第243話 三つの一騎打ち 〜マロウータンVSチェイス〜(後編)
「ウホォォォォッ!!」
絶叫のマロウータン。白塗りから放たれた衝撃波は無差別に周囲のものを巻き込むことなく、前方のチェイス目掛けて迫る。
それを待ち構える猛犬は腕をクロスさせると空想術で光のバリアを発生させて攻撃に備える。
「やれるもんならこのバリア、破ってみなっ! 掛かってこいやっ! この白塗り野郎がっ!!」
轟く咆哮。
その凄まじい気迫はその場に居合わせたイエローラビット閣下にボブ、サンディ軍兵士や野次馬たちを萎縮させる。大半のものが恐れ戦き後退りしていた。屋敷で生中継を見ていたソフィアたちも顔を強張らせる。
放たれた衝撃波は進路上の瓦礫を粉砕。一瞬でチェイスの元まで到達する。その音速を超える空気の砲撃の威力はチェイスの想定を遥かに上回っていた。彼のバリアはまるで刃が立たず。衝撃波を受けた刹那、バリアは粉々に破壊された――が、チェイスは全身で衝撃波を受け止める。
姿勢を低くし、両手足を大きく広げながら、飛ばされないように、押し流されないように必死に踏ん張る。その攻撃を受け止めようとすればするほど抵抗は大きくなり、チェイスが受けるダメージは相当なものだ。全身の骨は折れ、内臓も損傷、悶絶の表情で口鼻から血を漏らす。それでも尚、猛犬は立ち続ける。その様子をマロウータンが固唾を呑みながら凝視。
(――あの小僧、なんという気迫と根性じゃ!? 並の精神力じゃないぞよ!)
ここでチェイスが荒行を披露する。
猛犬は空想術を駆使して衝撃波を掴む。そしてそれを両腕で抱きしめ、抱きしめ、丸め込む。例えるなら巨大なボールを抱きしめながら中の空気を抜いていくようなイメージだ。次第に力を失う衝撃波は最終的に消滅。チェイスによって封じ込まれてしまった。
――だが、既に猛犬の全身は傷だらけ血塗れ。彼は両手両膝を地に着けながら大きく生きを荒げる。
ボロボロになったチェイスにマロウータンが言葉を放つ。
「ウッホッハッハッハッ! 見事じゃ。なかなかの熱血男ぶりじゃったぞよ」
白塗り顔の言葉を聞いたチェイスが怒りを滲ませた表情を見せる。
「熱血男だと……? ふざけるなよ……俺を脳筋野郎共と一緒にするんじゃねえ……!」
「いいや。そなたは誰よりも熱い熱血男じゃ! 儂やヨネシゲよりも遥かにな」
「あんまり俺を馬鹿にするんじゃねえぞ……」
「馬鹿にはしておらん。そなたを見て率直な感想じゃ。察するにそなた――『空想格闘技』の有段者じゃな?」
「!!」
マロウータンから発せられた『空想格闘技』というワード。それを聞いたチェイスが顔を引き攣らす。一方の白塗りは言葉を続ける。
「空想格闘技……文字通り、空想術と格闘技を融合した、最高峰の武術じゃ。特に精神力と体力が求められる競技であり、それが有段者ともなれば並外れたものになる筈じゃ。脳筋熱血野郎のそなたのようにな」
「………………」
本来なら反論している筈の猛犬は口を閉ざす。そんな彼にマロウータンが問い掛ける。
「こう見えても儂は空想格闘技を嗜んでおってのう。一通りの大会の結果はチェックしておる。じゃが、そなたの名は今まで聞いたことがなかった。そなた程の実力者なら数々の大会で名を残し、師範にもなれた筈じゃが――どこで道を踏み外した?」
「フッフッフッ……フハハハハハッ! 白塗りさんよ、随分な洞察力だな」
「ウホッ。大したことはないぞよ」
「フッ。お察しの通り、幼い頃から空想格闘技に打ち込んできた。世界一の男になるためになっ!」
チェイスは明かす。自分が嘗て空想格闘技の特訓に明け暮れていたことを。そして彼は白塗りにあることを尋ねる。それは唐突な質問だった。
「アンタ……『アンドリュー・パワーズ』という男を知っているか?」
「勿論じゃ。『アンドリュー・パワーズ』といえば数々の大会で輝かしい功績を残してきた空想格闘技界の重鎮。隣国イタプレスが誇る偉大な格闘家ではないか」
白塗り顔は即答。
『アンドリュー・パワーズ』――その名はこの世界に住むものなら一度は耳にしたことがある、凄腕の空想格闘家だ。だが、既にこの世の者ではない。彼がこの世を去った理由もこれまた有名である。
「――もう20年以上前になるかのう……アンドリュー率いるパワーズ一門はゲネシスの空想術使いとの戦闘に敗れてしまい、アンドリューを含む多くの弟子たちが命を落としたと聞き及んでおる。彼の一人息子は生き延びたそうじゃが――」
何故、このタイミングでチェイスの口から『アンドリュー』の名前が出てくるのか? マロウータンは先程チェイスから侮辱された際の会話を思い出す。
『――フフッ。図星か? まあいい。偉そうにしていられるのも今のうちさ。俺は知っている。偉大すぎる大黒柱を失った家の末路を――クボウは貴様の代でお終いだ――』
マロウータンは直感で感じ取る。
「ま、まさか……!」
白塗り顔がチェイスに視線を向けると、彼はにやりと口角を上げていた。そして猛犬の口がゆっくりと開かれる。
「察しの良いアンタならすぐに気付いてくれると思ってたぜ。――そうさ。俺はあの『アンドリュー・パワーズ』の実の息子だ!」
「なんじゃと! し、しかし、アンドリューの息子の名前がチェイスという名前とは初めて知ったぞよ!? もしやチェイスという名前は偽名なのか……?」
「フフッ。俺の名前を知らないのも無理もねえ。当時の俺はまだガキで、大会の予選で敗退するような出来損ないだったからな……」
現在、改革戦士団第4戦闘長として数々の蛮行を働いてきた冷酷無比の男。その正体は、イタプレスが世界に誇る空想格闘家『アンドリュー・パワーズ』の実子――『チェイス・パワーズ』だった。
――俺もアンタと同じで偉大な父の背中を負い続けていた脳筋小僧だった――が、俺には空想格闘家としての才能が無かった。いや……あるにはあるんだ。だが、親父のように世界の天辺を取るだけの天性の才能は備わっていなかった。それでも親父は根気強く俺を育ててくれた。
『チェイスよっ! この調子で腕を上げていけば、いつか必ず世界の天辺を取れることだろう! 大切なのは気合いと根性! 諦めない気持ちだっ! この俺の背中を追い続けてみろ!』
『ああ親父! どこまでも追い続けてやるぜっ!』
『そしていつの日か……この俺を超えてみせろ!』
『おうっ!』
だが、俺がオヤジを超える日は――もうやって来ることはない。
ある日のことだ。親父と弟子たちが不穏な会話をしていたのは。
『師範! ゲネシスの『ダニエル』に挑戦状を叩きつけたとは本当ですか!?』
『ああ。世界の天辺を取る為にはどんな相手でも制圧できなければならん!』
『し、しかし、空想格闘技はあくまでも競技。本格的な空想術と争うなど無理がありすぎます! それに相手は凄腕の空想術使い……正直勝算が……』
『黙らんか! この腰抜けがっ! 例え相手がバーチャル種の空想術使いであろうとこの拳と気合いと根性でねじ伏せてやるわっ!』
そして親父と弟子たちは決闘場所となる、イタプレスとゲネシスの国境にある荒野を目指した。
――親父たちが二度と戻って来ることはなかった。
偉大な熱血男の憐れな最期。相手が強敵ならば、気合いや根性など何の役にも立たねえ――俺の熱も次第に冷めていった。
気付けば俺は裏社会の一員だ。この世界を生き抜いていくのに気合いや根性は必要ねえ。必要なのは冷酷無情の心だけ。たがそこに面白みは一つも無い。そんな退屈な日々を送っていたある日、リーゼントの男が俺の元を訪ねてきた。
『オメェがチェイスか?』
『誰だ貴様?』
『俺は改革戦士団のチャールズだ。俺らと一緒にこの世界をぶち壊してみねぇか?』
『世界をぶち壊すだと?』
『そうだ。このつまらねえ世界をぶち壊して、新しい世界を作るんだよ!』
――面白そうな話だ。刺激を求めていた俺は迷うことなく改革戦士団への入団を決めた。
「――てな訳だ。結局俺は親父の期待を裏切り、道を踏み外した愚か者だ。親父の足元には……遠く及ばねえよ……」
苦しそうに息を荒げながら言葉を終えるチェイス。その表情はどこか悲しみを帯びていた。その彼にマロウータンが嘆くように言葉を漏らす。
「――本当に愚かじゃ。そなたの父が天で泣いておるぞ」
猛犬は失笑。
「だろうな……親父に合わせる顔がねえぜ……」
白塗り顔は真顔で言う。
「安心するがよい。そなたが向かうのは天ではなく地獄じゃ。父と顔を合わすことはないじゃろう」
「フッ。随分と酷いこと言ってくれるじゃねえか――」
直後、チェイスの気迫ある雄叫びが轟く。ズタボロの身体で立ち上がり、覇気が宿った瞳でマロウータンを睨む。その姿は――まさしく熱血男だ。
「なら……生きているうちに俺の勇姿を親父に見せてやらねえとな! おい、白塗り。悪いが俺のカモになってもらうぜ!」
「臨むところじゃ」
「うおぉぉぉぉっ!! 行くぞぉぉぉっ!!」
絶叫のチェイス。熱血男は瞳を見開くと地面を蹴った。彼は瞬く間に白塗り顔との間合いを詰めると白色に発光する気合い玉を纏った右拳を振り上げ殴りかかる。だがマロウータンは冷静な眼差しでチェイスを見る。
(――そなたに儂を倒すだけの余力は残っておらんが、その気合いと根性だけはあっぱれじゃ。そなたは決して許すことができない大罪人。じゃが、せめてもの手向けじゃ。儂の渾身の一撃で葬ってやろう。あの世で父にたっぷりと叱ってもらえ……)
マロウータンは扇を広げると野太い声を轟かせながら舞い踊る。
「どこまでもふざけた野郎だなっ! 覚悟しろよ! 今日が貴様の命日だぁっ!!」
目の前の標的を確実に仕留める。そのことだけを考えながら突き進むチェイスだったが――脳裏を過るのはあの日交わした父との会話。
『チェイスよ。なぜ俺たちは高みを目指す?』
『それはもちろん! 強さを追い求めるためだ!』
『では、何故強さを求める?』
『そ、それは……』
『答えられないだろう? 無理もない。俺もわからんからな!』
『な、なんだよもう……』
『だが一つ言えることがある』
『?』
『この強さは人を傷付けるためにあるわけじゃない。何か大切なものを守るためにあるのだ!』
『大切なもの? 何だよそれ?』
『それは……お前自身が見つけろ――』
「――おりゃあぁぁぁぁっ!! 死ねぇぇぇっ!!」
チェイスの渾身の気合いの拳が白塗りの顔面に向かって放たれた――刹那、白塗り顔が振り抜いた巨大化した鉄扇が熱血男の全身を捉える。
「ありゃあぁぁぁぁっ!! 麻呂扇奥義! 『鶴の翼』!!」
「ぬっ!!」
顔面が、腕が、脚が、銅が、歪む。全身の骨は粉々に粉砕。破裂した内蔵は鮮血と共に口から吐き出し、声にならないうめき声を漏らす。まるで朽ち果てた人形のようなその身体は瓦礫の山へ向かって吹き飛ばされた。
(――親父。大切なもの……見つけらんなかったぜ……)
チェイスが突っ込んだ瓦礫の山は轟音と共に崩れ去った。立ち込める砂煙が夜空に向かって立ち昇る。
つづく……