第251話 慈悲
トロイメライ王国には各領主が定める、通称「地域法」と呼ばれる法律が存在する。カルム領なら「カルム領地域法」、ホープ領であれば「ホープ領地域法」と呼ばれている。
領主が定めた地域法は自領のみでの適用となる。一部例外はあるが、領内であれば王国が定める法律よりも効力が強い。また、領外で捕らえた悪徳貴族や犯罪者に対しても自領の「地域法」が適用される。
その他に幾つかの領土を束ねる「地方領主」が定めた「広域地域法」なるものもある。これは各領主が定める「地域法」よりも効力が強い。
そして今回、王都内で襲撃事件を起こした者の一人、改革戦士団戦闘長「グレース」。このまま王都保安局に身柄を引き渡せば、王国、若しくは王都領の法で裁かれる事になる。両者とも犯罪者には厳しい刑罰が定められており、改革戦士団という組織に属していただけで極刑は免れないだろう。
そして問題なのが王都の裁判所。決して公平に裁きを下しているわけではなく、裁判官のさじ加減で判決が言い渡される。どうやら悪徳貴族たちの息が掛かっているようで、身に覚えのない罪で捕らわれた善良貴族が即日処刑を言い渡されたこともあった。
グレースもまた、公平な裁判が行われることもなく、即刻処刑が言い渡されることだろうと、ウィンターが話す。
「――それじゃあ……グレース先生の極刑は決まったも同然ということか……」
「ええ。残念ながら……」
ウィンターの返事を聞いたヨネシゲは残念そうに顔を俯かす。が、先ほど彼から受けた説明を思い出し顔を上げる。
「でもウィンター様。もし仮にフィーニス領の法が適用されたとしたら!? 彼女に償いの機会を、更生させることは可能ですか!?」
そう。グレースをフィーニス領主であるウィンターが捕らえれば、彼女はフィーニス領の法律の下、裁きが下されることになる。角刈りは僅かな望みを抱いてウィンターに尋ねる。だが守護神の返答は――
「彼女はカルム学院事件、南都の大動乱、そして王都の襲撃に関わった大罪人です。例えフィーニスの法であっても極刑の可能性は十分あり得ます。何より……彼女が改革戦士団という組織に加担していることが――私は許せない……!」
やや強い口調でウィンターから返ってきた言葉。ヨネシゲは険しい表情を見せながら、彼の次なる言葉を待った。少し間をおいたあと、ウィンターの口が再び開かれる。
「ですが……もし仮に、ヨネシゲ殿が彼女から聞いた話が事実であれば、情状酌量の余地はあります」
「はい。確かにグレース先生の手は血塗れですが、彼女のせめてもの救いは、罪なき人々を殺めていないことです。ただ証拠はありませんし、例え相手が悪徳貴族であっても、人の命を奪うことは許されない行為です……」
角刈りはそう言いながら自分の拳を見つめる。
「ですが……そう言う俺の拳も血で汚れてます。俺も大切な人、自分の命を守る為に、それを口実にして多くの人の命を奪ってしまいました。勿論、相手は話し合いが通用しない改革の戦闘員や野盗などの荒くれ者ばかりです。決して罪なき人々の命は奪ってません。でもそれは言い訳に過ぎない。相手が誰であろうと命を奪ってしまった以上、その十字架を背負って生きていかねばなりません……」
角刈りは言葉を終えると、瞳を閉じ、南岸街道で繰り広げられた野盗との戦闘や、ブルーム夜戦の記憶を辿る――人を殺めてしまったあの日の記憶を。その彼に守護神が問い掛ける。
「――ヨネシゲ殿は……その十字架をどのようにして、背負っていくおつもりですか?」
ヨネシゲは瞳をゆっくりと開き、その問いに答える。
「――俺は大切な人、自分の命を守る為に相手から命を奪いました。ならば……天命を全うし、大切な人を守り切ることが俺の義務です。その義務を果たせなければ、俺は無益な殺生を行ったことになります。その為に俺は、争い事が無い、殺し合いをしなくて済む世を作りたい。それが俺に課せられた使命、俺が十字架を背負う意味だと思ってます!」
熱く語るヨネシゲ。ウィンターは角刈りの気持ちを確認するようにして訊く。
「それは並大抵なことではありませんよ? それでもヨネシゲ殿は十字架を背負い続けることができますか?」
「はい。命ある限り背負い続けます」
「――ヨネシゲ殿の覚悟、確認させていただきました。それと、もう一つだけお聞かせ願いますか?」
「なんでしょうか?」
ウィンターは、ヨネシゲに抱えられているグレースに視線を下ろす。
「私は――彼女に極刑が言い渡されたとしても、それは当然の結果だと思います。でもヨネシゲ殿は彼女を生かして、償いと更正の機会を与えようとしています。失礼なことをお聞きしますが、それは……単なる同情ではありませんよね?」
ヨネシゲは首を横に振る。
「いいえ、同情ではありません。詳しいことは言えませんが、彼女と同じ辛い過去を持つ者として、彼女が踏み外した道を修正してあげたいだけです。でなければ、亡くなった弟さんが報われねえ……」
「彼女が罪を償い、更生できると思いますか? ヨネシゲ殿と同じように十字架を背負い続ける覚悟があると思いますか?」
「グレース先生なら……できると信じています」
ヨネシゲは守護神の瞳を真っ直ぐと見つめながらそう答えた。そこへマロウータンがやって来る。
「ウホぉ、ヨネシゲよ。無事で安心したぞよ」
「へへっ。ご心配お掛けしました」
「うむ。大儀であったぞ!」
主君から褒められたヨネシゲはニヤッと笑みを見せる。そして白塗り顔はウィンターに視線を移す。
「サンディ閣下、助かったぞよ。閣下が駆け付けてくれなかったら被害は更に拡大していたことじゃろう」
「いえ。私は大したことを――被害が最小限に抑えられたのもヨネシゲ殿やクボウ閣下、そしてクラフト男爵夫人がご活躍されたお陰です」
白塗り顔はウィンターとの会話を終えると、ヨネシゲが抱えるグレースに視線を下ろす。
「ヨネシゲよ。その女子を随分と大事そうに抱えておるが――どうするつもりじゃ?」
「その……実は――」
角刈りはグレースについて説明を始める。
「――なるほど。フィーニスの法で裁くつもりか」
「はい。彼女に罪を償わせて、更生する機会を与えたいのです」
ここでウィンターがマロウータンに提案。
「クボウ閣下。彼女をホープ領の法で裁くというのは如何でしょうか?」
その提案を聞いたヨネシゲは瞳を見開く。
当然マロウータンらクボウ一族が所領とするポープ領にも地域法が存在する。事と次第によってはクボウの一声で罪人の減刑が可能だろう。だが、白塗り顔は拒否。
「すまぬが……南都の一件でホープはあの有り様じゃ。今のクボウにこの女子を裁く余裕はない。それに――」
マロウータンは持っていた扇を強く握り締める。
「改革戦士団は儂の父と兄の命を奪った憎き存在。南都の多くの者が此奴らを恨んでおる。そんな一味に属している者を南都の裁判所が情をかけると思うか? 情状酌量の余地はない……!」
白塗り顔は歯を食いしばりながらグレースを睨む。一方のヨネシゲは気まずそうに顔を俯かす。
(そうだ。マロウータン様にとっても改革戦士団は最大の仇。グレース先生を許すことはないだろう……)
この世界の司法機関は決して公平とは言えなそうだ。現実世界にある母国の司法機関とは違い、王族や貴族の意向が強く影響してしまう――クボウはグレースを生かさないだろう。
するとウィンターが口を開く。
「――わかりました。では、彼女の身柄は我々サンディで拘束します。取り調べをした後に厳正な裁きを行いましょう」
ヨネシゲが不安げな表情で守護神に尋ねる。
「あの……そうなるとグレース先生は……?」
ウィンターが答える。
「――罪を償うか償わないかは彼女次第です。もし彼女にその気があるなら、償いの場を与えることもできます」
「償いの場ですか?」
「ええ。例えば社会奉仕活動、若しくは無償でサンディの兵や使用人として働いてもらうことです。フィーニスにはそのような形で罪を償っている者が多くおります――」
そしてウィンターはグレースを見つめる。
「――もし彼女に償いの心があるのであれば、慈悲の心を持って接しましょう……」
その後、グレースの身柄はサンディ軍に引き渡された。
つづく……




