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ヨネシゲ夢想 〜君が描いた空想の果てで〜  作者: 豊田楽太郎
第五部 トロイメライの翳り(王都編)
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第240話 三つの一騎打ち 〜ノアVSジュエル〜(前編)

 三つの一騎打ち。

 今、戦いの火蓋が切られようとしていた。

 その内の一つ。睨み合う男女は――サンディ家臣「ノア」と改革戦士団幹部「ジュエル」だ。

 ノアは空想術を使用してその体を(ヒョウ)の姿に変貌。着ている衣服と頭部の金髪でかろうじて彼が「ノア」だと判別できる。

 対するジュエル。月明かりを浴び、桃色の髪を靡かせるその姿はまるで輝く宝石の如く。だがその美貌を苦虫を噛み潰したかのように歪ませ、目の前の豹人間に言葉を吐き捨てる。


「――その姿、気持ち悪いよ? 変身するなら耳と尻尾を生やすくらいに留めてくれないかしら?」


 ノアは牙を剥き出しニヤリと口角を上げる。


「そんじゃ変身する意味がねえだろ? 限りなく豹の姿に変身することでその恩恵を得られるんだ。例えば、その瞬発力――」


「!!」


 ノアが地面を蹴った刹那。彼は瞬間移動の如くジュエルとの間合いを詰める。気付けば彼女の首元に噛みつくことができる距離にその牙があった。

 だが、桃色髪は咄嗟に拳を水晶化。空想術でパワーを増強させた水晶の拳を豹の顎に放った。


「汚らわしい! 近寄らないで!」


「くっ!」


 水晶の拳がノアの顎を(かす)る――が、豹はその瞬発力を活かし飛翔。身を翻しながら着地。ジュエルとの間合いを取る。


「フッ。自分から喧嘩を売っておいて『近寄らないで』はないだろう?」


「うるさい。あなたは大人しく串刺しにされていればいいの――」


 不愉快そうな表情を見せる桃色髪が瞳を大きく見開く。次の瞬間。地面から突き出てきたのは先端が尖った水晶の柱だった。


「同じことを……!」


 飛翔――高く、高く、ノアは夜空へ向かって高度を上げていく。彼を追いかけるようにして伸び続けていた水晶の柱は、一定の高さになると動きを停止。それを確認したノアの表情が緩むが――


「――追え」


 ジュエルの声を合図にその鋭利な水晶柱の数々が地面から放たれた――水晶の矢だ。

 迫りくる水晶の矢。ノアは口から青い炎を放射し、これを撃ち落とそうと試みる。だがその勢い凄まじく、尚且つ水晶の矢は高温の火炎を物ともせず。放射された青色の炎を貫いた矢がノアの腕、脚、腹部を捉えた。


「うぐっ!」


 豹人間はうめき声を漏らしながら地上に墜落。うつ伏せの状態で蹲る。ジュエルはその彼を見下ろしながら冷笑。


「あら? もう終わり? 大口を叩いてた割には大したことないのね」


 桃色髪の言葉を耳にしたノア。息を荒げながら鋭い目付きで彼女を見上げる。


「……終わりなわけ……ねえだろう……」


 彼の脳裏にはあの日の記憶が蘇る。それは彼がウィンターに仕える前――まだ盗賊団に所属していた少年ノアが、サンディ家の屋敷に忍び込んだ際の記憶だ。


 一攫千金。

 そんな淡い期待を抱いて俺たちはサンディ家の屋敷を襲撃した。もちろん勝算はあったんだ。一年程前に前当主「グレイシャー」はウィルダネスの「ノーラン」に討たれ、家督を継いだ長子「ウィル」も先日ゲネシスに攻め入って大敗。名門サンディは衰退していた。当然、屋敷の警備も満足に行えていない筈――そんな浅はかな考えで俺たちは屋敷に足を踏み入れたが、案の定返り討ちに遭ってしまった。

 仲間たちは尽く討ち取られ、逃走を図った俺も矢の雨を浴び瀕死の状態。

 それでも俺は力を振り絞って庭の物陰に身を潜めたが、もう身体を動かすことはできなかった。自分の胴に刺さる矢と漏れ出す血液を見て悟ったよ――俺はもう死ぬんだなと。

 遠退く意識の中、突如俺の視界に映り込んだのは、まだ幼い銀髪の少年だった。少年は躊躇うこともなく、負傷した俺の胴に両手を翳し始める。俺は訊いた。


『……おい……ガキ……何をするつもりだ……?』


『……痛いの……嫌でしょ? 僕も痛いの嫌いだから……今すぐ治してあげるね……』


 少年が天使のような笑みを見せた刹那。その両手が白色に発光したと同時に俺の身体から痛みがスーッと消えていく。刺さっていた矢も無くなり、胴の傷口も塞がっていた。俺は少年の並外れた空想術に驚嘆する。


(なんだこのガキ!? なんて凄い空想治癒術を使いやがるんだ!?)


 直後、少年は顔を青くさせながらその場に倒れてしまった。

 突然の出来事に動揺する俺だったが、間もなく人の気配を感じとる。


『――これは願ってもない機会だ……』


『だ、誰だっ!?』


 俺が睨む先には白髪の中年男の姿――サンディ家の重臣だった。そして重臣は俺にこう言い放つ。


『――少年よ、お前を見逃してやる。その代わり、ウィンター様を拐ってくれないか?』


『さ、拐うだって!?』


 意味がわからない。思考を停止させる俺に重臣は一通の書状を手渡す。


『表向きは盗賊に拐われた――だが、真の目的はウィンター様の保護だ。この子をオーロラ神殿まで送り届けてほしい。このままでは……ウィンター様は実兄(ウィル様)に殺されてしまう』


『殺される……?』


『少年よ。お前に少しでも良心があるというなら――私に手を貸してほしい』


『嫌だと言ったら?』


『今ここで消えてもらおう』


 ――俺は重臣の要求を飲んだ。命が惜しいもんでね。まあ、この銀髪の少年を山奥の神殿まで送り届ければ、俺の命は保証される。安い仕事だ。

 そんなこんなで無事少年を神殿に送り届けたが――俺はそこで神官からある事実を知らされる。

 少年は兄から酷い虐待を受けており、その体に無数の痣を作っていたそうだ。そして少年は「身代わりの治癒術」を使用して、俺が負った怪我を身代わりしてくれていたのだ――


 自業自得で負った怪我。本来俺が受けるべき苦痛を今この少年が味わっている。俺は情けない気持ちと申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


 少年が生死の境を彷徨い続けること一週間。彼はなんとか意識を取り戻してくれた。目を覚ました少年が俺の顔を見て最初に言った言葉――


『……お兄ちゃん……大丈夫……? もう痛くない……?』


『……すまねえ……すまねえ……』


 俺は号泣しながら、少年にひたすら頭を下げた。


 ちなみに少年が俺を助けた理由――それは「痛そうで、可哀想だった」という子供らしく単純なものだった。だけど、彼の慈しむ心で俺の命は救われたのだ。そんな献身的で慈悲深い少年が神様のように思えた。


 ――そして俺は心に誓う。

 足を洗い、命の恩人であるこの少年に一生お仕えすることを。


 その数年後。重臣から呼び戻された少年は、暴政を敷いていた実兄を討ち取り、サンディ家の家督を継ぐことになった。

 

(――旦那様。貴方に生かされたこの命、貴方の為に使わせていただきます! 命ある限りどこまでもお支えします!)


 蹲っていたノアだったが、よろめきながらもその場から立ち上がる。そして、確かに覇気が宿った瞳でジュエルを睨む。

 

「……返しきれない程の恩が残ってるっていうのに……こんな所で死ねるかよ!」


「――なら、抗ってみなよ」


 相変わらず冷たい眼差しを向けるジュエルが両手を構える。すると彼女の周囲に無数の水晶の矢が発生。その尖端は言うまでもなくノアに向けられていた。


「今度こそ仕留めてあげる」


「そう簡単に俺は殺れねえぜ?」


 不敵に口角を上げるノア。その両手から放射された青の炎は桃色髪を包囲する。やがて青色の火炎はあるものを形成。それを目の当たりにしたジュエルの顔が強張った。


「炎の……豹……!?」


 それは青色火炎で形成された十数体の豹。桃色髪を完全包囲していた。


「先に仕留められるのはアンタだ!」


「させない!」


 ノアの怒号を合図に青色火炎の豹たちが一斉にジュエルに飛び掛かる。対する彼女もノアに向かって水晶の矢を放った。


 ジュエルは歯を食いしばる。


(私だってこんな所じゃ死ねない……私だって恩返ししなくちゃいけない人が居るんだから!)


 ジュエルは数ヶ月前のある記憶を思い出す――「黒髪の炎使い」と出会ったあの日の記憶を。



つづく……

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