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ヨネシゲ夢想 〜君が描いた空想の果てで〜  作者: 豊田楽太郎
第五部 トロイメライの翳り(王都編)
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第249話 乱入者(後編)

 ――ヨネシゲに振り下ろされた薄紫色の光剣。

 地面に倒れ込んでいた角刈りは上半身を起こすも、その太刀筋から逃れるだけの余裕はなかった。

 この世界にやって来てから幾度も死を覚悟する場面に出くわしたヨネシゲだったが、今度こそ「お終い」だと思っていた。


(ダメだ! 回避する余裕がねえ! もう……終わりだ……!)


 角刈りの諦めと同時にサラの絶叫が轟く。


「死ねえぇぇぇぇっ!!」


 迫るサラの光剣を顔面蒼白で見つめるヨネシゲ――剣先が頭上の数センチ手前に到達した時であった。激しい火花が角刈りの視界に映り込む。


「マ! マロウータン様っ!」


 その光剣を鋼鉄化した扇で受け止めたのは、主君のマロウータン・クボウだった。白塗り顔は間一髪のところで臣下の絶体絶命を回避したのだ。

 とはいえ、マロウータンはサラの一振りを受け止めるのに精一杯。角刈りの無事を確認する余裕はなかった。


「ウホォォォォォッ!!」


「――処刑の邪魔をするな。白塗り野郎が……!」


 赤髪少女が瞳を見開く。

 刹那、光剣から放たれたのは薄紫色の光を纏う衝撃波。それを直に受けた白塗り顔の身体は吹き飛ばされ、背後にある建築物に衝突。壁をぶち抜き瓦礫と砂埃の中に姿を消した。

 白塗りの消失を確認したサラはヨネシゲを見下ろすと、再び光剣を頭上高くへ振り上げた――が、前方の砂埃の中から閃光。直後、白色の光球――光り輝く鞠が砲弾の如く放たれた。


麻呂(マロ)蹴鞠大会(ケマリトーナメント)『エースの一撃』! ありゃあぁぁぁっ!」


「!!」


 ジャイロ回転する鞠は砂埃を巻き上げ、サラ目掛けて一直線。瞬く間に彼女の間合いを詰める。だが――


「鬱陶しい!」


 彼女は光剣を振り落とし、直前まで迫っていた鞠を一刀両断。「エースの一撃」は爆風を伴いながら消滅する。そして赤髪少女は瞳を細めながら()()()に視線を向けていた。そこに居たのは両手に扇を握り全身を白色に発光させながら猛進してくるマロウータンだった。その姿を例えるなら翼を広げる白鶴の如く――とでも言っておこう。白塗り顔が咆哮を轟かす。


「ウホォォォォッ! 麻呂扇奥義(まろおうぎおうぎ)『鶴の翼』!」


 直後、マロウータンの両手に握られていた扇が人の大きさくらいまで巨大化。電流を纏い空気を歪ませながら白鶴の翼が放たれる。

 対するサラは冷たい眼差しを白塗り顔に向けながら呟く。


「行け、火の鳥(フェニックス)


 突如、サラとマロウータンを仕切る炎の壁が出現。と同時に強烈な熱風が白塗り顔を襲う。彼は巨大化した扇を盾代わりに高温から身を守るが、瞬く間に扇に熱が帯びていく。マロウータンは苦しそうに白塗りの顔面を歪ませた。

 やがて炎の壁は一本の火柱、次には一つの火球へと姿を変え上空へ上昇。一定の高さに到達した火球が更に変形する。その最終形態を目にしたマロウータンが顔を強張らせる。


「あ、あれは……まさしく火の鳥(フェニックス)じゃ……!」


 上空に浮かぶ赤炎――その形、姿は、神話に登場する火の鳥(フェニックス)そのもの。燃え盛る大きな翼を広げ、鋭いくちばしと瞳を白塗り顔に向けていた。

 サラが火の鳥(フェニックス)に指令を飛ばす。


「殺れ」


 召喚主の言葉を合図に火の鳥が急降下。白塗り顔を捉える。

 マロウータンは扇を構えて防御の体制に入るも無意味。やがて白塗り野郎に火の鳥が衝突すると、その全身が赤色の火炎に覆われた。


「黒焦げの白塗りさんが出来上がりね」


 嘲笑。ニヤリと口角を上げるサラだったが、直後背後から殺気を感じ取る。


「覚悟しなっ! お嬢ちゃん!」


「!!」


 彼女が振り向いた先には、右腕を水平に伸ばし、こちらに向かって突進してくる鉄腕――ジョーソンの姿があった。


「喰らえっ! 炎の鉄腕ラリアット!」


 紅色の炎に包まれた右鉄腕がサラの喉元に直撃――する寸前、彼女は姿勢を落としこれを回避。空振りに終わったジョーソンが足を止め方向転換。今度は腕をクロスさせてサラに飛び掛かる。


「受けてみろっ! 炎の鉄腕クロスチョップ!」


「雑魚が……」


 サラは左手に握っていた光剣を鉄腕に向ける。その尖端が発光したと同時に巨大岩が出現。それは地面を転がりながらジョーソンに襲い掛かる。


「そんな石ころ! 俺には通用しねえよ!」


 粉砕。

 ジョーソンは迫りくる巨大岩をクロスチョップで木っ端微塵に破壊した。ニヤリと歯を剥き出すジョーソン。彼は前方に視線を向けたが――そこに居る筈の赤髪少女が姿を消していた。


(アイツ! どこへ消えやがった!?)

 

 サラの姿を見失った鉄腕。焦りよりも先に背筋が凍りつくような思いを体験する。


「おじ様、遅すぎだよ」


「!!」


 そうやってジョーソンの耳元で囁くのはサラだった。彼が側方へ視線を移すと赤髪少女が不敵に口角を上げる。


「目障り耳障りだから一旦死んでくれない?」


 彼女はそう言うと鉄腕の背中に左手を添える。そして――


「ぐはっ!!」


 その左手から放たれたのは衝撃波。絶叫の表情を見せるジョーソンの口鼻から噴き出すのは大量の血液。吹き飛ばされた彼の身体は衝撃波と一緒に近くの店舗を破壊することになった。


 ――ここであの男が参戦。


「大星雲!」


「!!」


 気付くとサラの視界は虹色に発光する雲に覆われていた。そして虹色雲の内部に粒状の光が無数に発生。直後、先程聞こえた中年男の声が再び響き渡る。


「流れ星!」


 刹那。虹色雲の奥で輝いていた無数の輝きがサラに向かって放たれた。それはまるで光のシャワーだ。だが、上級空想術使いからしたら単なる豆鉄砲に過ぎない攻撃。彼女が右手を振り上げると虹色雲諸共、光のシャワーが消滅した。


「そ、そんな! 俺の大星雲がっ!?」


 高層住宅の屋上。頭を抱えながら地上を見下ろすのはネビュラ。彼渾身の「大星雲」は一瞬で消滅させられてしまい、ショックを隠しきれない様子だ。


「遊んでいる暇はないのよ!」


 地上ではサラが不愉快そうに国王を睨む。そして左手を構えた。


「いでよ、水龍」


 その左掌から放たれたのは激流。轟音と共に天へ昇っていくその姿はまさしく水の龍だ。その暴力的水圧がトロイメライのトップに迫っていた。


「ひぃぃぃぃっ! ウィンター、なんとかしろ!」


「陛下、私の後ろへ――」


 守護神はネビュラを自分の背後へ退避させると、地上から迫りくる水龍に視線を下ろす。


「これ以上の狼藉は許しませんよ……」


 ウィンターの瞳が青白く光った刹那、水龍が一瞬で凍結。勢いを失ったそれは地上へ墜落。粉々に砕け散った。


「おのれっ! 守護神っ!」


 サラはそう叫ぶと悔しそうに唇を噛む。彼女が次なる一手を講じようとしたその時、背後からあの男の声が轟いてきた。


「姉ちゃん! 覚悟しろっ!」


「……っ! ヨネシゲ・クラフト!」


 サラが背後に視線を向けると、青い光を全身に纏わせ、鬼の形相で右拳を構えて突撃してくる角刈り頭の姿があった。


「これ以上姉ちゃんの好きにはさせねえぞ! 今ここで引導を渡してやる!」


「フン! 馬鹿の一つ覚えみたいに――」


 サラは特に行動を見せずにそのまま起立。一方の角刈りはそんな彼女に警戒しつつも猛進を続ける。


(何もしねえで突っ立ってやがる……また何かの罠か!?)


 そんなことを思っていた矢先――再びヨネシゲは罠に嵌まる。

 先ず角刈りが感じ取った異変は足元から発せられる眩しい光。直後、身体がピクリとも動かなくなる。立ったまま金縛りに遭っているような感覚だ。

 ヨネシゲは視線を下ろす。その足元には、円を描くように一周する文字列と、それに囲まれるようにして六芒星が浮かび上がっていた。所謂「空想陣」である。空想陣の中心に立つ角刈り。彼は直ぐに察したようで前方のサラを睨む。


「姉ちゃん……またやってくれたな……」


「フフッ。学習しない方がいけないのよ」


 角刈りを嘲笑うサラが左腕を水平に伸ばすと、その右手に再び薄紫色に発光する光剣が出現した。赤髪少女が光剣をヨネシゲに向ける。


「本当は甚振(いたぶ)ってから殺してやりたかったけど、私も余裕がないもんでね。一発で楽に逝かせてあげるわ」


「へへっ。お気遣い感謝するぜ……」


 ヨネシゲは強がって笑って見せるも、その顔は明らかに引き攣っていた。


「今度こそ終わりにしてやるわ!」


 サラが地面を蹴る。

 彼女は俊足で角刈りとの距離を一瞬のうちに詰める。間もなく光剣の先端がヨネシゲの心臓を捉えようとしていた。身動きがとれない角刈りはその攻撃を待つことしかできない。だが、ヨネシゲは口角を上げる。


(――俺は諦めねえぞ。また奇跡が起きることを……信じている……!)


 角刈りは静かに瞳を閉じた。


 ――そして、奇跡が起きた。


「もうやめなさいっ!!」


「!!」


 突如、辺り一体に響き渡る女性の怒号。

 女性の声を聞いたサラは足を止め、その場にいた他の者たちも動揺した様子で周囲を見渡す。

 そしてヨネシゲは瞳を大きく見開いた。


「ソフィア……!?」


 そう。その声は、ヨネシゲも知る――最愛の人のものだった。


「――ヘアッ!? ピロピロピロピーッ!」


 突然、イエローラビット閣下が狂い始める。

 珍獣はクルクルと回転しながら上空へ浮遊するとその瞳からビームを発射。夜空に金髪の女性が映し出される。それを見た地上の兵士や野次馬たちが夜空を指差しながら騒つき始める。


「だ、誰だ!? あの女性は!?」


「あ、あれは、まさか!? 創造神……()()()()()()!?」


「そ、そんな筈ねえだろ!? で、でも、トロイメライ神話に登場する女神様と瓜二つだ……」


 人々は夜空に映る女性を見て口々に「アルファ女神」という言葉を漏らす。そして守護神と呼ばれる少年も同じ言葉を口にする。


「あれは……アルファ女神様!? いえ、違います……」


 夜空に映る見目麗しい金髪の女性――ウィンターには見覚えがあった。それもかなり新しい記憶だ。


「あのお方は……クラフト男爵夫人……!」


 そう。夜空に映る女性は――


「ソフィア!」


 ヨネシゲが夜空を見上げながら愛妻の名を叫ぶ。何故なら夜空に愛妻「ソフィア」が映し出されているのだから。


 その一方で、夜空を見上げながら酷く動揺した少女が居た。


「……マ……ママ……!?」


 赤髪の少女――サラは夜空に映るソフィアを見上げながら声を震わせた。


 どよめきが沸き起こる中、夜空のソフィアが強い口調でサラに訴え掛ける。


「お姉さん! いい加減にしなさい! お願いだから酷いことはもうやめて! これ以上私の夫を、私の仲間たちを傷つけないで!」


 今も動揺し続けるサラ。ソフィアの言葉は彼女の耳に届いていない様子だ。そして彼女は角刈りの愛妻に声を漏らす。


「……ママ……私だよ? サラだよ? お願いだから……怒らないで……」


 だがソフィアは一蹴。


「私は貴女のママではありません!」


「……っ!」


 放心状態のサラ。上空を見上げ、唇を震わせながら後退りする。


 その時である。

 強烈な風圧が赤髪少女を襲う。


「鶴の翼!」


「!!」


 不意を突かれたサラは転げ回るようにして転倒。その衝撃で正気を取り戻したようだが――


「姉ちゃん。もう諦めろ……」


「くっ……」


 サラが気付いた時には、ヨネシゲ、マロウータン、ウィンターに包囲されていた。




 その間にネビュラが拘束されたカエデを救出する。


「少女よ。怪我はないか?」 


「へ、へ、へ、陛下!? 陛下が何故こんなところに!?」


 王都のヒーロー「空想少女カエデちゃん」。まさか暴君と名高い国王に救出されるとは夢にも思わなかっただろう。


 カエデが救出される様子を横目にしながら、サラが高笑いを上げる。


「フフフフフ……アハハハハハッ! どこまでも陰湿ね、ヨネシゲ・クラフト!」


「何?」


「夫婦揃って私を嘲笑いたいの?」


「どういう意味だ?」


「私の幸せを奪うだけじゃ飽き足らない? 私の心をそんなに痛みつけたいの?」


「何を言っている?」


 サラが怒号を上げる。


「私はあなたの欲求を満たすための操り人形じゃない!」


 悔しそうに、悲しそうに、顔を歪ます赤髪少女。その瞳から一筋の涙が流れ落ちる。だが彼女は言葉を続ける。


「――だから……ブチ壊してやるのよ……この世界を……!」


 サラが言葉を終えた刹那。ヨネシゲたちの目の前に出現したのは数体の野獣。全身は黒い体毛に覆われており、強烈な体臭を放っている。そしてその人面を見た保安官たちが騒つく。何故ならその顔は某悪徳捜査官(アチャモンド)と瓜二つだったからだ。

 野獣の咆哮が轟く。


「アチャーッ!!」


 何かに飢えている強欲の野獣たち。唾液を垂れ流しながらヨネシゲ、マロウータン、ウィンターに襲い掛かる――が、彼らの敵ではなかった。ヨネシゲは拳から発生させた衝撃波、マロウータンは鶴の翼、ウィンターは凍結の空想術で野獣たちを一瞬で仕留めた。

 再び彼らがサラに視線を向けた時、彼女と、意識を失い倒れるジュエルの体が白色の光に包まれていた。

 サラが鋭い眼差しを角刈りに向ける。


「覚えておきなさい。あなたの幸せも、いつか必ず奪ってあげるから――」


「おい! 待てよコラ!」


 ヨネシゲが怒号を上げるも、既にサラとジュエルはその場から姿を消していた。


 王都西保安署前で繰り広げられた深夜の戦いはこれにて終結となる。



つづく……

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