第244話 三つの一騎打ち 〜ヨネシゲVSグレース〜(前編)
王都西保安署の上空。
一騎打ちの様子を静観するのは、ウィンターとネビュラ。国王は初めて目にする激しい戦いの様子――改革戦士団の猛威を目の当たりにして絶句。
「……なんと激しい戦いなのだ……こんなことが王国の各地で行われていたというのか……」
守護神はネビュラの隣に並ぶと、トロイメライの現状、そして改革戦士団の脅威を伝える。
「ええ。このトロイメライの各地では、領主や貴族同士が私利私欲のために激しい戦を繰り広げています。そして改革戦士団なるものは無差別に街を襲撃し、罪なき者たちの命を奪い続けています。南都も、カルムも、昨晩の襲撃も、この暴力的な空想術で多くの命が失われました……」
「………………」
言葉を失うネビュラにウィンターが言う。
「これ以上、尊い命が失われないためにも――陛下、トロイメライを正してみませんか?」
「トロイメライを……正すだと?」
臣下の突然の提案。
返答に困るネビュラに守護神が言葉を続ける。
「はい。この荒れに荒れたトロイメライをあるべき姿に戻す為には――この国の頂点に立つ陛下のお力が必要不可欠なのです。トロイメライの明暗は陛下の手にかかっています」
「俺の手に……」
ネビュラは臣下の真剣な眼差しを見つめた後、再び地上に視線を下ろした。
――その地上。
改革戦士団四天王サラは、意識を失うジュエルを抱きかかえながら、チェイスが突っ込んだ瓦礫の山を険しい表情で見つめる。
(――ジュエルに続いてチェイスまでやられるとは……完全に油断したわ。おまけに野郎の命はもう……一体、なんの為の救出作戦だったのよ!? これじゃ全てが水の泡だわ!)
失態。
その言葉がサラの頭の中を埋め尽くす。
彼女は悔しそうに唇を噛みながら、今尚繰り広げられる一騎討ち――部下グレースとその対戦相手ヨネシゲに視線を移した。
(グレース。貴女には生きたまま帰還してもらわないと困るのよ。だから……こんな下らない勝負、とっとと終わりにしてあげるわ!)
サラは空想杖をヨネシゲに向かって構える。
「――あの角刈り頭、ぶち抜いてやる!」
赤髪少女はそう言葉を吐き捨てながら空想杖に力を込める。その様子を真横で見ていたカエデが――鎖で縛られた身体でサラに突進。不意を突かれた赤髪少女はバランスを崩し、カエデに押し倒される形となった。空想少女がサラを怒鳴りつける。
「話が違うじゃない! これは一騎打ちだよ!? 一対一の真剣勝負に外野が手出しするな! あなたも強者なら最後までこの勝負を見届けなさい!」
「黙りなさい!」
「!!」
サラが空想杖を一振りした刹那、突然発生した黒い帯がカエデの口を覆う。サラは、猿轡をされてうめき声を漏らす空想少女を蹴り飛ばし、自分の胴から退かすと、不愉快そうな表情で警告。
「調子に乗ってんじゃねえぞ……これ以上私を怒らせば命はないからね。これは私の最初で最後の警告だから覚えておきなさい。小娘が……!」
サラが向ける氷のように冷たい眼差しに、カエデは身を震わせた。そして赤髪少女が再びヨネシゲへ空想杖を向けようとすると、部下の声が彼女の耳に届く。
「サラ! 手出し無用よ!」
「グレース」
そう。声の主はグレース。彼女は先程の騒ぎでサラの行動に気付いた模様だ。
グレースが赤髪少女に訴える。
「申し訳ないけど、この勝負、最後まで見届けてくれないかしら?」
「もうそんな悠長なことは言ってられない。もし貴女まで失ったら――」
「安心なさい。勝てないとわかったら、大人しく負けを認めて、あなたにバトンタッチするから――ねえ、ヨネさん。それでいいでしょう?」
グレースがヨネシゲに言葉を振ると、期待通り答えが返ってきた。
「ああ、俺はそれで構わない」
そして角刈りはサラに身体を向ける。
「姉ちゃん、焦ることないじゃんか。彼女の望み通り最後までこの勝負を見届けてくれよ。改革戦士団の四天王様なら、それくらいの余裕を持ち合わせているだろ?」
「偉そうに……」
憎悪に満ちた表情でヨネシゲを睨むサラ。その彼女に角刈りは笑顔を見せる。
「ガッハッハッ! まあ安心しろって。俺がグレース先生を殺めることはねえから。彼女には自分が犯した罪を償ってもらう」
その言葉を耳にしたグレースが笑いを漏らす。
「ウッフッフッ! ヨネさん、私を檻にぶち込むつもりですか?」
「ああそうだ」
「相変わらず甘いですね。私を殺すつもりでかかってこないと――命を落とすことになりますよ?」
「そう言うグレース先生もいい加減本気でかかってきたらどうだ?」
「ウフフ。それはこちらのセリフ。ヨネさんこそ、いい加減攻撃してきたらどうですか? なんの抵抗も無しに私の攻撃を延々と喰らい続けて何がしたいのかしら? もしかしてヨネさんは私に傷みつけられたい超ドMさんなの?」
「ナッハッハッ。そうかもな。グレース先生も俺の攻撃が欲しかったら、もっと俺を喜ばせてくださいよ!」
「くっ……」
グレースは悔しそうに唇を噛みしめる。
対峙する両者。
ヨネシゲとグレースの一騎打ちもマロウータンたちと同時に開始された――が、この二人の戦いは奇妙な展開を迎えている。
ヨネシゲは腕を組み仁王立ち。一騎打ち開始直後から一方的にグレースの攻撃を受け続けている。
方やグレースは大きく呼吸を乱していた。傍から見ると彼女が劣勢に立たされているように見えるが、まだヨネシゲからの攻撃を一つも受けていない。寧ろダメージが蓄積されているのは角刈りの方と言えよう。
グレースは一騎打ち開始前のヨネシゲとの会話を思い出す。
『――ウフフ。果たして優しいヨネさんに私を傷付けることができるかしら? まあ、できないでしょうけど』
『ガッハッハッ! ご名答! 実はどうやってグレース先生を制圧しようか考えていたところなんですよ。こりゃ参ったぜ……』
『ウフフ。では私の攻撃、たっぷりと味わってくださいね――』
――グレースが地面を蹴った。
たわわな胸を揺らし、短いスカートの丈から曝け出す美脚で全力疾走。ヨネシゲとの間合いを一気に詰める。
(ヨネさんが女性に手を上げられないのは予想通り。だけど、無抵抗の相手を攻撃し続けるのは流石に気が引けるわ。とはいえ、あのヨネさんが大人しくやられてくれるとは到底思えない。彼が隙を見せてくれている間に戦闘不能にしなければ……)
実はグレース。角刈りの命を奪おうとまでは考えていない。ヨネシゲを戦闘不能にしてこの場を早々に離脱することだけを考えていた。
既にジュエルは戦闘不能。保安署から自分と共に救出されたチェイスは最悪の結末を迎えてしまった。
――これ以上の深入りは無用。
組織のことを考えるなら、サラに引き継いでヨネシゲを抹殺してもらうのが最善の策だろう。だが――「情」というものがグレースの障害となっていた。
(ヨネさん、お願いだから大人しく私にやられてちょうだい。それが貴方の生存できる唯一の選択肢なんだから――)
駆けるグレース。仁王立ちのヨネシゲ。
妖艶美女は飛翔すると角刈りの頭部に向かって飛び掛かる。そして――
「ヨネさん! 大人しく堕ちてください!」
「うぐっ……」
ヨネシゲは苦悶の表情でその場に倒れ込む。
(――こ、これは、ご褒美か!? いや、そんな呑気なこと言ってる場合じゃねえ。このままじゃ窒息しちまう!)
――それは大蛇の如く。角刈りの首を締め上げるのはグレースの両太腿だった。
グレースは嘲笑気味に艶っぽい声を漏らす。
「ヨネさん、どうですか? 私の太もも。ヨネさん、いつも私の脚ばかり見てましたよね? でも今はこんな目の前に私の脚がありますよ? 嬉しいでしょ?」
「うぐ……く……苦しい……」
美女が更に強い力で彼の首を締め上げる――ところが突然彼女の身体が引きずられ始める。
「くっ……凄い力……」
「グレース先生……足りねえな……まだまだ足りねえよ……!」
「!!」
刹那。ヨネシゲを寝技に持ち込んでいたグレースの身体が一気に持ち上がる。気付くと彼女は角刈りに肩車されていた。そしてヨネシゲは今も尚自分の首を締め上げる彼女の太腿を掴み、こじ開けるようにして美脚の圧迫から逃れようとする。流石のグレースも力ではヨネシゲに敵わない様子。角刈りの肩から飛翔し、再び彼の正面で対峙する。
「ウフフ……ヨネさん、どさくさに紛れて私の太ももを触りましたね? どうでしたか? 私の生脚の触り心地は?」
彼女の問い掛けに角刈りは呼吸を乱しながら返答する。
「ゼェ……ゼェ……ゼェ……ナッハッハッ……最高でしたよ……いや、失敬失敬……緊急事態だったからな……でも……このまま堕ちるのも悪くなかったかもしれねえな……」
「ウッフッフッフッ! 相変わらず冗談がご上手ですこと!」
高笑いを見せるグレース。だがその内心は違っていた。
(――お願いだからもう抗わないで。これ以上、貴方を庇いきれない……!)
グレースは横目でサラを見る。赤髪少女は苛ついた様子で空想杖を握り、いつ角刈りを攻撃しても可笑しくない。
グレースが焦りを滲ませていると、ヨネシゲが落ち着いた口調で語り掛ける。
「――こうやってグレース先生と話していると、カルム学院での日々を思い出すよな。グレース先生と冗談を言い合っていた頃が懐かしい……」
それは本心なのだろう。角刈りは哀しげな微笑みを見せながら俯くも、グレースは毅然とした様子でヨネシゲに言葉を返す。
「同情を誘うつもりですか? その手には乗りませんよ。そもそも私は『愛想の良い女』を演じていただけ。貴方は私が振りまいていた愛想に鼻の下を伸ばしていたに過ぎないのよ? 騙されていることにいい加減に気付きなさい! いつまでも『先生』呼ばわりはもううんざりよ!」
次第とグレースの口調が強くなる。まるで自分の気持ちを否定するように――だが。
「俺はそんな風には思っていはいないぞ?」
「は?」
角刈りが口にした台詞に妖艶美女は拍子抜けした様子で声を漏らした。ヨネシゲは彼女を問いただそうとする。
「グレース先生が俺に見せてくれた態度は素の貴女だ。決して『愛想の良い女』を演じているようには見えねえ。俺はこう見えても人を見る目はある。俺が見てきたグレース先生は全てが本物だ。寧ろ偽っているのは今の貴女だ。そうだろう?」
「……何を言ってるの……本当に貴方はお馬鹿な人ですね……あれは全てが演技……今の私こそが嘘偽りない本当の私よ……!」
会話は膠着。これ以上角刈りが訴え掛けても彼女は否定するだけだ。そう思ったヨネシゲが話題を変える。
「そんじゃグレースさんよ。一つ教えてくれや」
「なんです?」
「貴女は何故改革戦士団に加担する? 何の考えも無しに入団した訳じゃねえだろ?」
「それを貴方に話したところで何か問題が解決するの? 私の心の溝を埋めることができるの!?」
「――弟さんのことか?」
「!!」
「弟」――そのワードを聞いた瞬間、グレースの顔が強張る。次第にその美貌は悲痛に満ちた表情へと変わっていく。
ところで何故ヨネシゲの口から「弟」という言葉が出てきたのか? 角刈りはカルム学院襲撃事件の際、グレースと交わした会話を思い出していた。
『――グレースさんよ。あなたがやっていることは、人の道を外れている! それに、国を作り変えるにしても他に方法があるだろ!? 改革戦士団なんかに加担するな! 頼むから考えを改めてくれ!』
『ヨネさん。私の考えは揺らぎませんよ。それなりの覚悟と信念を持って改革戦士団に入団しましたから。私の夢は悪徳貴族共を一掃すること。私から、大切な弟を奪ったあの連中を……!』
ヨネシゲが改めてグレースに尋ねる。
「――グレース先生。大切な弟さんを失ったみたいだが……それが貴女を蛮行に駆り立てる理由なのか?」
「そうだと言ったら?」
逆に問い掛けるグレース。ヨネシゲが怒声で返す。
「改革戦士団なんかにこれ以上加担するなっ! こんな蛮行を繰り返していたら弟さんが悲しむだろ!?」
「勘違いしないでほしいわ。あくまでも私が標的にしているのは救いようのない悪徳貴族や悪党共。弟だって奴らがこの世から消えることを望んでいる筈だわ。それに私は善良な市民は殺めていない。弟が悲しむことは――」
「ふざけるなっ! 貴女はこの間アラン君たちを殺めようとしただろっ!? 『私は善良な市民は殺めていない』だって? 何かのヒーロー気取りのつもりか!? 冗談じゃねえ! そもそもな、蛮行を繰り返す改革戦士団に属している時点で貴女も同罪だ! だが……貴女が言うことが本当ならまだ引き返せる! 正しい道に戻ろうぜ!? なあ、グレース先生よ!」
「もう遅いっ! もう遅いのよ……今更引き返したところで……弟は戻ってこない……」
「グレース先生……」
悲痛で顔を歪ますグレース。瞳から込み上げくるものを指で拭う。その姿を目にしたヨネシゲ――何も言えなかった。
(グレース先生。貴女がやっていることは許されねえ。許されねえが……貴女の気持ちは痛いほどわかる……)
現実世界で大切な妻子を突然失ったヨネシゲ。その計り知れない悲痛と失望は経験したものにしかわからない。そしてグレースもまた、大切な弟の命を予告なしに奪われたのだろう。
――彼女の気持ちを察すると胸が張り裂けそうになる。
ヨネシゲが顔を俯かせていると、グレースの消えるような声が聞こえてきた。
「……ヨネさん……聞いてくれます? 私の弟の話を……」
そして彼女が静かに語り始める――溺愛していた弟の話を。
つづく……




