第246話 三つの一騎打ち 〜ヨネシゲVSグレース〜(後編)【挿絵あり】
ここで初めてヨネシゲが攻勢に転じる。
角刈り頭はその小太り体型から想像もできない程の俊足で瞬く間にグレースとの距離を詰める。
「すまねえが、グレース先生には荒治療が必要だ! 少しばかし痛い思いをしてもらうぞ!」
「ウフフ。掛かってきなさい!」
冷静を装うグレース。だがその内心は違っていた。「ヨネシゲは自分に攻撃できない」――そう思っていたグレースだったが、角刈り頭が攻撃を仕掛けようとしていることに動揺していた。
(あのヨネさんが私に攻撃しようっていうの!? 意外だわ。だけど……どこまで本気なのかしら? 見定めさせてもらいましょう!)
身構えるグレース。その全身には薄紅色に発光する「魅了の煙霧」を纏わせる。
(――そうよ。ヨネさんは元々私に惹かれているから、魅了することなんて容易い筈だわ。最初から煙霧を使うべきだった……)
グレースはニヤリと口角を上げる。
ヨネシゲを「魅了の煙霧」で手中に収めれば、戦闘不能にしたも同じこと。もっと早くにこの方法を取るべきだったと後悔を滲ませつつも、迫りくるヨネシゲに妖艶な眼差しを向けた。
「ウフフ。ヨネさん、今すぐ私の虜にしてあげ――!?」
――だがしかし。
グレースは、視界に映り込んだ光景に顔を引き攣らせた。何故なら数十人の「ヨネシゲ・クラフト」が絶叫の表情でこちらに向かって爆走してくるのだから。
数十名の「ヨネシゲ・クラフト」が一斉にグレースの名を叫ぶ。
「「「「「グレース先生! グレース先生!」」」」」
「いっ!?」
気付くとグレースは数十人の「ヨネシゲ・クラフト」に完全包囲されていた。
その数十名に紛れ込んでいる本体――真の角刈りが僅かに口角を上げる。
(これぞ、ヨネさん忍法『分身の術』だ! まあ、そのままのネーミングだが……一か八か試した幻影の空想術がこんなに上手くいくとはな――)
数十人の「ヨネシゲ・クラフト」の正体。それはヨネシゲが空想術で発生させた分身――幻影だった。
ヨネシゲの分身たちはファイティングポーズをとりながらじわじわとグレースとの間合いを詰める。
「「「「「グレース先生! 本気でかかってこいや〜!」」」」」
「やかましいわよ!」
拳を構えるヨネシゲたち――発光し始めたのはその角刈り頭だった。
「「「「「角刈り針千本!!」」」」」
「!!」
ヨネさん自慢の剛毛の矢が炸裂。針のような髪の毛がグレースの美肌に刺さる。
「痛っ! くっ……! こんなくだらない攻撃で怯んでいる場合じゃないわ……! 喰らいなさいっ!」
グレースが叫んだ刹那。彼女を起点に薄紅色の炎渦が発生。襲いかかってくる剛毛の雨を焼き尽くす。その間にグレースは全身に力を送り込むと、その美肌に刺さっていた剛毛を弾き飛ばした。
だが、妖艶美女に休んでいる暇はない。数十人のヨネシゲたちが一斉に飛び掛かってきた。
「「「「「グレース先生!」」」」」
「くっ!」
今度は幻影たちの拳と蹴りの嵐がグレースを襲う。彼女も自慢の美脚を使った蹴り技や絞め技で応戦。角刈りの幻影を数体消滅させる。それでも尚、ヨネシゲたちの猛攻は止むことなく。腕や肩、脚の関節に集中攻撃を受け、ダメージが蓄積されていく。それに加え彼女の体力も限界を迎えていた。
(最初に体力を使いすぎたわ。無抵抗なヨネさん相手にムキにならなければ――ま、まさか……!?)
グレースは気付く。
ヨネシゲが抵抗しなかったのは、ただ単に自分を傷付けたくなかった訳でない――自分に体力を使わせて自滅させようとしていたのだ。
(確かに……タフなヨネさんならそれができるわね。流石だわ。でも、これでお終いにしてあげるわ!)
ニヤリと笑うグレース。彼女は身体を大きく広げた。次の瞬間、その全身から「魅了の煙霧」を噴射。角刈りの分身たちを飲み込む。
(こりゃいかん! あの煙を吸っちまったら、グレース先生にひれ伏すことになっちまうぜ!)
ヨネシゲは咄嗟に結界を張り、魅了の煙霧から身を守る――だが。
(ああっ! 俺の可愛い幻影たちがっ!)
魅了の煙霧に飲み込まれた数十体のヨネシゲ。幻影とはいえ煙霧の効果は絶大だったようで、角刈りたちは喜悦の声を漏らしながら、蕩けた表情でその場に倒れ込む。
「「「「「グ、グレース先生……ウヘッ……ウヘヘヘヘ……」」」」」
痴態を曝け出す幻影たち。ヨネシゲはそんな自分の分身を見つめながら赤面。頭を抱える。
(分身たちよ……情けないから、もうやめてくれ……)
一歩間違えれば自分もこの幻影たちと一緒に無様な姿を見せていたことだろう。そう考えると恐ろしい。
程なくすると数十体いた幻影たちは全て消滅。ヨネシゲ本体だけがその場に残る。再びグレースと対峙した。
彼女が嘲笑気味に言う。
「ウフフ……理想郷を見せるですって? 残念だけどこんな変態な分身を操る男に、私の夢を叶えることなんてできないわ!」
「夢?」
「そうよ。私の夢はクリーンな世界を作り出すこと! そのクリーンな世界こそが私にとっての理想郷よ!」
ヨネシゲは訊く。
「悪いが……改革戦士団なんかに所属していたら、クリーンな世界なんか一生作り出せないぞ? グレース先生……それでも貴女は今の道を進むのか……?」
「ええ、そうよ。前にも言ったはずよ。強い信念と覚悟で今の道を進んでいると……」
「どんな障壁があっても……突き進むことができるのか……?」
「目的の為なら、壁なんかぶち壊してやる!」
「なら――」
ヨネシゲは強く握りしめた拳を構える。
「この先へ進みたかったら――俺を殺していけ! 俺も大切なものを守るため、貴女をこの拳で叩き潰す!」
ヨネシゲの気迫ある声が轟いた。
「――残念ですよ。ヨネさん……」
一方のグレースは大きく息を漏らす。そして構えた右手には――電流を纏わす薄紅色に発光する光の剣が出現した。
「――ごめんなさい、ヨネさん。貴方にはここで消えてもらいます。せめてもの慈悲です。一太刀で楽に逝かせてあげるわ」
「俺も一発で仕留めてあげますよ」
身構えるヨネシゲ。その顔は強張っていた。
(あんなもんで斬られたら流石の俺もタダじゃ済まねえ……いや、相手はグレース先生。猛者中の猛者だ。気を抜けば確実に殺られちまう――)
そんな角刈りにグレースが伝える。
「ヨネさん! 行くわよ! 覚悟なさい!」
やるしかない!
ヨネシゲは全身に渾身のエネルギーを纏わせ、かつての同僚に力強い眼差しを向ける。
「来い! グレース先生!」
刹那。両者は地面を蹴る。
ヨネシゲは右拳を振り上げ――
「おらぁぁぁぁっ!!」
対するグレースも両手で握る光の剣を頭上高くへ――
「はぁぁぁぁぁっ!!」
グレースの瞳は迫りくる角刈りを捉える。その脳裏を過るのは弟の笑顔。
(――メリル。私は……あなたから尊い命を奪った悪徳貴族を……あの輩を生み出したこの世界が許せない! きっと……きっと……あなたも望んでいるであろうクリーンな世界を……私は必ず作ってみせる! だから……お姉ちゃんに力を貸して……!)
そしてグレースは、ヨネシゲが拳を繰り出すよりも先に光の剣を振り下ろした。
「ヨネさん! 貰ったわっ!」
「!!」
ヨネシゲの表情が固まる。
(速いっ! クソっ! 間に合わねえ! こんな所でぶった斬られるわけには……!)
攻撃が遅れたヨネシゲ。グレースが勝利を確信した――その時。彼女の側方を生温かい風が吹き抜ける。
『お姉ちゃん……もう十分だよ……』
「!!」
彼女の耳に届いて来たのは紛れもない弟「メリル」の声だった。と同時に、剣を振り下ろしている最中だった彼女の腕がピタッと止まった。まるで誰かに腕を掴まれたかのように。そして、再び弟の声。
『お姉ちゃん。もう終わりにしよう』
「メリル!? メリルなの!?」
――返事はない。だが、きっとメリルは直ぐそばに居る。グレースはここぞとばかりに謝罪の言葉を口にする。
「メリル! メリル! ごめんなさい! 私ずっとあなたに謝りたかったの! 許してとは言わないわ……だけど……だけど……謝らせて……馬鹿な姉で……本当にごめんなさい……!」
涙の謝罪。
許してほしいとは言わない。嫌われ続けても構わない。だけど今そこにあなたが居るなら――「ごめんなさい」の一言が言いたかった。
突然、視界が眩しくなる。グレースは涙でぼやける瞳を大きく見開くと、そこに居たのは「メリル」だった。
「メリル……」
『お姉ちゃん……もう泣かないで……僕、怒ってないから……』
「だけど……だけど! 私はあなたにあんな酷いことを!」
『――もう時間がない……』
「え?」
『お姉ちゃん。今お姉ちゃんが進んでいる道は間違ってる! だから、正しい道に戻ろう!』
「で、でも!」
『大丈夫。僕はいつでも見守ってるから……大好きな……お姉ちゃんを……―――』
「メリル!」
――メリルは粒状の光球となり夜空へ舞い上がる。そのキラキラと輝く光球は西へ、西へ、彼の名前の由来となった西の海へと姿を消した。
まるで時が止まったようなひと時――気付いた時には、グレースの視界いっぱいにヨネシゲの拳。
「おりゃあぁぁぁぁっ!!」
「っ!!」
衝撃波を伴った角刈りの気迫ある拳は――グレースの顔面の数ミリ手前で止まっていた。
その拳から放たれた衝撃波を受けたグレースの身体は吹き飛ばされる。その最中、彼女はゆっくりと瞳を閉じる。
(メリル……たくさんの幸せを……ありがとう……)
グレースの瞼の裏に弟の笑顔が映る。
『――お姉ちゃん!――』
彼女の瞳からは大粒の涙。
その身体は瓦礫の山に突っ込んだ。
つづく……




