第24話 海鮮居酒屋カルム屋
カルムの街は日が沈み、一面夕闇に染まっていた。
ヨネシゲは昼間、自称飲み仲間のドランカドと出会い、今夜居酒屋で飲む約束をしていた。ヨネシゲは待ち合わせ場所の居酒屋に向かうため、夕刻時で賑わう飲み屋街を一人歩いていた。ところがその足取りは何故か重たそうであった。その理由は、軍医であるヨネシゲの義兄ジョナスが、悪徳領主エドガーの討伐に同行すると知ったからである。もしジョナスの身に何かあったらと考えると、ヨネシゲは心配で堪らなかった。
「はあ、飲んでる場合じゃないかもしれんのにな」
ヨネシゲは気分が晴れないまま、ソフィアが書いてくれた地図を頼りに待ち合わせ場所の居酒屋を探していた。
「ソフィアの書いてくれた地図だと、この辺りなんだがな」
この世界の記憶を持ち合わせていないヨネシゲは、当然ながらこの街の地理にも乏しい。少しずつ散策して街の地理を叩き込むつもりだったが、この世界に来てから僅か3日目で一人出歩くこととなった。
ソフィアが書いてくれた地図があるため、居酒屋がある大方の位置は把握できたが、似たような佇まいの建物が並ぶ中、どれが待ち合わせの居酒屋なのか見分けがつかない。このままだと待ち合わせに遅れてしまうので、ヨネシゲは通行人を捕まえて居酒屋の場所を聞き出そうとする。
「あの、すみません……」
「なんだい? おお! ヨネさんじゃないか!」
(見知らぬ通行人まで俺のこと知ってるのか。恐るべしだな、この世界!)
たまたま声を掛けた通行人までが、ヨネシゲの存在を知っていた。この世界でヨネシゲはカルムヒーローと呼ばれており、その知名度は相当なものであるとヨネシゲは再認識させられた。ヨネシゲは自分の知名度に驚きつつも、待ち合わせ場所の居酒屋について尋ねる。
「あの、海鮮居酒屋カルム屋って、どこですかね?」
「そこだよ! ほら、あの魚と海老の絵が書いてある看板の!」
「おう、あれか!」
通行人が指差した先には、小さな看板に可愛らしい魚と海老の絵が書かれた、レンガ造りの建物があった。そこがドランカドと待ち合わせている、海鮮居酒屋カルム屋だった。ヨネシゲは通行人に礼を言うと小走りでカルム屋の入口前まで移動する。
「海鮮居酒屋カルム屋。間違いないな」
ヨネシゲは再度店の看板を見て、待ち合わせ場所の居酒屋であることを確認すると、入口の扉を開いた。
ヨネシゲが店の扉を開くと、食欲を注ぐ海産物を焼く香りが鼻を通り抜ける。
店内を見渡すと大勢の客で賑わっており、満席状態となっていた。すると若い女の店員がヨネシゲを出迎える。
「いらっしゃい! ヨネさん! ドランカドさんは奥の方よ!」
「お、おう。ありがとう」
店員は忙しいようで、すぐに他の客の元に向かって行った。
ヨネシゲは店の奥の方へ進みながらドランカドを探す。
(ドランカドはどこだ? 人が多すぎて探し出すのが大変だな)
ヨネシゲが店内をキョロキョロしていると、突然、聞き覚えのある声がヨネシゲの名を叫ぶ。
「ヨネさん! こっちですよ!」
ヨネシゲが振り向くと、グラスを握り、既に出来上がった様子のドランカドが、大きく腕を振り手招きをしていた。ヨネシゲがドランカドの元へ向かうと、そこにはヨネシゲの知る人物が2人同席していた。
「へ〜い! 今日は退院祝いだ! 吐くまで飲んでくれ!」
サングラスを掛け、口髭を生やした、こちらの上機嫌の中年男。昨日、ヨネシゲを無理やりチンピラ退治へと連行したあの男、ヒラリーであった。
そして、もう一人、予想外の人物も同席していた。
「イエーイ! シゲちゃん! 遅かったわね!」
「ね、姉さん!?」
ヨネシゲは同席しているメアリーに驚きつつも椅子に腰掛ける。そして、ヨネシゲはあの話題について切り出す。
「姉さん! 酒なんか飲んでる場合じゃないだろ!?」
「え? ああ、トムならリタに見てもらってるから大丈夫よ」
「そうじゃなくて。ほら、ジョナス義兄さんだよ。聞いたよ、討伐軍に同行してるんだろ?」
ヨネシゲはジョナスが討伐軍に同行していることを知り、その身を案じていた。
義兄が戦に駆り出されているというのに、呑気に酒なんか飲んでて良いものなのか? ヨネシゲは罪悪感を抱きつつ、このカルム屋に向かっていた。ところが店に到着するとジョナスの妻であるメアリーが上機嫌で酒を楽しんでいた。
ヨネシゲは怒った様子で、メアリーにジョナスのことが心配ではないのか問い詰める。
「姉さん! ジョナス義兄さんが心配じゃないのか!?」
するとメアリーはグラスのビールを飲み干した後、ヨネシゲの問に答える。
「戦が怖くて軍人が務まるかってんだい!」
「!!」
メアリーはムッとした表情でグラスをテーブルに叩きつける。それを見たヨネシゲは顔を強張らせた。だがすぐにメアリーは表情を緩めると、ヨネシゲに胸の内を明かす。
「そりゃあ私だって、あの人のことが心配さ……」
「姉さん……」
「だからといって、家で神頼みして、あの人が無事に帰ってくる保証はあるのかい?」
「いや、それは……」
メアリーの言葉を聞いたヨネシゲは、先程までの威勢が無くなり、黙り込んでしまった。するとメアリーはにこやかに笑みを浮かべる。
「あの人なら大丈夫よ。ああ見えて数々の修羅場を切り抜けてきた男だからね。それに、戦はまだ始まっちゃいない。始まる前からそんなに心配してどうするのよ?」
夫のことが心配なのは当たり前。だからといって、自分の行動を制限したところで、夫が無事に帰還する保証がないというのがメアリーの考えだった。そしてメアリーが意外なことを口にする。
「約束したのよ」
「約束?」
何を約束したのか? ヨネシゲが質問すると、メアリーは酒で赤く染めた頬を、更に赤くしながら質問に答える。
「無事に帰ってきてねって……」
あの型破りな姉メアリーからは、想像できない程の可愛らしい答えに、ヨネシゲまで頬を赤くする。透かさずヒラリーがメアリーにちょっかいを出す。
「おう! 中々、可愛らしいエピソードだね! 姉御にも乙女心があったとは驚いたよ!」
メアリーはヒラリーの頭を引っ叩く。
「おい、オヤジ! その辺にしておかないと、どうなるかわかってるんだろうね?」
「痛っ! 相変わらず怖いや〜」
そうこうしていると、ヨネシゲの元へ瓶ビールが届けられる。
「ヨネさん、とりあえず乾杯しましょう!」
ドランカドがそう言うと、ヨネシゲはグラスにビールを注ぐ。そしてメアリーが口を開く。
「シゲちゃん、大切な人は信用しないとね!」
ヨネシゲは相槌を打つ。
「ああ、そうだな」
一同グラスを握り構えると、ドランカドが号令を掛ける。
「ヨネさん! 退院おめでとう! 乾杯!」
「乾杯!」
ヨネシゲは3人とグラスを合わせると注がれたビールを一気に飲み干した。するとドランカドはヨネシゲの空いたグラスに、瓶ビールを注ぎ込む。ヨネシゲはそれを一気に飲み干すと、再びドランカドがビールを注いだ。
「気が利くな、ドランカド」
「当たり前ですよ。俺はヨネさん公認の飲み仲間ですからね」
「待て待て、俺は公認した覚えはないぞ? まあいい。ほら、グラスだせ。俺が注いでやるよ」
「ありがとうございます!」
ヨネシゲとドランカドは笑顔で酒を酌み交わす。
ドランカドとの会話で、彼の正体が次第に明らかになる。
ドランカドは現在はカルム市場内の果物屋で手伝いとして働いている。元々は王都で保安官として働いていたが、訳あって保安官の職を辞め、このカルムの地へ一人移り住んで来た。ただ、保安官を辞めた理由は語ることはせず、ヨネシゲもその理由について尋ねることはなかった。
(生きていれば色々とある。ドランカドはまだ若いが、色々と苦労があったんだろう)
ヨネシゲはドランカドの苦労を察するのであった。
つづく……
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