第248話 乱入者(中編)【挿絵あり】
虹色の雲に包まれながらゆっくりと地上に降り立ったヨネシゲとマロウータン。その主従の腕の中には今も意識を失い続けるノアとグレース。ヨネシゲたちは彼と彼女を地面に寝かせる。その直後、鉄腕ジョーソンが角刈りたちの元へ駆け寄ってきた。
「旦那様! ヨネシゲさん! お怪我は!?」
「案ずるな。問題ない」
「俺も大丈夫です。ジョーソンさんは?」
「ええ、俺も大丈夫ですよ」
一同、互いの無事を確認し終えると、ヨネシゲがある疑問を口にする。
「それにしても、さっきの虹色の雲は一体……?」
突如現れた虹色に発光する雲。それは上空から墜落するヨネシゲたちの身体を包み上げ、その浮力で角刈りたちの安全な着地をサポートした。そして恐らく、この虹色の雲は何者かが空想術で発生させたものだろう。
現在味方サイドで健在なのはヨネシゲを含めてマロウータンとジョーソンの三名。カエデはサラに拘束され身動き取れず。ノアはジュエルとの一騎打ちで負傷、意識を失っている。消去法で考えるとヨネシゲとマロウータンの着地を手助けしたのはジョーソンであるという答えに至る。だがヨネシゲが尋ねると鉄腕は首を横に振った。
「いえ。あれは俺の空想術じゃありません」
「じゃあ、一体誰が……?」
「きっと、あのお二方の仕業ですよ」
「ん?」
ジョーソンはそう言いながら高層住宅の屋上を指差す。そこにはある人物の姿が。同じくその人影を目撃したサンディ軍兵士たちが騒つく。
「お、おい! だ、旦那様だ! 旦那様が来てくれたぞ!」
「やはり、先程の『凍結の空想術』は旦那様が発動したものだったか!」
「流石、強くて愛らしい我らの旦那様だ!」
その人影は――守護神。
主君ウィンターの登場にサンディ兵は歓喜の声を上げるが――主君の隣、その予想外の人物の姿を目にして驚愕する。
「お、おい! もしかして、旦那様の隣の人って……陛下かっ!?」
「嘘だろ!? 陛下が何故ここに居られる!?」
「市井に無関心なあの陛下が重たい腰を上げられたというのか!」
「暴君と悪名高いあの陛下が……信じられん」
「明日、天変地異が起きるかもしれんぞ」
そう。兵士たちから散々な言われようだが、ウィンターの隣に並ぶのは紛れもないこの国の王「ネビュラ・ジェフ・ロバーツ」だった。
そのネビュラ。兵士たちが漏らす悪口を歓声だと勘違いしており、右手を高らかに上げて白い歯を見せる。
「フハハハハハッ! 皆の者、待たせたな! トロイメライ王『ネビュラ・ジェフ・ロバーツ』見参であるぞ! さあ、もっと喜べ!」
そんなトロイメライのトップをウィンターは半目で見つめるのであった。
このような危険な現場に国王が現れたことに、ヨネシゲとマロウータン、ジョーソンも動揺を隠しきれない様子だ。
「――ウィンター様はともかく、何故陛下がここに!?」
「これはどういった風の吹き回しじゃ?」
「こりゃ、明日の朝刊は陛下の話題で持ち切りになりそうだね〜」
ネビュラが現場を訪れた理由は気になるところだが、今は詮索している余裕はない。
「それよりもマロウータン様。先ずはあの赤髪の姉ちゃんを制圧しましょう! どうやら彼女はウィンター様の攻撃を受けて怯んでる様子です。サラを倒すには今が絶好のチャンスです!」
「うむ。そうじゃの! 蹴りをつけるぞよ!」
その隣でジョーソンが鉄腕を鳴らす。
「早いところ俺の相方を縄目の恥辱から解放してやらねえとな!」
三人は互いに顔を見合わせると力強く頷き、蹲るサラへと視線を向けた。
――そのサラ。
彼女は凍結した右腕を左手で押さえながら怒りで身を震わせていた。
(畜生……守護神のガキが邪魔しやがって。この私がこんな無様な姿を晒して殺られるってか? ふざけるな……そんなことは間違ってもあっちゃいけねえ……だけど……)
サラは目の前の角刈り頭を睨む。
(もし……私がここで死ぬ運命だというならば――ヨネシゲ・クラフト、貴様を道連れにしてやる……!)
彼女は膝を落とすと苦しそうにうめき声を漏らす。それを見たヨネシゲは――
「間違いなくあの姉ちゃんは弱ってる。この機を逃すわけにはいかねえ!」
――敵は弱っている。
サラを制圧するにはまたとない機会だ。
角刈りは迷うことなく、地面を蹴った。
「おらぁぁぁっ! 姉ちゃんよ! これ以上勝手な真似はさせねえ!」
咆哮を轟かせながら疾走するヨネシゲ。鬼の形相で、怒気を宿した瞳でサラを捉える。彼が足を踏み降ろす度に砂煙が舞い上がり、地面には衝撃が走る。やがて角刈の全身から発せられるのは青色の光――その姿はまるで青鬼である。そして角刈りが稲光の如く激しく発光する拳を振り上げると、その拳に吸い寄せられるようにして周囲に強風が吹き荒れる。そのあまりの風速にマロウータンやジョーソン、兵士たちは姿勢を低くして飛ばされないように踏ん張った。
鬼に金棒、ヨネシゲに拳――角刈り正義の鉄拳が改革戦士団四天王の紅一点に迫る。
(――少々痛いかもしれねえが、先程のグレース先生のように少し眠ってもらうぞ!)
サラとの間合いを一気に詰めたヨネシゲ。電流を纏わせ青に輝く鉄拳を放った。その彗星が向かう先、苦悶の表情で蹲っていたサラが――口角を上げた。
「――掛かったわね、ヨネシゲ・クラフト!」
「!!」
ヨネシゲの顔が青ざめる。
何故なら、たった今まで苦しそうにして蹲っていた筈のサラが、不敵に微笑みながらこちらに向かって青紫色に光る左手を向けているのだから。
その刹那、赤髪少女の左手から青紫色の光線が放たれた。ヨネシゲは咄嗟に身を翻し回避を試みるもその光速から逃れることはできず。彼の右腕はサラの光線によって射抜かれてしまった。
「うわぁぁぁぁっ!」
角刈りは悲鳴を上げながら地面に倒れ込む。
(クソ、嵌められた! 姉ちゃんの罠だったか!)
サラの罠――彼女にはまだ、ヨネシゲと戦闘するのに十分過ぎる体力が残っていたのだ。
実際、彼女はウィンターに右手を凍結させられて大きなダメージを受けている。だがそれは右手の動きを封じ込まれたに過ぎない。彼女が空想術を使用するのに何ら影響もないのだ。そこを敢えて戦闘不能の重傷を演じることで、ヨネシゲを油断させたのだ。もっと言えば角刈りの思考はサラに見透かされていた――その結果がこれだ。
嘲笑のサラが言葉を吐き捨てる。
「弱った私なら簡単に制圧できると思った? 相変わらず甘いのよ!」
「お……おのれ……!」
ヨネシゲは歯を軋ませながらサラを見上げる。だが角刈りに悔しがっている暇はない。直後ヨネシゲの視界に映り込んだのは――左手に握った光の剣を、角刈り目掛けて突き刺そうとしている、赤髪少女の姿だった。
――その頃、クボウ邸。
一同、ヨネシゲとサラの戦いの様子を固唾を呑みながら見守る。そしてヨネシゲに訪れた危機。ソフィアは顔を青くさせながら、水晶玉に映る夫に向かって必死に叫ぶ。
「あ、あなたっ! 無茶はしないで早く逃げてっ!」
その時。コウメが弁当箱サイズの操作盤らしき物を持ってソフィアの隣に並ぶ。
「お待たせ、ソフィアさん! 貴女の声、旦那さんに届けましょう!」
「はい!」
コウメが操作盤のレバーを手前に引くと、水晶玉がまばゆい光に包まれた。
――ソフィア、乱入。
つづく……




