第239話 対峙する因縁
それはまるで黄金色に輝く針の流星群。
角刈り頭から放たれた針と化した無数の剛毛が、改革戦士団サラに襲い掛かる。だが彼女は羽織っていたマントで全身を覆い、角刈り針千本から身を守る。そして剛毛の嵐が収まったところで、サラはマントを翻し、角刈り頭を睨む。
「ヨネシゲ……クラフト……!」
彼女が視線を向ける先――そこには腕を組み、鬼の形相で仁王立ちするヨネシゲ。その隣には扇を頭上に掲げ、片手を水平に伸ばし、蹴鞠の上で起立しながら、真顔で謎ポーズを決めるマロウータンの姿があった。
主君たちの姿にジョーソンがニヤリと口角を上げる。
「待ってましたぜ。マロウータン様、ヨネシゲさん。もう少しで俺の鉄腕がへし折れるところでしたよ……」
一方で突如現れた角刈りと白塗り顔に、グレース、チェイス、ジュエルの三者は驚きを隠しきれない様子で言葉を漏らす。
「ヨ、ヨネさん……どうしてここに……!?」
「あの白塗り野郎! ブルームで死んだんじゃなかったのかよ!?」
「ヨネシゲ・クラフト……昨晩に続いて今日も私たちの邪魔をするつもり!?」
困惑の改革メンバーを横目に、ヨネシゲとマロウータンの到着に興奮する者たちは、ボブとイエローラビット閣下だ。彼らは相変わらず馬鹿デカい声で実況を行う。
「なんとっ! カエデちゃんのピンチに心強い助っ人が現れたぁ! 我らがマロウータン様と、その家臣ヨネシゲ・クラフト卿だ! イエローラビット閣下さん。これは熱い、熱すぎる展開ですね!」
「はい。胸熱ですね。きっとあの二人なら、改革の小娘共を蹴散らしてくれることでしょう!」
そして、彼らが提供する少々騒がしい生中継を見守る者たち――両手を組み、嬉し涙を浮かべながら言葉を漏らすのはソフィアだ。
「あなた……間に合ってくれて良かったわ……!」
その隣ではドランカドとコウメが絶叫。
「いっけー! ヨネさん! マロウータン様! 昨日のダミアンみたいに、奴ら全員ボコボコにしちゃってください!」
「ダーリンっ! 早くカエデちゃんを助けてあげて!」
シオンとクラークは静かに水晶玉の映像を見守る。依然として予断を許さない状況ではあるが、彼女たちの表情は期待と希望に満ち溢れていた。
――対峙するヨネシゲとサラ。緊迫した空気が辺りを支配する。
角刈りは笑ってない目で赤髪少女を見つめ、歯を剥き出しながら口角を上げる。
「おう! また会ったな、姉ちゃんよ!」
対するサラも不気味な笑みを浮かべながら言葉を返す。
「フフッ、ヨネシゲ・クラフト。お元気そうでなにより。ブルーム平原では世話になったわね。昨晩はダミアン相手に大暴れだったらしいじゃない?」
「ああ、お陰で全身筋肉痛だ。あのクズを仕留める事ができなくて本当に残念だったぜ」
「まあ、貴方の実力もその程度ってことよ」
ヨネシゲは彼女の言葉に眉を顰めるも、カエデの解放を要求する。
「無駄話は終わりだ。悪いが、カエデちゃんを返してくれるか? 俺の大切な仲間なんだよ」
「返せと言って大人しく返す馬鹿がどこにいるの?」
サラは、鎖で拘束されたカエデの胸ぐらを掴み上げながら、ヨネシゲたちを挑発する。
「この子を返してほしかったら、力尽くで奪い返してみなさい」
胸ぐらを掴まれるカエデは瞳で角刈りに救いを求める。
(……ヨネシゲさん……助けて……)
その眼差しに応えるようにヨネシゲは静かに頷くと、着ていたシャツの袖を捲り上げる。
「力尽くか……言っておくが、ブルーム夜戦の俺を想像してもらっちゃ困るぜ? 俺はこの短い間に確実に成長した。諄いようだが、昨晩あのダミアンを退けた事実を思い出してくれ」
ヨネシゲは誇らしげに右拳を掲げる。だがサラは嘲笑。
「フン。ダミ公一匹ぶっ飛ばしたくらいで、いい気になってるんじゃないわよ? 相変わらずおめでたい男ね」
サラは上空に浮かぶ暗黒球体に空想杖を向ける。
「まあいいわ。天狗になっていられるのも今のうちだから。貴方をこのブラックホールで王都ごと飲み込んであげるよ」
「ブラックホールだって!?」
ヨネシゲは顔を強張らせながら暗黒球体を見上げる。
(あれがさっきから感じる途轍もないエネルギーの根源か!? あんなもので王都の街を攻撃されたら……!)
ヨネシゲはサラに制止を求める。
「おい待て! 王都の市民たちを巻き込むような真似は止すんだ! もしやるんなら俺を倒してからにしろ!」
サラは冷たい眼差しを角刈りに向ける。
「先ほどまでの威勢はどこにいったのかしら……貴方も知ってるでしょ? 私たちが手段を選ばないことくらい……」
一方のヨネシゲは赤髪少女を扇動する。
「威勢ならあるぜ! それともなんだ? 俺とサシで勝負するのが怖いのか?」
「アッハッハッ! 誰が怖気付くですって? 貴方の命を奪うことなんて虫を潰すよりも容易いわ」
「そこまで言うなら俺とサシで勝負しろよ! 誰も巻き込まない、正真正銘の一騎打ちを! 暴れるならそれからでも遅くはないだろ!?」
「――わかったわ。そこまで言うなら受けて立ってあげるわ」
――思惑通り。
ヨネシゲはニヤリと口角を上げる。
(――悔しいがあの姉ちゃんの強さは本物だ。もし彼女を倒せる方法があるとしたら、ダミアンの時のように一騎打ちに持ち込んで力技で押し切る他ねえ……)
角刈りは両拳を構える。
サラとの一騎打ちが始まる――そう思われた時、意外な人物が介入してきた。
「――ヨネさん。私と手合わせ願えるかしら?」
「グ、グレース……先生……!」
そう。ヨネシゲの前に立ちはだかったのは、教師としてカルム学院に潜入し、学院祭襲撃を首謀したあの魔性の女「グレース」だった。
案の定、サラがグレースを制止。
「グレース。貴女は下がってなさい」
だがグレースは譲らず。
「お願い、サラ。彼の相手は私にさせて。ヨネシゲ・クラフトは私にとっても因縁の相手。自分の気持ちにケジメを付けたいの……」
サラは大きく息を漏らした後、グレースに訊く。
「勝算はあるの?」
グレースは口角を上げる。
「大丈夫。ヨネシゲは、私には攻撃できないわ」
「――なら、やってみなさい」
「ありがとう」
サラからの許可を得たグレースはヨネシゲに身体を向けると、着ていた上着を脱ぎ捨てる。
「さあヨネさん、始めましょう。体と体のぶつかり合いを……!」
「グレース先生……目を覚ませ……!」
対峙する角刈りと魔性の女を横目に、こちらでも因縁の者同士が睨み合う。
チェイスは狂気じみた笑みでマロウータンを睨む。
「よう! 久しぶりだな白塗り野郎。てっきり死んだかと思ってたぜ!」
「ほよ? そなたはいつぞやの――思い出した、悪魔のカミソリ頭領じゃな!」
「ちげーよっ! 俺は改革戦士団第4戦闘長チェイスだっ! 忘れたとは言わせねえぞ!?」
「ウホッ。これは失敬。余りにも小物すぎて忘れておったわい」
「どこまでもふざけた野郎だぜ。冗談は顔だけにしておけよ……!」
「この無礼者めが……!」
チェイスが電流を纏った右腕を構えると、マロウータンは扇を頭上高くに掲げた。
カルム学院で対峙した両者が今宵王都の地で再び相見える。
その様子を険しい表情で見つめるサンディ家臣ノア。
「ヨネシゲ殿とマロウータン様が改革の戦闘長たちと……これはえらいことになったぞ……!」
その時。ノアの足元から槍のように尖った無数の木の根が突き出る。彼は飛翔。間一髪のところでこれを回避。と同時に右手から青い炎を放射。木の根を焼き尽くす。
ノアの視線の先には、両手を構える桃色髪の女――ジュエルの姿があった。彼女は冷たい眼差しを向けながら言う。
「お兄さん、昨晩の続きをしましょう。串刺しにしてあげるよ」
対するノアは軽く鼻で笑った後、全身に青い炎を纏わせる。
「いいだろう。かかってきな! だが、初めに言っておくが、俺はアンタが思っているような優しい人間じゃねえぞ? 生命の保証はできねえからな?」
「それはこちらのセリフ。臨むところよ」
鋭い瞳でジュエルを睨むノア。その身体は豹の姿に変貌を遂げていた。
腕を組み仁王立ちするサラ。彼女は三つの一騎打ちを静観することにした。
「まあいいわ。頃合いを見計らって奴ら全員ブラックホールに飲み込んでやる……」
その隣ではカエデが神に祈りを捧げる。
(……お願い……神様……みんなを守ってください……)
程なくすると三つの一騎打ちが開始された。
つづく……




