第253話 王兄スター(中編)
突如、スターの屋敷に現れた改革戦士団マスターとソード、そして大臣ネコソギア。現職の大臣にして第二王子の側近がテロ組織と行動しているとは穏やかな話ではない。これは何かの冗談なのではないか?
スターは顔を引き攣らせながらネコソギアに尋ねる。
「ネ、ネコソギア………こんな奴らと行動を共にして……国を転覆させるつもりか……? これは何かの冗談だよな……? ロルフの側近であるお前が、このような間違いを犯すはずがない……王妃派貴族であるお前が……!」
声を震わすスターにネコソギアは薄ら笑いを浮かべながら言葉を返す。
「フッフッフッ……王妃派などと誰が呼び始めたか知りませんが、私はそのような派閥には属しておりませんよ?」
ネコソギアは王妃派を否定。そうなると彼は国王派か? 或いは中立の立場をとっているのか? スターが思考を巡らしていると、緑髪大臣から予想外の言葉を口にする。
「殿下。私は今の王族がやる事なす事、全てに興味が持てません。王族の誇りは何処に行ったのやら……」
「何?」
不敬だ。
仮にも王族である自分の前でその王族を愚弄するとは許しがたい行為。輝きを失っていたスターの瞳に怒気が宿る。一方のネコソギアは弁解。だがその内容は火に油を注ぐようなものだった。
「おっと。何も殿下のことを言っているわけではありませんよ? そもそも殿下はこの屋敷に軟禁されており、政には関わっておりませんからね」
「くっ……嫌味か?」
スターが不愉快そうな表情で唇を噛むと、ネコソギアは態とらしく慌てた様子で謝罪の言葉を述べる。
「こ、これは大変失礼いたしました! ご無礼をお許しください。このトロイメライを想うが故、つい言葉が過ぎてしまいました……」
「もうよい」
深々と頭を下げる緑髪大臣。王兄は不機嫌そうにそっぽを向く。ここで改革戦士団総帥マスターが二人の間に割り込む。
「オッホッホッ! まあまあ、殿下。怒りを鎮めてくだされ」
マスターの脳天気な態度と言葉にスターが声を荒げる。
「お前ら一体何を企んでいる!? トロイメライをどうするつもりだ!? 事と次第によってはお前らを生きてこの屋敷から出すわけにはいかんぞ!」
右手を構えるスター。その掌は黄色の光に包まれる。その様子を見たネコソギアは顔を引き攣らせながら後退り。だがマスターとソードは微動だにせず。総帥が落ち着いた口調で王兄を宥める。
「殿下、先ずは落ち着いてくだされ。そう殺気立ってはまともな話し合いはできません。我々が殿下の元に訪れた理由は順を追って説明しますゆえ、どうか……」
「ちっ……」
確かに彼らがこの屋敷に訪れた理由は把握しておきたいところ。スターは舌打ちした後、構えていた右手をゆっくりと下ろす。
「なら、早速聞かせてもらおうではないか。何故お前たちは俺を訪ねてきた? ましてやこのトロイメライを荒らし回る危険分子が、弟に軟禁されてる落ちこぼれの俺に一体何の用だというのだ?」
「まあ、そうご自身を卑下なさらずに。貴方様はかつて『一等星』と呼ばれて――」
「そういうのはいいから! 早く本題を話せ!」
催促。
スターが声を荒げると総帥はゆっくりと頷くが――
「……わかりました。でもその前に、誤解を解いておかねばなりませんな」
「誤解だと?」
「ええ。殿下は先程、我々のことを『危険分子』と仰いましたが――それは何を根拠に決めつけておられるのでしょうか?」
「それは……新聞や使用人から得た情報だが……」
スターの返答にマスターが高笑い。
「オッホッホッ! 殿下ともあろうお方がいけませんな。下民共の情報や噂を鵜呑みにしてはなりませんぞ? まあ無理もありません。斯様な閉鎖的空間で軟禁生活を送っていればまともな情報は入ってこないことでしょう。手にすることができるのは陛下が操作した偽の情報のみ」
「な、何!? ネビュラが情報を操作しているというのか!?」
「ええ。都合が悪い情報は全て包み隠し、偽の情報を発信して民たちに信じ込ませているのです」
にわかに信じがたい。スターは総帥に疑いの眼差しを向ける。
「信じられんな。あの馬鹿なネビュラにそんな利口な真似ができるとは到底思えん……」
「オッホッホッ。陛下には有能な臣下が何人もおります。陛下本人がなさらずともその者たちの手にかかれば情報操作など容易いことです」
「うむぅ……確かに……宰相辺りならそれをやってのけてしまうかもしれん……」
顎に手を添えながら憶測を巡らすスター。その様子を見つめるマスターはフェイスベール越しに――ニヤリと口角を上げた。
「ええ、お察しの通り! 宰相を筆頭に国王派の貴族たちが偽の情報を広めています。もし真の情報を拡散するような邪魔者が現れたら――言わなくてもおわかりですな?」
「いや、しかし……そのような行動を王妃派が黙ってはいないだろう?」
するとマスターに代わり、ネコソギアが口を開く。
「昨今行われている情報操作は、王妃殿下にとっても何かと都合が良いのです。ですから陛下たちが偽の情報を流したとしても、王妃殿下やロルフ王子は見て見ぬふりをするだけ……」
「し……信じられん……あの王妃が……民を騙すような真似を黙って見過ごすとは……」
「王妃殿下にも野望がございますからな」
「野望だと……? そもそもネビュラが偽の情報を流す根本的な理由とは何なんだ? その不都合とやらは隠蔽するだけでは済まなかったのか?」
その疑問にはソードが返答。
「陛下の目的は――私たち改革戦士団を悪党に仕立て上げることです。私たち正義の使者を――」
ソードが語る。
「殿下が私たちを悪党だと思われているのは、陛下が流した偽情報に洗脳されているからです」
「ネビュラごときの偽情報に……この俺が洗脳だと……!?」
「ええ。殿下だけではありません。大半の民が暴君の偽情報を信じ切っている。でも真実は違います。私たちはこのトロイメライを救うため、命を懸けて戦う正義の使者です。国を喰らおうとする陛下と王妃殿下を成敗し、この腐りきったトロイメライを改革することが目的。決して悪党ではありません」
ソードの口から出た「改革」という言葉にスターが声を震わせる。
「トロイメライを……改革だと……!?」
「ええ。今やトロイメライは滅亡の一途を辿っています。現国王は私利私欲の為に国を蝕み、一方の王妃は第二王子と共に自国をゲネシスに売り渡そうと企んでいる売国奴――」
「王妃とロルフが……売国奴だと!?」
「はい。今このトロイメライは殿下が思われている以上に深刻な状況です。国を喰らう暴君に加え、ゲネシスの手先に成り下がった売国奴王妃たちをこれ以上野放しにすれば、愛するトロイメライは滅んでしまう……そう踏んだ私たちは改革のため立ち上がったのですが――」
ソードと入れ替わるようにして、マスターが悔しそうな声で言葉を続ける。
「――ネビュラの情報操作で我々は悪者に仕立て上げられてしまいました。我々が繰り広げた聖戦の数々は蛮行へと改変され、挙句の果てには民を大量虐殺した罪まで被されてしまった――」
「おい待て! 民を大量虐殺って……民たちが犠牲になったのは確かなのか!? だとしたら……誰が民たちを殺めた!?」
「殿下、それは愚問というものですよ。民たちの尊い命は情報操作の道具にされてしまったのです」
「そんな……まさか……」
顔を青くさせるスター。右手で額を押さえながら酷くショックを受けている様子だ――三人が口角を上げる。
そしてマスターが悔しそうな声で言葉を並べる。
「どうして……罪なき人々の命が奪われなければならないのか! こんな世はあってはならない! あってはならないが……我々には力がない……情報操作のせいで信用も失った……我々に味方してくれるものはもういない……心を掴むことができなければ、真の改革などありえない……これでは……ネビュラと王妃の思う壺だ……ああ……口惜しい……なんと口惜しいのだ……!」
マスターはそう嘆きながら瞳を潤ませる。その背後ではソードとネコソギアが残念そうに顔を俯かせる。それでもなお、スターは疑いの眼差しでマスターに問い掛ける。
「……この話を……俺に信じろと言うのか……?」
総帥は袖で涙を拭った後、スターの問いに答える。
「――信じろとは言いません。ですが我々が語ったことは全てが真実。今の現状から目を背けていれば、いずれ後悔する日がやってくることでしょう……」
王兄は俯かせていた顔を上げるとマスターに訊く。
「俺にどうしろと……?」
「――我々に協力していただきたい」
「協力……だと……?」
「はい。正面から暴君や売国奴王妃を攻めても、強大な戦力に阻まれて終わりです。ならば裏から彼らを打ち崩す他ありません。そこで王族で有らせられるスター殿下のお力が必要なのです」
マスターから協力を求められるも、スターは悲しげに微笑む。
「無理だな。俺は軟禁されている身だぞ? 屋敷の敷地から一歩も外に出ることも許されず。外部とのコネクトもない。王族から追放されたようなものだ。そんな俺に何ができる?」
ここでネコソギアが会話に割り込む。
「殿下。その問題を解決するために私がやって来たのです」
「どうするつもりだ?」
スターが尋ねると緑髪大臣は薄ら笑いを浮かべながら返答する。
「はい。先程も申し上げましたが、王妃殿下とロルフ王子にはある野望がございまして」
「その、野望とは何なんだ?」
「はい。実は――」
大臣が紛れもない真実を語る――王妃が抱く野望を。
つづく……




