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ヨネシゲ夢想 〜君が描いた空想の果てで〜  作者: 豊田楽太郎
第五部 トロイメライの翳り(王都編)
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第238話 出撃!? トロイメライ王

 ドリム城内・バルコニー。

 柵から身を乗り出し歓楽街の方角を凝視するのは国王ネビュラだ。彼は顔を強張らせ、額からは大量の汗を流す。


「何なんだ……この体が引き寄せられるような感覚は? 一体歓楽街で何が起きてやがる!?」


 歓楽街の方角から感じる引力。例えるなら鉄になってしまった自分の体が、遠くにある巨大な磁石に吸い寄せられているような感覚だ。まだ微力ではあるが、自分の皮膚が西の方角に引っ張られる感覚がとても不快である。

 狼狽えるネビュラの背後に控えるのはウィンターとメテオだ。守護神は国王の元まで歩みよると、状況が思わしくないことを伝える。


「陛下。歓楽街の方角からとてつもない悪意とエネルギーが感じ取れます。昨晩現れたダミアン・フェアレスに匹敵……いえ、それ以上かもしれません……」


「な、なんとかならんのか!?」


 慌てた様子で打開策を尋ねるネビュラに、ウィンターが答える。


「では……私が今すぐ現場に赴き、悪意を排除してまいります」


「それはならぬ!」 


 案の定、却下。

 ネビュラは自身の護衛を任せているウィンターがそばから離れることを酷く恐れている。だがそれは、(はた)から見れば大袈裟なこと。王弟メテオが呆れた様子で兄に言う。


「兄上。タイガー殿が兄上の寝首を掻くことは考えにくいと思われますが……」


「いや、油断は禁物だっ! ウィンターが離れた隙に刺客を差し向けてくるかもしれん!」


「そのようなことも無いでしょう。少なくとも、リゲルの者が兄上のお命を奪いにくるようなことはないかと……」


「そんなのはわからんだろ!?」


 聞かん坊ネビュラ。ここでウィンターが予想外の提案をする。


「では陛下。私と一緒に現場に来てくれませんか?」


「な、なんだとっ? 俺が現場に赴けというのか!?」


「ウィンターよ。冗談が過ぎるぞ……」


 臣下の突拍子もない提案に、ネビュラのみならずメテオまでが驚愕の表情を見せる。だが守護神はいつもの無表情で淡々と説明を続ける。


「――このまま黙って敵襲を見過ごすことはできません。昨晩より大きな被害が発生する可能性もあります。それだけは避けなければなりません。ですから私は陛下の反対を押し切ってでも出撃させてもらいます」


「勝手な真似は許さんぞ……忘れたのか? お前の任務は俺の護衛だぞ!?」


 不機嫌そうに顔を歪めるネビュラ。だが守護神が訴える。


「そこで陛下! 私と一緒に現場へ赴いてもらいたいのです。さすれば陛下をおそばでお守りすることができます。例え行く先が戦場だったとしても、この星で一番安全な場所は私の隣です」


「そんな……無茶苦茶だぞ……」


 ウィンターが説得するもネビュラは渋る。すると守護神は主君の瞳を真っ直ぐと見つめる。


「陛下。どうか、私を信じていただけないでしょうか」


「………………」


 その透き通るような水色の瞳を無言で見つめ返すネビュラ。この時彼は、先程弟に言われたある言葉を思い出していた。


『――ですが、それでも兄上に味方してくれる臣下は数人おります。その内の一人がウィンターです。あの子は義理堅い。恐らく我々を裏切るような真似はしないでしょう。最後の最後まで味方でいてくれる筈です――』


『――兄上。今のような行動や言動を続けていれば、味方をしてくれる者は誰一人居なくなりますぞ!? 即ちそれは、兄上が玉座から転落することを意味します。ですが、兄上が王道を歩めば、忠誠を誓う臣下は自ずと増えていくことでしょう――』


『特別なことをする必要はございません。この国の王という仕事を、責任を、全うしてもらうだけで良いのです』


(……王道を歩む……か……)


 ネビュラが静かに口を開く。


「――わかった。ウィンターよ、お前を信じよう。現場に赴いてやる」


「あ、ありがとうございます……」


 正直、予想もしていなかった主君の返事。ウィンターは呆気にとられた様子。メテオも兄の正気を疑わずにはいられなかった。


「あ、兄上!? 正気ですか?」


 だが、ネビュラは力強く答える。


「俺は王道を行くことにした。これから、現実に目を向けてくる……」


「あ、兄上……」


 メテオは、兄の突然の変わり様にただただ驚いた様子で立ち尽くしていた。

 そして、ウィンターがネビュラに手を差し出す。


「陛下。お手をどうぞ……」


「うむ」


 ネビュラがウィンターの手を取ると、二人の身体は上空へ向かって浮遊していく。

 兄は、呆然と見上げる弟に言う。


「メテオよ。留守を頼むぞ」


 ネビュラは何故かドヤ顔で歯を剥き出し笑みを浮かべる。直後、彼はウィンターと共に西の夜空へと姿を消した。

 メテオはその様子を眺めながら頭を押さえる。


「兄上……いくらなんでも……極端すぎますぞ……」


 王弟は大きく息を漏らした。彼の気苦労は絶えなそうだ。




 ――王都西保安署前。

 サラから放たれた暗黒球体を直に受けたカエデは、力なく地上に墜落。辺りには砂煙が立ち込めていた。


「カエデっ!!」


 ジョーソンが慌てて彼女の元へ駆け寄ろうとするも、その行く手をチェイスが阻む。


「どこへ行くんだ? おっさんの相手はこの俺だぜ?」


「貴様……!」


 睨み合う鉄腕と猛犬。

 その傍らではイエローラビット閣下とボブが顔を青くさせていた。 


「カエデちゃん! しっかりするのだっ!」


「これはまずいことになったぞい……!」


 同じく、生配信の映像を見ていたソフィアたちもその絶望的な光景に絶句していた。

 ソフィアは両手で口元を押さえながら、水晶玉に映るカエデを凝視。


「そ、そんな……カエデちゃん……お願いだから起き上がって!」


 その隣ではコウメとドランカドが苛立ちを隠しきれない様子だ。


「何やってんのよ! ジョーソン! 早くカエデちゃんを助けなさい!」


「クソッ! 自宅謹慎食らってる自分が情けねえ! こうなったら今すぐ現場に向かって……!」


 そんな二人をクラークとシオンが落ち着かすようにして言葉を掛ける。


「奥様、ドランカド殿、落ち着いてくだされ!」

 

「そうですわ! もうすぐお父様とヨネシゲさんが現場に到着する筈です! お父様たちが必ずカエデちゃんを助けてくれますわ!」


 落ち着きを取り戻した二人は再び水晶玉に視線を落とす。


「そうね……ダーリンたちを信じましょう……」


「頼んますよ……ヨネさん……!」


 そしてソフィアが両手を組む。


(あなた……お願い……カエデちゃんを助けて……)


 彼女は夫に祈りを捧げた。



 ――しかし事態は深刻。

 サラは暗黒球体を空中に浮遊させたまま地上に降り立つと、倒れるカエデの元までゆっくりと歩み寄る。そして、口鼻から血を流し、苦悶の表情でうめき声を漏らす空想少女を嘲笑する。


「アッハッハッ! 無様な姿ねえ、カエデちゃん。王都のヒーローも大したことなかったわ」


「うぐぅ……」


 カエデは重たい瞼を開き赤髪少女を睨む。一方のサラは空想少女の前でしゃがみ込むと、その胸ぐらを掴み上げニヤリと口角を上げる。


「ヒーローごっこはもう終わり。大人しく降参なさい」


「……降参……ですって……?」


「ええ。今ここで降参してくれれば、命までは取らないよ。それに私も部下の奪還という最大の目的を果たしてるからね。これ以上無意味な戦闘を続けるつもりはないわ」


 そしてサラがカエデに問う。


「さあ、どうするの? 無駄に被害を拡大させることがヒーローの仕事じゃないわよね? 貴女がヒーローを名乗るのであれば――賢明な判断を期待してるわ」


「……っ!」


 カエデは悩む。

 敵の強さは異常だ。正直これ以上戦っても勝てる見込みもない。それにサラが指摘する通り、被害が拡大することはカエデが望むところではない。


(――罪なき人々に被害が及ぶのはなんとしても避けなくちゃいけない。悔しいけど……ここは相手の要求を飲むしかないわ……)


 そしてカエデの口がゆっくりと開かれる。


「……わかったわ……負けを認めるよ……だからこれ以上……王都で暴れるのは……やめて……」


 カエデの瞳からは一筋の悔し涙。唇を噛む彼女を見下ろしながらサラが勝ち誇った笑みを見せる。


「フッフッフッ。カエデちゃん、正しい判断よ。貴女の英断に免じて、今日のところは撤収してあげるわ。だけど――」


 サラはカエデに空想杖を構えた――


「――正義の鉄鎖『ジャスティスチェーン』」


「きゃあぁぁぁっ!」


 サラから放たれたのは黄金色に発光する鎖。それはカエデが得意とする空想術をそっくりそのまま真似たものだった。

 放たれた黄金色の鉄鎖は瞬く間にカエデの身体を縛り上げる。その凄まじい力で締め上げてくる鉄鎖に、空想少女は苦悶の表情で悲鳴を上げた。

 そんな彼女の耳元でサラが囁く。


「まさか……タダで許してもらえると思ってた? 貴女は一度アジトに連れ帰って、たっぷりとお仕置きをしてあげないとね……」


「お仕置き……?」


「ええそうよ。二度と私たちに反抗できないくらい、恐ろしい思いをさせてあげるよ」


 不気味に微笑むサラ。カエデの顔が一気に青ざめる。そして赤髪少女が空想少女の耳たぶに噛み付く。


「うっ……!」


「私に可愛がってほしかったら、犬のように尻尾を振って媚びを売ることね。お利口さんにしてれば、そこまで悪いようにはしないから。フッフッフッ……」


 サラは舌なめずり。カエデは怯えた表情で彼女を見上げるのであった。


「さあ、大人しく付いてきなさい――」


「……い……いや……」


 ――それは、サラがカエデを縛り上げる鎖を引っ張り上げた時だった。


「角刈り針千本!」


 黄金色に輝く無数の針がサラに向かって放たれた。



つづく……

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