第23話 戦乱の世
自宅に戻って昼食を済ませたヨネシゲは、空想世界の新聞に見入っていた。
この空想世界はソフィアの書いた物語がベースになっている。ヨネシゲはその物語を穴があくほど読んでいた。にも関わらず、この世界に関しての知識が乏しいとヨネシゲは実感していた。
現代であればインターネットを使えば簡単に情報を入手できる。しかし、この世界にインターネットは愚か、テレビやラジオなどの情報網が発達していない。
そして、この世界でいち早く情報を入手できるものが新聞だ。この世界の人々は新聞を読んで、最新の情報を手に入れているのだ。
ヨネシゲは家に溜まった古新聞も含め、貪るように情報を頭に入れていた。
新聞には相変わらず、黒髪の炎使いことダミアンの、残虐非道な悪事の数々が記されていた。
(あの野郎っ! 本当に腐ってやがるぜ! 許せねぇよ! だが、それにしても……)
ダミアンの悪事はさる事ながら、ヨネシゲが新聞を読みながら、ある不安を抱いていた。それはこのトロイメライ王国の情勢についてだ。
長年に渡り、大陸の半分以上を国土として有してきたトロイメライ王国は、歴史、名実ともに正真正銘の大国である。ところが、その大国を支配する王族の力は次第に弱まり、星の数ほど存在する各地の領主たちは、好き放題に行動している。汚職で私腹を肥やし、権力を盾に民たちから多額の税金を巻上げ、隣領の領主とは領土や権利を巡って戦に明け暮れている。全ての領主がこれに当てはまる訳では無いが、善良な領主はほんの僅かである。
そしてこの国の王も、国内の情勢には殆ど目を向けず、領土拡大のため隣国との戦いに明け暮れている。民たちは年々増額される税金に悲鳴を上げていた。人々は戦いで入り乱れたこの時代を「戦乱期」と呼んでいた。
ヨネシゲは新聞を読みながら独り言を漏らす。
「この国は領主同士の争いが絶えないのか。それに王国軍、ゲネシス帝国に進軍って……また戦争でも始めるつもりか!? 平和そうに見えて、このカルムの人たちも多額の税に悩まされているのかな?」
不穏な出来事が書かれた数々の記事を、ヨネシゲは手に汗を握りながら読み進める。そこへソフィアがヨネシゲのために用意した珈琲を持ってくる。
「はい、あなた。珈琲よ」
「おお、すまんな。ちょうど飲みたかったところだよ」
早速ヨネシゲは熱々の珈琲が注がれたカップを手に取ると、息を吹きかけ冷ましながらすすり始める。
「美味い! 美味すぎる! 流石、ソフィアの淹れた珈琲は最高だな」
「大袈裟だよ。それにしても随分熱心ね」
新聞を熱心に読むヨネシゲの姿にソフィアは感心した様子だ。そしてヨネシゲはソフィアにトロイメライ王国の情勢についての話を始める。
「カルムタウンの様子を見ている限り、平和な国だと思っていたんだが、そうでもなさそうだな」
「確かに、カルムタウンはトロイメライの中でも平和な部類に入るわ。領主様も民思いのお方だし。だけど……」
ソフィアが突然顔を曇らす。透かさずヨネシゲが理由を尋ねる。
「どうしたんだ?」
「今このカルムタウンの隣にある、グローリという街の領主と、南都の雄と呼ばれるホープタウン領主が戦を始めようとしてるの」
「隣の領主が戦だと!? そいつは穏やかじゃないな」
ソフィアの説明によると、カルム領の隣、グローリ地方領主「エドガー・ブライアン」は悪徳領主として名高い男。このカルム領にも度々ちょっかいを出してくる悩ましい存在だ。
先日エドガーは、突如として、第2の王都と呼ばれる南都アナザローヤルの南都大公に宣戦布告を行う。
南都大公とは、王都から遠く離れた南都に王族の権力を行き渡らせるため、派遣された王弟のことである。
南都大公に楯突くということは王国を敵に回すのと同じ行為。すぐにエドガー討伐の軍を編成されることとなった。
討伐軍の総大将に抜擢されたのは、南都の雄と呼ばれる、ホープ地方領主「オジャウータン・クボウ」だ。
オジャウータンは南都貴族と呼ばれる上級貴族。前国王の側近として内政、外交、軍事などで手腕を振るい、現在は南都大公に仕え、その信頼は絶大なものである。今回のエドガー討伐も彼が主導している。
更にソフィアが説明を続ける。
「もうじき、その討伐軍の一部がこのカルムタウンに到着するらしいの」
「討伐軍がカルムタウンに!? なんで!?」
「このカルムタウンに討伐軍の一部を駐留させたいみたいだよ。お義姉さんがそう言ってた。私はこのカルムタウンが戦火に巻き込まれないかが心配よ」
オジャウータンはカルム領を西側の拠点とし、討伐軍の一部を駐留させる模様だ。
カルム領民たちは、戦に巻き込まれるのではないかと不安を抱いている。しかし、カルム領主はオジャウータンと同盟を結んでいる仲。更にそのオジャウータンは、王国に楯突いた逆賊を討ちに行くのだから、協力しない訳にもいかない。
ただカルム領はあくまで後方支援という形で協力するそうで、直接的な被害を受けることは無いという見立てだ。何故なら、今回オジャウータンが率いる討伐軍は、クボウ軍と南都軍の主力部隊、並びに王国軍からの応援と、その他周辺の領主軍からなる、150万の大軍勢。対するエドガーは10万程の兵しか有しておらず、討伐軍の勝利は決まったとまで言われている。
ソフィアは悲しそうな表情を見せる。
「エドガーが討たれれば、グローリ領はオジャウータン様の手に渡ると思うわ。そうなればカルムタウンも安泰だけど……その代償として、この戦で多くの人が犠牲になるわ。理由はともあれ、戦なんてやめてほしい」
「ああ、ソフィアの言う通りだ。戦なんて行うもんじゃない! 話し合いで解決する努力をするべきだ!」
するとソフィアがヨネシゲにある忠告をする。
「それと、お義姉さんやお義兄さんの前では、あまり戦を否定しないほうがいいかも。お義姉さんは元軍人でお義兄さんは現役軍医だからね」
ヨネシゲはハッとする。メアリーと義兄が戦を生業にしてきたことを思い出した。
姉のメアリーは何を隠そう元軍人。そして、メアリーの夫、つまりヨネシゲの義兄の「ジョナス・エイド」は現役軍医として各地を飛び回っているそうだ。
ちなみにジョナスもまた、実在する人物で、現実世界でも軍医として活躍している。
「ジョナス義兄さんも現役軍医、戦と深く関わっている人間だしな。下手なことは口にしないほうがいいか」
「ええ。そしてそのお義兄さんなんだけど……」
「ジョナス義兄さんがどうしたんだ?」
次のソフィアの言葉にヨネシゲは衝撃を受ける。
「お義兄さん、今回の討伐軍本隊に同行しているのよ」
「な、なんだって!?」
驚いたことに、ヨネシゲの義兄ジョナスは討伐軍本隊の軍医として同行していたのだ。
「ジョナス義兄さん、大丈夫か……!?」
突然知らされた事実にヨネシゲは不安に襲われるのであった。
つづく……
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