第236話 生配信の秘密
真夜中に起きた突然の爆発。近隣の住民は遠くに見える火柱と黒煙を不安気な表情で見つめていた。
その様子を横目に、王都西部の繁華街へと続く大通りを疾走するヨネシゲとマロウータン。だが、その距離は徐々に開きつつあった。
ヨネシゲは離れていく主君の後ろ姿を見つめながら悔しそうにして唇を噛む。
(くっ……マロウータン様。いくらなんでも足速すぎだろ!? こんなことなら快速靴を履いてくるんだった……)
白塗り顔は袴の裾を両手で掴み上げ、生脚を晒しながら爆走。時折巻き上げる砂埃が角刈りの視界と進路を妨害する。
「ゴホッゴホッ! ちっ! なんか知らねえけどムカつくな……いや、今はそんなことを言ってる場合じゃねえ。急がないと、カエデちゃんとジョーソンさんが……!」
恐らく今宵の騒動も改革戦士団の仕業。もしそこにダミアンや幹部クラスの団員が居たとしたら――カエデとジョーソンでは太刀打ちできないだろう。確かにカエデたちの実力は未知数。改革戦士団幹部の実力を上回っている可能性もゼロではない。だとしても相手は悪知恵を巡らし、ありとあらゆる手段を用いて残虐非道を実行する連中だ。必ずこちらの弱みを握り不利な状況に追い込んでくることだろう。
「間に合ってくれよ……!」
ヨネシゲは歯を食いしばると、白塗り顔の背中を追い掛けながら繁華街へと急行するのであった。
王都クボウ邸。
リビングのテーブルを囲むのは、ソフィア、ドランカド、コウメ、シオン、クラークだ。5人はテーブルの上に置かれた西瓜サイズの水晶玉を凝視。その水晶玉にはある映像が映し出されていた。
『さあ、お待ちかねっ! 今宵も王都のヒーローの活躍を中継でお届けするよ! 実況は私ボブと、解説はイエローラビット閣下さんでお届けします。イエローラビット閣下さん、よろしくお願いします!』
『はい、宜しくお願いします』
『いや〜、始まりましたね――』
その映像は、カエデたちの様子をイエローラビット閣下とドーナツ屋兼情報屋のボブが生配信しているものだった。
コウメ以外の三者は、その珍しい技術に感嘆の声を漏らす。
「わあ凄い。記録型の映像は見たことがあったけど、リアルタイムの映像を見るのは初めてだわ」
「私も初めて見ましたわ。まさかお母様がこのような珍しい物を有しているとは驚きました」
「こういった代物があるのは知ってましたけど、実際に見るのは俺も初めてっす」
「このような珍しいものを見れて私も感激しております。冥土の土産がまた一つ増えましたぞ」
4人の様子を見つめるコウメは高笑いを上げると、生配信の仕組みについて説明する。
「おーほほっ! そんなに驚くようなものじゃないわ。現地の想人か想獣に、見た光景をそのまま想素に変換してもらって届けてもらえばいいだけよ」
映像を生配信するには、配信元となる想人か想獣に対象となる映像を想素に変換してもらう必要がある。ただし、想素は具現体と触れた時点で具現化されてしまい、視聴者の元に届く前に映像が放映されてしまう。それを防ぐために、想素の一つ一つに殻でコーティングする必要がある。
殻は空想術で発生させた所謂結界だ。こうして殻に覆われた想素は具現体に触れることなく視聴者の元へ届けられる。そして視聴者の元に置かれた水晶玉には、殻を消滅させる効果がある。つまり、殻に覆われた想素が水晶玉に触れたと同時に具現化され、映像が放映される仕組みとなっているのだ。
生配信の説明を終えたコウメが神妙な面持ちで4人に伝える。
「――少々タイムラグがあるけど、私たちにはこうして見守ってあげることしかできないわ。皆の無事を祈りましょう!」
コウメの言葉を聞いた4人は力強く頷くと、水晶玉へと視線を移す。
(――あなた、みんな、無事に帰ってきてください……)
ソフィアは両手を組みながら角刈りたちの無事を祈った。
――場面代わり、王都西保安署前。
睨み合う改革戦士団と王都のヒーロー。そして物陰に隠れてその様子を生配信するイエローラビット閣下とボブ。
ドーナツ屋が馬鹿でかい声で実況する。
「さあ、王都のヒーロー『空想少女カエデちゃん』と『鉄腕ジョーソン』が今宵もメルヘンの街に舞い降りた! だがしかし、今回の敵は一味違うみたいだぞ!? 圧倒的な悪役オーラを漂わすこの集団は、もしや、あの改革戦士団なのか!? イエローラビット閣下さんはどう思われますか?」
「はい。改革戦士団の可能性が高いと思われます。今夜の爆発も昨晩の王都襲撃と非常に手口が似ております。そしてこの王都西保安署には改革戦士団の戦闘長が勾留されていますからね。仲間を奪還するために改革戦士団が姿を現しても不思議ではありませんよ」
「なるほど! 仲間を助ける義理堅さも持ち合わせている敵――これはなかなか手強そうですね!」
大いに盛り上がる配信者の一匹と一人。
案の定、その騒がしさはチェイスの耳に障ったようだ。
「さっきからごちゃごちゃとうるせえな! 今の俺はあの変態捜査官のお陰で虫の居所が悪いんだ。うざったいから消えてくれるか!」
チェイスはそう怒鳴り声を上げると右手に想素を充塡させる。その腕は電流を纏わせ激しく発光。やがて右手には激しく発光する光球が現れる。そして冷酷無比な猛犬が両手を大きく振りかぶった。
「食らって見やがれ! 俺の気合玉っ!」
刹那。チェイスは右手を勢いよく振り抜く。と同時にその手に握られていた光球のストレートが、閣下とドーナツ屋に向かって放たれた。
「イエローラビット閣下さん! これはマズイですよ!?」
「はい。危うい状況ですねぇ」
その映像を見ているソフィアたちの顔も青ざめていた。
万事休すかと思われたその時、鉄腕が迫りくる光球の前に立ちはだかる。そして――
「あんちゃん、気合が入っててイイね! だが、気合だけなら俺も負けちゃいねえぜ!」
「!!」
ジョーソンの鉄腕が光球を捉える。
「おりゃぁぁぁっ! ホームランだぜっ!」
絶叫のジョーソンが鉄の右腕を振り抜くと、光の打球が空高く――とはならず、保安署庁舎を直撃した。その外壁の一部は崩れ落ち、真下に居た改革メンバーたちに襲い掛かるが、チェイスが上空に向かって衝撃波を放つと、瓦礫は粉々に粉砕された。
派手にやらかした鉄腕にカエデがご立腹。だがジョーソンはヘラヘラと笑いを漏らす。
「ちょ!? ジョーソンさん! 保安署破壊してどうするの!? もっと上手くやってくださいよ!」
「ヘッヘッヘッ。自慢の鉄腕も四十肩で回んなくてな。歳を取るのは嫌だねえ……」
「もう!」
一方のチェイスは鉄腕に鋭い眼差しを向ける。
「サラ。あのジジイは俺が殺る。少しは楽しませてくれそうだからな」
「好きにするといいわ。ま、せいぜい殺られないように」
「誰が殺られるかよ」
チェイスは不敵に口角を上げ顔を歪ませる。
サラはカエデに視線を移すとジュエルとグレースに待機の指示を出す。
「ジュエル、グレース。カエデちゃんとやらは私が片付ける。貴女たちはそこで待機していなさい」
「いや、サラ。ここは私が……!」
「そうよ。助けてもらってばかりで悪いから……」
だがサラは一蹴
「これ以上の失態は許されない。ここは私が出る」
昨夜の作戦で失態を晒した二人。彼女の一言に黙り込んでしまった。その二人を背にサラがカエデの元へ歩みを進める。そして改革戦士団最高峰の空想術使いが己の身分を空想少女に明かす。
「空想少女カエデちゃん、自己紹介がまだだったわね。私は改革戦士団四天王のサラ」
「改革戦士団の……四天王……!!」
赤髪少女の正体を知ったカエデの顔が一気に青ざめる。それもその筈。改革戦士団の四天王と言えば王国内の猛者たちを赤子の如く捻り潰し、あのリゲル軍と肩を並べるオジャウータンの軍勢を壊滅状態に追い込んだ猛者。そのうちの一人が目の前に居るのだから。
動揺を隠しきれない彼女にサラが警告。
「――私たちの使命はこの理不尽で腐った世を創り変えること。私たちの邪魔をするものは例え赤子だろうと排除する。だけど、警告を大人しく受け入れた者には手荒な真似はしないわ。だから、命が惜しかったら今すぐこの場から立ち去ることね」
だが、カエデの返事は――
「断る!」
「ふ〜ん。それが貴女の答え?」
「そうだよ! 例え敵が強大だったとしても、今ここで引き下がるわけにはいかないよ。王都のヒーローは決して悪に屈さない! あなたは私がぶっとばす!」
「アッハッハッハッ! よく言ったわね。それでこそ倒しがいがあるわ!」
カエデの覚悟を聞いたサラが懐から空想杖を取り出す。
「さて、王都のヒーローのお手並み拝見といきましょう」
対するカエデ。サラに向かって両手を構えた。
「世間を騒がす悪党は、大人しく縛に就きなさい! 正義の鉄鎖『ジャスティスチェーン』!!」
刹那。空想少女の両手を起点に、黄金色の発光する鎖が放たれた。
つづく……




