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ヨネシゲ夢想 〜君が描いた空想の果てで〜  作者: 豊田楽太郎
第五部 トロイメライの翳り(王都編)
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第250話 真夜中の勝利

 今宵も改革戦士団は王都の街に大きな爪痕を残し、ヨネシゲたちの前から逃亡した。

 サラたちの本来の目的は王都西保安署に勾留されていた戦闘長「グレース」と「チェイス」の奪還だ。一時部下の奪還を果たしたが、駆け付けたヨネシゲたちに阻まれ、グレースの身柄は角刈りの手中に収まり、チェイスはマロウータンとの戦闘に敗れ死亡、奪還失敗という結果に終わった。


 サラたちが姿を消した直後、戦闘の様子を見届けていた兵士や野次馬たちから歓声が沸き起こる。だが、最前線で戦っていたヨネシゲたちは未だ険しい表情を見せたままだ。

 ヨネシゲは大きく一回深呼吸したあと、夜空に映るソフィアを見上げる。


「ソフィア、ありがとう。君のお陰で助かったよ……」


 角刈りの声が聞こえたのか、ソフィアは夫に微笑み掛けた。直後、夜空に映る愛妻の映像が徐々に不鮮明になる。どうやら映像を映し出していたイエローラビット閣下が体力切れを起こしたようだ。やがて映像が消えると、イエローラビット閣下がゆっくりと地上へ向かって降下を始める。角刈り頭は天から舞い降りてきた閣下を両手で受け止める。


「閣下……どうやらお前にも助けられたようだな。ありがとな」


「……礼には……及ばぬ……」


 感謝を述べるヨネシゲにイエローラビット閣下は親指を立ててグーサインを見せる。直後、珍獣は首をカクッと曲げ意識を失った模様だ。


「ゆっくり休んでくれ」


 ヨネシゲは閣下に微笑み掛けると、その体を抱きかかえながら、ある女性の元へ急ぎ足で歩みを進めた。



 ――同じ頃、王都クボウ邸。

 ヨネシゲたちの勝利を見届けたドランカドとコウメは、絶叫を轟かせながら体全体を使って喜びを表現。その隣ではシオンとクラークがハイタッチ。嬉し涙を零しながら満面の笑みを見せていた。

 紙吹雪が舞う中、今なお映像が途絶えた水晶玉を静かに見つめるのはソフィアだ。彼女はどこか悲しげに、瞳に焼き付いた夫の残像に語り掛けるようにして呟く。


「もう、あなたは……相変わらず無茶し過ぎだよ。その体と命がなくなっちゃったら、一体誰が私を守ってくれるのですか? もう少し自分を労ってよ……」


 それは説教。

 生配信の映像を通して、終始ヨネシゲの活躍を見守っていたソフィア。だが、角刈りの戦いぶりは決して安心できるものではなかった。勿論、夫を信用していないわけではない。しかし、こういった戦闘を普段目にする機会がないソフィアにとって、強敵に真っ向から挑むヨネシゲの戦闘スタイルは、見ていて不安を覚えてしまう。でも、彼女は知っている――


「――わかってるよ。あなたが真っすぐで、正義感が強くて、困っていたり救いを求める人が居たら見捨てることができない、優しい人だということを。でも、少々頑固で、不器用で、若い女の子には弱いところが玉に瑕だけどね……」


 そしてソフィアは誇らしげに言う。


「だけど、その全部が『ヨネシゲ・クラフト』――私の自慢の夫です……」


 その頬には一筋の嬉し涙。


「あなた……本当に無事で良かったわ……!」


 一人、嬉しさと安堵に浸るソフィア。するとコウメが彼女の元へ歩み寄ってきた。


「オーホホッ! 流石、ソフィアさん! まるで勝利の女神様みたいだったわ!」


「そんな、女神様だなんて……私は大したことをしておりません」


「いえ、大したことよ! ソフィアさんの機転がなかったら今頃ヨネシゲさんとウチのダーリンは()()()()()()()()()()にされてたところよ!」


「お母様……もう少しお言葉を選んでください……」


 母親の少々下品な言葉遣いにシオンが注意。ソフィアは苦笑を浮かべる。そこへドランカドとクラークも加わり、クラフト夫人の功績を称える。


「ソフィアさん、カッコ良かったッスよ! 奥様の言う通り、ソフィアさんが現場(あっち)に映像を飛ばさなかったら、今頃最悪の結果を迎えていたことでしょう。ソフィアさんはヨネさんの命の恩人ッス」


「私もそう思いますぞ。ソフィア殿、ナイスご活躍でございましたな!」


「私の父も、カエデちゃんもジョーソンも、ソフィアさんの勇気ある行動で救われました。お礼を言わせてください」


 ソフィアは気恥ずかしそうに顔を赤く染め上げる。

 

「そ、そんな……お礼だなんて……私はただ、夫を助けたい一心で……」


 その彼女の両肩にコウメが手を添える。


「奥様……?」


「いずれにせよ、ソフィアさんのお陰でヨネシゲさんは助かった。カエデちゃんも救い出すことができたわ。その功績は胸を張って誇りなさい!」


「はい」


 皆からの称賛。ソフィアは照れくさそうにしながらも微笑みで応えるのであった。




 ――再び王都西保安署前。

 瓦礫と化したその庁舎の周囲では、保安官やサンディ軍の兵士が事後対応に追われていた。また、サンディ軍将官が保安官たちに「グレースとチェイスの勾留に不備がなかったか?」「警備は万全だったか?」など当時の状況も聞き出している最中だった。これはウィンターの指示によるもの。保安署側の警備体制に疑問を抱いたためだ。


 マロウータンとボブは、瓦礫と化した店舗からジョーソンを救出。鉄腕は全身に重傷を負いながらも白塗り顔とドーナツ屋の肩を借りて自分の足で移動。近くの街路樹にもたれ掛かりながら座り込む。


「あ〜いたたたた! あの姉ちゃん、容赦なかったぜ……」


 鉄腕はいつもの調子で言葉を口にするが、その表情は苦悶。彼が味わっている激痛具合が窺える。そんな彼にマロウータンが心配そうに声を掛ける。


「すまんのう、ジョーソン。今すぐその怪我を治してやりたいところじゃが、儂は人並み程度の治癒術しか扱えなくてのう……」


「旦那様……そのお心遣いだけで俺の傷は癒えちゃいますよ……」


「そんな筈なかろう……」

 

 気遣うジョーソン。白塗り顔は申し訳無さそうに顔を俯かせる。そしてボブが――


「鉄腕、ドーナツでも食うか?」


 ドーナツ屋の唐突なセリフに鉄腕はガクッとずっこける。


「どうしてそうなる!? ってか、なんでドーナツを持っているんだ――う、うぅぅぅ……」


 鉄腕はボブにツッコミを入れるも、大声を出したことにより傷口が開いてしまったようだ。蹲るジョーソンにドーナツ屋が説明する。


「まあ、聞け。このドーナツは薬用ドーナツだ。(コウメ)様から頂いたスペシャルな傷薬が練り込まれていてな、一口食べればどんな傷でも塞ぐことができるのだ!」


「胡散臭いな……本当にそんなんで治るのかよ?」


「騙されたと思って食ってみろ」


 ジョーソンは疑いの眼差しをボブに向けながらも、差し出された薬用ドーナツを受け取った。そして、ひと齧り――


「――ぐはっ!!」


「「ジョ、ジョーソン!?」」


 鉄腕は白目を剥き――気絶した。


「ド、ドーナツ屋! これはどうなっておる!? ジョーソンが気絶してしまったぞよ!?」


「まあまあ、旦那。これを見てくださいよ」


「ほよ?」


 マロウータンは慌てた様子でボブに説明を求める。するとドーナツ屋は鉄腕の腹部にできた大きな傷口を指差して言う。


「ほら、ここの傷、少し小さくなったと思いませんか?」


「そうか……のう……? じゃが――」


 薬用ドーナツ。傷口が完全に塞がれることはなく、期待していたほどの効果は得られなかった。だが、代わりに止血の効果は期待以上のもの。ジョーソンの流血は完全に止まっていた。但し副作用に難アリ。でも今はそれでいい。


「――スペシャルな傷薬か。これは改良が必要じゃのう。コウメに提言せねばな……」


 そう言うと白塗り顔は微笑みを浮かべた。




 一方、空想治癒術で治癒を受ける少女は――カエデだ。

 幸いにも彼女が負った傷は軽度。人並み程度の空想治癒術でも完治できるものだった。その人並み程度の空想治癒術を扱っているのは――ネビュラだ。国王は額に汗を滲ませながら険しい表情でカエデに両手を翳す。そんな彼に空想少女が気を遣うようにして声を掛けるも――


「あ、あの、陛下――」


「集中している。声を掛けるな」


「すみません……」


 カエデが気まずそうに顔を俯かせていると、今度はネビュラが口を開く。


「――まさか、宰相から教わった空想術が役に立つ日がくるとはな……」


「……陛下……?」


 そして国王は両手を翳したまま、目を合わせずに空想少女に尋ねる。


「少女よ。お前が噂の王都のヒーローか?」


「は、はい!『空想少女カエデちゃん』です……」


 カエデの返事を聞いたネビュラが突然高笑いを上げる。


「フハハハハハッ! まさかこんな小娘が王都の治安維持に一役買っていたとはな! 市井の情勢も案外興味深いものだ」


 そしてその鋭い眼差しをカエデに向ける。


「お前の活躍を讃えよう。今後も励めよ」


「も、勿体ないお言葉でございます!」


 程なくするとカエデの治癒が完了する。


「――さあ、もうこれで十分であろう」


 その場からゆっくりと立ち上がるネビュラをカエデが見上げる。


「あ、ありがとうございます! なんとお礼を申し上げたら……」


「礼には及ばん。寧ろ礼を言いたいのは俺のほうだ……」


「え?」


 暴君と呼ばれる男からは想像もできないセリフだ。カエデも腰を上げると、夜空を眺めるネビュラの後ろ姿を見つめる。そして国王が再び口を開く。


「――俺は今まで市井の情勢には無関心だった。だが、今宵の戦い、お前たちの活躍を間近で目にしたことで、少しは市井の情勢に興味を持つことができた……」


「陛下……」


 そしてネビュラはカエデに視線を移し、ある事を問い掛ける。


「俺は今日まで散々な事をやってきた。だがもし仮に、俺が心を入れ替えたとしたら――民たちは俺に付いてきてくれると思うか? 王都のヒーローよ。この国の民であるお前に聞きたい」


 国王に問われたカエデ。彼女は少し間を置いた後に返答する。


「付いていくと……思います……」

 

「ほほう。本当にそう思うか?」


「……断言はできません。ただ……」


「ただ?」


 空想少女は真っ直ぐな瞳で国王を見つめる。


「少なくとも、私は付いていきます!」


 その答えを聞いたネビュラがニヤリと口角を上げる。


「――クックックッ……そうか。良い答えが聞けた」


 満足げな様子のネビュラ。すると突然、周囲に閃光が走る――カメラのフラッシュだ。


「陛下! お見事な活躍でございます!」


「陛下! 王都のヒーロー『空想少女カエデちゃん』と夢の共闘。今のお気持ちをお聞かせ願いますか!?」


 気付くとカエデとネビュラは新聞記者たちに囲まれていた。



 そしてこちらでは、負傷して意識を失う臣下の手を握る主君の姿――ウィンターだ。

 彼は険しい顔付きでノアの顔を見つめる。


「――すみません、ノア。無理をさせてしまいましたね。初めから私が駆け付けていればこのようなことには……」


 後悔。

 最初から自分が現場に赴いていればノアが傷付かずに済んだ。悔しさを押し殺す守護神。その臣下を握る手に力が入る。


「ノア。今、楽にしてあげます……」


 その刹那。ノアの全身が淡い白色の光に包まれた。ウィンターは臣下が負った全てのダメージを取り除く――自身の身体に取り込んで。


「これでもう大丈夫ですよ……」


 ウィンターはそう言うと、眠り続ける臣下に微笑み掛けた。直後、彼の背後から必死に叫ぶ中年男の声が聞こえてきた。


「おい! グレース先生! しっかりしろっ! 目を覚ましてくれ!」


「――あれは、ヨネシゲ殿……」


 守護神の瞳に映り込んだのは、しゃがみ込んだ状態でグレースを横抱きにし、必死に声を掛けるヨネシゲの姿だった。ウィンターはノアを兵士に預けると、角刈りの元へと歩みを進める。


 グレースが負ったダメージはヨネシゲの想像以上だ。特に瓦礫の山に突っ込んだ際にできたと思われる傷が酷い。頭からは流血。彼女が着ている白いシャツは血液で赤く染まっていた。


(こりゃ想像以上のダメージだ。早くなんとかしねえと……)


 そこへ歩み寄ってきたウィンター。彼は何も言わず、グレースの身体に右手を翳す。


「ウィンター様?」


「――彼女に蓄積されたダメージを取り除きます」


 彼がそう言うと、グレースの身体、ヨネシゲの全身までもが白色の光に包まれる。と同時に角刈りの身体から痛みや疲労、傷が取り除かれていく。そしてグレースの身体もこれと同じことが起きていることだろう。ヨネシゲは感嘆の声を漏らす。


「スゲェ……まるでジョナス義兄さんの空想治癒術を見ているようだ。いや、それ以上かもしれん……」


 やがて白色の光も収まり、ヨネシゲはサラの光線で射抜かれた右腕を確認する。


「完全に塞がってるぜ! ウィンター様、ありがとうございます!」


「いえ、礼には及びません。ヨネシゲ殿が無事で良かったです」


 そう言いながら優しく微笑むウィンター。だがその顔色は青白。心配した角刈りが彼に尋ねる。


「ウィンター様……だいぶお顔色が悪いようですが……大丈夫でしょうか?」


「はい、問題ありません。それよりも――」


 守護神は誤魔化すようにして話題を変える。


「ヨネシゲ殿。こちらの女性とは顔見知りのようですが……どのようなご関係で?」


 常識的に考えて改革戦士団の戦闘長と顔見知りなど穏やかな話ではない。ましてや互いに「先生」「ヨネさん」と親しそうに呼び合っている仲なのだから。その疑問にヨネシゲが答える。


「はい。グレース先生とはカルム学院で働いていた時の同僚でして――」


 角刈りから事情を聞いたウィンターは納得した様子で頷く。


「――なるほど。そういうことでしたか……」


「慕っていただけに、彼女が改革戦士団に加担していたとはショックでなりません……」


「心中お察しします」


「お気遣い痛み入ります」


 会話が終わると二人の間には沈黙。

 だがすぐに、今度は角刈りがウィンターに尋ねる。


「あの、ウィンター様……」


「なんでしょう?」


「グレース先生は――彼女はこの先、どのような刑が下されてしまうのでしょうか?」


 愚問かもしれない。彼女の迎える結末など安易に想像できる。だが彼女の行い、事情を考えると情状酌量の余地はある。彼女の更生を願う角刈りは淡い期待を抱いてウィンターに尋ねる。だが返ってきた答えは無情。


「残念ながら、このまま王都保安局に身柄を引き渡し、王都の裁判所で裁きを受ければ――死罪は免れないでしょう」


「やはり……そうですよね……」


 わかってはいた。わかってはいたが、その答えを聞いた角刈りは暗い表情で俯く。ところが次に守護神が口にした言葉は予想外のものだった。


「ですが……フィーニス領の法で裁くのであれば、死罪は免れることができるかもしれません」


「……え?」


「基本的に貴族が捕らえた罪人は、保安署に引き渡さない限り、自領の法に基づいて刑を下します。即ち我々サンディが彼女を逮捕すれば、フィーニス領の法で裁くことになります」


「その話、詳しくお聞かせください!」


 ヨネシゲは藁にも縋る思いでウィンターから詳細を聞き出す。



つづく……

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