第242話 三つの一騎打ち 〜マロウータンVSチェイス〜(前編)【挿絵あり】
ノアとジュエルの一騎打ちが相打ちという結果で終わった頃。戦いを激化させる男たちの姿があった。睨み合うのは、クボウ家当主「マロウータン・クボウ」と改革戦士団第4戦闘長「チェイス」だ。
白塗り顔は「麻呂舞踊続物」を駆使して、炎、雷、氷、光、岩などと融合させた旋風を身に纏い、空想術で鋼鉄化させた扇でチェイスに襲い掛かる。
一方の冷酷猛犬も負けてはいない。両手に持った鉄製の旋棍でマロウータンの扇を受け止める。鍔迫り合いとなり、膠着状態となったところでチェイスがトンファーに電流を纏わす。
「白塗り野郎! 食らって見やがれ! 俺の気合い砲を!」
「!!」
チェイスのトンファーから放たれたのは、激しい電流を帯びた白色の光線。マロウータンは咄嗟の判断で大きく飛翔、これを回避した。その後、白塗り顔は数回後方回転しながら着地。チェイスとの間合いを取りながら口角を上げる。
「ウッホッホッ。チェイスとやら。腕を上げたようじゃのう」
「フフッ。オジャウータンの息子に褒めてもらえるとは光栄だぜ!」
「ウホホ……オジャウータンの息子か……そう呼ばれるのも久々じゃのう……」
そう言われた白塗り顔は、亡き父を想いながらどこか嬉しそうに、それでいて悲しそうに微笑んだ。しかし感傷に浸っている暇はない。直後チェイスから放たれたのは電流を纏った光球「気合い玉」。バチバチと激しい音を立てながらマロウータンに迫る。
「食らってみやがれっ! 俺の気合い玉っ!」
「ウホッ。『気合い玉』と『気合い砲』の違いがわからんのう……」
猛犬の攻撃を小馬鹿にしながら鼻で笑う白塗り顔は右脚を構える。やがて迫りくる気合い玉がマロウータンに衝突する直前、彼はその右脚で光球を蹴り上げた。
「ありゃぁぁぁっ!!」
その刹那。光球は軌道を変え、夜空へと昇っていく。だが蹴り上げられた気合い玉は一定の高さまで到達すると、その勢いを失い、地上へと落下を始める。
再び右脚を構える白塗り顔。落下してきた光球を足で受け止めた。そして――
「ほよっ! ありゃ! ほ〜れっ!」
光球を使ってリフティングを始めるマロウータン。白塗り顔は気合い玉を蹴鞠の如く、右足から左足、両膝へと移し替えていく。
その様子を呆然と見つめるチェイス。
「……冗談じゃねえぞ……」
自身が放った渾身の気合い玉は、白塗り顔の玩具として弄ばれている――屈辱だ。
チェイスは悔しさで顔を歪ませるが、すぐにその表情を強張らせた。
マロウータンは再び光球を空高くへ蹴り上げると、その背中を猛犬に向ける。
(白塗りの野郎、何をするつもりだ!?)
身の危険を感じたチェイスは咄嗟に身構えた。
そうこうしているうちに光球が再び地上へ。白塗り顔はタイミングを見計らって――後方回転、身を翻す。そして、ちょうど頭と足の位置が入れ代わった時、その足の前には落下してきた気合い玉が。マロウータンは渾身の力でその光球を蹴飛ばし、絶叫。
「これが本当の気合い玉じゃっ!」
「!!」
自身が敵に放った光球――今は自分に向かって迫っていた。
チェイスは旋棍が握られた両腕をクロス。気合い玉の衝撃に備える。
マロウータンが蹴った光球は瞬く間に猛犬との距離を詰め――激突。
「うおぉぉぉぉっ!!」
チェイスは雄叫びを上げながら気合い玉を受け止める。ところが両手に握られていたトンファーには無数のヒビが入る。
(受け止めきれねえ……!)
刹那。トンファーは光球によって粉々に粉砕された。結果としてチェイスは全身で気合い玉を受ける形になってしまい、その身体は光球に押し流されるようにして、背後の保安署庁舎へと突っ込んだ。と同時に庁舎一階部分の一部が崩れ去る。
その様子をマロウータンは仁王立ちしながら見つめていた。
程なくすると、瓦礫の中から一人の人影――そう。チェイスだ。彼は額と口鼻から血を流し、目の前の白塗り顔を血走った瞳で睨む。
「白塗り野郎……効いたぜ。久々に俺もスイッチが入っちまったかもしれねえ……」
「ウホホ。初めから本気で掛かってこないからこうなるぞよ」
「貴様……!」
怒りで見を震わすチェイス。一方のマロウータンは不敵に口角を上げると、チェイスの力を評価する。
「じゃが……そなたの実力もなかなかじゃの。敵ながらあっぱれじゃ!」
「いい気になってるんじゃねえぞ……」
白塗り顔の言葉は猛犬の癇に障ったようだ。チェイスが罵倒する。
「貴様がどんだけ偉いか知らねえが、いつまでもお高く止まってんじゃねえぞ!?」
「別に儂は……お高く止まってなんかおらんぞよ!」
「黙れっ! 親の七光り野郎が!」
「七光りじゃと?」
「ああそうさ。貴様は所詮、父親の名前や肩書きを借りて今の地位を手に入れたに過ぎない。オジャウータンという存在がなかったら、今のように偉そうにはしてられねえだろう」
「ぐぬぅ……言わせておけば……」
チェイスの侮辱。マロウータンはヒビ割れたデコレーションケーキの如く、その白塗り顔を悔しそうに歪める。一方のチェイスは嘲笑を浮かべながらマロウータンを煽り立てる。
「フフッ。図星か? まあいい。偉そうにしていられるのも今のうちさ。俺は知っている。偉大すぎる大黒柱を失った家の末路を――クボウは貴様の代でお終いだ」
「クボウがお終いじゃと?」
「ああ?」
「撤回するのじゃ……この童が……!」
チェイスの無礼な発言の数々。マロウータンは怒気を宿した瞳で猛犬を睨んだ。
(――クボウは終わらぬ……終わらせはせぬ……! 父上が残してくれたこのクボウを!)
――マロウータンの脳裏にあの日の記憶が蘇る。
夕焼けに染まる南都。儂は父と二人で散歩をしておった。まだ幼かった儂が月に数回だけ父に甘えることができる貴重な時間じゃった。
『父上! 肩車してくだされ!』
『よし! どれ……』
父がしゃがみ込むと、儂はその大きな背中をよじ登る。儂が肩に乗ったところで父が立ち上がった。その途端、景色が一変。2メートルを優に超える父オジャウータンの肩から見る景色は、まるで南都城から城下町を一望している気分じゃった。
『ウホ〜! 高い高い!』
『オジャハッハッハッ! マロウータンよ。これが南都の頂点に立つ男の目線じゃ!』
『あっ! 父上、見てください! 海も見えますよ!』
『そうじゃのう!』
『いいな〜。マロも早く父上のように大きくて偉い人になって、綺麗な景色を沢山見たいです!』
『――儂の肩の上から見る景色がそんなに綺麗か?』
『はい! 凄く綺麗です! 大好きです!』
『そうか――』
『父上?』
すると父は儂を肩から下ろす。
『マロウータンよ。人は偉くなり過ぎると、自ずと美しいものにしか目を向けなくなるものじゃ。無理もない。大きくなった分だけ下のものは見えにくくなる――』
そして父はしゃがみ込んで儂の肩に手を添える。
『じゃからこうして、時々腰を落とし、下の様子に目を向けねばならぬ。つまり……儂が言いたいのは、今のそなたの目線を大切にしてもらいたい。そなたの視線からでも美しく、綺麗で、尊いものは沢山発見できる。ほれ、見てみよ。民たちの笑顔を――美しいじゃろ?』
『はい……』
『あの美しい笑顔は儂らの宝じゃ。決して失ってはならぬ。あの笑顔を守るために儂らクボウが居るのじゃ。じゃからそなたには――』
『ウホッ!?』
父は儂の身体を軽々と持ち上げ肩に乗せる。再び肩車じゃ。
『――じゃから、そなたも儂のような立派な大人になって、クボウと民たちを守ってほしい。それが父の望みじゃ。マロウータンよ、できるな?』
『はい! マロも父上のような立派な大人になってクボウと民たちを一生守っていきます!』
『オジャハッハッハッ! 頼もしいのう! 期待しておるぞ!』
『はい!』
――父上の望み、クボウの宝を守るためにも、クボウは滅びるわけにはいかんのじゃ!
「ウホォォォォォッ!!」
絶叫のマロウータン。
扇を振り抜くとその体から衝撃波が放たれた。
つづく……




