」
ソードの問い掛けに緑髪大臣が鼻で笑う。
「いいや。ロルフ王子が私を宰相にする事はないだろう。次期宰相はリゲルの後継者、レオに任せるそうだからな。そうなったら私は用済みだ。そもそも蛮族が行う政に付いていくつもりはない。それに――」
そしてネコソギアは葉っぱのような壮大なアホ毛を豪快に一回転させる。
「短命の主君たちの下で宰相をやっても意味がないだろ?」
「オッホッホッ! ならば、スター殿下を玉座に座らすことができなければ、我々はルッコラ閣下に恨まれてしまいますなぁ」
「クックックッ。まったくだ。しっかりやってくれよ、改革戦士団諸君」
「ええ、勿論ですとも。そこで閣下には早速――」
マスターが言い終える前にネコソギアが口を開く。
「ああ、わかってる。所謂「王兄派貴族」を集めて私の屋敷でパーティーをするのだろう?」
「はい、その通りです。膳は急げといいますからな、近日中の開催をお願いしますよ」
「安心しろ。既に声は掛けてある。二、三日以内には開催できる筈だ」
「流石、ルッコラ閣下。抜かりないですな。下準備は早いに越したことない。『王兄派』を早い段階で洗脳しておけば、事を有利に進めることができるであろう……」
「クックックッ……まったく、恐ろしいオヤジさんだ……」
「オッホッホッ! なにはともあれ、スター殿下が協力してくれて安心しましたよ」
どうやら、彼らの悪巧みは滞りなく進行しそうだ。
――王兄の屋敷。
その私室では、意識を失った使用人の老婆を横抱きにするスターの姿。彼は老婆をソファーに寝かせた後、窓際まで移動。夜空を見上げる。
「――父上。真のトロイメライ――私が取り戻します……!」
強い覚悟と決意を胸に、スターの瞳が再び輝き始めた。
――だがそれは、凶兆を予期する星の瞬き。
つづく……




