第245話 三つの一騎打ち 〜ヨネシゲVSグレース〜(中編)
今回はグレースの過去がメインとなります。
――私の出身地は王都西部に位置する「グリーム領」。
敏腕行政官の父と王都中央学院の教師だった母との間に生まれた私は、両親からの愛情を受け、何一つ不自由ない裕福な生活を送っていた。
――本当に幸せだったわ。
そんな私に弟ができた。
私と5つ年齢が離れた弟は「メリル」と命名される。実はこの名前、今回生まれる筈だった「妹」のために私が必死に考えたもの――目の前に広がるトロイメライ西海のように、キラキラと眩しい存在になってほしいという、私の願いが込められていた。だけど、実際に生まれてきたのは「弟」だった。
『ママ〜! どうして男の子なの!? 私、妹が欲しかったのに〜!』
『ウフフ。グレース、ワガママは言わないの。ほら、見てご覧なさい。あなたに似て可愛い顔をしているわ』
『むう〜! 可愛くないよ! これじゃまるでお猿さんだよ!』
妹が欲しかった私。生まれてきた子が男子だと知った時はとても落胆したわ。
正直、初めのうちは好きになれなかったけど、初めて両親からメリルを抱かせてもらった時――
『きゃはははは!』
『か、可愛い……』
弟は眩しすぎる笑顔を私に見せてくれた。その日からだ。私が一生懸命メリルの世話をし始めたのは。
――それから数年の時が過ぎた。見目麗しい容姿を持つ母の血を濃く受け継いだメリルは、気付くと誰もが振り向く美少年へと成長を遂げていた。おまけに素直で心優しく、私にとても懐いている「お姉ちゃんっ子」。気付くと私はそんな弟を溺愛するようになっていた。
少々悪趣味かもしれないが、元々妹が欲しかった私は、女の子が着る服をメリルに着せて楽しんでいた。
『お姉ちゃん……どうかな……?』
『わぁ〜! 凄く素敵! とっても可愛いわ!』
『本当!? 僕、お姉ちゃんが喜んでくれるならいくらでも女の子の服着てあげるね!』
『メ、メリル〜! なんてお利口さんなの〜! 大好きよ〜!』
『お、お姉ちゃん……く、苦しいよ……そんなに強く抱きしめないで……』
彼は恥ずかしそうにするも、屈託のない笑顔を私に見せてくれた。
だけど、そんな日がいつまでも続くはずがない。メリルが思春期を迎えると、流石に女の子用の服は着てくれなくなった。そしてメリルは次第と私を遠ざけるようになる。
『ねえ、メリル! 今度の週末、お姉ちゃんとデートしない?』
『ご、ごめんね、お姉ちゃん。今度の週末は学院の友人と会う約束をしているんだ……』
『そ、そう……なら、仕方ないわね……』
弟を遊びに誘ってもこんな調子で断られる日が多くなってきたわ。それでも――
『お姉ちゃん、これ!』
『こ、これは……!』
『プレゼントだよ。お姉ちゃん、こういうアクセサリー好きでしょ?』
『メ、メリル〜! ありがとう! お姉ちゃん嬉しいわ!』
『わ、わ、わっ!? お姉ちゃん! は、恥ずかしいから離れてよ……』
それでも、弟との良好な関係は続いていた。
――そんなある日の事。
『お姉ちゃん、紹介するよ。僕の彼女だよ』
『か、か、彼女……?』
弟がガールフレンドを連れてきた。
いずれそんな日が来るだろうと思っていた。思っていたけど、私のショックは相当なものだった。
(私の大切な弟を……どこの馬の骨だかわからない女には渡さないわ!)
嫉妬。
大好きな弟が他の女性と仲良くしているところを想像するだけで怒りが込み上げて、悔しい気持ちになった。
その日の夜、私は弟を自室に呼び出して、問いただす。
『メリル! お姉ちゃんに何の相談も無しに女の子と付き合うなんてどういうこと!? 説明しなさい!』
『べ、別に……いいじゃないか……』
『良くない! ここ最近のあなたはお姉ちゃんに冷た過ぎるわよ! 可愛い服も着てくれなくなったし――』
すると温厚な弟が、初めて私に対して声を荒げる。
『お姉ちゃん、いい加減にしてよ! 僕は男だよ!? 彼女くらい作ったっていいでしょ!?』
『メ、メリル……』
『それに僕はお姉ちゃんの着せ替え人形じゃない! いつまでも僕に付き纏ってないで、いい加減結婚相手でも見つけたら!?』
弟の言葉にカッとなった私。
『黙りなさい!』
『!!』
『そんなことわかってるわ! 思春期を迎えた弟に付き纏って、女の子の服を着せようとしてるなんて、自分でも変な姉だと思ってる!』
『お姉ちゃん……』
『もし……あなたが女の子だったら……一緒に可愛い服を着せ合いっこできたのに……』
『え?』
『私は……私はね! 妹が欲しかったのよっ!! 弟なんて要らなかったわ!!』
『!!』
私は怒りに身を任せて言ってはいけないことを言ってしまった。でも時すでに遅し。私の視界に映り込んだのは、今にも泣き出しそうな悲しい表情で立ち尽くす弟の姿だった。
『……そんな……酷いよ……』
『メ、メリル……今のは違うの! ご、ごめ――』
『もう知らない!』
『ま、待って! メリル!』
『お姉ちゃんなんか大嫌いだ!』
『!!』
弟はそう怒号を上げると私の部屋から出ていった。
(違う……違うのメリル! あなたが弟だろうが妹だろうが関係ない。あなたが私から遠ざかっていくのがとても怖いだけなの……)
翌朝。
登校しようとする弟をいつも通り見送ろうとする私だったが――
『メリル、いってらっしゃい! 気を付け――』
『………………』
メリルは私と目を合わせることなく無言で家を出ていく。
(昨日の今日だから仕方ないわ。――メリルが帰ってきたら、ちゃんと謝らないと……)
弟が帰ってきたら昨晩の発言をしっかりと謝ろう。そしたら弟もきっと許してくれるはず。そう思っていた。だけど――弟が生きて帰ってくることはなかった。
この頃。行政官の父と、家督を継いだばかりの領主は領内の施策について激しく対立していた。
この領主。先代とは違い、領民たちから税金を巻き上げることしか考えていなかった。真面目な性格の父は領主に考えを改めるよう進言するが、尽く却下。度重なる父の反発が、やがて悪徳領主の逆鱗に触れることになる。
『此度の増税、スタージェス卿がまた猛反発してくることでしょうな』
『――スタージェスには跡取りの息子がいたな……』
『ええ。確か今年で16になりますので、成人の儀も近々……』
悪徳領主はニヤリと口角を上げる。
『――殺れ。これはスタージェスへの警告だ』
『かしこまりました――』
――その夜、弟は帰宅せず。
翌朝、港の倉庫街で変わり果てた姿となって発見された。目と口は布で覆われ、縄で縛られた身体には無数の刺し傷。保安署の安置室で弟と対面した私はショックのあまりその場で気絶してしまった。
犯人は皆知っていた。あの悪徳領主の仕業であること――これ以上、自分たちのする事に口を出すなという、領主からの警告であるということを。
だが確たる証拠もなく、また相手が貴族ということもあり、捜査は打ち切られた。何もできない自分に腹がたった。
その後は不幸の連続だったわ。
父は最愛の息子を失ったショックと責任から自ら命を絶ってしまった。母も体調を崩し、持病の影響も相まって数ヶ月後に亡くなった。
――大切なものは全て失ったわ。
私は、弟と家族と過ごしたグリームの街と決別。家族が眠る墓標の前で別れを告げた。
『さようなら、メリル。パパ、ママ……』
――私は王都へと向かった。
『――はい、ここ注目! この問題、次回のテストに出しますからね――』
『――いらっしゃいませ! 出来立てのあんドーナツはいかがですか――』
『――ウフフ。こちらのお洋服、お嬢様にとてもお似合いですよ。はい! お買い上げありがとうございます――』
王都では色々な仕事を経験したわ。だけどどれも長続きせず。結局、身体を売って食いつなぐことにしたわ。
『――おじ様、この後どうですか? たっぷりとサービスしてあげますよ――』
知らない男たちに抱かれ続ける毎日――私は癒やしを求めるようになる。自分好みの美少年を見つけては声を掛けて連れ帰った。
『――ウフフ。ボク、一人? どう? お姉さんとイケナイことしてみない?――』
だけど、私の心が満たされるのはそのひと時だけ。
そして――私がお酒に溺れ始めていた頃。いつものように王都のバーで酔いつぶれていると、一人の男が水の入ったコップを差し出してきた。
『――お嬢さん。そろそろ薄めなさい。深酒はいけませんよ……』
『うぃ〜。うるさいわねぇ……飲まなきゃやってらんな……ういひくっ!』
私が顔を上げるとそこに居たのは、フェイスベールを身に着けた怪しげな中年男だった。
『何よ……私とやりたいの? 言っておくけど……私は高いわよ?』
『オッホッホッ。いや、お嬢さんと少し話をしてみたくてね。そんなに飲まれて……何か嫌なことでもあったのかな?』
『……聞きたい? とっても重たい話よ? ういひくっ!』
『是非とも……聞かせてくれるかな?』
私はその男に全て打ち明かしたわ。お酒の影響もあったかもしれないけど、つい話し過ぎてしまった。
『……私は……弟に……メリルに……謝りたい……』
『……そうか……心中お察しする……』
その後、男は私を家まで送り届けてくれた。その道中、ある話を持ち掛けられる。
『弟さんの仇をとりたくないかね?』
『メリルの……仇……?』
『ああ、そうとも。お嬢さんから大切な弟を奪った悪徳貴族をこの世から排除するのだ。私は――そういった組織を運営していてな――』
自宅に到着すると男はこう言い残す。
『無理強いするつもりはない。だが、お嬢さんにその気があるのなら手を貸してあげよう。どうだね? 私とこの世界を作り変えないか? クリーンな世界に――』
『クリーンな世界……』
『そうだ。まあ、よく考えてみなさい。私はもう少しだけ王都に滞在している。あのバーには時折立ち寄るから、その時にでも返事を聞かせてくれ……』
『あ、あの……お名前は……?』
『――マスターと申します……』
その翌日。私はマスターと接触する。
『おじ様。どうか私に力をお貸しください。弟の仇を取る力を!』
『そうか。だが、タダというわけには――』
『もちろん。新しい世界を作るため――私もお力添えさせていただきます! 共にクリーンな世界を作りましょう!』
『オッホッホッホッ! よく決断してくれた。君は少しトレーニングすれば強大な戦力となろう』
マスターはフェイスベール越しからでもわかるほど口角を上げた。
『ようこそ――改革戦士団へ!』
改革戦士団なる組織に入団した私は、速攻でグリーム領主の屋敷を襲撃。悪徳貴族と、メリルを殺害した実行犯たちを惨殺したわ。
――でも私の心は満たされない。だって、仇をとったところで弟は戻ってこないんだから。
それからというもの、私は気持ちを紛らわすかのように王国各地の悪徳貴族たちを次々と駆逐。その武功はマスターから評価され私は改革戦士団の戦闘長の地位を手にすることとなった。そして――
『総帥。お呼びでしょうか?』
『ああ。君にある任務をお願いしたいのだ』
『任務……ですか……?』
『そうだ。グレースよ。君には教師として王立カルム学院に潜入してほしいのだ』
『王立カルム学院――』
そして私は、貴方と出会った――
『――いや〜奇遇だな。俺も見入っていたところなんですよ。何度見ても立派な校舎ですからね!』
『失礼ですが、おじ様は学院の関係者ですか?』
『え? ええ。一応、関係者ですよ。とは言っても、今日が初出勤なんですけどね!』
『そうだったんですか! 実は私、今日は教師の採用面接を受けるために、この学院を訪れたんですよ――』
――語り終えたグレースは悲しげな笑みを浮かべていた。角刈りが静かに口を開く。
「それが……グレース先生の過去……?」
「ええ、そうよ。心の隙間を埋めるために、理想郷を追い続ける、哀れな女の過去ですよ……」
「だったらグレース先生……今すぐ足を洗え……改革戦士団とこれ以上付き合うな……」
「ウフフ……私に足を洗わせてどうするつもりですか……?」
ヨネシゲは拳を握りしめると、力強い眼差しをグレースに向ける。
「――理想郷なら……俺が見せてやる……!」
刹那。角刈りは地面を蹴った。
つづく……




